2021年5月18日
介護人材確保第03回 介護の仕事を再定義する
株式会社日本総合研究所
紀伊 信之 氏
「介護」という仕事の魅力度
介護人材不足が続くのは、高齢化によって需要側が急拡大しているだけでなく、人材供給側が増えていないことに原因があります。介護福祉士を育てる大学や専門学校などの養成校の入学者数は、日本人に限ってみると、過去5年で実に2,000人以上(約35%)も減少しています(表)。定員充足率こそ下げ止まっているものの、これは主に施設数と定員数が減少したことと、外国人留学生の増加によるものです。外国人留学生は令和2年度で2,395人に達しており、既に入学者の3割以上を占めています。
介護福祉士資格取得の多数派は実務経験ルートであり、養成校からの新規学卒ルートの割合は1割程度と言われていますので、入学者数減少の人材供給全体への影響は限定的かもしれません。しかし、将来を担う若者の中で介護福祉士という資格を目指す人が明らかに減っていることに強い危機感を覚えます。この5年間は加算によって処遇改善が図られてきたわけですから、今の若者にとって金銭面以上に「介護という仕事そのものの魅力」が下がっていると見た方がいいでしょう。
年度(平成、令和) | 28年度 | 29年度 | 30年度 | 元年度 | 2年度 | |
養成施設(課程) | 401 | 396 | 386 | 375 | 347 | |
入学定員数(人) | 16,704 | 15,891 | 15,506 | 14,387 | 13,619 | |
入学者数(人) | 7,752 | 7,258 | 6,856 | 6,982 | 7,042 | |
うち新卒者等 | 6,060 | 5,360 | 4,847 | 4,180 | 3,936 | |
うち離職者訓練受入数 | 1,435 | 1,307 | 867 | 765 | 711 | |
うち外国人留学生数(人・国数) | 257 (14) | 591 (16) | 1,142 (20) | 2,037 (26) | 2,395 (20) | |
定員充足率(%)(全体) | 46.4 | 45.7 | 44.2 | 48.5 | 51.7 |
もう一つ気になるのは次のデータです。日本と、福祉先進国といわれる、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマークの介護従事者に対して、それぞれの仕事に対する考えを聞いた調査があります。この調査結果をみると、「自分の仕事は興味深く、意義があると感じるか」という質問に対して、前述の北欧各国と比べて、「頻繁にある」と答えた人の割合が明らかに日本は少ないのです(図)。実際の従事者が、自信をもって自分たちの仕事に意義を感じられていないことが、先述の養成校入学者数の減少とつながっているように思えてなりません。
(図)
介護の仕事を提供価値で捉えなおす
では、介護という仕事は本当に魅力のない仕事なのでしょうか。筆者はそうは思いません。
実際、新しい介護の在り方を追求する事業者では、生き生きとスタッフが働き、実際に人材が集まっています。
例えば、機能訓練に力を入れ、利用者の要介護度の維持・改善を図るデイサービスなども増えています。こうした維持・改善の「アウトカム」に加算がつくようにはなりましたが、その額はまだ微々たるものです。むしろ「利用者が元気になること」の支援を通じて働き手のモチベーションが高まることの効果が大きいように思います。リハ職などとも連携しつつ、一人ひとりの状況にあった機能訓練を実施することは、従来以上の専門性が求められるでしょう。この点もやりがいにつながる側面がありそうです。
さらには、利用者の就労や社会参加の促進に力を入れる事業所も出てきています。カーディーラーでの洗車、まな板磨き、郵便の配送、駄菓子屋の店番、レストランでの給仕、お弁当づくりなどが、介護事業所での「仕事」として取り組まれる事例は増えつつあります。たとえ認知症状があっても、その人の「できること」に着目すれば、これらを「仕事」として取り組むことは可能です。利用者のできることに着目し、その可能性を引き出し、社会参加を支援すること。これは、従来の「お世話する人」とは異なる、専門性と創造性にあふれる新しい介護職像の一つではないでしょうか。
一方、人生の最終段階を支えることも介護の重要な仕事の一部です。筆者らが取り組んだ令和元年度の老健事業「高齢者住まいにおけるACPの推進に関する調査研究事業 (日本総研)」では、サービス付き高齢者向け住宅などにおけるACP(アドバンス・ケア・プランニング)の推進のための研修プログラムや「手引き」を作成しました。看取り率7割を超えるサービス付き高齢者向け住宅「銀木犀(ぎんもくせい)」での実際の事例とともに、入居者が人生の最終段階まで「その人らしく生ききる」ための、介護職の「伴走のしかた」を描いています。「命の生存期間を延ばすことはできないが、残された日々に命を吹き込むことはできる」。手引きの中に書かれたこの言葉が、看取り期における介護職の役割を端的に表しているように思います。その人らしい看取りを支えること。これも介護職が専門性と創造性を発揮できる重要な局面の一つです。
食事・排泄・入浴などの「行為」だけを見ていては、その仕事の本質を見失ってしまう恐れがあります。大事なことは、それらの行為を通じて、利用者や入居者にどのような価値を提供するかです。「利用者を元気にする」「社会参加を促し、役割を持ってもらう」「その人らしい最期を支える」。自らの事業所が提供する「介護」とはどのようなものなのかを、こうした提供価値で捉えなおすことができれば、介護という仕事は、創造性や専門性が発揮できる魅力ある仕事に成り得るはずなのです。
求められる人材への投資
提供価値によって自らの事業所の「介護の仕事」を再定義すること。そして、再定義した内容に沿ってサービス提供の在り方を変えること。これは、単にスローガンを作って、職員個々人の善意や努力に期待することとは似て非なるものです。何よりも、専門性を持った人材を育て、働き手が創造性を発揮できるような環境を整える。これには投資が必要になります。
要介護度の維持・改善、認知症のある人のケア、ACPの進め方や、医療との連携を含めた看取り時の対応など、これらを職員に身に着けてもらうためには、座学での研修などはもちろん、日々の仕事の中で、職員同士が学びあう環境が欠かせません。日常の業務にただ追われている職場では、こうした専門性を高める「学び」を期待することは難しいでしょう。業務を分析し、できるところは効率化しながら、利用者・入居者に向き合う時間を作る・増やす。実際の介護現場には、そうした「改善サイクル」を担う人材がそもそもいないことが少なくありません。多くの現場では、本来、その役割を担うべきリーダーや管理者が働き手の一人として現場業務に飲み込まれてしまっている現実があります。
現場における「改善サイクル」が回り始めるまでには、一時的に職員同士が一歩立ち止まって自分たちの仕事を振り返り、考える時間も必要です。場合によってはそのための教育費用も必要になるでしょう。
自らの事業所が提供する介護の仕事を再定義し、それを実行できる人材に投資する。構造的に介護人材不足が続くことが確実な中、その投資を行うことができるかどうかが介護事業の経営者に問われているのではないでしょうか。
著者プロフィール
株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ 部長
紀伊 信之(きい・のぶゆき) 氏
1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C 分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経験。
2018年 4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用、介護人材確保をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得。
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