2022年11月15日

業務ITシステムに見るDX推進の本質
~成功の秘訣は人にあり~

WAIコンサルティング合同会社 代表社員社長 谷古宇 啓之 氏

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パンデミックや地球環境問題に代表される外部環境の変化や技術進歩などによる情報爆発などで先の読めないVUCAの時代になり、特に日本企業の国際競争力が低下する中においては「尻に火が付いた」状態と言えます。注目すべきは変革を意味する「トランスフォーメーション」です。企業においては生き残りをかけた戦いであり、その牽引にデジタルはもう必要不可欠です。
本コラムでは、トランスフォーメーションのビジネスモデル変革に必要な要素の本質を考え、課題へアプローチします。

苦戦するほど重要なDX

昔からある課題の尻に火が付いた

最近ではTVコマーシャルが流れない日は無い「DX」ですが、筆者が初めて企業の情報システム部門に就職した1989年の頃から、今のDXに共通する以下の様な問題意識を持っていました。

  • 一昔前に構築された業務ITシステムと事業実態とのズレ
  • 業務改善を容易に行える柔軟性を持つ業務ITシステムの設計と運用
  • 古い技術で構築されたシステムの置き換えやインターフェース
  • 集中管理と分散管理の棲み分けと、現場部門でのIT活用展開

など。
最近のITIL4(ITインフラをサービスとしてまとめた書籍)では「ハイベロシティIT」という言葉が登場しているように、今も昔も柔軟かつ迅速に対応するITの必要性は変わっていません。
では何故今、「DX」なのでしょうか。
経済産業省は「2025年の崖」という言葉で表現しています。パンデミックや地球環境問題に代表される外部環境の変化や技術進歩などによる情報爆発などで先の読めないVUCAの時代になり、特に日本企業の国際競争力が低下する中においては「尻に火が付いた」状態と言えます。注目すべきは変革を意味する「トランスフォーメーション」です。企業においては生き残りをかけた戦いであり、その牽引にデジタルはもう必要不可欠である、ということなのです。

簡単ではない変革は3つの要素で考える

トランスフォーメーションとしてビジネスモデルの変革をしなければ生き残れないということなのですが、しかし大半の企業がDX推進に苦戦しています。その理由の一つは、本質を見ずにDXを曖昧に語ってしまう事があります。そのため筆者はその変革の要素を以下の3つに分解して考えることで課題へのアプローチを行います。

  1. 目指すことは「提供価値の変革」です。
  2. その前提は「プロセスの変革」であり、
  3. そのための「意思決定の変革」が必要です。

DXで実現する変革の要素
DXで実現する変革の要素

課題は人にあり、デジタルで支援する

さて、変革に何故「デジタル」を加えた言葉になっているのでしょうか。デジタルとITはその意味合いが異なりますが、ITで考えた例を紹介します。
30年以上、製造業3社で情報システムに携わってきた筆者は、企業がITを使う真の意味を常に考えて以下の2点に辿り着きました。まず1点目は「人の限界を補う」ということ。
幾何級数的に増加している情報を人が判断しようとしても疲労やフィルターをかけてしまう事で正確には把握できません。また、時間や距離のような物理的制約を緩和することにも有効であり、経験知が増大する速度とその知の品質が圧倒的に向上します。
更に、組織としての行動を企業として足並みを揃えるためには、指示やルールだけでは統制しきれないため、ITによる業務システムを使って業務活動を標準化することで人依存の業務を統制することができ、それが組織文化になっていきます。これを筆者はインターナルブランディングの最も重要な施策の一つと見ており、要するにITは「ブランディングツール」であるという事が2点目です。
ITを「人」と「ブランディング」で説明すると更に複雑と思われるかもしれませんが、全体最適のための重要な考え方だと筆者は信じて実践してきました。
この様なITに、デジタルという言葉が持つ「論理的思考」(後程解説)も加えて戦略策定していくことが大きな鍵になります。

DX が進まない原因例

経営者の意識とリテラシー

企業は「働き方改革」をDXの目的の一つとして目指していますが、以下の様に考える事が必要です。

  • どのような「業務」を果たすために働き方を改革するのか。
  • その業務はどのような「事業戦略」を推進するためのものか。
  • その事業戦略の基になる「経営方針」は何か。
  • その経営方針はどのような「理念」を実現するものなのか。

このようなストーリーが描かれないままDXだけが叫ばれているケースが非常に多いのです。それが如実に表れているのが「経営計画としてDXを推進します」という経営者の発言です。要するに、経営としてどのような企業になっていくのかというビジョンを示さないまま、手段のDXが経営の目的のように論じられているのです。上述のブランディングという認識の無さがここに現れています。
似たようなケースとして、「ビッグデータを活用しろ!」、「IoTを導入しろ!」、「AIで何かヤレ!」などの指示が多いことが挙げられます。これでは担当者任せになってしまい、個別最適を推し進めてしまいます。結果としてDXが組織に認知されずに推進が滞ってしまいます。
一方、現場側にもリテラシーの課題があります。データが蓄積されてもそれを活用することができない。または目的を理解しないままITを使うことでデータ品質が劣化してしまうケースです。
これらのように経営と現場の全社員の「デジタルリテラシー」の向上は同時並行で強化していかねばなりません。ここで言うデジタルリテラシーとはITツールの操作方法ではなく「何のためにITで何ができるのか」という目的と手段の関係性を考える力のことです。

効率化は変革ではない

「効率化」が目的となっているケースも注意が必要です。効率化とは現状機能を短時間かつ低コストに改善することですが、それはあくまでも「現状ありき」です。根本原因や全体最適を考えていくと効率化しようとしていた業務自体が不要になる事もあります。例えばRPAなどでそこを単に自動化してしまうと、その中身が見えなくなることでその機能の影響分析ができないばかりかそれ自体を捨てることができなくなってしまいます。このような事例からわかるように、変革と効率化は方向性が異なることを肝に銘じなければなりません。

DX推進における登場人物

経営と戦略部門

「ITは専門家がやるべきこと」という認識の経営陣が少なくありません。しかしインターネットが当然の現代においてリーダーにデジタル知識が他人事で良いハズはありません。昔からビジネスの三種の神器にITは入っていましたが、今の若者は子供の頃からスマホやオンラインゲームなどで育ってきています。DX推進のためには、まず経営陣がこの認識を改める必要があります。
また、戦略を策定する組織が率先する必要性が大いにあります。変革を目指す以上は企業の全体最適を求めるため、経営企画やマーケティングなどの戦略部門が「DX計画」を牽引していかねばなりません。

現場部門と情報システム部門

一方、当然ながらITに普段から携わっている情報システム部門は「DX推進」に大きな役割を持っています。しかし情報システム部門だけで変革を起こすことは難しく、デザイン思考やそのためのアジャイルやプロトタイピング手法などは現場部門と協働するものです。IT技術に加えて経営視点とコミュニケーション力が求められる情報システム部門に関する解説は後述します。

全社員

日本企業の強みは現場にあります。その社員一人一人の頑張りで提供価値が作り上げられていくのですから、「DX活用」の主役です。社員の行動は定められた制度(特に人事制度)に基づいていますので、変革の際には各種制度も見直されなければなりません。

パートナー企業

自社だけでお客様へ価値を提供している企業はほとんどありません。そのサプライチェーンや支援会社と共に目的を共有して、全体の中で変革をしなければ効果の最大化は得られません。

ITベンダー

技術動向に詳しい外部のITベンダーは、要件を実現していく際に二人三脚で進められる頼れるパートナーです。しかし自社のどのような強みを、市場のどのような機会に繋げることで、どのような変革をするのか、というDX本来の目的は外部ベンダーには描くことはできません。そのためシステム構築を外部のITベンダーへ丸投げしてしまっては上手くいかないことは明白です。もし成功したとしても自社に人財が育たないため、持続的なDX推進とは成り得ません。

人事部門

全体最適で全社員が活動できるように、仕組みと制度でのアプローチが必要です。上述の様に人事制度は大きな影響を及ぼします。例えば営業は売上金額で評価されるケースが多いのですが、その制度を見直した上でSales Tech(営業機能の支援IT)等の検討をするべきです。また企業力を向上させていくためには「機能と体質」の面で対応が必要です。機能に関しては短期的に効果を得るような主張はされますが、時間をかけて企業体質を強化する社員の行動を評価するような制度で変革を後押しすることが必要です。

今後の情報システム部門に求められる役割

守りのCIO(最高情報責任者)と攻めのCDO(最高デジタル責任者)

このように経営と現場それぞれに問題がある中で一貫してITの推進を担ってきた情報システム部門は、全社をデジタルで繋げて全体最適でDX推進をしなければなりません。しかし情報システム部門には特有の悩みがあります。ITを専門家任せにしてきた経営者は、景気が後退する中で多大な投資を必要とする情報システムのコスト削減に走りがちで、それは情報システム部門に現場要望を聞かなくしてしまう姿勢を呼び起こしてしまいます。その結果、多くの企業で事業部門と情報システム部門のコミュニケーションに問題が発生します。このようにして企業でのIT戦略が衰退していったケースを筆者は目の当たりにしてきました。
攻めの経営に出ていかねばならないのですが、ITのお守りだけでも相当なコストがかかってしまうために抜け出しにくい大きな問題なのです。そこで、守りのITをCIO機能とするならば、攻めのデジタル推進をする機能をCDOとしてミッションを明確にして改善することも考えられます。

率先するリーダーシップはソリューショニスト

心のスキルを磨け! イメージ

そのCDO機能の担当者には「ソリューショニスト」としての振る舞いが求められます。「システムの目的と活用は現場部門の責任です」「データ入力はオペレータの責任です」などと切り離していては全体最適のDX戦略なんて絵に描いた餅です。そうではなく、デジタルの知識をフル活用しながら事業戦略の実現に向けてどのようなオペレーションを築くのか、ということを経営と現場に提案する姿勢が必要なのです。多くの企業が外部へ「社会貢献」や「ソリューション」などと発信しますが、社内で提案活動のできない企業がどうして世間にそれを提供できるのでしょうか。しかし簡単ではありません。業務ITシステムの真の評価には3年かかります。要するにビジョンを持って社内ソリューショニストになっていくような粘り強い姿勢が必要なのです。

DX推進に必要なこと

ボトムアップが中心だった今までのアプローチから、トップダウンとボトムアップを掛け合わせたアプローチが必要です。

トップダウン

企業としてのビジョンを再確認すべきです。ボトムアップでそれぞれ事業の個別業務設計は必要ですが、それだけではバラバラな推進となってしまい、企業としての資源を生かすことができません。だからこそ企業の将来の姿を描き、その上でそれぞれ事業と個別業務をどうするのか、という設計をしない限り個別最適でのアプローチから抜け出せません。「ビジョン実現のためにDXを手段として進めるのだ」という経営からの強いコミットがなければ、現場での混乱は収まりません。

バリューチェーンを情報流で全体最適化

競争環境が複雑化するほどに情報が経営資源として重要になり、その取り扱い方の差が企業としての差別化や強みの源泉になります。従って「企業を“一環”する情報流」を整理することで全体最適を見定める事が重要です。「どのような企業になるのか」これを情報流のスタートとして描いていきます。最近ではなかなか聞かなくなったDOA(データ・オリエンテッド・アプローチ)はバリューチェーンを流れるデータの整理から業務設計するものでしたが、そこに演繹法やアブダクションなどの考え方を応用しながら企業としてあるべき情報の流れを定義するのです。システム構築だけでなく、その要件定義でもある事業戦略策定にも効果的です。

ボトムアップ

このように企業としてのあるべき姿からのアプローチに加えて、現場社員の行動でそれを実現していかねばなりません。そのためには、どのような組織機能でどのようなスキルが必要なのか。また個々の社員はどのようなスキルを持って、どのような方向へ成長していきたいのか、このような人財開発をしていく事が求められます。特に今は何が正解かわかりにくいので、だからこそ多様性が求められるのです。それはバラバラで良いといことではなく、一人一人が「論理的思考」を持って主張し、全社員でナレッジマネジメントを推進するということです。この論理的思考の一歩目はファクトベース思考です。従来の様に勘と経験と度胸だけで物事を判断するのではなく、そこにファクトを加えて論理的戦略思考を磨く事がDXの始まりだと筆者は信じています。

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出る杭になる人財と多様性マネジメント

要するに全員参加で経営をしていくのです。全社員に顧客起点は当然ですが、そこに経営視点を加えて物事を考えられるようにしていかねばなりません。いきなり全ての社員が同じように変化することはありえません。だからこそまずは一歩踏み出す人が必要です。そのような人を見出して、成長させていかねばなりません。そのようなマネジメントの変革は急務なのです。

まとめ

暗黙知を形式知にするためにもデジタルは必須

多様性について言及しましたが、不確実な時代にはとても重要な考え方です。それは同時に情報量が増大することを意味しています。多様な一人ひとりが持っている情報の殆どは暗黙知です。企業内でも8割は暗黙知と言われ、それを形式知化して活用するためにはやはりデジタルが必要なのです。

日本企業の停滞は世界の損失

冒頭で述べたようにDXの狙いは今始まったことでは無く、しかし未だに模索が続いています。この現象は、同じ過ちを繰り返していると言わざるを得ません。その反省すべきポイントは上述してきた通りですが、「失われた30年」を払拭するためにも確実な一歩を踏み出さねばなりません。
日本企業の技術や人を支える姿勢は世界から求められているのです。要するに、日本の停滞は世界の損失であり、この一歩こそが、どの企業も語る未来社会への一歩なのです。

著者プロフィール

WAIコンサルティング合同会社
代表社員社長

谷古宇 啓之 氏

管理工学を専攻した学生時代にプログラミングをアルバイトで習得。1989年に株式会社服部セイコー(現セイコーホールディングス株式会社)に入社し、その後2001年に横河電機株式会社へ転職。両社それぞれで情報システム部門と自ら構築した業務システムを活用する事業部門を経験。横河電機時代には外販としてのITソリューション戦略も担当した。2015年に株式会社リコーへデータサイエンティストとして転職し、中期経営計画やブランディングを推進した。32年間3社の在籍で基幹業務システム、顧客フロント系システム、各種情報系システムなどを駆使した多くの実績を有し、2021年にWAIコンサルティング合同会社を設立後は13社に顧問コンサルを展開している。

谷古宇 啓之 氏

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