2018年07月13日更新

病院の人材活用 第02回 医師の働き方改革に対する病院経営者の悩み

ハイズ株式会社代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐
裵 英洙 氏

「医師は高度プロフェッショナルか否か」
病院経営者からよく聞かれる質問である。
結論から言うと、現状の定義では「高度プロフェッショナル(高プロ)」に医師は当てはまらない。高プロ制度は、時間外・休日労働協定の締結対象から外し、時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外して、成果に応じて賃金が支払われることを指す。そして、高度プロフェッショナル制度の対象職種としての要件が存在する。

『「高度の専門的知識等を要する」や「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった対象業務とするに適切な性質をみたすものとし、具体的には省令で規定することが適当』(今後の労働時間法制等の在り方について、報告書骨子案、厚生労働省)

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本要件を医師に照らし合わせると、「高度の専門的知識等を要する」という要件は満たしてはいるが、「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」という要件は満たさない。医師は1時間に何人の患者を診た、何人の患者を治療した、という形で労働時間と成果とが連動するからである。つまり、「医師の仕事は『高度』で『プロフェッショナル』なもの」ではあるが、勤務形態などから高プロには該当しないのである。ただ、医師であっても、臨床現場に属さず、医学研究等に専従している場合は、高度プロフェッショナル制度の対象職種に該当する。つまり、医師は、一般労働者と同じであり、残業規制も当てはまり、36協定も必要となるのだ。もちろん、きちんとした労働者の権利も有する。
「医師は一般労働者である」ということを前提に、医師の働き方を振り返ってみたい。2013年の最高裁判決が社会に大きなインパクトを与えた、県立奈良病院(現:奈良県総合医療センター)の産科医が当直に対する割増賃金の支払いを求めて提訴した事例を例に取ろう。病院側は当直に関して労働基準監督署に届けていたものの、当該する当直を「軽度な業務」として労働時間に換算していなかった。しかし、一審・二審いずれも当直時間に労働の実態があり、待機時間も呼び出し義務がある、等の理由で当直を労働時間と認定した。その後、奈良県は上告したものの最高裁が退けたため判決が確定した。本例は医師が労働者であることを前提にした判決であり、当直が労働時間であることが明記されたのである。これをきっかけに医師の働き方改革への機運がさらに高まり、病院にとっての経営課題として大きく考えられることとなった。
しかし、リアルな医療現場と病院経営の厳しい事情を見ている筆者からすると、残業時間の制限等の杓子定規のルール作りだけでは、医師の働き方改革は進まないと考える。医療の高度化に伴い、患者からの要求は高まり、覚えるべき医学知識や技術の量は膨大となっている。さらに、超高齢化社会の到来で複合疾患を持つ重症患者が増え、多くのリスクを考慮にいれながら医師は診療に従事している。また、病院経営は国の医療財源の制約から厳しい傾向が続く中、多くの病院が赤字経営であり、黒字であったとしても薄い利益を何とか確保しているのが現状だろう。働き方改革を進める際には、非人間的な勤務時間や心身疲弊を惹起する労務環境の是正は当然のことではあるが、必要とされる医療提供体制を維持し、患者に提供される価値を損なうことなく、健全な病院経営が継続できるように、最適解を探す視点は必須だろう。
まず、病院経営としては、無駄の排除、生産性の向上は今すぐにでも手をつけなければならない。実際、医師の業務にはまだまだ無駄が多く、他職種へのシフトが可能である業務が多いことがデータとして明らかになっている。「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」(回収数約16,000件、厚生労働省「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」)では、医療機関の常勤医(50代以下)が一日に「患者への説明」「バイタル測定」「医療記録」など、本来業務ではない5つの業務に費やした時間(平均約240分)のうち、2割弱(約50分)は他職種に分担可能であることしている。また、「平成26年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査」(厚生労働省・中央社会保険医療協議会、2015年)では、医師事務作業補助者を配置することで、勤務医の負担軽減に「効果があった」「どちらかといえば効果があった」と回答した施設が9割を超え、医師事務作業補助者の配置が効果的との結論が出ている。これらの結果を踏まえて、2018年度の診療報酬改定では、従来あった医師事務作業補助体制の加算の点数がさらに上がり、病院における医師の負担低減へのアクセルは踏まれ続けている。
ただ、ひとつの病院だけの取り組みには限界がある。医師の数が絶対的に少ない地方では、単一の医療機関がどれだけ頑張っても医師の労働環境の飛躍的な改善にはつながりにくいことも事実だろう。つまり、働き方改革は、地域内の医療機関同士の連携や患者側の意識改革をセットで考えなければならない。地域包括ケアや地域医療構想等の連携を推進する取り組みは加速していかなければならない。また、コンビニ受診等に代表されるような患者側の過度の便利さの追求や不要不急の受診が医師の長時間労働や医療現場の疲弊を招いていることについても深く議論する必要があろう。
フリーアクセスや国民皆保険といった世界に誇る素晴らしい医療制度を維持するためにも、医療資源の有効活用が地域課題・社会問題であることの認識を新たにし、医療の提供先である国民自身も積極的な議論に加わることが望まれている。

著者プロフィール

ハイズ株式会社 代表取締役社長
国立大学法人高知大学医学部附属病院病院長 特別補佐

裵 英洙 氏(医師・医学博士・MBA)

奈良県出身。1998年医師免許取得後、金沢大学第一外科(現:心肺総合外科)に入局、外科医として勤務。
金沢大学大学院にて外科病理学を専攻。病理専門医を取得し、臨床病理医として活躍。
勤務医時代に病院のマネジメントの必要性を痛感し、慶應義塾大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)入学。首席で修了しMBA(経営学修士)を取得。
現在は、各地の病院経営の経営アドバイザー、ヘルスケアビジネスのコンサルティングを行っている。

裵 英洙 氏

その他役職

  • 厚生労働省「医師需給分科会」委員
  • 厚生労働省「医師の働き方改革に関する検討会」委員
  • 厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」委員
  • 厚生労働省「新たな医療のあり方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」委員
  • 北里大学医学部医療経営講座 特任講師/長崎大学医学部 客員講師 ・日本福祉大学大学院 客員講師/ 高知県 医療RYOMA大使

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