2020年10月20日更新
介護現場から見たCOVID-19感染蔓延防止とリスクマネジメント第02回 入居者の変化や認知症ケアの在り方
社会福祉法人育生会研修センター センター長
株式会社安全な介護 講師
湘南医療福祉専門学校 非常勤講師
川村 亜希 氏
標題テーマの第1回目は主に施設の体制や職員について書かせていただきました。
今回はコロナ禍による入居者の変化や認知症ケアの在り方について見解を述べます。
終わりの見えない面会制限
特別養護老人ホームなどの大型施設では、インフルエンザが流行する1月から3月頃にかけて、その多くが面会制限を実施します。当施設も今年の1月頃より面会を控えるようお願いしていましたが、COVID-19感染拡大に際してそのまま先の見えない無期限面会制限(原則)に突入しました。特別養護老人ホームの入居要件は原則要介護3以上です。常時介護を必要とされる方達が入居されますから、ほとんどの方に認知症の症状が見られます。半年を超える面会制限について理解することが困難な方も多く、長期戦の中さまざまな影響が出ています。
面会制限がもたらした入居者の変化
一つ目の変化は身体機能の低下です。家族の面会は、入居者にとって体を動かす機会になっていました。歩行の機会や起きている時間が増えていたのです。毎日面会にいらしては一緒に歩いてくださっていた家族もいます。何より入居者にとって体を動かすその気力の源こそが家族の力です。
二つ目は認知機能の低下や精神的ストレスの増加です。家族に会える喜び、スキンシップは大きな刺激になっています。たくさん話をし、昔話もして活性化されていたと思います。また、精神の安定にもつながっていたでしょう。 介護職員は日々の生活サポートを懸命に行ってはいますが、一人一人とゆっくりかかわる機会をなかなか持てずにいます。さらに、人手不足の状態は悪化しています。本人や家族の発熱などで自宅待機となる職員もいるからです。そのような中、家族の役割、力が大きいものであったことをあらためて実感しています。
家族との連携・新しい関係の構築
家族からの近況問い合わせも増え、相談員から発信する報告も増えました。家族とのやり取りの機会はかえって増えたケースもありますが、やはり顔が見られないと家族の不安は大きいものです。そこで機転を利かせた介護職員が家族に入居者の笑顔の写真とメッセージを送りました。この工夫は大変喜ばれました。入居者の一番そばにいる介護職員から直接メッセージが届いたことは、スタッフの愛情を感じ安心していただけたのではないでしょうか。相談員からの報告はもちろん大切ですが、直接介護をしているスタッフの声は家族にとって格別なのです。
また、新しい面会方法を取り入れました。施設にお越しいただき、タブレットと内線電話を使って行うリモート面会です。この場合は自宅にパソコンやネット環境が無い方、準備が難しい方を含めどなたでも利用いただけます。入居者は認知症の方が多いため面会中は付き添う必要があり、予約制で行っています。自宅からのオンライン、寝たきりの方の面会もニーズはあります。システムや人員をどのように対応していくか、今後も新しい面会の形を模索していかなければなりません。
感染症対策と反比例する認知症ケア
感染症対策のために欠かせないのがマスクの着用です。いまはマスクを当たり前のように使用していますが、大きなデメリットもあります。表情が隠れ、声が聞き取りづらくなるため接遇が低下することです。また濃厚な接触を避けるためにスキンシップや顔を近づけることを控えることで、認知症の入居者との信頼関係や絆が作りづらくなります。これらは介護の同意を得にくくし、介護の拒否につなげてしまうものなのです。まさに感染症対策は認知症ケアを阻むものであると言えます。
認知症入居者とのコミュニケーション
コミュニケーションの種類には言語と非言語があり、他人から受け取る情報の6割から9割が非言語的コミュニケーションと言われています。特に、判断力や理解力が低下している認知症入居者にとっては非言語的コミュニケーションが重要です。認知症ケア技法として広く知られるようになったユマニチュードも、好意的な感情・思いを相手に伝え、伝わることを重要視しています。先に述べた通り感染症対策は非言語的コミュニケーションを阻みます。認知症入居者とのコミュニケーションが図れないことで起こる介護の拒否は、転倒などの事故や精神的不安定、認知症の進行につながる恐れがあります。リスクマネジメントの視点からも感染症対策を施しながら非言語的コミュニケーションの技術を上げる工夫が必要です。
感染症対策と両立させる非言語的コミュニケーション
相手に友好的な感情を伝えることを第一に考えます。マスクで表情が隠れていますので、隠れていない部分を使い、最大限の感情を表現します。まずはポジティブな言葉を選んで使います。真面目な職員ほど、『お風呂に入らないと病気になりますよ』と脅してしまいがちです。その言葉の意味より、ネガティブな感情を受け取ってしまうのが非言語チャンネルです。そして認知症の方はこのチャンネルが何より敏感だと考えるべきです。ですから、『お風呂に入ったらサッパリして気持ちいいですよ』というようにポジティブな言葉を選びます。
次に表情ですが、マスクで大部分が隠れているため、残された目と眉毛の表情を大げさな程に意識をします。目を少し細めると笑っている顔が連想できますし、眉毛を大きく動かすと親しみのある表情になります。そして、一番感情を伝えることができるのは声です。声は高すぎず落ち着いた声で話します。感情を伝えるためには声の抑揚がとても大切です。淡々と話すのではなく感情をこめて話します。マスクで表情を奪われている分、いつもより大げさに表現するぐらいで丁度よいのです。コミュニケーションを重要視する場面においてはできればマスクを着用せず、マウスシールドを着用することが望ましいと考えます。表情が良く見えますし介護者から発する飛沫の飛散も防ぐことができるでしょう。
経験を学びにつなげる
クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号でCOVID-19の集団感染が発生し、乗客乗員は約2週間から1か月の間船内に軟禁されました。閉じ込められた乗客には精神的・身体的・社会的な弊害が生じました。抑うつ状態、身体機能の低下、そして情報の少なさから社会や政治に不信感を抱いた方もいるでしょう。船内での軟禁は感染拡大を防ぐため必要な措置であったのかもしれませんが、乗客乗員の人権侵害についても同時に考えなければならない問題でした。
今、振り返って考えるべきことは、どのようなケアが必要だったのかということです。乗客乗員に生じた3つの弊害が少しでも軽減されるには何をすべきだったか。各事業所で一度真剣に話し合ってみてはいかがでしょうか。この問題は私たちが毎日隣り合わせている『利用者への身体拘束・行動制限』の本質です。行動を制限された人の気持ち、生じる弊害、必要なケアについて身をもって考え直すことができるチャンスです。この機会を逃さず、研修や勉強会で、是非議題にしてほしいと願っています。
- 介護現場から見たCOVID-19感染蔓延防止とリスクマネジメント【連載記事】
著者プロフィール
社会福祉法人育生会研修センター センター長
株式会社安全な介護 講師
湘南医療福祉専門学校 非常勤講師
川村 亜希 氏
児童福祉科の短期大学を卒業後、特別養護老人ホームで介護職員として就業。その後訪問介護サービス提供責任者、特別養護老人ホーム生活相談員を経て介護福祉士養成の専門学校専任教員となる。以降、介護福祉士国家試験受験対策講座や施設職員研修の講師、神奈川県及び横浜市主催のファーストステップや初任者研修の講師を担当している。2018年より株式会社安全な介護の介護と福祉のリスクコンサルタントとして、同社のリスクマネジメントセミナー講師を務める。2019年社会福祉法人育生会研修センターのセンター長として就任、特別養護老人ホームひまわり港南台に在籍している。
<資格>
介護福祉士、社会福祉士、精神保健福祉士、介護支援専門員、保育士、住環境コーディネーター2級、介護教員研修修了、福祉職員キャリアパス対応生涯研修課程指導者養成研修課程修了
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