2020年10月28日

HACCP法制化をわかりやすく解説! 第01回 食品衛生法改正7本柱を立体的に俯瞰する

株式会社鶏卵肉情報センター 代表取締役社長(月刊HACCP発行人) 杉浦 嘉彦 氏

はじめに

2019年6月13日に食品衛生法の一部改正が行われてすべての食品等事業者に対して「HACCPに沿った衛生管理」が義務的に要求されることが定められました。通称「HACCP法制化」は2020年6月1日に施行されて1年後の2021年6月1日に完全施行となります。これまで営業許可対象でなかったその他の食品等事業者まですべてがHACCPに対応しなければならないというので、特に飲食店などの調理業種等の業態及び食品従事者50人未満の事業者(以下、小規模営業者等)の多くがHACCPという単語自体を聞くのが初めてだったり、これまでのHACCPに対する印象が複雑・難解など悪いものだったりなど、「どう対応していけばよいのかわからない」「困った」という声も多いのではないでしょうか。そこでお悩みの事業者各位のために、コロナ禍で行政・民間ともに研修会を開催しにくいこともあり、HACCP法制化を3回に分けて解説いたします。

食品衛生法一部改正の全体像(図1)

HACCP法制化は国家戦略

HACCP法制化の背景には、2013年に政府が掲げた国家戦略「Japan is Back~日本再興戦略」があります。HACCPは国際標準として世界的に普及が進展しており、少子化縮小経済を迎える日本が持続発展していくために食品の大幅な輸出が求められる中、海外から求められる安全基準HACCPの普及が不可欠であり、かつHACCP普及は食中毒の発生防止、食品衛生法違反食品の製造などの防止が図られることから、結果食品安全性の向上が期待される、というものです。いかがでしょうか、「うちは輸出も考えていないし、食中毒など起こしたこともない、なぜ新たな負担を課せられなければいけないのか」、そう考えた方もいらっしゃるのではないですか?

食衛法7つの柱―相関関係からわかること

HACCP法制化の意義は、今回の食品衛生法一部改正の全体像(図1)を俯瞰するとよくわかります。最初に施行された柱は「広域的な食中毒事案への対策強化」(2019.4施行)です。これまで食中毒などが発生自治体で個別に行われてきた捜査を、国と自治体との縦串、また県・市同士の横串をさした協議会を設けて、広域的な食中毒捜査及び拡大防止策を速やかにとれるようにするものです。

数年前に北関東の量り売り弁当屋のポテトサラダで、腸管出血性大腸菌O157食中毒が県境をまたいだ同系列店舗で発生した事件がありました。最初は個別の発生事例として取り扱われ記者会見でも量り売り時に使用されるトングによる2次汚染の可能性など触れていましたが、実はしばらく経って、同じセントラル工場で製造されたポテサラが県境を越えた別店舗でも食中毒を起こしているとわかり、さらに時間が経つと同じ遺伝子型のO157事件が日本各地で発生していることがわかりました。つまり結構な広域圏の食中毒であったわけです。ポテトサラダへの汚染は店舗段階というよりはその川上であるセントラル工場、さらにはその原料となる非加熱食材だったのかもしれませんが、広域食中毒捜査をするにはすでに遅きに失していましたので、その後も真の原因はわからないままとなっています。

今回の法改正に照らすと、広域食中毒であることを早々に確かめられたならば、速やかに協議会での情報共有と共同捜査が展開され、その原因が原材料であれば食品サプライチェーンの川上へ川上へと捜査の手が伸びることとなり、本当の“犯人”が見つかれば当該ロットを今度は、川下へ川下へとロットを特定して法的リコール(製品回収)が要求されます。これが7柱の一つ「食品リコール情報の報告制度の創設」(2021.6施行予定)です。

広域捜査には、食品サプライチェーン全体での製品ロット追跡が求められますから「実態等に応じた営業許可・届出制度」(2021.6施行予定)で食品等事業者をカバー、そしてこれを機会に病原性微生物よりむしろ化学物質の問題が潜在的に知られている「健康被害情報等の把握や対応」と「食品用器具等の衛生規制の整備」(どちらも2020.6施行)及び「その他」の法整備が付け加えられたのです。

残る「事業者による衛生管理の向上」(2020.6施行)が正に本題の「HACCP法制化」です。従来は事件事故が発生したその施設だけが罰金や営業停止等の罰則適用を受けてきましたが、これからはサプライチェーンの川上へ、あるいは川下へと、問題追及の手が伸びて製造者責任がより明確に要求される時代に切り替わるのです。そこで自社の「潔白さを証明」するツールがHACCPなのです。つまり食中毒を起こしたことがなくても、輸出するつもりがないとしても、自社に及ぶかもしれない責任追及の手から身を守る “見える化”ツールと捉えるとこれまでのHACCPへの印象が変わってくるのではないでしょうか?

食品安全の“見える化”=安全の担保を取ることは、グローバル食品流通の大きな課題であり、HACCPはそのための世界共通言語です。日本国内でも、海外資本の多店舗外食やホテル、海外進出も行うスーパーマーケット(SM)やコンビニエンスストアなどが先んじて自主的HACCPを原料・製品供給者(サプライヤー)に要求しました。最近はHACCPのメリットに気がついた国内製造メーカーや中堅SM・百貨店などもサプライヤーにHACCPを要求し始めています。

HACCPとは食品安全の“見える化”

食品由来の疾病や傷害はどうひいき目に見ても不愉快なものです。最悪なら死に至る場合もあります。また商取引や観光など経済的な事業に対する損害、訴訟や収益の損失、失業、そして消費者信頼を失うことにもなりかねません。皆さまの中に、こうした事故・事件を起こして人々を困らせてやろうと考えて食品を作っている事業者さんなどいらっしゃるはずないですよね?きっと皆さまの製造・調理オペレーションには事故を予防する仕組みがきちんとあって、それが故にこれまで事故・事件を起こさず今日もお客様の笑顔に喜びを感じながら事業を続けられるのではないでしょうか。

こうした、すでに皆さまが日々取り組まれている食品安全の仕組み、すなわち「原材料・ヒト・環境」から入り得るハザード(ヒトに食物由来の疾病・傷害を引き起こし得る要因)を予防、排除あるいは許容できるレベルまで低減するようなオペレーションがどういうものかを衛生管理計画書に書き起こし、それを日々実践していることを記録に残すことで、自らの正当性を第三者に説明できるようにする、それがHACCPです。新たな設備投資を要求するものでもありませんし、第三者認証を要求するものでもありません。あくまでも自主衛生管理の仕組みです。

HACCP法制化で皆さまに求められること、それは衛生管理計画を自ら作成すること、作成した計画を日々実践すること、実践を記録に残すこと、この3つだけです。もし作った計画が「オペレーションとフィットしない計画」でも“遵守しなければならない”のが法律ですから、どうせ計画を作るならば、自施設オペレーションになるべくフィットした計画にしたほうが良いと思いませんか?

食品安全の“見える化”は、結果として自身の気がつかなかったモレ・ヌケ・ミスの原因を未然に見つけ出すこともでき、第三者から指摘を受けて改善しやすくもなります。厚生労働省はさらに保健所の衛生監視員による立ち入り検査の効率化まで期待されていますが、それはともかくどうせやるなら持続的発展に資するHACCPの実践を目指していただきたいと願って以降の連載を皆さまにお送りします。

著者プロフィール

JHTC専務理事

株式会社鶏卵肉情報センター
代表取締役社長(月刊HACCP発行人)

杉浦 嘉彦 氏

  • 月刊HACCPでオピニオンコラム「私の視点」を執筆
  • JHTCの専務理事として、会の各事業計画、運用および監督に携わる
  • 農林水産省フード・コミュニケーション・プロジェクト(FCP)ファシリテーター、NPO日本食品安全検証機構 常務理事、フードサニテーションパートナー会(FSP会) 理事、一般社団法人日本フードラボ&トレーニング協会理事などを歴任
  • 東京都および栃木県の食品衛生自主管理認証制度 認証基準検討委員ほか

杉浦 嘉彦 氏

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