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「新エネルギーを活用したマイクログリッド」について

2007年6月29日(金曜日)

温暖化現象が深刻化している。ツバルなどの南洋諸島が水没し、南極、北極、グリーンランドの氷の融解が進み、氷の面積が温暖化以前と比較して大きく減少し、海水温度の上昇により、生態系へ深刻な影響を与えている。 温暖化により、今までどおりの経済活動を継続することは遅かれ早かれ不可能になることが明らかになってきた。少なくとも先進国間では経済活動による温暖化ガスの増加により、人類の生存そのものが根本的に脅かされているとの共通認識がなされている。欧州を中心に京都議定書の遵守が求められ、ここにいたって京都議定書の枠組みに参画することに消極的だった米国を巻き込み、温暖化対策についてさまざまな施策が模索されている。 また2007年6月のハイリゲンダムサミットでも検討されたポスト京都議定書(第1約束期間2008~2012年)の枠組みについては、今後も2008年7月の北海道洞爺湖サミットに向けて具体的な施策が更に検討されることになっている。このように環境意識が高まる中、本稿では今後注目を要する環境への取り組みとして「新エネルギーを活用したマイクログリッド」をご紹介し、それに関連してエネルギー業界が取るべき方向性について述べたいと思う。

1. マイクログリッドとは

マイクログリッドとはエネルギー供給地域内にある複数の小型分散型電源や電源貯蔵装置等に対してIT関連技術を用いて、効果的な系統運用・制御を行い、経済性向上や供給信頼度向上を図るエネルギーシステムであり、小規模な電力系統網と言い換えることが出来る。原子力、火力、水力などの大規模な発電設備と送電網からなる通常の電力系統から隔離された小規模なコミュニティの多い米国で発展し、提唱された概念である。

 【図1】分散型エネルギーシステム「マイクログリッド」

出典)(独)NEDO技術開発機構HPより

国内では2005年の愛・地球博会場において新エネを活用したマイクログリッドの実証実験が行なわれた例を始め、京都府京丹後市の「京都エコエネルギープロジェクト」、2004年は青森県八戸市「水の流れを電気で返すプロジェクト」など、自治体を中心に地域の特性を生かした個性的なマイクログリッドの導入事例がここ数年ほど前から報告されている。これらの事例では風力、太陽光、バイオマス、マイクロ水力など再生可能エネルギーを活用した発電装置を組み合わせ、燃料電池などの2次電池を併設し、学校や公共施設などに安定した電力および給湯・暖房に必要な熱供給を行っている。新エネルギーを活用したマイクログリッドの取り組みについては、次世代エネルギーパークとして経済産業省を中心に各自治体に対して導入支援が促進されており、2007年度は茨城県、群馬県太田市、山梨県山梨市、千葉県、三重県、兵庫県洲本市、徳島県阿南市、福岡県北九州市、佐賀県玄海町、沖縄県糸満市、沖縄県うるま市などの自治体が続々とエネルギーパークの策定調査に名乗りを上げている。

2. 発電・熱供給事業におけるCO2削減の取り組み

ここでエネルギー業界における発電・熱供給事業におけるCO2削減の取り組みを振り返りたい。 従来の電力供給においては、都市などの需要地から離れた遠隔地で原子力、石油・天然ガス火力、水力発電を中心に長距離の送電網を介して電力を供給するのが一般的である。その送電・配電の過程での送配電ロスが5%程度あり(送電の際の電気抵抗による)、それに加えて発電の際、蒸気タービンより発生する熱の大部分が有効利用されないことから、発電効率が4割程度と、かなり低く(H18年度版電気事業便覧によれば2005年は41.0%)、6割近くの電力が捨てられていることになり、発電に伴う大量のCO2排出が問題になっている。

そのような問題を解決するために以前から各企業では電力および熱需要が生じる工場や商業施設内で重油・天然ガス火力利用のコジェネレーション発電が活用されてきた。コジェネ発電ではガスエンジンなどでオンサイト発電を行い、サイトで生じる余熱をそのまま給湯、暖房として熱供給することにより、発電効率を8割近くに高めることに成功している。電力自由化によりオンサイト発電の余剰電力を電力取引市場に流通させ、電力の売買活動が活発化するなどの動きも見られ、オンサイト発電事業者の新規参入が相次ぐなど、数年前に活況を呈したが、2006年頃の急激な石油価格の上昇により、重油火力利用のコジェネ発電をとりやめる企業が続出し、電力会社からの買電に回帰する大口顧客が増えている。その結果、再び既存電力の発電効率の低さがCO2削減の観点から課題となっており、電力会社の環境に対して果たす役割が重くなっていると見られる。

石油元売・ガス会社は重油利用のコジェネ以外にも環境性とエネルギー効率を改善した燃料電池を活用したコジェネの拡販に努めているが、まだまだ初期導入費用が高価であることから普及に時間がかかることが予想される。電力会社はそのような石油・ガス各社の動きに先手を打つようにオール電化住宅の拡販に努め、夜間の割安な電力を活用して給湯用の湯を沸かすことでエネルギー効率を高めたエコキュート(ヒートポンプ給湯器)の普及に努め、ガス会社もその動きに対抗し、ガス発電によるオール電化住宅を供給するなど、電力、ガス、石油でお互いの領分を越えることはなかった一昔前とは異なり、温暖化対策をキーワードにエネルギー業界は激しくしのぎを削っている。

3. 新エネルギーを活用したマイクログリッド

ここで新エネルギーとマイクログリッドについて話を戻したい。新エネルギーは現在の主要なエネルギー源の石油・原子力以外のエネルギーを指し、主に風力、太陽光、バイオマスなどを意味し、代替エネルギー、自然エネルギー、再生可能エネルギーと呼ばれることもある。この新エネルギーについては欧米では特に風力発電の導入が盛んになっている。国内では風況が一定せず、また巨大な風力発電機の設置場所に難があることから、欧米に比べて普及が遅れていたが、ようやく風力発電市場は欧米の後を追うかのように盛り上がりを見せている。ただ風力発電の問題点としては文字通り風まかせであり、発電量が一定しないため、ベース電源としては活用できない。電力需要と同時同量で発電量をマッチングさせなければ電力品質が保障できず、停電が起こってしまうわけであるが、風力発電単独では当然需要予測に応じた負荷追従が火力発電のようには出来ない。また夜間の電力価格が安い時間帯や、そもそも電力需要がない夜間に、風力発電による高価な電力を購入しなければならないという不利益を電力会社はこうむることになる。そのような事情から、安定した電力供給を乱す元になるとして電力会社は風力発電の導入については依然として消極的であり、新エネルギーにより発電された電力の一定枠の買取りをRPS法によって義務付けられたことから、しぶしぶ電力系統に風力発電を接続するといった状況である。また太陽光発電についても風力ほどではないが、日中しか発電できず、当然こちらも日照量に発電量を左右されるという問題を抱えている。

しかしながらマイクログリッドを活用すると、風力・太陽光発電により生じた余剰電力を併設した蓄電池に充電し、その貯蔵電力をピーク時に利用することが出来る。また一歩進んで、余剰電力を利用して水素を製造、貯蔵しておき、高需要が生じた時にその水素を利用して燃料電池による発電を行い、同時に発生する余熱を利用して給湯を行うことも可能になり、大幅なエネルギー効率の向上が可能になる。つまり併設する蓄電池もしくは燃料電池の活用により、安定した系統電力の提供が可能になると考えられるのである。環境意識の高まりとともに、石油由来でない風力、太陽光、バイオマスといった再生可能な新エネルギーを中心とした発電装置を組み合わせたマイクログリッドは電力の安定供給に貢献し、電力・熱の「地産地消」を図る仕組みを提供することを可能にし、CO2削減に大きく貢献出来るとして昨今注目を浴び始めている。

前述したように電力、ガス、石油のエネルギー各社では、CO2削減をキーワードに、顧客に対して発電効率のよさ=環境およびコスト的な優位性を訴え、コジェネおよびエコキュートに代表されるヒートポンプの活用を強力に推進している。しかしながら、今後温暖化対策はこれで充分というわけではなく、日本国全体の状況では、民生部門の電力消費量が急激に伸びたことから90年のレベルからCO2排出量6%減という京都議定書の公約達成が大変厳しい状況であり、早晩、電力会社に対してはポスト京都議定書の具体的な施策としてRPS法を拡充した形で、風力、太陽光、バイオマス発電を始めとする新エネルギーによる発電の割合を高めることが求められると思われる。マイクログリッドの活用による新技術の台頭を背景に、前首相の小泉首相が唱えた「脱石油」の流れを安倍内閣も踏襲し、CO2削減のため、石油エネルギー消費の削減と新エネルギーの推進を政策として打ち出すことが充分予想される。電力会社はそのような行政・規制の流れを読み、先んじて新エネルギーを活用したマイクログリッド事業に投資し、その技術的な信頼性と事業採算性を高めていくことが必要になると思われる。

既に関西電力では先行して和歌山県、御坊市と協力して日高港に風力、太陽光、バイオマスその他の新エネルギーを活用したマイクログリッドを「日高港エネルギーパーク」として2007年10月より広く一般に開放する予定である。「日高港エネルギーパーク」に新エネルギーによる発電を体験できる環境学習の場を兼ねたPR施設や緑地公園を併設することで、関西電力は環境への貢献を顧客にアピールするとともに、マイクログリッドを活用して安定した電力を供給することで収益向上も可能になる。新エネルギーを活用したマイクログリッドの普及が進むと、電力会社はCO2削減の観点から石油火力発電を真っ先に削減することになり、原子力発電をベース発電、新エネによるマイクログリッドおよび天然ガス火力をミドル発電、調整の容易な水力発電をピーク電力と位置づけることになるかと思われる。更に新エネルギーの普及が進むと、現在総発電量の2割強を占める天然ガス発電の割合も低下することが予想され、石油元売各社は言うに及ばず、ガス会社にも由々しき影響があると予見される。

いずれにせよ電力、石油、ガスのエネルギー各社は、経済産業省を中心に新エネルギーを活用したマイクログリッドの実証実験が続けられている今現在の時点から積極的にマイクログリッド事業に出資し、主体的にその育成に関与することが得策であろう。いずれにせよ行政の支援、環境規制の強化に端を発し、ビジネスモデルの転換、それに伴う多大な投資を迫られる例は枚挙に暇がない。もし電力、ガス、石油元売など既存のエネルギー各社がこれまでの安定したビジネスモデルにとらわれ、手をこまねくことがあると、新エネルギーを活用したマイクログリッドの普及をきっかけに商社、風力発電機メーカーを始めとする新規参入が大量に続くことになる。その結果起こり得る業界での競合激化という事業リスクを回避するため、政治・社会の環境変化および新技術の出現による脅威をチャンスに転換し、将来の成長の礎とすることがエネルギー各社においては肝要であり、新エネルギーを活用したマイクログリッド事業への先行投資が望まれる。その意味からも「新エネルギーを活用したマイクログリッド」はエネルギー業界にとって当分の間、注目のキーワードになると思われる。


吉村 幸治(よしむら こうじ)
イノベーション推進室 シニアコンサルタント
エネルギー業界向けに先進ソリューション調査を支援(コンタクト先セットアップ・通訳・報告書作成)。その際、海外の電力・石油会社、ITベンダーに多数持つネットワークを生かしてユーザーサイトを顧客と共に訪問。その他、業種を問わず経営企画部、情報システム部向けに経営企画代行サービスを実施中。最近は新エネルギーを活用したマイクログリッドの導入支援(事業化のための調査/企画とそのフィージビリティスタディ)にそのコンサル領域を拡大。
カリフォルニア州立大学サクラメント校 MBA 1999年卒業