2020年03月13日更新

DX時代にバリバリ活躍するIT技術者になるためのこれだけは知っておきたいスキルセット・ガイド第06回 AIはおもてなしサービスの夢をみるか?

株式会社サイクス 代表取締役 宗 雅彦 氏

今回のねらい

前回は、アマゾンのEコマースがどのような仕組みで破壊的イノベーションを起こし、その圧倒的な力で小売業の頂点に立ったのか、そのビジネスモデルを解き明かしました。このように絶大な力を誇るアマゾンですが、果たしてそのビジネスモデルに死角はないのでしょうか。わたしたちの近所のスーパーはすべてアマゾンに破壊しつくされてしまうのでしょうか。そこでアマゾンの死角の可能性について考えてみたいというのが今回の第一のテーマです。

また欧米ではGAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)が、そして中国ではBATH(百度、アリババ、テンセント、ファーウェイ)が、DX(デジタル・トランスフォーメーション)時代の産業界の旗手として注目を集める一方で、GEやボーイングなど伝統的な既存の大企業がDXによって新しい収益を生み出しているとされています。そこで製造業のDXの動向を眺めてみようというのが今回の第二のテーマになります。

それではアマゾンの死角について考えることから、早速はじめることにしましょう。

アマゾンのEコマースとスーパーマーケットのアナログ・コマースの比較(前回からのまとめ)

図1
図1

この図は、前回検討したアマゾンのEコマースと、スーパーマーケットのアナログ・コマースのまとめです。アマゾンのビジネスモデルの特徴をまとめると、画一的ではあるけれども膨大な商品を、広大な商圏の膨大な数の顧客に提供していることがわかります。そのサービス運用は圧倒的なコストリーダーシップを誇っていることも、前回、検討したとおりです。さらにアマゾンは顧客とデジタル直結していますから、顧客の行動や購買履歴に関する膨大なデジタルデータの蓄積を活かすことができるということでした。

一方、スーパーマーケットの地域性を活かしたサービスは、おもてなしサービスとは言わないまでも、ひとによる「ひとの温もり」を感じるサービスを提供できるところが主な特徴であると言えそうです。逆に言えば、いまのアマゾンは、膨大な数の画一的な商品を大量供給方式で提供しているイメージがありますが、ひとの温もりを感じるサービスとは言いがたいところがありますから、筆者は、これがアマゾンのビジネスモデル上の死角につながるポイントではないかと考えています。

リコメンデーション・エンジンにしても「あなたが買おうとしている商品を既に買ったお客様は、他にもこんな商品を買いましたよ」ということを言ってるだけであって、わたしたちのデマンドがなにかを理解しているわけではありません。

でもビッグデータ解析からわたしたちのデマンドを解析できる可能性はないのでしょうか。AIが人間並みの知性を備えれば、「ひとの温もりを感じるサービス」を提供できるのではないでしょうか。できるのか? できないのか? それが今回、検討したい第一の問題です。

もっともこの問題は現在進行形で議論が進んでいる最中のもので、これだけで本が何冊か書けそうな大問題です。限られた紙面で検討を尽くすことは難しい面がありますが、できるだけポイントを絞って筆者の現状理解を述べたいと思います。

ビッグデータ解析の現状と課題

ビッグデータへの期待というのは、とどのつまり、そこから顧客がなにを「価値」としているかを見出したいという点に尽きます。なにがデマンドなのだろうか、どのようなモノやサービスを求めているのだろうかということです。「あの商品が欲しい」というデマンドは、価格のような定量的なデータではなく、「あのリンゴは美しい」というように定量的なデータであらわすことが困難な定性的な情報です。

しかしビッグデータ解析の技術とは、とどのつまり「統計解析技術+機械学習技術+データマイニング技術」ですから、『定量的』な解析しかできません。つまりビッグデータに対する膨大な期待と、データアナリストやITシステムへの膨大な投資にもかかわらず、「ビッグデータ解析は、いまだ意味や価値の発見ができない」でいるのです。「いや、おむつの横にビールを置いたらよく売れるようになったという意味や価値を発見した事例があるではないか」ということをおっしゃる方に良く出会います。しかし、それはデータアナリストがビッグデータ解析の定量的な解析結果を手がかりにして、定性的な意味や価値を発見したということなのです。いまのビッグデータ解析の直接的な貢献は、例えばウーバーテクノロジーズがニューヨークにおいては、僅か2分でタクシーの配車ができるようになったというように、効率向上という定量的な成果の向上に貢献している現状があるのです。

シンギュラリティはやってこない

シンギュラリティ(技術的特異点)の定義にこれだというものはないのですが、一般的にAIが人間の知性を超えるといったような意味で使われることが多いようです。AIが人間の知性を超えれば、ITサービスが「おもてなしサービス」を提供できる未来がやってくるかもしれません。

シンギュラリティといえば、その提唱者であるレイ・カーツワイルが有名ですが、カーツワイルはシンギュラリティを「$1,000で手に入るコンピュータの性能が全人類の脳の計算性能を上回る時点」であると定義しています。つまりコンピュータが早くなればシンギュラリティが実現できるという論理です。しかし本当にそうなのでしょうか。筆者にはなかなか納得しがたい論法です。『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を書かれた新井紀子さんが、経産省の委員会でこのようなことをおっしゃっていて、筆者はなんてうまい例えをされる方なのだろうと胸のつかえがすっと降りるような気がしました。

「火星に火星人がいないことが証明されていないからといって、
    わたしは火星人が居る可能性に賭けることはできない」

ちなみに新井紀子さんが書かれた本書は、AIブームをあおるばかりの扇情的なAI本(でなければ高度に技術的に専門的な本)が世の中にあふれている中で、唯一といってよいほど、AIをサイエンスしたものになっており、しかも一流の科学者でいらっしゃる証だと思うのですが、難しいAI技術の問題を平易な言葉でわかりやすく解説しておられます。

しかし新井紀子さんの言葉を借りるまでもなく、シンギュラリティはやってこないことは容易にわかります。いまのコンピュータは、発明者の名前をとって、フォン・ノイマン型コンピュータと呼ばれます。このコンピュータの本質は高速で大容量の計算機ですから、「あのリンゴは美しい」という言葉の持つ定性的な意味を四則演算であらわすしかないのですが、それは無理な相談です。ましてやまだだれも解明していない人間のこころの動きを、計算式であらわそうとするのは、まさに「火星人がいる可能性に賭けること」となってしまいます。

「共感やこころを感じる」ことは人間にしかできない

AI技術がひとを圧倒する仕事は、想像以上にたくさんあるようです。人間社会がそれを受け入れるかどうかはさておいて、有名な米オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授の論文『雇用の未来?コンピューター化によって仕事は失われるのか』では、20年後の将来には47%の仕事がなくなるという衝撃の内容が発表され、大きな物議を醸しました。

AI技術がひとを圧倒する仕事とは、特定の枠組みやルールに収まる問題の解決、例えば碁や将棋といったゲーム、人間にはとてもできないスピードでの大量画像解析といった、きっちりとルール化できる仕事です。それはビッグデータ解析技術が「統計解析技術+機械学習技術+データマイニング技術」であり、定性的な分析が困難であることと同じことを意味しています。だからAI技術には、イマジネーションしたり、連想や類推したり、仮説形成したりすることができません。ビジョンを持ったり、目標設定したり、意味や価値を理解することがどうしてもできないのです。

「ひとの温もりを感じるサービス」や「おもてなしサービス」では、サービス提供者と受益者が「共感」できたり「こころを感じる」ことが必要ですが、そもそもひとはどのようにして互いのこころを感じることができるのでしょうか。

ひとには意識される言葉だけではなく、無意識の中に言葉にはできない世界の見方や情緒のようなものがあって、同じ場、同じ時にからだを互いに置いて、声や身振りや表情から情緒までも交わし合うことで、その場にうまれる状況や意味を共有することを「共感する」と言います。AI技術でひとのふりをさせ、共感しているようにみせかけるアルゴリズムを実装することは可能ですが、それでもAI技術が人間のこころを察知しているわけではなくて、ひとのふりをするなにかに、ひとが「ひと」を感じるということでしかありません。いまのAI技術では、「ひとのふりをさせるサービス」を提供することはできても、少なくとも近い将来までは、「ひとの温もりを感じるサービス」を提供させることは難しそうです。

製造業DXのトレンド

図2
図2

米国でのGEのインダストリアル・インターネットや自動車業界のMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)など製造業DXの動向が活発化していますが、有名な小松製作所(以降、コマツ)の「KOMTRAX」は、DXやIoTに関心が高まるはるか以前からデジタルを活用した先駆的なDXの事例として注目すべきものだと筆者は考えています。

KOMTRAXの当初の動機は、建機にGPSを搭載することで盗難防止に役立てたかったということですが、いまやコマツの建機にはGPSのみならず燃料計や湿度計など多様なセンサーが搭載されています。それがデジタル直結で集中管理センターで監視され、日々、建機の稼働状態に関するビッグデータの収集が行われているのです。

コマツの集中監視センターは、そういったビッグデータ解析の結果から、予防保守といった稼働保証サービスや盗難防止などの付加バリューを提供しているのですが、注目すべき点は、ビッグデータ解析の定量分析の成果を人間が顧客のさらなる問題発見と解決策の立案に役立てている点です。例えば、建機の運用者にとって燃料費が維持運用費に占める割合はとても大きいものですから、稼働状況の分析結果から燃料費低減のコンサルティングサービスを提供すると、顧客はとても喜び、コマツに対する信頼感が向上するというのです。

さきほどのアマゾンの例でも見たとおり、ビッグデータの直接的な貢献は、効率向上といった定量的なものに留まります。もちろんこれは顧客にとって膨大な価値を生み出すことにつながっているのですが、その一方で、問題発見や解決策の立案など、ひとにしかできない仕事もあるということです。DXによるビジネスモデル変革を構想するにあたっては、DXの定量的な変革に寄与する合理的なパワーと、ひとにしかできない価値創造のパワーのふたつのバランスを、どうとるかが問われていくことになるでしょう。

今回のまとめ

アマゾンEコマースと、コマツKOMTRAXのふたつの事例から、これからDXによるビジネスモデル変革を構想するにあたっては、DXの定量的な変革に寄与する合理的なパワーと、ひとにしかできない価値創造のパワーのふたつのバランスを、どうとるかが問われていくことになるであろうことを述べました。

図3
図3

それでは次回からは、いよいよビジネスモデル構想企画の方法について検討していきたいと思います。実は筆者がDXについてのコンサルティングや研修を提供するときに寄せられるみなさまの最大の課題が「DXビジネスモデル構想企画の方法がわからない」というものなのです。

その理由は既に述べました。わたしたちの多くは、DX推進に必要な導入プロセスの経験がありません。やったことがないことはわかりません。知らないことは想像しようがありません。

それでは次回を楽しみにお待ちください。

著者プロフィール

株式会社サイクス

代表取締役 宗 雅彦 氏

「方法こそが未来創造に向かうための武器なのです」をモットーに、IT経営の変革、DX(デジタルトランスフォーメーション)のためのビジネスモデル創造の方法の研究・普及活動に取り組む。近年は、DX推進の人材育成、新規創造プロジェクトの支援のために精力的に活動。
外資系コンピュータメーカーでUNIXオペレーティングシステムの開発業務に従事。その後、シリコンバレーに駐在し、ITベンチャーの発掘・投資・事業開発推進業務に従事。2000年に株式会社サイクスを創業。IIBA(カナダ・トロント)のBABOK(ビジネスアナリシスの知識体系ガイド)バージョン3の開発リーダーなど、社会貢献活動にも参加。

宗 雅彦氏

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