2019年08月09日更新

病院の人材活用 第04回 なぜ今、医師の働き方改革が必要なのか?

ハイズ株式会社代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐
裵 英洙 氏

ES(Employee Satisfaction)なければ、CS (Customer Satisfaction)なし

いずれの業界も、地域や顧客から選ばれる企業体を創るためには、より良い職員に選ばれなければならない。そのために、働き方改革に代表されるように、職員が働く場の環境整備は必須である。これは医療界も例外ではない。

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これまでに様々な業種において長時間労働、またそれによる過労死や過重労働等が問題視されてきている。長時間労働による労働者の心身不調も多く取りざたされており、社会全体が働き方改革の必要性が求められている。その流れをうけて、最近、メディア等で医師の過重労働や過労死の問題が取りざたされることが多くなり、医療職、特に医師の働き方を見直す機運がますます高まってきている。また、超高齢化社会の到来により複合疾患や重症疾患を持つ患者が増え、長期的治療を必要とする人が増加する、といった医療需要の変化から、医療職の負担増は今後も加速すると考えられる。加えて、医療の質追求や医療安全、患者や家族との適切かつタイムリーなコミュニケーション、他施設との地域連携等、医師は幅広い業務を遂行しなければならず、強い肉体的・精神的緊張の状況に置かれている。このような環境の中、過酷な労働環境での勤務が続くと、医師の心身の健康へ深刻な影響が出ることで離職や休職につながり、残りの勤務者へのさらなる負担増加へとつながり、ひいては地域医療の崩壊に続く悪循環となる。これまでに、医師の長時間労働は業務遂行能力の低下や医療事故の誘因となることが多くの研究で示されており、医療の質や医療安全を脅かすものであることは自明のことであるため、患者への提供価値を考えても、早急に長時間労働の是正が必要であることは論を待たない。
その長時間労働に関して、他職種と比較すると明らかに医師は過重労働と言われている。平成24年の総務省「就業構造基本調査」によると、職業別週労働時間 60 時間以上の雇用者割合は総数 14.0 %のところ、医師は 41.8% と最も高い。なぜこのように医師が長時間労働になるかに関しては、医療の4つの特性が影響していると考えられる。

  1. 不確実性(疾病の発生や症状の変化が予見不可能であること、治療の個別性、治療効果の不確実性があること)
  2. 公共性(国民の生命を守るものであり、応召義務も設定され、国民の求める日常的なアクセス、質(医療安全を含む)、利便性、継続性等を確保する必要があること、職業倫理が強く働くこと、公的医療保険で運営されていること)
  3. 高度の専門性(医師の養成には約 10 年以上の長期を要し、業務独占とされており、需給調整に時間がかかる中、医師でなければできない仕事が存在すること)
  4. 技術革新と水準向上(常に知識・手技の向上を必要とし、新しい診断・治療法の追求と、その活用・普及(均てん化)の両方が必要であり、それらは医師個人の努力に大きく依存してきたこと)

上記のような特殊性があるがゆえ、長時間労働が強いられ、かつ、他産業と同一視せずに別建てで医師の働き方を検討しなければならないと言われている。
一方、労働時間の短縮だけがすべてではなく、同時に「生産性の向上」も叫ばれており、働き方改革を推進するためには効率的に業務を進めることは不可欠である。しかし、その方法論を考えずに“気合”や“精神論”の域から抜けきれない医療機関はまだまだ多い印象が拭えない。病院における経営者や管理職が生産性向上に関する方法論を習得しないと、気合と根性で生産量(≠生産性)を上げることを第一義とする従来の労働強化型改革に落ち着いてしまいかねない。限られた時間内でアウトプットの質を追求するような業務の進め方こそが働き方改革の本丸であり、まず労働生産性の向上を追求することで労働時間の短縮を図るように改革は進めなければならない。

労働者である勤務医の厳しい労働環境

働き方改革の議論の際、「勤務医は労働者か否か?」と病院経営者から聞かれることがあるが、当然ながら勤務医は労働者である。よって、残業規制が適応され、36協定も必要となり、きちんとした労働者の権利を有していることとなる。その医師の労働者性を考える上で、記憶に新しいところでは、県立奈良病院(現:奈良県総合医療センター)の産科医が当直に対する割増賃金の支払いを求めて提訴した事例だろう。2013年の最高裁判決での「医師の当直は労働時間」との判断が出た。病院側が当該医師の当直を「軽度な業務」として労働時間として換算していなかったため、一審・二審いずれも、当直時間の労働の実態と待機時間での呼び出し義務があるとの理由で当直を労働時間と認定。その後、奈良県は上告したが最高裁が退けたため判決が確定した。“医師は労働者である”ことを前提にした判決であり、当直も労働時間であることが明記された。病院経営者や管理職がこの基本原則を理解していないとそもそも働き方改革は前に進まない。
さて、労働者である勤務医の実際の労働環境をデータで見てみよう。日本医師会が平成28年6月に発表した『勤務医の健康の現状と支援のあり方に関するアンケート調査報告書』では、5人に1人以上が、「自身の健康について、健康でない、または不健康」と回答している。また、平均睡眠時間5 時間未満(当直日以外)が9.1%、当直日の平均睡眠時間4 時間以下が39.1%、と十分な睡眠を確保できない状況が明らかとなった。さらに、「他の医師への健康相談あり」は55.1%と半数以上の医師が医師に相談しており、「自殺や死を毎週/毎日具体的に考える」割合は3.6%と回答。厳しい労働環境の中、睡眠時間が十分に確保できずに働き過ぎでメンタル不調を来しやすい現状が浮き彫りとなっている。このように、勤務医の労働環境はかなり過酷であり、追い込まれている医師も少なくなく、働き方改革は待ったなしの状況である。

医療の持続性を維持しつつ、社会ニーズの増大や変化に対応し質の高い医療を提供するためには、医師の働く環境を整備することは必須である。また、医師の健康管理に留意しつつ、一人一人の医師がやりがいを持ちながら、無理をせず経験、研鑽を積むことができる体制を構築していくことこそが、働き方改革のゴールともいえる。

著者プロフィール

ハイズ株式会社 代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐

裵 英洙 氏(医師・医学博士・MBA)

奈良県出身。1998年医師免許取得後、金沢大学第一外科(現:心肺総合外科)に入局、外科医として勤務。
金沢大学大学院にて外科病理学を専攻。病理専門医を取得し、臨床病理医として活躍。
勤務医時代に病院のマネジメントの必要性を痛感し、慶應義塾大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)入学。首席で修了しMBA(経営学修士)を取得。
現在は、各地の病院経営の経営アドバイザー、ヘルスケアビジネスのコンサルティングを行っている。

裵 英洙 氏

その他役職

  • 厚生労働省「医師需給分科会」委員
  • 厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員
  • 厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」委員
  • 厚生労働省「新たな医療のあり方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」委員
  • 北里大学医学部医療経営講座 特任講師/長崎大学医学部 客員講師 ・日本福祉大学大学院 客員講師/ 高知県 医療RYOMA大使

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