2020年12月15日

介護人材確保第01回 テクノロジーは人材確保の切り札となるか

株式会社日本総合研究所
紀伊 信之 氏

構造的な介護人材不足

直近の調査(厚生労働省「職業安定業務統計」令和元年分)では、介護サービス職員の有効求人倍率は、施設介護員で4.31倍、訪問介護職は実に15.03倍となっています。多くの介護事業者が介護人材不足を実感していることでしょう。実際、平成30年度の「介護労働実態調査」では、介護職員は約69%、訪問介護員は約82%の事業所が「不足している」(「大いに不足」「不足」「やや不足」の合計)と答えています。さらに、今後、2025年には約55万人分の介護人材が不足すると予測されています。

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背景にあるのは高齢者の増加と生産年齢人口の減少です。これからの10年間で生産年齢人口は2020年の約7,400万人から、2030年には6,875万人と500万人以上減少すると推計されています(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」。

一部の地域ではコロナ禍により、異業種から介護業界へ転職を希望する人が増えつつあるという話も耳にはしますが、上記のような構造的な不足を補うほどの動きとなるかといえば厳しいように思います。

テクノロジーへの期待

このような中で注目が集まるのが、センサーや介護ロボット、ICTなどのテクノロジーです。介護現場の生産性を向上させ、働き手の負担を軽減するものとして、政府もその導入を促進しています。前回の2018年度の介護報酬改定では、「夜勤職員配置加算の要件緩和」という形で、介護施設への見守りセンサーの導入について評価が行われました。現在、2021年度の報酬改定に向け、介護給付費分科会で、更なるインセンティブ導入に踏み込むべきかどうかの議論が行われているところです。また、都道府県や市町村が実施する地域医療介護総合確保基金を活用した「介護ロボットの導入支援事業」も、センサー使用に伴う通信環境の整備も補助対象に加わるなどの拡充が行われています。

では、このようなテクノロジーの活用は、構造的な不足が続く介護人材確保の切り札となりえるのでしょうか。

働き手にとっての心理負担軽減とモチベーション向上効果

実際の効果について、導入施設に対する調査結果を見てみましょう。厚労省が実施した「介護ロボットの効果実証に関する調査研究事業」では、見守り支援機器を新規導入または導入している介護老人福祉施設(5施設)、介護老人保健施設(3施設)、認知症対応型共同生活介護(6施設)に対するタイムスタディやアンケート調査が実施されています。
厚生労働省「介護ロボットの効果実証に関する調査研究事業」新しいウィンドウで表示

この調査では、ある施設において、タイムスタディの結果、見守り機器を導入しているフロアとそうでないフロアで直接介護に関わる時間が軽減されるなど、業務負担軽減の効果が確認されています。これに加えて、注目すべきは、職員のアンケート調査で、職員の心理的ストレスの軽減やモチベーションの向上への効果が示唆されていることです。具体的には、心理的ストレス反応測定尺度が弱い(0~7点)の職員の割合は、見守り機器の導入前が23%、導入後が55.4%と、ストレスを感じる度合いが少ない職員が大幅に増加しています。さらに、見守り機器の導入により、「仕事のやりがいが増加したと感じる」職員は50%、職場の活気が「増加したと感じる」職員も66.3%に上っています。背景に、見守り機器により、利用者の状況が可視化され、適時・適切なケアが行える、ということがあることも、このアンケートからわかっています。

筆者も見守り(睡眠)センサーの施設導入に関わったことがありますが、そこである介護職の方が、「これまでは、ケアを頑張ってもそれを測る物差しがなかったのですが、センサーで睡眠が見える化されることで、良いケアをすればしっかり眠っていただけることがわかるようになり、やりがいにつながります」と語っていたことがとても印象に残っています。

一般的には、「効率化」の文脈で語られ、「生産性向上の手段」とみられることが多い、センサーやICTなどのテクノロジーですが、従業員の心理的負荷軽減、モチベーション向上、やりがいに通じる、という側面にこそ着目すべきだと思います。

導入時の留意点 ~求められる強い組織づくり~

働き手が構造的に減っていく中、介護という仕事の魅力を高め、職場、そして業界への定着を促すために、見守り機器に代表される各種のテクノロジーを有効に活用することは、介護事業者にとってこれから不可欠になるでしょう。

人間が行う介護をそのまま代替するような「ロボット」が実現するのはまだまだ先のことになりそうですが、睡眠・心拍などの状態を把握できるセンサーやカメラシステム、手軽に利用者の生き生きとした日々の暮らしを職員間、家族らと共有できる記録・情報共有システムといったものは、十分実用可能なレベルのものが各社から提供されつつあります。また、センサーやAIなどの進化は著しく、日々使い勝手の良いものへと進化しています。

ただし、こうしたテクノロジーは、ただ導入すればただちに効果を発揮する、というものではありません。「ICTやロボット」の効果について、現場の職員の大半は懐疑的です。実際、弊社が平成29年度に老健事業で実施した調査では、「ICTや介護ロボットの導入」の「職員の定着・離職防止」への効果について、「効果がないと思う」という答えが、「効果がある」という回答を上回っていました。
株式会社日本総合研究所「介護人材の働き方の実態及び働き方の意向等に関する調査研究」平成30年3月新しいウィンドウで表示

こうした懸念・抵抗感を払しょくするには、それらのテクノロジーを使い、どのようにケアや業務をより良いものへと変えていくか、その目的意識や働き手にとってのメリットを組織でしっかり共有することが重要です。うまく「使いこなす」ことさえできれば、センサーやICTといったテクノロジーは、職員のやりがい・モチベーションの向上や、「良い人が集まり、辞めにくい」強い組織づくりを促進する強力なツールとなってくれるでしょう。

著者プロフィール

株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ 部長

紀伊 信之(きい・のぶゆき) 氏

1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C 分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経験。
2018年 4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用、介護人材確保をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得。

紀伊 信之 氏

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