2022年3月31日

地方公務員に必須の「マーケティング脳 」とは

地域活性・社会課題ビジネス支援事務所
イデタチ(idea-touch)代表
金澤 達也 氏

これから持続可能な社会を作るためには、地方公務員の方々にとってもマーケティング脳(マーケティングの考え方)が不可欠と感じています。そして「なぜ必要なのか」を解説いたします。

地方自治体の取り組みに対して感じること

我々が日常において、各種手続きや公共サービス等でお世話になることの多い自治体の職員(地方公務員)の方々ですが、私にとっては地域活性支援といった仕事の都合上、自治体側の目線で職員の方々と接する機会が多くあります。
そこで私が感じることは、財政の課題が多い自治体ほど、その地域の住民や企業・事業所、そこを訪れる観光客などのニーズを満たそうとした政策・事業・サービスの戦略が、多くの意見を取り入れすぎて曖昧になり、さらに職員一人ひとりがさまざまな事情はあるにせよサービスに対し疑問を呈さない傾向にあることです。
こうした環境下においては、公共サービスを提供する自治体の方々が、顧客(住民等)ニーズや顧客満足・生活向上を前提としたマーケティングの考え方を理解し、一致団結した取り組みをすることこそ重要であると考えています。
そこで、これからの地方公務員の方々に持っていてほしい思考として、タイトルにある「マーケティング脳」を提案いたします。「脳」と名付けた理由は、日頃からその感覚や思考をクセとして身につけて欲しいという、私の願望からです。

自治体担当者が身につけて欲しいマーケティング戦略のキホン

2007年に北海道夕張市が財政再建団体となり、事実上の財政破綻が報じられ「自治体も破産する」出来事として、衝撃的に伝えられました。人口減少が続く多くの地方自治体が財政難にあることは、以前からメディアを通じて触れられてきましたが、この出来事をきっかけに危機意識を持たれた自治体関係者も多く居られたのではないでしょうか。
自治体が存続するためには、売り上げ(歳入)を確実に上げ、利益を出し続けなければなりません。では、その売り上げがどこからくるかといえば、住民・企業の税金等(租税公課)にほかなりません。どれだけその自治体の政策や公共サービスが凄くても、人が住んでくれたり企業が来てくれたりしなければ、自治体は利益が生まれません。逆にいえば、より多くの住民や企業が、その自治体を選んでくれるような仕組みができれば、自治体の収益は向上し発展することも可能になります。そして、この「顧客(住民等)に選んでもらう仕組みづくり」こそマーケティングによる戦略になります。

「近代マーケティングの父」と評されるフィリップ・コトラーの見解でもある、人々が求めているものは何か、自身は何を提供すべきか、ここでいう政策や公共サービスを立案段階から分析し、その答えを探るといったマーケティング手法は、地方公務員の方々に身につけて欲しい、戦略を考える上での大切な「マーケティング脳」の核となります。

とはいえ、マーケティングなんて営利組織における技術やツールではないか、といった持論をお持ちの方もいらっしゃるかと思います。実際には、地方自治体におけるマーケティングには、コトラーが提唱したと言われる「ソーシャル・マーケティング」の一つの概念として、社会との関わりを重視し社会全体の利益や福祉向上を意識した活動を指すことが多いです。現在、政府をはじめ、学校や病院などの公的機関においても導入されており、効果が期待されています。

その一方で、このようなマーケティング活動の基本を勘違いし、担当者が「マーケティング脳」を身に付けていなかったため、政策や公共サービスが残念な結果に終わってしまうケースも見受けられます。

地域活性化におけるマーケティングの失敗例と成功例

昨今、日本の社会市場において「地域活性化」は、内需を拡大させるための重要なテーマの一つとなっています。そのため、国や地方自治体など公共機関の支援のもと、地域の特産物や地域資源を活用し、マーケティング活動を通してPRするなど需要を生む取り組みも目立ってきています。
しかし、残念ながらマーケティングの基本的な戦略が出来ていないため、施策や事業が失敗に終わるケースも散見されます。
例えば、特産品の開発・販売では、生産者や加工者が中心となり企画・開発を進め「作ってから販売する」といったプロセスを踏み、肝心の販売者と消費者を考慮せずに開発した結果、必要経費に利益を上乗せした非常に高い価格設定や、担当者たちの主観で企画したことで変な味のお菓子など、売れないものを開発してしまうケースがあります。
また、地域振興の一環として作られたテーマパークやイベントなども、ターゲットが「みんな」のような精度の低いターゲティングの結果、場違いなアトラクションや変なオブジェが存在し、利用者がその施設に魅力が感じられないために、収益化せずに一過性で終わってしまうケースもあります。
さらに、文字が多く専門用語の羅列で分かりにくい自治体の広報誌やチラシ・パンフレットなども、読み手を意識していない典型例と言えるでしょう。
前述のとおり、「人々が求めているものは何か、自身は何を提供すべきか、立案段階から分析し、その答えを探る」といった「マーケティング脳」が身についていれば、税金を無駄遣いせずに確度高く成功に導けたのではないかと感じています。

逆に、マーケティングの考え方を正しく活用した結果、自治体として成功に導いた例もたくさん存在します。
代表的なものとして、北海道旭川市の旭山動物園や千葉県流山市の定住促進事業が有名です。
ご存じのとおり旭山動物園は、日本でも有数の来場者数を誇る動物園として知られていますが、市営であり旭川駅からも離れているため経営資源には決して恵まれた環境とはいえません。しかし、公共の施設でありながら、園長をはじめ職員の皆さんが、来場者が求めていることや動物のことを分析し、どんなメリットを与えられるか、考え出した答えが活き活きと動き回る動物たちを見せる「行動展示」であったのです。
一方の千葉県流山市の定住促進事業は、新たに「マーケティング課」を設置し、事前の分析結果から子育て世代のファミリー層などターゲットを絞り、市の魅力を情報発信するイメージ戦略が功を奏し、移住者を急増させることに成功しました。

このように、地方公務員の方々にとっても施策の再現性の確度という点からも、「マーケティング脳」を身につけることの重要性を理解していただけたでしょうか。「ウチは観光資源が乏しいから」などとは言わずに、観光資源が少ない自治体であっても、定住促進や企業誘致を成功させている自治体も多く存在しているのです。

地方公務員に必要な「マーケティング脳」とは

以前、私がお手伝いさせていただいた自治体において、首長さんから職員全員に「マーケティング」について講義をして欲しい、というお話がありました。その首長さんは、きっとこれからの地方公務員にとっても「マーケティング」が非常に重要な考え方になることは知っておられたからでしょう。
多くの自治体にとって、厳しく言えば変化する環境に適応しなければ生き残ることはできません。社会市場の変化を敏感に受け止め、それに対応した「顧客(住民等)に選んでもらう仕組みづくり」を構築することが重要であり、そのために「マーケティング脳」を身につけることが必須だと、私は考えております。

例えば、仕組みづくりの構築に必要なプロセスとして専門的に言えば、

  • 顧客(住民や企業等)の特定
  • セグメンテーション(市場の細分化)
  • ターゲティング
  • ポジショニング(施策やサービスの位置付け)
  • 公共サービスを広めるための新たなチャネル(経路)を見つける
  • 公共サービスを分かりやすく根拠のある方法で住民に告知する

などが挙げられます。

そして、「マーケティング脳」においては

  • 主観的でなく、客観的に考えること(住民や企業の立場から考える視点や感覚)
  • 顧客(住民等)が喜ぶものと、顧客(住民等)が喜ぶだろうとサービスを企画開発する側が思っているもの、が必ずしも一致しないということ
  • 誰にとってどんな価値があるのか、価値を見極める力(同じモノが環境の違いや立場で変化するため)

などの考え方を鍛えることが重要になります。

最後に、2011年の東日本大震災を経て、多くの人々が地域とのつながりを重要に感じ、地域を見直すきっかけになったと思っています。しかし地方自治体の多くは地域に「ヒト・モノ・カネ」といった資源が足りません。一方で地方公務員の方々には、日々の業務内容が幅広く異動も多いため、せっかく身につけたスキルや経験が活かせないと嘆く方も居られるでしょう。しかし「マーケティング脳」は、磨けばどの業務にも汎用性があります。
マネジメントの父と呼ばれる経営学者ピーター・ドラッカーは、「公的機関に欠けているものは成果」と謳っていますが、自治体にとっては成果を定量的に測れないものもあります。そこで私はこう考えます。行政サービスも「役に立つこと」以上に「価値があること」を目指す方が将来に向けて意味があり、成果と言えるのではないかと。
持続可能なまちづくりには欠かせない「価値があること」生み出すスキルの一つが「マーケティング脳」だと考えています。

地方公務員に必須の「マーケティング脳 」とは

著者プロフィール

地域活性・社会課題ビジネス支援事務所
イデタチ(idea-touch)代表

金澤 達也 氏

1998年、株式会社リクルート入社。同社の運営するメディアの営業支援・編集・制作業務に携わる。また、人材・組織・運用のマネジメントや新たなメディア立ち上げのメンバーとして大型プロジェクトも多数経験。
同社退職後は、マーケティング・広報・制作部門、地域活性分野における企業の経営等を経て、2018年1月に地域活性・社会課題ビジネス支援事務所「イデタチ(idea-touch)」を開業。
官公庁・地方自治体やその外郭団体(主に観光誘致や定住促進)、全国の中小企業やその関連施設等のマーケティング、ブランディング、 広報PR、制作(広告・出版・販促・WEB)、DX推進などの支援を中心に活動。

金澤 達也 氏

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