2019年10月28日更新

病院の人材活用 第05回 院内の人材育成は設計が肝心

ハイズ株式会社代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐
裵 英洙 氏

悲しいかな、人は忘れる。
せっかく学んだ貴重な内容も時間とともに記憶は薄れる。学びの記憶と忘却に関して研究したヘルマン・エビングハウスの忘却曲線(出典:Memory: A Contribution to Experimental Psychology)によると、学びのすぐ後と1か月後では記憶の思い出し効果はがくんと下がることが判明している。

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医療機関における研修の現状

日本全国の医療機関内では多くの研修がなされており、また院外への研修に職員を行かせている医療機関も多いだろう。医療機関は労働集約型ビジネスであるがゆえ、人材の質が現場の質につながり、ひいては医療機関の質につながっていく。だからこそ、人材育成は急務であり、多くの投資がなされている。しかし、その投資効率はどうであろうか?筆者は医療機関からの研修や講演の依頼を頂くことが多い。
「病院経営やマネジメントを分かりやすく研修して下さい」
「人材育成について教えてほしい」
「次世代リーダーの養成について研修コースをお願いします」
「離職率の低減に関してぜひお話しを」

ありがたいお話ではあり、研修の質を高めるためにも、依頼を頂いた時点で必ず次のことを質問している。
「参加者の選抜と受講後のフォローはどうなっていますか?」
多くの研修担当者の方は「は?」と回答に窮することが少なくない。研修への参加方法は、自主的参加、役職者への強制、全職員対象などさまざまだろう。年間の研修費用をあらかじめ決めておき、希望者に研修申請書等を記載してもらい先着順でOKを出す医療機関もある。
まず、研修は人材への投資である。投資であるなら費用対効果や投資効率を事前に設計することが企業としての大前提である。人材育成では厳密な数値換算は難しいが、下記のような視点のチェックは最低限必要であろう。

  • 参加者のモチベーションの有無は?自主参加か強制参加か?
  • 研修後の報告書の有無は?学びの内容や業務への活かし方はどうするか?
  • 研修成果を院内に波及させているか?

一般的に、医療機関は教育に対しては熱心な姿勢を持っているものの、そのプロセスや評価、周囲への波及効果に関して厳密に管理・活用しているとは言い難い。研修を受講したり講演を聞くことは自己研さんのみならず、医療機関を代表して行う行為でもある。となると、医療機関側が参加者に期待することを事前に明確にしておき、それを参加者に周知させてコミットメントを上げておきたい。“なんとなく研修”では学びも薄くなり、投資の無駄になってしまう。明確な目標や哲学がない投資は“投機”である。毎年行っているから、予算があるから、職員から受けたいと言われたから、等の無計画の惰性的な研修は避けたい。目的がない研修は、時間のムダ、お金のムダ、労力のムダ、のオンパレードともいえる。

研修効果を最大化するためには

通常、医療職は学びへの欲求が比較的高い人が多い。その欲求の高さをバネに、組織全体にとって、より効率的、より波及的な教育投資環境を創造する視点があれば、個の学びから集の学びへと昇華する。受講後に下記のような視点があると研修の波及効果は大きくなる。

  • 研修からの学びの総括:研修後1~2週間以内に、書面でも口頭プレゼンテーションでも良いので、自分の表現で伝えてもらう
  • 研修で得たことを周囲に伝える機会の創出:受講生の周囲の同僚や部下に研修の要約を伝えることで、学びがより深化する

前述のヘルマン・エビングハウスによると、反復して記憶を呼び起こす努力をするとその忘却曲線の傾きは緩やかになる。だからこそ、研修後に反復して学びを記憶に焼き付ける機会が重要となる。また、記憶した知識や情報を短期記憶から長期記憶へ変えるためには、日常業務ですでに使っている知識や技術への関連づけも重要になってくるだろう。ともに働く周囲の同僚や部下に、研修で学んだことを現状業務に即した内容にからめて伝えることは記憶をさらに固定化し、得た学びを反復するのにもってこいだろう。つまり、研修は“前”より“後”が大切なのだ。

人材育成の基本哲学の構築を

研修で学んだことをどれだけ日常業務で実践し、良い学びを周囲に波及しているかが研修の成果の一つである。つまり、受講後に部下や同僚へ得た学びを還元するまでが研修と言っても過言ではない。「何となく申請、何となく受講、何となく成果物」の“なんとなく研修”では、何となくの学びが組織内に蔓延するものだ。だからこそ、研修を受けた人間が周囲にその学びを波及させる教育のスパイラルを構築したい。そして、そのスパイラルを創り出すのは経営者の仕事だ。どの医療機関経営者も“人材育成が経営のキモ”と声高に言っている。キモとするのなら、人材育成を組織全体の課題として、研修効果を厳密・厳格に評価し、学びの集団化を目指すような“教育哲学”が必要であろう。医療職のモチベーションの一つに「学び」があり、何歳になっても学びへの渇望は強い人が多い。だからこそ、質の高い学びを提供する医療機関はきっと医療職を振り返らせる魅力にあふれているはずだ。優秀な人材獲得が難しくなってきている医療界、「学び」という魅力を磨くことこそ差別化要素につながっていくのではなかろうか。

著者プロフィール

ハイズ株式会社 代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐

裵 英洙 氏(医師・医学博士・MBA)

奈良県出身。1998年医師免許取得後、金沢大学第一外科(現:心肺総合外科)に入局、外科医として勤務。
金沢大学大学院にて外科病理学を専攻。病理専門医を取得し、臨床病理医として活躍。
勤務医時代に病院のマネジメントの必要性を痛感し、慶應義塾大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)入学。首席で修了しMBA(経営学修士)を取得。
現在は、各地の病院経営の経営アドバイザー、ヘルスケアビジネスのコンサルティングを行っている。

裵 英洙 氏

その他役職

  • 厚生労働省「医師需給分科会」委員
  • 厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員
  • 厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」委員
  • 厚生労働省「新たな医療のあり方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」委員
  • 北里大学医学部医療経営講座 特任講師/長崎大学医学部 客員講師 ・日本福祉大学大学院 客員講師/ 高知県 医療RYOMA大使

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