2018年09月21日更新

これからの介護事業経営 第11回 介護職員処遇改善加算で慢性的な人材不足は解消出来るか?

小濱介護経営事務所 代表 小濱 道博 氏

深刻さが増す介護人材不足

介護業界における人材難が叫ばれて久しい。しかし、人材不足は介護業界特有ものではなく、国内の全産業の抱える問題なのだ。厚労省が今年5月21日に発表した「第7期介護保険事業計画に基づく介護人材の必要数について」を見てみる。介護人材の必要数は、2020年度末には約216万人、2025年度末には約245万人とされた。この実現のためには、年間6万人程度の介護人材を確保することが達成条件とされる。この数値は果たして達成が可能なのか。厚労省が同じく公表した過去データによると、平成26年頃までは、介護人材の増加数は年間で6万人を上回っている。しかし平成27年以降は急ブレーキが掛かる。平成27年から平成28年の一年間の増加数は何と0.2万人、たったの2000人である。当然、この状況で年間6万人の達成は不可能である。

介護人材不足の要因は

人材不足の原因は多岐に渡るが、その大きな要因の一つに出生率にある。国内で一般的に用いられる合計特殊出生率は、一人の女性が生涯で生む子供の数を言う。2017年はさらに落ち込んで、出生率は1.43となっている。端的に、夫婦二人から生まれる子供は1.43人と考えると、日本の人口は0.57人ずつ減少している。よって、日本の人口ピラミッドは年齢が低くなるほど先細り傾向を示す。仮に、政府の少子化対策が功を奏して出生率が好転して2になったとする。日本の人口は横ばいとなる。しかし、この時に生まれた赤ん坊が仕事に就くことが出来るのは20年後のことである。すなわち、出生率が好転しても人材不足の問題はすぐには解消されず、今年よりも来年、来年よりも再来年と厳しさが増していくと考えるべきだ。

国の人材確保対策

今後の施策において政府は、介護職員の処遇改善など総合的な介護人材確保対策に取り組むとしているが、慢性的な人材不足は解決するどころか、さらに拡大することは間違いない。そのため、外国人の研修制度等に活路を見いだそうとする介護施設や介護事業者は急増している。昨年来、多くの介護施設等の関係者が研修生の獲得に向けて、ベトナム、インドネシアなどに頻繁に出向いている。これも、現実を直視した場合は至極当然な対応である。しかし、介護業界全体、特に大部分を占める小規模零細事業者の危機感はまだまだ希薄だ。外国人に介護の仕事を任せることへの戸惑いや反発が強い経営者もまだまだ多いのが現状だ。今後は人材不足を要因とする介護事業の廃業などが更に増加するであろう。

そのような中で、来年10月には消費税を10%とする増税が実施される予定だ。この消費税の増税が実施された場合、来年10月に介護報酬が消費税の増税相当分についてプラス改定される見込である。ただし、2%が単純に上乗せされるのでは無い。報酬単位から経費相当分を差し引いた差額分について上乗せされる。同時に、区分支給限度額も見直されるであろう。平成30年度の介護報酬改定はプラス0.54。そして、2年も経たずに再びプラス改定。これは、経営者の危機感を薄める結果に繋がる懸念がある。しかし、現実はそう甘くはない。

さらに昨年12月に閣議決定された新たな介護職員への処遇改善も結論が出されそうだ。勤続10年以上の介護福祉士に対して月額8万円支給すると報道された、新しい介護職員処遇改善加算である。ただし、この閣議決定の内容から読み解くと、報道の解釈には誤りがある。まず、月額8万円の支給ではなく、3万3千円程度の支給となる。国はこれまで加算等で4万7千円相当の賃金改善を行ってきた。これを8万円に引き上げるという意味であるため、今回の支給増は差額の3万3千円となる。さらに、勤続10年以上の介護福祉士個人に3万3千円が支給されるのではない。加算のアップ分は従来通りに事業所に振り込まれて、その配分も現行通りに他の介護職員にも柔軟に配分しても良いとされている。

すなわちこの新加算は、個人の勤続年数を称えるものではない。定着率が高く、これまでに介護福祉士の資格取得に力を入れてきた事業所が有利となる加算である。ただし、この解釈は昨年12月の閣議決定の内容に基づくものであって、最終決定ではない。この秋から行われる社会保障審議会の審議での最終判断によっては、全く異なる内容となる可能性もある。最終的にどのように纏められるかの興味は尽きない。いずれにしても算定対象人数の多寡によって、求人における時給賃金等に格差が生じる。その結果、求人力に関して事業所間の格差が更に拡大することは否めない。仮に、算定対象者が少なく、この新加算の算定が難しくても、最低限で加算区分Ⅰの算定は不可欠である。

これは、6月15日に閣議決定された「骨太の方針」に明記された、「介護事業の大規模化、協働化」の方向と無関係ではない。今後は、小規模な介護事業ほど、一層の厳しい経営環境になることが予想される。すでに、小規模な通所介護や訪問介護事業所の事業所数は減少傾向にある。経営不振等による事業譲渡や統合も増えている。今回の改定では、居宅介護支援の管理者を主任ケアマネジャーとすることも決まった。この影響を受けるのは1名から2名で事業運営している小規模な居宅介護支援事業所に限られる。3名以上の事業所は特定事業所加算を算定おり、管理者は既に主任ケアマネジャーであるために影響は無い。主任ケアマネジャーの資格を取得した場合も、46時間の更新講習の受講義務など小規模事業者には負担が重くのし掛かる。3年間の期限以内に管理者が主任ケアマネジャーとならない限り、2012年以降は特定事業所加算を算定する事業所に統合・合併されていくと思われる。すべての事業所において人材確保と共に経営の大規模化は経営課題となってきた。

実施指導への影響と経営リスク

そのような中で、今年度の実地指導における介護職員処遇改善加算への指摘や報酬返還が急増している。各地をセミナー等で廻っていても、今年に入ってから実地指導を受けた介護事業所から聞こえる声の多くは、介護職員処遇改善加算が厳しく見られたということである。これまで介護職員処遇改善加算については実地指導においては、余り触れられていなかった。それは、この加算が元々は介護職員処遇改善交付金であったことが大きい。平成24年の介護報酬改定で交付金が加算に変更されたが、要件などの多くが現状維持で存続した。介護職員処遇改善加算は、当初から介護職員に手渡すことが目的の交付金であったことが実地指導で触れられてこなかった理由である。

この状況が一変したのは平成27年に北海道旭川市で起こった介護職員処遇改善加算の1800万円という高額な不正請求の報道であった。これを契機として厚生労働省は同年の3月に指導強化の通知を出した。これまでも、各所において交付金が加算となって以降、介護職員処遇改善加算の返還リスクが大きいことが指摘されてきた。それが今、現実のものになりつつある。実際に、返還指導となった事例も各地で聞こえている。

最も実地指導で指摘されやすい返還理由は、支給対象者の誤りである。加算の名称にもあるように、支給対象者は介護職員である。送迎の運転手や厨房の職員、事務員など、介護職員の勤務実績の無い者は支給対象とはならない。それが、介護の仕事もたまには手伝って貰っているという都合の良い理由で支給対象としている事業者も多いのが実態だ。

さらに、会社の社長が介護職員処遇改善加算を受け取っていたという理由での返還も多くなっている。法人の役員には、賃金では無く役員報酬が支給されている。賃金は労働の対価であるが、役員報酬は利益の配分に近い性格を持つ。そのため、役員報酬の総額は株主総会などで決められ、その配分は役員会で決められる仕組みである。賃金ではない役員報酬を得ている役員に支給しても、それは賃金改善にはならない。すなわち、支給したとは認められない。ただし、同じ役員であっても、実質的に職員として勤務するいわゆる使用人兼務役員である場合は、役員報酬と賃金を分けて支給されている場合については、賃金部分において支給対象となる。しかし法人の代表者は事業主であるため、使用人兼務役員とはなり得ない。そのため、法人の代表者への支給は認められていない。同様に、監査役も会社法の規定で兼務禁止であり、そもそも介護職員をして勤務することが出来ないために支給対象外である。

介護職員処遇改善加算の算定要件はシンプルだ。一年間に算定した加算総額を1円も残さずに介護職員に支給することである。言い換えると、1円でも事業所に残っていた場合は、算定要件を満たしていないことから、その全額を返還しなければならない。その他、昨年に新設されたキャリアパス要件Ⅲにおいては、非常勤職員を含めた全ての介護職員が昇級の対象とすることが算定要件とされたが、いわゆる登録ヘルパーに対する昇級の仕組みが無いことなども、今後の返還理由とされていく。賃金水準や賃金改善額の解釈の誤りや、計算過程の誤りなど、今後の実地指導において返還指導とされる原因には暇が無い。そして、行政側の請求権は5年あるため、最大で60ヶ月分が返還指導となる。これは非常に大きな経営リスクである。
それほど厳しいのでは、介護職員処遇改善加算は算定しないという経営者も出てくる。しかし、算定しなかった場合、一人あたり最大で3万7千円の支給を失う。これは、新規職員の確保、現在の職員の定着には圧倒的な不利となることは明らかだ。介護職員処遇改善加算は、可能な限り、最大支給となる区分Ⅰを算定しなければならない。確かに実地指導での指導は強化されている。それは、しっかりと省令、通知、QAを確認して、問題の無い状態とすることでリスクは消滅する。実地指導で指摘されるといった問題はなくなる。簡単なことだ。それが今まで、実地指導で誤りが指摘されていなかっただけである。現状で良いという思い込みが、今の報酬返還に繋がっているにすぎない。先に書いたように、今後は今年よりも来年、来年よりも再来年と求人環境の厳しさが増していく。他の事業所より早期に職員を確保しておくことが、最大の経営課題となってきていることを認識して頂きたい。

著者プロフィール

小濱介護経営事務所 代表
C-MAS 介護事業経営研究会 最高顧問
C-SR 一般社団法人医療介護経営研究会 専務理事

小濱 道博(こはま みちひろ) 氏

日本全国対応で介護経営支援を手がける。
介護事業経営セミナーの講師実績は、北海道から沖縄まで全国で年間250件以上。
昨年も延20,000人以上の介護事業者を動員。
全国の介護保険課、各協会、社会福祉協議会、介護労働安定センター等の主催講演会での講師実績は多数。
介護経営の支援実績は全国に多数。著書、連載多数。

小濱 道博 氏

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