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景気動向についての一洞察

2006年12月1日(金曜日)

1.円安頼みの今次回復

この数週間、経済データを読みながら、日本の景気動向について思いをめぐらせている。1960年代後半の「いざなぎ景気」(57ヶ月)をこの10月に超えて、戦後最長の景気拡大になることは確実視されている。しかしながらその中身をみると意外なことに気づく。今回の景気回復は従来の回復期にもまして輸出の拡大によるところが大きい。そしてその背景にあるのが、異常ともいえる円安である。日銀が公表する、内外のインフレ率と貿易の相手国構成の違いを調整した実質実効為替レートが関心を集めているが、円はこの20年間で最安値である。円はドルやユーロだけでなく、アジアの通貨に対しても軒並み安くなっている。この結果、輸出が大幅に伸びて、今回の回復がもたらされた。円安のメリットは輸出だけではない。日本企業は海外でも事業をし、その収益は配当として日本に送金されるが、円安となれば円ベースの受け取りは増大する。日本企業が外国の株や債権、貸出し、特許のライセンスなどから得た収入も同様にして拡大する。こうして日本企業は円安効果を最大限に享受し、三年連続の最高収益を記録し、株もそれに引かれて上昇した。潤沢なキャッシュフローと好調な輸出に支えられて設備投資も拡大し、輸出と設備投資を両輪とした戦後最長の景気回復が実現した。この間GDPの過半を占める個人消費はついに盛り上がることなく、景気は最終局面に入りつつある。つまり、今回の回復はひとえに円安によるものといえる。

(%) いざなぎ景気 バブル景気 今回
国内総生産 10.9 4.9 2.8
民間最終消費支出 9.2 4.3 2.1
民間企業設備投資 22.8 10.9 7.6
財貨サービスの純輸出 19.2 -14.2 27.5

このような見方は、日本産業は長い低迷の間、苦しいリストラを経て構造改革を達成し、再びかつての強さを取り戻した、という見方に正面から対立する。実は日本経済は強くなっていない。日本の生産性向上率はこの間平均して年率2%と、米国の3%を大幅に下回る。日本の生産性の絶対水準は米国の70%くらいであるから、本来日本の生産性向上のスピードは米国を越えてもおかしくない。日本の構造改革が本当であるなら、生産性はもっと上がらなくてはならない。安倍内閣が成長中心の経済政策をあげているのも、日本の生産性がまだ十分ではないと考えているからである。

2. 円安の背景

なぜ円はこんなに安くなってしまったのか。2001年から急落し始めた当初は日本政府の円安操作があった。2004年春まで日本政府は大規模に為替介入した。その後は米国の金利(フェデラルファンドレート)が今年の夏まで連続して引き上げられた一方で、日本のゼロ金利が続いた。その結果、日米間の短期金利差が拡大して、資金が米国に大量移動したためである。その後2005年末からは欧州中央銀行も金利引き上げに動いたため、ユーロに対しても円が安くなった。日本政府の円安操作は国際的に批判が強かったが、デフレを終わらせるためにはやむをえない措置として黙認されたようである。

このような円安がいつまで続くのか、誰にもわからない。一番注目されるのはFRBの利下げと日銀の利上げのタイミングである。来年前半には日米どちらか、あるいは両方で動きがあると見られている。そうなると、日米の金利差は縮小し、円安も是正の方向に向かうことになろう。その程度と速さ如何では日本経済に強烈なインパクトが生じる。仮に実質実効レートが過去20年の平均的水準に戻ったとすると30%ほどの円高、つまり1ドル84円くらいになる計算だ。これは決して非現実的な仮定ではなかろう。しかしこうなれば自動車も含め日本の輸出産業は壊滅的影響を受けることになる。

もうひとつ、今回の景気回復で特徴的なのは90年代後半以降賃金が名目的にもカットされ続けたことである。その結果賃金上昇率から生産性向上率を差し引いたユニットレーバーコストが長期にわたりマイナスを続けるという、先進国には稀な事態が生じた。このためデフレの下でもなおかつ企業収益が改善し得たのであるが、それは賃金の抑制によるもので、通常言われているような、日本企業の体質改善によるものではない。賃金をカットし続けたことにより消費は盛り上がらないから、政府が意図するような内需中心の成長は実現するはずがない。

3. とうに終わっていた今次回復

わたくしは今回の回復は2005年初めには終わっていたと考えている。そこから先は日銀のゼロ金利政策とそれによる円安に支えられた不自然な回復で、もっと早く終わるべきものであった。デフレが終結するまで今の金融緩和基調を続けるべきであるとの主張は、デフレの原因を誤解していることから来る誤った意見である。現に5年も金融緩和を続けてもデフレは収まっていないのが何よりの証左だ。やるべきことは消費者に適切な所得を保証し、消費を盛り上げることである。そのためには金利を上げて利子収入を高めるほうが理にかなっている。

円安は輸出依存度の高い日本経済にとってはありがたい話だ。しかしそれは日本の価値を安売りしていることでもある。心配すべきはこれによって外国企業による日本企業買収がやりやすくなることである。来年5月には株式交換による三角合併が解禁される。経団連は必死で反対しているが、いつまでも世界の大勢には逆らえない。

もうひとつ心配すべきなのは米国である。先の中間選挙で上下院とも民主党が押さえた。おりしも米国経済の減速傾向は次第に明らかになりつつある。これから米国の通商政策はより保護主義的に変化することが考えられる。この10年、日米通商摩擦が嘘のように静かになっていたのは、ひとつには米国経済が好調で失業問題がなかったからである。また中国の影に隠れて日本が目立たなかったこと、小泉-ブッシュの個人的関係で対日批判がしにくかったことなどによる。このような幸運な条件は全て失われつつある。既に米国では自動車業界などから円安批判が始まっている。

日本経済は多少減速しても、2%近い成長を期待する向きが大勢である。しかし、円安前提が失われた場合に備えたプランBを準備している企業はどれほどあるのだろうか。


根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など