2021年2月16日

介護人材確保第02回 介護人材確保における「競争」と「協調」

株式会社日本総合研究所
紀伊 信之 氏

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働き手確保のコスト

「人材の確保」は多くの介護事業者にとって最大の課題となっています。少子化で生産年齢人口が減っていくため、この状況は今後ますます厳しくなるでしょう。厚生労働省の「2025年には55万人分の介護人材が不足する」という試算は既に多くの人がご覧になっていると思います。

従って、介護事業を運営していく上では、利用者の獲得よりも、むしろ働き手の確保が今後の事業の成否を分けると言っても過言ではありません。実際、「新しい介護施設を開設しても、スタッフが集まらないために、フロアごとにしか開業できない」といった事例もよく耳にします。
また、人材確保のためのコストは法人経営に重くのしかかりつつあります。特に無視できないのは、人材派遣・人材紹介に関するコストです。直接採用が難しい法人は、紹介会社によって人材の紹介を受ける、また、足りない職員分を派遣職員で埋めざるを得ない状況にあります。東京都社会福祉協議会の「福祉人材の確保・育成・定着に関する調査結果報告書 新しいウィンドウで表示」(令和元年5月発表)によれば、回答があった313法人のうち、介護事業のみを運営している法人(94法人)では、実に81.9%が「人材派遣・紹介会社を利用している」と答えています。注目すべきはその費用額で、調査年度(2017年度)に派遣会社に対し法人全体で支払った派遣料の合計額は、平均で約2,029万6,100円、最も額の大きい法人では何と1億5,300万円となっています。また、人材紹介会社に法人全体で支払った紹介費用も平均で約495万円、最大で5,600万円にのぼります。回答した94法人の約6割がサービス活動収益10億円未満の法人ですから、これらの数字は決して無視できない水準だと言えます。

人材獲得はまさに『競争』に ~働き手から「選ばれる」ことの重要性~

上記は東京都における調査ですが、全国ではどうでしょうか。筆者らは令和2年度の厚生労働省の老健事業「地域ニーズを踏まえた専門職確保に向けた調査研究事業」という調査研究で、こうした人材確保の実態について、全国各地域の介護施設や医療機関に対してヒアリングを実施しているところです。その中でわかってきたのは、東京都ほどではないにしても、全国各地でも同様に紹介会社・派遣会社に頼らざるを得ない状況があるということです。

しかし、一方で、人材の確保に成功しており、紹介会社や派遣会社に依存せずに済んでいる、という法人があることもわかってきました。

そうした法人に共通しているポイントとして以下のような点があげられます。どれも基本的なことのように思えますが、意外とこうした基本ができていない法人が少なくないのではないでしょうか。

【人材確保に成功している法人の共通点・取り組みのポイント】
共通点 取り組み例
(1)「個」として働き手に向き合う ・定期的な面談、一人ひとりの目標設定・育成計画
・独自の奨学金制度、法人内の教育・研修
・法人内での保育施設など働きやすい職場環境整備
(2)法人としての理念や特徴を持ち、人材採用の基準とする ・採用時の理念の説明、同意
・独自のケア技法(ユマニチュードなど)やICT活用
(3)内外へ積極的に情報発信する ・ホームページ、SNS、YouTube等などでの発信
・ハローワークでの出張講座
(4)地域に開かれた事業所にする ・利用者家族などを通じた採用
・他法人を含めた連携の機会作り

特に、1つ目の「働き手に対して、利用者と同様に『個』として向き合っているか」という点は、介護事業の経営やマネジメントに関わる方々には振り返って考えていただく価値があるように思います。

介護サービスでは、いかに「その人らしさ」に寄り添うか、つまり、「個別性の追求」が「介護の質を左右する」とされています。法人の経営層やマネジメントに関わる方たちは、これと同じ目線を、働き手一人ひとりに向けることができているでしょうか。従業員・スタッフに対して、「利用者・入居者一人ひとりに寄り添う」ことを求めながら、従業員・スタッフの個別事情には目をつぶってしまっている、ということはないでしょうか。

利用者・入居者の状況や介護サービスに求めるものがさまざまであるのと同様に、働く人の得意分野、働く動機、家庭の事情などはさまざまです。人材が定着している法人では、利用者に向けられるのと同様に、経営者や各職場のリーダーが、働き手一人ひとりの「個別のニーズ、課題」をよく理解し、きめの細かいマネジメントが行われています。例えば、一人ひとりの育成計画が本人と管理者との間で話し合われ、管理者同士でも協議が実施される。最大の離職理由である「職場の人間関係」(平成29年度 介護労働実態調査 公財 介護労働安定センター)の問題から離職に至ることがないように、問題があれば適切に配置転換する。子育て中の職員には施設内に保育施設を設けたり、子連れの通勤を許可するなど働きやすい職場環境を整備する…など。働き手の個々の事情を勘案し、個々人のモチベーションや能力が最大限に発揮されるように、職場の仕組みや環境を整える。これこそが、今後の介護事業経営において最も投資すべき領域ではないでしょうか。この「働き手から選ばれる」ための「競争」はこれからますます厳しくなっていくでしょう。

働き手のすそ野拡大に向けた『協調』

他方、圧倒的に介護人材が不足していく中では、「働き手の総数を増やす」ことが欠かせません。この点については、地域の事業者同士、そして行政とも連携した「協調」が今以上に求められます。小中学生や高校生など「未来の働き手」に介護の魅力を伝える、地域のアクティブシニアに介護の職場に触れてもらう、技能実習生や留学生などの外国人の語学学習や生活しやすい環境を整える、これらは働き手のすそ野を広げるために、必須の取り組みといえます。

しかし、現在では、一部の法人が将来を見越して独自に取り組んでいることが多い印象です。成果が出るのは将来のことでもあり、法人単位で取り組むには限界があります。むしろ、こうしたすそ野を広げる活動については、地域の事業者同士が協調し、ときには行政の協力も引き出していくべきです。

例えば、医療の世界では、先述の「人材紹介・派遣」問題の解決に向けて、東京都病院協会が「東京ナースステーション」という独自の有料職業紹介事業を2020年10月にスタートさせました。これは、都内の病院同士が「協調」し、看護職が業界外に離脱することを防ぎ、適正な手数料で人材の還流を行おうとする取り組みです。介護の世界においても同様の仕組みは検討に値すると思います。

また、最近では、地域医療介護総合確保基金等の財源もあり、自治体も介護人材確保に本腰を入れ始めています。例えば、神戸市は2020年11月から、コロナの影響により離職した他業界の人が介護業界へ就職した祝い金を支給する独自の人材確保策を開始しました。また、福岡市では「認知症にやさしい街づくり」の一環として、小学校で認知症ケア技法「ユマニチュード」の講座を実施していますが、市としては「認知症」を通じて「介護の専門性」に触れる機会としての役割も期待しているそうです。

自らの法人を選んでもらい、働き続けてもらうためには、各法人が独自性を発揮して、しのぎを削る。一方、すそ野の拡大や業界外への人材離脱防止については、業界・自治体などが連携し、総力をあげて取り組む。介護人材の確保においては、この「競争」と「協調」の両立がますます重要になるでしょう。

著者プロフィール

株式会社日本総合研究所
リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ 部長

紀伊 信之(きい・のぶゆき) 氏

1999年 京都大学経済学部卒業後、株式会社日本総合研究所入社。B2C 分野のマーケティング、新規事業開発等のコンサルティングを経験。
2018年 4月より現職。介護現場へのテクノロジー活用、介護人材確保をはじめとする介護・シニア・ヘルスケア関連の調査・コンサルティングに従事。在職中、神戸大学にてMBA取得。

紀伊 信之 氏

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