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デフレの終焉の持つ本当の意味

2005年12月20日(火曜日)

去る12月19日に2006年度の政府経済見通しが閣議決定された。来年度の成長率は実質1.9%である。しかし例年と異なり、この見通しのハイライトは1998年度以来続いてきた名目成長率が実質成長率を下回る状態が解消されるかどうか、言い換えれば、物価上昇率がプラスになって、デフレの終焉となるかであった。この見通しではGDPデフレータがプラス0.1%と見込んでいるから、デフレはいよいよ終わることになる。これにより、日本経済が正常化し、企業経営にとっても好ましい環境が確保されるはずだ。

日本経済の構造問題といわれた内外価格差

だが筆者はデフレ解消を別の観点から評価している。デフレは日本経済の構造的問題と言われてきた内外価格差、すなわち国内物価水準が国際価格よりも5割も高い、という市場の歪みがいよいよ解消しつつある、ということである。内外価格差は90年代初めの日米構造協議でも米国側から日本市場の閉鎖性、あるいは日本企業のダンピング体質の証拠として繰り返し槍玉に上げられてきた。もし日本市場が完全に開放されていれば安い輸入品が日本市場に流入し、価格差は解消するはずである。また外国に向けてダンピング輸出すれば、それが国内に逆流するから、そのようなことは出来なくなるはずだ、というのが諸外国の言い分であった。

デフレは内外価格差是正のプロセス

確かに日本企業は一般に国内市場で間接費を含めたフルコストを回収し、輸出は変動費だけで出す、というような戦略を長いこととってきた。また国内の複雑な流通経路、あるいは新規参入を阻むモロモロの商慣行で安い輸入が入れず、その結果内外価格差は長いこと放置されてきた。しかし90年代以降、この格差が次第に解消されてくることになった。それがデフレである。この10年間主要国のインフレ率はGDPデフレータでみると1 - 3%で推移してきた。その中で日本だけは2%程度のデフレであったから、相対的にはその差である年率3 - 4%で内外価格差が減ってきたわけである。先進国のなかでも特に日本のデフレが深刻であったのは、バブル後の不良債権問題に加えてこのような要因が働いたものと考えられる。

価格面での国際化

90年代後半以降のこの調整過程も最終段階に近づいていているようだ。富士通総研シュルツ研究員の最近の調査によれば、ヨーロッパとの間の内外価格差はほぼ解消し、米国とのあいだでも相当縮小された。冒頭の経済見通しもこのような認識があってのことであろう。確かに外国に出張してもかつてのように物が安いと言う感覚は無くなった。香港やシンガポールで売られている日本の電化製品は国内と同じ価格だ。ロンドンの地下鉄は最低料金で2ポンド、つまり400円と高い。デフレ終焉の持つ本当の意味は価格の面でも日本の国際化が進んだということである。


根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など