2018年06月13日更新

病院の人材活用 第01回 医師の働き方改革、待ったなし

ハイズ株式会社代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐
裵 英洙 氏

そろそろ限界である。
全国の医療機関を回り多くの医師と話すと、たくさんの弱音が聞こえてくる。「一人での診療はもう限界だ」「疲れた」「休む間が無い」「眠れない」「常にぴりぴりしている」「気分がすっきりしない」「疲れが取れない」と、業務上・心身上の悩みがあふれ出てくる。現在、医師不足・偏在が叫び続けられている中、自己献身の姿勢を貫き、身を削って臨床現場で奮闘している医師は少なくない。患者の数が減ることなく、人員補充が無い中での多忙な日々の中、一人の医師が心身不調で倒れ、離脱してしまうと、残された医師には更なる負担が乗っかり、離脱予備軍となっていく。まさに負のサイクルである。その負のサイクルを断ち切るために、国を挙げての「医師の働き方改革」が始動した。

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まず、医師はどれくらい“多忙”で“疲れて”いるのかを確認しよう。総務省が調査した平成24年就業構造基本調査では、雇用者(年間就業日数200日以上・正規職員)における1週間の労働時間が60時間を超える者は雇用者全体の14%であったが、医師は41.8%と職種別で一位となっている。なお、同じ医療職の看護師(准看護師を含む)は5.4%であり、交代制勤務の確立と残業時間削減の取り組みが進んでいることがうかがわれる。また、勤務医約8 万人から無作為に抽出された勤務医1万人に対して実施された調査である『勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するアンケート調査報告書(日本医師会、平成28年6月)』には興味深いデータがある。まず、平均睡眠時間5 時間未満(当直日以外)が9.1%、当直日の平均睡眠時間4 時間以下が39.1%であり、睡眠が不十分な中での勤務となっている。「自身の健康について、健康でない、または不健康」と回答しているのは、5人に1人以上。「他の医師への健康相談あり」は55.1%と半数以上となっており、健康不安が医師の中で広がっているようだ。また、「自殺や死を毎週もしくは毎日具体的に考える」割合は3.6%、「メンタルヘルス面でのサポートが必要と考えられる中等度以上の抑うつ症状を認める者」は6.5%となっており、心的疲労も無視できない状況とも言える。医師の勤務実態として、睡眠が不十分な労働環境で、過労による働き過ぎでメンタル不調を来しやすい状況が浮き彫りとなっている。
一方、医療を取り巻く環境に目を向けると、超高齢化で複合疾患を持つ重症患者が増えてきており、医師は多くのリスクを考慮にいれながら診療に従事しなければならない。また、医療の質の向上と患者の要求の高まりが相まって、覚えるべき医学知識や習得すべき医療技術は膨大な量になってきている。これからさらに加速する多様かつ多量な医療・介護ニーズに対応するためには、もはや“個”の対応ではなく、チームとしての“集”の英知を目指す必要が高まっている。そのアウトプットの一形態が医師の働き方改革であろう。医師個人の過剰負荷をチームの他の職に配分し、医師の時間当たりのアウトプットを効率的かつ効果的なものにするための取り組みである。医師の働き方に関して解決策を練らずに、各人の“気合”や“精神論”だけで何とかしようとする医療機関はもう立ち行かなくなる。また、残業時間の制限等の杓子定規のルール作りだけでは医療機関における臨床業務の諸問題は解決しにくい。そこで、現場のムリ・ムダ・ムラをあぶり出していき、働く人のやりがいを保ちつつ、効果的かつ効率的な医師のすべき仕事を結晶化していく手法として、「マネジメント」という視点が不可欠である。マネジメントのゴールは、効率性や生産性を追求することで職員がより有意義に時間を使え、さらなる価値を生み出せるように環境整備をすることとも言えるだろう。

今、筆者が構成員をつとめている厚生労働省医政局「医師の働き方に関する検討会」でも「緊急的取り組み」として、下記が発表された。

  1. 医師の労働時間管理の適正化に向けた取り組み
  2. 36協定・時間管理実態の自己点検
  3. 既存の産業保健の仕組みの活用
  4. タスク・シフティング(業務の移管)の推進
  5. 女性医師などに対する支援
  6. 医療機関の状況に応じた医師の労働時間短縮に向けた取り組み

出典:第6回 医師の働き方改革に関する検討会 資料4-2 医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組(厚生労働省)PDF

1~3は現行の労働法制で当然求められる事項も含んでおり、改めて、全医療機関において着実に実施されるべきと大きく打ち出したのである。これらを掲げるだけでなく医療機関内で着実に実行していく必要がある。そのためには、各医療機関のリーダーの覚悟とマネジメント能力が問われている。まず、リーダーの覚悟を考える際に、組織を“振り子”として考えると分かりやすい。振り子では支点を軸として上が小さく揺れると、それにつながる振り子の揺れは大きくなる。組織でもリーダーの評価軸や基準、考え方がブレると下は大きく振り回される。組織が大きければ大きいほど、トップのぶれの末端の部下への影響は大きくなる。トップの考え方がころころと変わってしまうと組織は右往左往してしまい、さらに、ブレが大きすぎると、それに耐えきれず部下は振り子のように糸がぷつりと切れてどこかに飛んでいってしまう。働き方改革の遂行もリーダーの覚悟が重要と言われる所以である。働き方改革をやると決めたらやる、とぶれないことが大切だ。そして、それを実行していくマネジメント能力も必須だ。現場の納得感を生みながら、残業時間、労働生産性、医業収益・利益などのKPI(key performance indicator、主要業績評価指標)を管理していくことが重要となる。

医師の働き方改革は働く医師が主人公であり、現場とギャップがあるようなお仕着せの「働かされ方」改革では改革は長続きしない。医療機関のリーダーはやりがいや効率性を同時に追求するマネジメントの視点とぶれない覚悟をもって、働き方改革を実行していく必要があるのである。

著者プロフィール

ハイズ株式会社 代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐

裵 英洙 氏(医師・医学博士・MBA)

奈良県出身。1998年医師免許取得後、金沢大学第一外科(現:心肺総合外科)に入局、外科医として勤務。
金沢大学大学院にて外科病理学を専攻。病理専門医を取得し、臨床病理医として活躍。
勤務医時代に病院のマネジメントの必要性を痛感し、慶應義塾大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)入学。首席で修了しMBA(経営学修士)を取得。
現在は、各地の病院経営の経営アドバイザー、ヘルスケアビジネスのコンサルティングを行っている。

裵 英洙 氏

その他役職

  • 厚生労働省「医師需給分科会」委員
  • 厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員
  • 厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」委員
  • 厚生労働省「新たな医療のあり方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」委員
  • 北里大学医学部医療経営講座 特任講師/長崎大学医学部 客員講師 ・日本福祉大学大学院 客員講師/ 高知県 医療RYOMA大使

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