2020年08月26日更新

DX時代にバリバリ活躍するIT技術者になるためのこれだけは知っておきたいスキルセット・ガイド第10回 日本企業のDX推進に必要なこと

株式会社サイクス 代表取締役 宗 雅彦 氏


bennymarty - stock.adobe.com

いまやモノが売れなくなってしまったと言われる理由はなにか?

図1
図1

今日の日本では、モノが売れなくなってしまったとよく言われますが、それはなぜでしょうか。

例えば10年ちょっと前に"iPhone"という革新的な製品が登場したときのことを思い出してください。当たり前のことですが誰もがこの「スマホ」という新製品を初めて目にしたわけです。最初はおそるおそる、しかしその製品の魅力が理解されてからは爆発的に「スマホ」という製品をわたしたちは競って求めました。しかしスマホが多くの人々の手に渡った今日、もはやスマホが爆発的に売れる時代は過ぎ去りました。いまやスマホは買い換えの対象となった製品です。

考えてみれば、このようなことは幾度となく繰り返されてきました。昭和の昔であれば、テレビ、洗濯機、冷蔵庫は「三種の神器」と呼ばれ、わたしたちのほとんどが手にするまで爆発的に売れました。電話やFAXやインターネットという通信手段だってそうです。

単純化しすぎた嫌いはありますが、簡潔に言えば、革新的な製品やサービスが登場すると、それが普及するまでは爆発的に売れますが、いったん普及してしまえば、買い換え需要だけが残ることになります。そして"パソコン"や"iPhone"のような革新的な製品がなかなか登場しなくなってきたことが、いまやモノが売れなくなってしまった時代と言われる理由です。

このように「提供型ビジネスモデル」(第9回参照)と筆者が呼ぶ「つくって売って稼ぐ」タイプのこの直線的なビジネスモデルは、そのモノが欲しくてたまらない大量消費市場を必要とします。そのモノが欲しくてたまらない大量消費市場が消滅すれば、競争の軸は「QCD=品質・コスト・スピード」になりますし、品質やスピードが横並びになってしまった現代においては、「コスト競争」の軸だけが残されることになります。

提供型依存から脱却し顧客経験変革型への変革が進む欧米のDX推進企業

図2
図2

いまのお話の見方を変えると、日本や欧米諸国などの先進諸国において、わたしたち消費者はモノを欲しがらなくなってきたと言うこともできます。マーケティングの権威、フィリップ・コトラーは、この変容をこの図2のようにとらえています。かつて企業と顧客はハンターと獲物の関係で「狩猟型マーケティング」であったとしていますが、これが筆者が「提供型ビジネスモデル」と呼ぶものです。一方、企業と顧客が共感で結ばれた「価値を共創する関係」にあるのが「顧客経験変革型」と筆者が呼ぶもので、コトラーは「農耕型マーケティング」と呼んでいます。

「提供型」の狩猟型マーケティングでは、企業が主役で、つくって売って稼ぐプロダクトアウト型のビジネスモデルでした。しかし「顧客経験変革型」においては、顧客コミュニティが主役です。顧客コミュニティのそれぞれの顧客は、まことに多様かつ複雑で変化する欲求を持っています。だから「顧客経験変革型」においては、その複雑で多様で変化する欲求を共感し、顧客が共感できる価値提案を磨きあげつづける「弾み車モデル」の継続的改善活動がカギになります。「提供型」のように、過去の売れ筋製品を分析して、その延長線上に将来を予測するといったアプローチでは顧客の欲求を捉えることができない世界です。

欧米のDX推進企業を分析すると、この「顧客経験変革型ビジネスモデル」をデジタル化することによって大きな成長を遂げていることがわかります。以前、解説したアマゾンもそうですし、GEやボーイングなどが伝統的な製造業ビジネスモデルをデジタル化した企業もそうですが、今回はNetflixを事例に取り上げて分析することにします。

Netflixはどのようにして躍進することができたのか

Netflixは、動画ストリーミング配信サービスの王者であり、そのマーケットシェア(ワールドワイド)は70%超と圧倒的です。そのようなことがあって、米国を含む多くの地域ではGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)のかわりに、GAFAにNetflixを加えたFAANG(Facebook, Apple, Amazon, Netflix, Google)を使うことが一般的です。

図3
図3

どのようにして売上や利益を稼ぐかの仕組みのことを「プロフィットモデル」と呼びます。Netflixの創業時のプロフィットモデルは、1週間レンタルにつき4ドル、送料・手数料として2ドル(追加でレンタルする場合はさらに1ドル)を支払うという従来型のビデオ・レンタルショップのサービスと同じでした。いわばリアル店舗のビジネスモデルをWEB店舗に置き換えた「提供型ビジネスモデル」と考えることができます。

しかし1999年9月、月額定額制のレンタルサービスを開始、Netflixの躍進が始まりました。月額15ドルでDVDを本数制限なしにレンタルできるこのサービスは、延滞料金、送料、手数料が全て無料という当時としては画期的なアイデアでした。このアイデアは、かつてヘイスティングが『アポロ13』のビデオテープをレンタルしたとき、返却期限に間に合わず、40ドルの延滞料金を支払った経験がきっかけとなっています。ヘイスティングは、今日ではサブスクリプションと呼ぶようになったこのプロフィットモデルのアイデアを、月額定額制のジムで汗を流しているときに思いついたそうです。このお話のポイントは、サブスクリプション・プロフィットモデルと呼ばれる月額定額の仕組みが、価値提案にイノベーションを起こし、弾み車を大きく回すことができたということです。

ただしサブスクリプション・プロフィットモデルのイノベーションという創業時の成功に頼っているだけでは、今日のNetflixの繁栄はなかったと思われます。実はNetflixがその後も成長と発展を続けることができた背景には、VOD(ビデオ・オン・デマンド)への移行と自主制作番組への進出というふたつの大きな変革がありました。

動画のストリーミング配信とは、言うまでもなく動画のデジタル配信のことです。ビデオ商品がカタチのあるモノの場合、顧客に「商品の到着を待たなければならない」と「送料を負担しなければならない」というふたつの大きな苦痛をもたらすことになります。「送料負担」の苦痛はプロフィットモデルの変革で対応することもできますが、「商品到着の時間」はどうしようもありません。しかし動画のデジタル配信は、このふたつの苦痛を同時に排除することができます。つまりVODへの移行が、デジタル配信サービスによる価値提案のさらなる革新に貢献しているのです。

ストリーミング配信で成功を収める一方、Netflixは既存作品の配信だけでなく、オリジナル作品の制作にも乗り出すようになりました。中でも同社が2013年に配信を開始したドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は、ケヴィン・スペイシーやロビン・ライトら有名俳優を主演に据え、映画監督のデヴィッド・フィンチャーがシリーズの制作総指揮を務めたほか、制作費として1億ドル(約123億円)もの巨額が投じられたことで話題となったのです。また、従来のテレビ放送のように毎週1話ずつではなく、1クール全話での一挙配信を行ったことにより、アメリカ国内では俗にいう「一気見」をする人が続出、社会現象ともなりました。これによりNetflixは映像コンテンツ制作会社としての地位を確立していったのです。

以上のNetflix 成功物語のキー・ポイントはこういうことです。

  • Netflix の創業時の成功は「サブスクリプション・プロフィットモデル」による「価値提案」のイノベーションによるものであった。それがCX(カスタマーエクスペリエンス)のイノベーションに直結した。
  • しかしNetflix はその成功に甘んじることなく、動画のデジタル・ストリーミング配信(=VOD)によって、さらなる「価値提案」のイノベーションに挑戦し成功した(=水色のライン:DXによるイノベーション)。それがCX(カスタマーエクスペリエンス)のさらなるイノベーションに直結した。
  • その後、Netflix は自主製作番組にのりだし、それが「価値提案」の磨き上げからのCXの磨き上げにつながることができた。

このように欧米のDX推進企業は、提供型依存から脱却し、顧客経験変革型の弾み車モデルに変革を進めているのです。

日本企業はSIビジネスモデル依存からの脱却をはかる必要がある

最終回のテーマは、このように欧米のDX推進企業が弾み車モデルと呼ぶサイクル型のビジネスモデル変革を進めていること。DXはそのサイクル型の継続的な変革活動の一部として組み込まれた、やはり継続的な変革活動であることをお伝えすることにありました。

しかし日本企業のDX推進は活発に進んでいるとは言えない状況にあります。筆者はその理由となるいくつかの構造問題を認識していますが、そのひとつの構造問題にふれて最終回のまとめにかえたいと思います。

図4
図4

ビジネスモデル構想企画から要件定義、設計実装から運用まで自分たちでやる欧米企業では、わたしたちが言う「内製開発」が当たり前です。一方、世界でも希なIT利用企業のITベンダーへの依存度が高い日本においては、日本独自の"SIビジネスモデル"が広く普及しています。

SIビジネスモデルはウォーターフォール型開発プロセスで進めますが、このプロセスはDX推進に適応できません。例えば「IT要件定義」から始まることが多いプロジェクトマネジメントにおいて、ビジネスモデル構想企画や業務設計(=サービスデザイン)が希薄であるとか(第1回/第2回/第3回参照)、はじめに要件を正しく定義すべきとするウォーターフォール型開発プロセスは定型業務を対象とする基幹システムであれば適応可能ですが、要求の変化が大きいDXプロジェクトには適応できないなどテクニカルな構造問題がいくつもあります。しかしこのまとめでは、根っこにある問題をひとつだけ取り上げて指摘しておきたいと思います。

それは「SIビジネスモデル」も「提供型ビジネスモデル」だということです。提供型ビジネスモデルは成果物のQCDで価値を評価されます。しかしいまやQ(=品質)が高いのは当たり前です。D(=納期)を守るのも当たり前です。するとC(=価格)の軸での競争を強いられますが、すると強い価格の低下圧力を受け続けることになります。しかも顧客企業は、基幹システムをコスト要素としてみがちです。コスト要素に対する価格低下圧力はひときわ激しいのです。

顧客企業がSIベンダーに強く依存し、基幹システムのIT化が中心の日本では、いままで問題が表面化せずにきました。それでもSI業界の売上は確実に落ちておりSI業界の将来に対する不安は深刻であることは関係者の方々はよくご存じのことだと思います。

長年、日本に根付いたSIビジネスモデルという商習慣が一朝一夕に必要なくなることはありえませんし、基幹システムがこれからも大切であることも変わりません。しかし日本企業のDX推進のために必要なことのひとつは、SIビジネスモデル(=提供型)依存から脱却し、「顧客経験変革型」のDX推進プロセスが必要であるということを指摘しておきたいと思います。

いよいよ最終回となりました。筆者は日本企業のDX推進に微力ながら貢献したいと活動を続けています。また機会を頂ければこの誌面でお会いすることがあるかもしれません。またお伝えすることができなかったことについてもブログサイト(『DX経営の冒険』(Facebookページ) http://fb.me/DXkeiei)を開設しています。よろしければお立ち寄りください。

著者プロフィール

株式会社サイクス

代表取締役 宗 雅彦 氏

IT経営ナビゲータ
『DX経営の冒険』(Facebookページ) http://fb.me/DXkeiei

UNIX OSの開発業務から、シリコンバレーでのITベンチャーの動向リサーチ・発掘、投資、事業開発業務までを経験し独立。DX(デジタルトランスフォーメーション)をIT経営の変革と定義し、企業の経営変革と顧客創造の推進支援に取り組む。
国際NPO団体IIBA(カナダ・トロント)にてBABOK(ビジネスアナリシスの知識体系ガイド)バージョン3(英語版)開発リーダーなど社会貢献活動にも参加。

宗 雅彦氏

ページの先頭へ