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Japan

ファンドが変える企業金融

2008年1月4日(金曜日)

戦後最長の景気回復も雲行きが怪しくなってきた。株式市場も乱高下を繰り返しているが、その主役は外人投資家、特にファンドといわれる投資家だ。彼らの真意は単に安値で買い、高値で売って利ざやを稼ぐことなのか、あるいはより長期的視点で日本企業とかかわっていこうとしているのか、わからない。だだ、その問題提起は真剣に受け止めて考えるべき点がある。

静かに、しかし着実に広まるファンドの影響力

先日Jパワーの10%以上の株を取得し、筆頭株主としてその経営に疑問を呈し、取締役に自分たちから代表を送り込みたいとして、現経営陣と対立しているザ・チルドレンズ・インヴェストメント・ファンドの代表者であるジョン・ホー氏の話を聞く機会があった。彼の主張は煎じ詰めると、企業経営の評価は売り上げや利益の絶対額ではなく、総資産利益率(ROA)や株主利益率(ROE)でみるべきだ、ということに尽きる。この考えを貫けば、余分な資産やキャッシュは配当として株主に配分せよ、ということになる。このような考えは何も目新しいことではなく、欧米の企業金融理論では少なくとも30年前には当たり前のことであった。日本企業ですら数年前からROEを経営目標に掲げる企業は増えていたから、考え方としては、特に驚くような話ではない。

企業は株主のものかそうではないか、は2005年、村上ファンドや、ライブドア事件を契機に学者も巻き込む論争になった。日本では株主だけのものではない、と経営者を始め多くの人が考えるであろうが、上場企業の株式の28%を外人が保有し、実際の取引では三分の二が外人投資家によるものとなった現在、外人投資家を避けて通ることはできない。実はかなりの企業で筆頭株主は外国系ファンドという事態が生じている。これらは表には出ていないが、水面下では経営陣と厳しいやり取りを続けている。

株主の逆襲をリードするファンド

戦後長い間、日本の株主は無視されてきた。銀行借り入れが資金調達の中心であったから企業の財務担当者は基本的に銀行とだけうまくやればよかった。その後社債による直接金融の道も開かれたが、株による資金調達は多くなかったし、株はグループ企業内や関連企業により安定的に所有され、ほとんど市場で売買されることもなかったから、株主のことを考える必要もなかったわけである。事実経営者が直接株主と対話する場である株主総会は、6月のある日に集中して開催され、複数企業に投資する株主は一社しか出席できず、それも短時間のシャンシャン大会だ。配当も税引き後利益の20%くらいで、これでは一般投資家が魅力を感じるわけがない。この結果日本の家計資産1600兆円のうち、株の割合は7%に過ぎない。米国では半分が株、すなわち一般家庭の過半が株を保有している。ドイツでも最近この比率が上がり3割くらいになっている。

今回の景気回復を通じて変わったことのひとつは日本企業が株主のことを真面目に考えるようになったことだ。まず配当性向が格段にあがった。バブル崩壊前には20%程度であったものが、2005年以降50%を超えている。また株価を上げるため、自己株式の取得も頻繁に行われるようになった。これは余剰資金を使って、市場から自社の株を買戻し、市場に流通する株式数を減らし、一株当たりの利益を上げて、株価の上昇を狙ったものである。そのほか、個人株主に安定的に株を保有してもらうために、株主を対象に会社説明会や見学会をやったり、会社の商品を贈ったりと、企業経営者はかなり真剣に株主利益を意識するようになった。この点は外人投資家からも高く評価されている。

鍵はROE、借金も悪くない?

だが企業業績を株主に対するリターン、あるいは株主価値で考えているかというと、そうではなさそうだ。そこに外人投資家、特にファンドと呼ばれる高いリターンを要求する人たちとの間で意見の相違が生じることになる。具体的には資金調達をめぐる意見の対立だ。日本企業は1970年代の半ば以降、一貫して自己資本比率を高めてきた。言い換えれば企業利益を配当にまわさずに内部留保し、自己資本を増強してきた。この傾向は特にバブル崩壊後に著しく、現在自己資本比率は上場企業平均では35%にまで上がっているが、これに潤沢な流動資産や換金可能な遊休資産を加味すると、すでにかなりの業種では米国並みの自己資本比率に達しているという。自己資本比率が高ければ、すなわち借り入れへの依存が低ければ、景気後退や事業に失敗したときの耐力があることになり、安全性が高いということになる。事実、戦後長い間、日本企業の高い借り入れ依存度は経営上の弱点として欧米のビジネスマンやエコノミストから問題視されてきた。

ようやく米国並みの自己資本比率を達成したと思いきや、今度はそれがよくない、と外人投資家は言い出しているのである。これは外人投資家が収益性の指標としてみるROEが自己資本(議論を簡略にするためここでは自己資本=株主資本とする)の比率が高くなったことにより下落するからである。同じ額の収益を上げた場合、分母になる株主資本が少ないほど、つまり借り入れ資本が多いほど、ROE は高くなる。ROE を上げるには全資産と株主資本の比率(レバレッジと呼ばれる)を高くしておく必要がある。自己資本を高くすることはROE を低くすることになり、反対である、というのが彼らの意見だ。要は社内にたまっている余裕資金は株主に還元せよ、必要な資金は借金すればよい、というものだ。

儲けは全て株主に返還する米国企業

これは試合の途中で ルールを変えるずるいやり方なのだろうか。そうでもなさそうだ。米国企業の資金繰りを見ると、驚くべきことに気がつく。FRBのデータをグラフにして示したが、米国の非金融企業法人の新株発行は長期間マイナスになっており、2003年以降その度合いが急速に高まっている。つまり、米国企業は猛烈な勢いで、株式市場に資金を還元しているのだ。いまや株式市場は資金調達の場ではなく、株主に資金を還元する場になっている。もうひとつ気がつくのは、外部からの借り入れを積極的にやっていることだ。社債や担保付借り入れが引き続き高い水準にあるのに加えて、「その他の借金」と表示されている新たな形の借り入れが増えている。すなわち、米国でも株主資本は減らし、必要な資金は借り入れに頼る傾向が顕著である。日本企業に対してだけ理不尽な要求を突きつけているのではなさそうだ。

日本企業はバブル崩壊後借り入れを減らすことに専念してきた。2002年以降の景気回復期においても、設備投資は自己資金の範囲に抑えてきた。この結果財務担当者(CFO)は資本市場との接触をしなくて済むようになった。これにはいくつか問題があると思う。まずCFO の本来的仕事は資本市場の動向を常に把握し、もっとも低コストで資金を調達することである。これが行われなくなってしまった。市場に出れば現在日本の金利は世界一低いことがわかる。前述のジョン・ホーしが言うように借り入れも検討する余地のあることがわかるはずだ。

自己資金はタダではない

第二に、わが国では暗黙のうちに内部資金は経営努力で生み出されたものだからその使い方は経営陣に一任されている、いわばコストゼロのような考え方がいまだに根強くある。コストゼロの資金は当然無駄に使われる恐れがある。日本企業の収益率が低いのは、資本コストが低いからだ。であるならば、内部資金を一旦すべて株主に返却し、必要な資金は資本市場でコストを意識しつつ調達したほうが、企業財務にとっても健全な規律がもたらされるのではないか。

第三に企業が設備投資の水準を自己資金に関連づけて決定するのも疑問がわく。特に景気の転換点ではこのようなやり方は危険だ。現在のように足元では企業収益が好調でも先行き減速すると見込まれるときには、過剰投資になりやすく、逆に景気が上向きに転じるときには過小投資になる恐れがある。日本の半導体産業が韓国や台湾企業に負けたのは、まさしく設備投資を自己資金の範囲に限定したため、設備投資競争に負けてしまったためである。あのとき国内の資本市場では世界一の低金利でいくらでも調達できたのだ。

外人ファンドが提起した日本企業の資金調達、利用のしかたに関する問題提起はまじめに考えてみるに値するのではないか。もちろん、ROE一本槍では安全性が犠牲になるリスクもあり、バランスを欠いていると思う。この点は大いに反論すべきだ。しかし、日本企業は低成長で、金余り経済に長いこと浸かっているうちに、資本コストに対する意識が甘くなってしまったのではないか。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など