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パリ発・地域SNSのコミュニティ・デザイン

2008年2月18日(月曜日)

Peuplade(ププラード)は、フランス、特にパリ住民を対象に無料で提供されているソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下、SNS)である。日本の多くの一般的なSNSとは異なり、足跡等の機能は無く、さらに年齢、性別、職業等は、先入観等を持ちやすい情報として入力欄がない。それよりも、自分が住んでいる地域において個人の考え方や知識、経験を共有することに重きを置き、対面で会い、同じ地域に住んでいることを生かしてアイデアを出し合い具体的なアクションに結びつけることを意図している。

筆者がPeupladeの創始者の一人であるJérémie Chouraqui氏へインタビューした結果わかったことは、Peupladeは単に住民同士の緩やかなコミュニケーションを促すツールではないということである。「Webは地域住民の生活そのものを新しく不安なものに置き換えてしまうのではなく、住民の生活に寄り添って行くもの」という運営者のフィロソフィーは、SNSのみならず、包括的にICTと日本の地域コミュニティ・デザインを考える上で非常に参考となる。

フランスの地域SNS「Peuplade」成り立ち

パリ市は、人口約216万、東京23区の人口の約1/4である。Peupladeが発祥したパリ17区の人口は約16万人で、パリ市20区の中では6番目に人口が多い。

Peupladeの成立過程を見ると、創始者達がSNSそのものにフォーカスしているのではなく、あくまでも「地域」にこだわりを持ち、狭いエリアで慎重にSNSを拡大してきたことをうかがうことが出来る。

Peupladeが出来るきっかけとなった出来事は、2001年までさかのぼる。パリ17区の北東にRue Sauffroyという通りがあり、創始者の一人であるNathan Stern氏がその通り名をインターネットで検索したところ、ある住民の履歴書がヒットした。その人に「会いませんか」というメールを送ったところ、承諾の返事が返ってきた。同じ地域の住民であるその人と一緒にコーヒーを飲みながら議論したりしているうちに、頭の中に「Web」と「地域」に関する構想が浮かんできた。以降、この17区の北東エリアを中心にSNSが拡大してくる。

翌2002年には、Peupladeの最初のバージョンが出来上がっている。同じ地域に住んでいる人とコミュニケーションができるよう、サイトの中には、自由にディスカッションできるスペースやメッセージ機能等があった。

2003年に、Sauffroy通りを中心としてPeupladeが広まってくる。地元の商店にリーフレットが置かれ、地域住民とのコミュニケーションが始まっていった。エリアとしてみるのなら、地下鉄の駅であるBrochant(ブロシャン)、Guy Môquet(ギィ・モケ)を含め、一辺がだいたい600メートル程の三角形で囲まれた地域を想像していただきたい。当時は、SNS内の様子をうかがいつつ利用しているユーザもいれば、積極的にディスカッションを行ったり、誘い合ってカフェやプールに行ったり、世代や社会的バックグラウンドを超えてコミュニケーションが行われていたようである。

2004年8月には、17区全体への拡大がおこなわれた。登録ユーザ数は、5,500人に膨れ、また、パリ17区長であるFrançoise de Panafieu(フランソワーズ・ドパナフュー)と17区役所のサポートを得て、「地域の連帯感」が意識されるようになった。

2006年9月には、パリ市長であるBertrand Delanoë(ベルトラン・ドゥラノエ)らのサポートを得て、いっきにパリ市内121地域への拡大がなされた。開始から45日経過した時点で4万人が登録し、これは、パリの人口の約2%に匹敵するものであった。

2007年2月には、パリから他地域への拡大として、グルノーブルという、フランスの南東部に位置する都市が参画した。このグルノーブルは、1968年2月冬季オリンピックや、スタンダールの出身地であることで有名である。

現在は、約9万人の登録ユーザがおり(2007年10月現在)、うち半数がパリに集中、4割がグルノーブル市、1割がマルセイユ地域の住民である。性別記入欄がないため、正確には把握でないが、若干女性が多い(55%)。利用者の年齢は、25~65歳と幅広い。3500人の登録ユーザが1日に3~8回ログイン、4500人が1日に8回以上ログインしている(2007年1月現在)。

現在、公的に参画しているのはパリとグルノーブルであるが、今後はさらにマルセイユ等の他地域にも拡大していく予定である。

Peupladeの成立過程を見て気づくのは、創始者たちが地元の商店にPeupladeのリーフレットを置くという、地道な方法によって住民に登録を促しているという点である。また、地元の商店のみならず、地下鉄でのキャンペーン活動や、パリ市の協力のもと、パネル展示を行ったりしているように、「リアル」でのアプローチを大切にしている。Jérémie Chouraqui氏によれば、「人々は、同じ地域に住みながらも、大半は面識のない人々である。地域に密着した、日常生活に役立つ情報を共有することで、日々の生活が便利になる。隣人から学ぶことは沢山あり、実り多いものである」。創始者たち自身も、キャンペーン活動を通じてリアルの地域との関わりを持ち、信頼関係を築いている。

日本のSNS再考:その構成で良いのか?

~住民のナレッジを引き出し、アクションに結びつけるデザイン~

お勧めのレストランやバーなどを他人に紹介したり、地元の様々なお店情報を遣り取りすることは、日本の様々なSNSで見られており、Peupladeもまた同様である。また、各種イベント情報を掲載したり、手助けが必要な時に誰かに訊ねたりすることもある。Peupladeでは、このように一般的な情報を住民が掲載しているだけではなく、地域や人々との関係を持ち、生活を効率的にしたり良い方向へ変えていくためのアイデアを引き出すことを促す、特徴的な構成になっている。

前述の通り、Peupladeでは、年齢、性別、職業等は、先入観等を持ちやすい情報として入力欄がない。一方、所在情報は地図に紐付けられており、誰と誰が地理的に近いのかを図解できる。また、自分がどのような行動を行ったのかを記述する欄が設けてある。

例えば、“idées”(イデ:アイデア)として、自分の持っているアイデアをブログ形式で書き溜めたり、“Qui serait partant?”(キ・スレ・パルトン:誰が始める?)という欄では、 “Qui serait partant pour ~?”の「~」に該当する部分を自分で作成し、自分が始める事について書き込みを行うということが見られている。(これは、日本のSNSの機能で言うところの「コミュニティ」の中で、トピックスを立ち上げるイメージに近い。)賛同したい、もしくは関心のある住民たちは、その中でコメントを交わしながら関与していくことになる。

一般的に、「SNSといえばこの機能」として代表的に挙げられる機能がいくつかある。しかし、Peupladeは、それらに拘束されず、地域で生活するうえで、ITを活用してどのように利便性を高められるかに注力している。Jérémie Chouraqui氏は、「ITは、住民のナレッジを最大限に引き出さなければならない。Webは地域住民の生活そのものを新しく不安なものに置き換えてしまうものではなく、住民の生活に寄り添って行くもの。」と、さらりと言う。単に日常の他愛もないことや日々の出来事をとりとめもなく綴り、他の住民と和やかにコミュニケーションを行うことそれ自体も大切なことではあるが、Peupladeの例のように実際の行動ベースで、住民の自発的な参加を促すSNSの構成を、日本も見習い、もう一度考え直す必要がある。

コアとなるグループの牽引力

日本のSNSでも、ネットワーク(SNS内での友人など)の数が多く、さまざまな人とコミュニケーションをとっている利用者たちが、他の利用者たちをリードするケースはいくつか確認されている。Peupladeの中でも同様に、コアとなるメンバーがドライバーとなり、新しいイベントや行動に結びついている例がいくつかある。

●コミュニティ・メゾンの誕生

住民達が気軽に集まれる場所が欲しいという意見が立ち上がり、15日間で100人以上が賛成し、賛同者が家賃を分担し、コミュニティのためのセカンド・ハウス(deuxième chez soi)をリュエイユマルメゾン(Rueil-Malmaison)という地域に借りるに至った。「17区の連帯」(Solidarité du 17e)の中でコアとなるメンバーが中心的に活動を行っている。

●地域住民でショートフィルム製作

住民でショートフィルム製作をしたいという提案があり、24時間の議論を経て、12人が賛成、5回のミーティングの結果、プロジェクトが開始した。

●老人宅訪問

「17区の連帯」として提案があがった。老人宅を訪問して歩くというもので、その中で孤独死した女性の葬儀をあげ、郊外のThiais無縁墓地に埋葬したという経験を、住民であり、Peupladeのユーザらが共有している。その孤独死した女性に別れを告げようと、10人が葬儀に参列した。

自治体や教育機関がどのようにSNSに関わっているか

パリ市役所は、Peupladeを運営しているLes Ingénieurs sociauxに2年間に渡り協力し続け、パートナーシップを組んでいる。2005年のパリ市議会でパートナーシップに関する条項を定め、金銭的なサポートは行わないが、パートナーとしての理解を示し、イニシアティブをとることについて合意を得、2006年9月20~26日に「コミュニケーション・キャンペーン」として1200枚のパネル展示を市が実施している。

パリにはもともとひと月あたり100万人の訪問者がある「paris.fr」というサイトがあるが、将来的にはそちらのサイトとの位置づけを考えた展開も考えられているようである。

また、自治体のみならず、パリ市内の幼稚園がPeupladeの中にページを持っているのも特徴である。園児の親のみが参加でき、子供のガード、幼稚園のイベント連絡などの情報交換がなされている。子供も、親の同伴で友達へメッセージを送ることが出来る。報告書「ウェブと地域生活の出会うところ」(2006)では、園児らの描いた絵と日付がPeuplade内で共有されていることや、また、「子供がどこそこの通りで落し物をしたが心当たりのある人はいませんか」と探し物をしている書き込みがなされていると知ることが出来る。

地方自治体であれば、自ら地域SNSに着手している例は日本でもあるが、教育機関が地域SNS内に一部としてコミュニティを持っているケースは、稀である。

このように、公的機関らが地域SNSを活用しているのは、日本のSNSで言われるような「炎上」や「荒らし」等の心配がほとんどなく、利用者が安心できているのではないかという点が、理由の一つとして考えられる。

気になるのはSNSでの盛り上がりよりも地域活性化

Peupladeでは設立趣意の中で「Réalité」を掲げ、「バーチャルからリアルへ」を念頭においている。人と人との関係がウェブの中だけで完結するのではなく、実生活へどのように反映させていくかを重要視している。それをフィロソフィーとして、「アイデア」を書き溜めたり、実際の行動に結びつきやすいような構成を作り出している。

フォレスター・リサーチのシニア・アナリストであるJeremiah Owyang氏は、彼のブログの中でSNSに割く時間と職場での生産性低下について指摘し、Social Networkingを「Social not-working」と捩っている。

地域住民の日記は、地域の歴史を構成する重要な断片である。「せっかく作ったが使われない」、「SNSのせいで~になった(マイナス)」という展開を導かないよう、SNSの位置づけや構成を再考するときに来ている。

参考文献

Peuplade : http://www.peuplade.fr

パリのポータルサイト : http://www.paris.fr

Peupladeのサービス開始についてのレポート : 「ウェブと地域生活の出会うところ」(2006)
Lancement de Peuplade.fr --- La rencontre du web et de la vie de quartier
http://www.paris.fr/portail/viewmultimediadocument?multimediadocument-id=22850

東京都の人口(東京都庁のページ) : http://www.metro.tokyo.jp/PROFILE/map_to.htm

パリ市の人口(Evolution de la population) : http://www.paris.fr/portail/accueil/Portal.lut?page_id=5427&document_type_id=5&document_id=8718&portlet_id=11661

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【調査・研究】


吉田倫子(よしだ みちこ)
2001年4月、(株)富士通総研入社、経済研究所配属。日本経済研究センター、欧州委員会(ベルギー)税関税同盟総局付加価値税局研修生を経て、現在、経済研究所上級研究員。