2020年06月16日更新
集患・増患の考え方と仕掛けづくり 第02回 従業員満足度について
GUTS株式会社 代表取締役 清水 仁 氏
従業員満足度調査が生まれた背景
患者満足度についての調査は前回お話ししたとおり、わが国の医療需要と医療サービスの提供とが均衡してきたことで地域によっては「患者の取り合い」が生じるようになり、「患者に選ばれるにはどうすればいいのか」と考え始めたことが契機となりました。
それでは、従業員満足度調査についてはどうでしょうか。
従業員満足度(Employee Satisfaction)は、当初、移民の増加と世界恐慌によって工場の科学的管理が大きな課題となっていたアメリカで職務満足(Job Satisfaction)の調査・研究から始まりました。(注1)
- (注1)小野公一(編著)(2019)『人を活かす心理学-産業・組織心理学講座第2巻』北大路書房
この職務満足度調査は、「満足度」と表現するよりもむしろ「不満足度調査」と呼ぶべき調査であって、不満の解消をすれば生産性が上がるのではないか、という仮説のもと始まりました。
しかし、不満足の解消をしても決して生産性の向上につながらなかったため、その後、フレデリック・ハーズバーグの二要因理論(動機づけ要因・衛生要因)へと進化を遂げ、動機づけ要因(達成すること、承認されること・・・)などを強化し、衛生要因(作業条件・対人関係・・・)を予防することで生産性向上につながっていくことがわかってきました。
現在の従業員満足度調査の実態
従業員満足度調査は、患者満足度調査と比較すると標準化されているとはいえない状況で、しかも調査の実態は前述の「不満足の調査」でとどまっていると言えるのかもしれません。
ある病院で幹部の方にお聞きして印象的だったのが、次の言葉です。
現場が勝手に「満足度調査」をやるのはいいと思うよ。
でも、内容は俺たちに見せられても困るよ。
だって見せられたら対応しなけりゃそれはそれで不満を抱えちゃうだろうからさ。
実に正直なお気持ちだと思いますが、ここにはやはり欠けている視点が3つあります。
- 不満足の調査であるとしたら、従業員満足度調査としては片手落ちであること
- 不満足の解消(予防)はもちろん、モチベーション(動機づけ)につながるヒントが眠っている可能性が高いこと
- 不満足の解消(予防)が即生産性向上につながらないとしても、やはり放置したら中長期的には組織の健全性を保つのは困難であること
満足度(satisfaction)と
エンゲイジメント(engagement)
冒頭、従業員満足(職務満足)についての調査・研究は満足度というよりもむしろ不満足度の調査・研究から始まったとお話しいたしました。そして、不満足を解消しても決してすぐにモチベーションの向上、ひいては生産性の向上につながらないということもわかりました。
そこで、生まれてきた概念が、ワーク・エンゲイジメント(Work Eengagement)で、日本語で表現するとしたら、「仕事に誇りをもち、仕事にエネルギーを注ぎ、仕事から活力を得て生き生きとしている状態」と言われています。(注2)
- (注2)アーノルド・B・バッカー,マイケル・P・ライター編著,島津明人総監訳(2014)『ワーク・エンゲイジメント』星和書店
ワーク・エンゲイジメントの考え方では、いわゆるワーカホリックな状態や看護師に多いとされているバーンアウトの状態などとは次のように明確に概念規定しています。
ワーク・エンゲイジメントの評価には、ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(Utrecht Work Engagement Scale UWES)を活用することができ、これによって簡単に国際比較や他業界比較することができます。
しかし、この比較をするだけではもちろん意味はなく、現状把握をして、改善すべき要素(活力 : vigor、熱意 : dedication、没頭 : absorption)が認識できたとしたらこれに対処しなくてはなりません。
とはいえ、おかれた環境やそれまでの背景、それぞれの組織の事情がありますので、「これをやれば大丈夫」とは簡単には言えませんが、バーンアウトを防ぎ、ワーカホリックの状態から脱していくことを組織として考えていくのは極めて重要な課題です。ワーク・エンゲイジメントの研究から示唆されているワーク・エンゲイジメント向上のための6つのポイントを以下に記載しておきます。
1. 協働
関与する全員の創造性と熱意を促進させるような、包括的なプロセスを作成する必要がある。
2. 継続的なプロセスの確立
ワーク・エンゲイジメントの向上は継続したプロセスであるため、組織では継続的なアセスメント、適応、実行が必要である。
3. ターゲットを理解する
多くの場合、エンゲイジメントを仕事への満足感や組織へのコミットメントと同義として用いているが、ワーク・エンゲイジメントとは異なるものである。
4. 創造的になる
ワーク・エンゲイジメントの向上に対してどんな要因が役立つかは、企業ごとに異なる可能性が示唆されている。
5. 評価する
毎年行っている従業員調査に信頼できるワーク・エンゲイジメントの測定尺度を含めることは、適切で、基本的なステップである。
6. 共有する
ワーク・エンゲイジメントに対する介入の経過報告は、経営陣が計画を戦略的に見直す際に、必要不可欠である。
まとめ
なぜ従業員満足度調査を行うのか。
それは、「生産性を向上させたいから」「離職率を低下させたいから」「職場の雰囲気をよくしたいから」・・・とさまざまな理由があると思いますが、究極的には「みんな楽しく働きたいから」だと思います。
しかし、「楽しく働いて」いても赤字では組織は継続できません。ずっとギリギリの黒字でも再投資の原資がなく、ジリ貧となってしまいます。このあたりに経営陣と現場職員との温度差が生まれてくるのですが、これを解消するためにも経営指標の開示や長期的ビジョンの明確化なども必要とされてきますし、そうすることで認識のズレも互いにアジャストできるようになるでしょう。
そして、医療業界ではバーンアウトの問題が長くクローズアップされてきましたので、それを予防するためにもこのワーク・エンゲイジメントの概念は尺度が明確でユニバーサルであるため、いわゆる従業員満足度調査を行っている病院であればぜひこの尺度も加えた調査を行っていただきたいと思いますし、そうでない病院は患者満足度調査だけではなく、このワーク・エンゲイジメントの概念を踏まえた従業員満足度調査を実施することを強く推奨いたします。
残念ながらこのワーク・エンゲイジメントの調査結果を元にした改善策は研究者からは提示されていませんが、創造的に経営陣が従業員のために「これから」アクションを起こすことが求められているということでしょう。
- 集患・増患の考え方と仕掛けづくり【連載記事】
著者プロフィール
GUTS株式会社 代表取締役
清水 仁(しみず・じん) 氏
2005年 社会学修士(社会心理学)
東京都内の医療法人に入職し、同法人本部で購買業務および各種契約業務を担当。
2009年から病院経営コンサルタントに転身。2017年4月にGUTS株式会社を設立し、代表取締役に就任。社会心理学や行動経済学を病院経営に応用することでモチベーションアップと組織改革を両立させるコンサルティングスキームを提唱している。
執筆
- 医療タイムス(連載:『心理学で読み解く病院経営』)
- m3.com(連載:『駆け引きの病院経営心理学』) 他多数
研修講師
- SSK(新社会システム総合研究所)セミナー 定期開催中
- NOMA(日本経営協会)セミナー 定期開催中
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