2021年6月17日

DX時代の情報システム部門のあり方、そして役割とは 第01回 1980年代の呪縛に挑む日本のDX

株式会社レッドジャーニー 代表 政府CIO補佐官 DevLOVE オーガナイザー
市谷 聡啓 氏

2021年において垣間見える日本の「DX格差」

日本のDXは本当のところどの程度進んでいるのでしょうか。コロナ禍がDXに与えた影響はどのようなものなのか。日本のDXの今ここを知る上で、題材となるのは経済産業省が発信している「DXレポート」です。2018年に第1弾が、2020年末に第2弾(https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-2.pdf 新しいウィンドウで表示:経済産業省)が中間まとめとして提供されています。このレポートを紐解くと、日本におけるDXの概況を垣間見ることができます。

このうち、社会にインパクトを残したのは2018年のDXレポート1のほうではないかと思います。「2025年の崖」というパワーワードを世の中に送り出し、「DXを進めるためには基幹システムの方針を先立たせる必要がある」という認識を醸成する内容になっています。結果的に、この方向付けが強すぎるレポートとなり「DXとはレガシーな基幹システムをどうにかすること」というミスリードを生み出す要因にもなったと考えられます。

DXでの狙いとは単に古くなったシステムをどうにかするということではありません。社会や顧客の状況にフィットする事業の創出と、そのために環境の変化に適応できる組織能力を備えるようにすること。これまでのあり方とやりようを変えていく「組織変革」と言えます。このあたりは、DXレポート自体がその第2弾で言及しているところです。

ということを踏まえ、DXレポート2で強調されるようになったのは「変革の推進」です。レガシーシステムの刷新という方向性から、いかに変革を推進していくか、DXレポート2では舵切りが行われています。というのも、2018年の風景から2年が経過して見えてきたのは、実に9割以上の企業がDXを進められていないという結果だったのです。

この根拠になっているのは、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がDX推進指標による診断結果を収集し、分析した結果です。対象企業500社のうち、DXにまったく取り組めていない(DX 未着手企業)レベルと、散発的な実施に留まっている(DX 途上企業)レベルで9割が占められています。DX推進指標を活用して自社評価を行おうという企業のほうがむしろDXへの意識が高いと言えますから、500社は氷山の一角であり、事実日本のDXはまだまだ進んでいないと推察できます。

ところが、この結果は筆者の肌感覚とは合わないものでした。私自身は、DX推進の支援を、大企業から地方の企業、また政府内においても活動を行ってきています。そこで見える風景は、上手くいっているかどうかはさておき、探索的にDXへと取り組む組織の姿です。苦戦しながらも、とにもかくにも前に進もうとする風景であり、「9割がDXを進められていない」という感覚からはやや遠さを感じるところでした。

つまり、DXへの取り組みを始めている組織は、失敗も含めて結果を得てさらに前進をしようとしている。その一方で、未だ「DXとは何か?」という認識で止まっている企業もある。この「DX格差」とも言うべき状況が、日本のDXの今ここであると考えられるわけです。

1980年代の呪縛を解き放てるか

では、日本のDXの進展を阻む要因には何が考えられるのでしょうか。決してレガシー化したシステムの存在だけではないわけです。そもそもどこから変革を進めていくか、という切り口の課題もあれば、デジタル活用に関するリテラシー、ケイパビリティの欠如、あるいは企業を取り巻く環境についての現状認識の不足なども考えられます。業務のデジタル化が進んでおらず、メール、電話、FAXなど非効率な手段で仕事にあたり、上手くいかないところは人力でカバーするという企業活動のベーシックな部分での課題も歴然とあります。

大企業から地方の企業まで支援を続ける中で、より解像度高く見えてきたのはある組織能力の欠落でした。それは環境や状況の変化を把握し、適応に向けて何にどう取り組むべきかという仮説を立て、具体的な組織行動の選択肢を増やしたり、広げられる「探索のケイパビリティ」です。これまでの勘と経験で決め打ちするのではなく、仮説検証に基づく意思決定を行い、機動的(アジャイル)に判断と行動を適時適切に変えていける組織能力にあたります。

触れるまでもなく、これは「両利きの経営」で提示されている内容と符合します。既存の事業の磨き込み、改善のために必要な深化の能力と、新規事業などこれまで踏み込めていない領域で必要となる探索の能力と、両輪がこれからの組織能力として必要となる。こうした「両利きの経営」の捉え方は至極もっともです。

ただし、仮説検証とアジャイルの能力は、新規事業作りにのみ必要となる特別なケイパビリティではなく、いまや既存事業の遂行にあたっても必要となるものです。コロナ禍がもたらした事態とは、これまで行ってきた対面業務のオンライン化、リモート化への移行や対応であり、既存業務のあり方自体を問い直すものだったわけです。

既存業務であっても「正解」があらかじめ存在するわけではありません。対面業務をどのように価値を損なわず、あるいは付加価値を高めるべく、デジタル化するのか。新たな業務の姿について仮説を立て検証し、実験的に実地の取り組みを始め、また仕組みの構築を漸次的に進めていくアプローチ(アジャイル)が必要となるわけです。

このように考えると、DXに取り組む企業に求められることは、既存事業か新規事業かに依らず、探索のケイパビリティ(仮説検証&アジャイル)の獲得になります。筆者はここがDXにおける一丁目一番地と捉えていますが、実際に進めるにあたっては相当な困難に直面します。

もともと、組織能力として「深化(磨き込み、改善)」に特化し、体制、仕組みから評価まで長年最適化してきたところに、全く異質のケイパビリティを持ち込むことになるわけです。価値観、考え方のレベルで抵抗感が生じる、あるいは「探索(仮説検証、アジャイル)」の必要性さえ判断できない、といった状況に臨むことになります。このコンフリクト(あるいは、コンフリクトさえ発生しない)を乗り越えていくことが、経営やマネジメント層はもちろん、業務の遂行にあたる現場に至るまで組織全体で必要になるのです。その困難さたるや推して測るまでもありません。

この既存との衝突が深刻になる背景には、日本企業がこれまで競争優位性を築くために磨き込んできた「選択肢を減らし、絞り込み、集中する深化の能力」があり、強みとしてきた能力が逆に足かせとなる現状をして、筆者は「1980年代の呪縛」と呼んでいます。DXに取り組む組織は、この呪縛の存在を認識し、「組織の全般にわたって意思決定に影響を与えている」という状況を踏まえて変革にあたらなければなりません。

こうした状況は絶望的に感じるかもしれませんが、逆に言うと日本の組織内はやれることだらけ、探索能力の強化に関しては何を取り組んでも今より良くなる、と言えます。1周回って、日本のDXには希望がある、そのように捉えています。

本連載では、この希望がかたちとなるよう、何を切り口にどう取り組んでいくのか解説していきます。本連載における切り口は、「情報システム部」です。

著者プロフィール

株式会社レッドジャーニー 代表
政府CIO補佐官 DevLOVE オーガナイザー

市谷 聡啓(いちたに・としひろ)氏

サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。
プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。
それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。
訳書に「リーン開発の現場」がある。
著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。

プロフィールサイト https://ichitani.com/ 新しいウィンドウで表示

市谷 聡啓(いちたに・としひろ)氏

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