2018年11月09日更新

病院の人材活用 第03回 医師の働き方改革は住民理解が必須である

ハイズ株式会社代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐
裵 英洙 氏

医師の働き方改革では、医療の現場に労働時間を管理するという考えが根付くことがスタートラインであることは論を待たない。さらに、医療者自身の姿勢、つまり患者の命を守るには長時間労働は仕方ないと考える体質そのものの見直しも必要とされている。患者の命を守るための自己犠牲は美談ではあるが、その美談の犠牲の上に医療が成り立っていては永続性が望めない。今後の日本の医療を長く続けるためには、持続可能的な医療提供体制の構築が待ったなしとなっている。
今回は、地域住民の協力が医師の働き方に大きな影響を及ぼした事例をご紹介したいと思う。

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2007年4月、ある主婦が兵庫県丹波市内で唯一、小児の入院を扱う「兵庫県立柏原病院」の小児科が閉鎖の危機にあることを知った。2人しかいない柏原病院小児科の先生のうち1人が県の人事で院長に就任し、現場に残されたもう1人の先生が「これ以上の負担に耐えられない」と退職の意向を示したという新聞報道であった。そして主婦たちが立ち上がり、2007年4月20日に『県立柏原病院の小児科を守る会』を発足させたのである。小児科を守るために、下記のスローガンを上げて活動を開始した。

  1. コンビニ受診を控えよう
  2. かかりつけ医を持とう
  3. お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう

こどもを守ろう・お医者さんを守ろう、という理念は、医師を守ることが、ひいては住民を守ることにつながる、という地域医療の根幹に通じるものでもある。この理念に基づいて会は活動を続けられた。小児救急冊子『病院に行く、その前に…』を発行し、丹波市の協力のもと乳幼児のいる家庭に全戸配布された。新聞、テレビ、雑誌などで頻繁に取り上げられ、全国からの注文が後を絶たないほどの人気配布物になっている(2010.11 現在の発行部数 47,700 冊)。これらの取り組みの結果、適正受診が進み、柏原病院小児科の時間外受診者数が半減した。そして、「お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう」を住民に実践してもらうため小児科外来窓口に「ありがとうポスト」を設置し、集まったメッセージは小児科待合いの廊下に掲示した。その後アルバムにまとめて医師に贈っており、この活動に医師たちがとても感動し小児科に残る決意をしたとの話もある。その結果、小児科の診療体制は、2008 年 4 月に2人、6 月に1人の常勤医が赴任し、柏原病院の小児科は過去最高の5 人体制とまでなったのである。

『県立柏原病院の小児科を守る会』は、地域住民とタッグを組んで地域医療の維持を実現した好例と言える。しかし、地域住民の自助努力だけでは解決できない問題も多くある。日本の医療は「国民皆保険」制度があり、受診する医療機関を自由に選択できる「フリーアクセス」が特徴と言われている。窓口の低い自己負担があり、いつでもどこでも診てもらえるいわゆる医療であり、コンビニ受診につながっているという指摘もある。我々の便利さの過度な追求が医師の長時間労働や医療現場の疲弊を招いていることも事実の一つとして関心を持たねばならないだろう。
そこで、医療現場の疲弊を知るための調査を見てみよう。働く医師の実態を調査した「勤務医労働実態調査2017」では、当直明けの連続勤務により医師の集中力や判断力が低下し実際に診療ミスが増えていることが明らかとなっている。さらに、調査では、当直明け勤務が「通常勤務」が78.2%と大半であり、当直後も眠い目をこすりながら通常通り勤務している実態がうかがえる。また、当直明けからの連続勤務で「集中力や判断力が低下する」と回答した医師が約8割にも上り、医療の質の低下が危ぶまれている。

現在進んでいる働き方改革としての医療機関内の自助努力は当然のことだろう。それに加えて、住民同士が効率的な医療資源の利用を考えて、複数の地域の病院をひとつに集約化し医師を集めることもひとつの方策とも言える。集約化することで多くの医師が勤務することで交代制勤務やしっかりとした診療体制の整備が可能となる。もしかすると集約化で病院が遠くなる患者も出てくるかもしれないが、少し遠くなっても確実に対応してもらえ、質の高い医療を提供してもらえることの方が利点とも言えるのではないだろうか。また、大きな病院に患者が集中しないよう軽症の患者はかかりつけ医を受診するなど医療機関の役割分担を強化することも必要であろう。地域医療提供体制の維持は、地域という“面”でいかに医療資源を有効に活用するかという視点が不可欠であり、かかりつけ医制度はその基本システムともいえる。

医師の働き方改革は医療のあり方そのものを見直すことといっても過言ではない。働き方改革を起爆剤にして、地域住民の理解を深めて、地域の実情に応じた医療の提供体制を整備する時代になってきているのである。

著者プロフィール

ハイズ株式会社 代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐

裵 英洙 氏(医師・医学博士・MBA)

奈良県出身。1998年医師免許取得後、金沢大学第一外科(現:心肺総合外科)に入局、外科医として勤務。
金沢大学大学院にて外科病理学を専攻。病理専門医を取得し、臨床病理医として活躍。
勤務医時代に病院のマネジメントの必要性を痛感し、慶應義塾大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)入学。首席で修了しMBA(経営学修士)を取得。
現在は、各地の病院経営の経営アドバイザー、ヘルスケアビジネスのコンサルティングを行っている。

裵 英洙 氏

その他役職

  • 厚生労働省「医師需給分科会」委員
  • 厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員
  • 厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」委員
  • 厚生労働省「新たな医療のあり方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」委員
  • 北里大学医学部医療経営講座 特任講師/長崎大学医学部 客員講師 ・日本福祉大学大学院 客員講師/ 高知県 医療RYOMA大使

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