2021年10月20日

DX時代の情報システム部門のあり方、そして役割とは 第05回 組織にアジャイルを宿していくのは誰か

株式会社レッドジャーニー 代表 政府CIO補佐官 DevLOVE オーガナイザー
市谷 聡啓 氏

情報システム部門がDXのイネーブラーをつとめる

本連載では、DXにおける情報システム部門の新たな役割について提言を行ってきました。今回の最終回では、これまでの内容をふりかえり、新たな情シスに向けた最初の取り組みについて言及します。

まず、日本の企業の多くが背負っている背景として「1980年代からの呪縛」があります。両利きの経営でいう「深化」のケイパビリティを磨き上げて、効率化を推進していくことが確立されたビジネスモデルの上では最善の戦略であったわけです。いわゆる改善やPDCAという取り組みが強い日本を支えることになり、しかし、同時に足かせとなっているのが現状でもあります。

「深化」に最適化してきた組織では、事業や組織の向かうそもそもの方向性について立ち止まって捉え直し、別の選択肢を作り出すという機会そのものが確保しにくい環境となっています。つまり、新たなビジネスモデルを模索するために必要な「探索」のケイパビリティが育ちにくく、企業の新陳代謝を目指す「DX」においては逆境とも言うべき環境と言えます。多くの企業で「DXで何から始めたら良いか分からない」という声を聞きます。この言葉が出てくることが、すなわち組織として取り組む選択肢を自らあげることができないという「探索」のケイパビリティの欠如の現れなのです。

こうした環境で、新たな事業開発やプロダクト作りに挑んだところで、構想に実現力が伴わず、次に繋がることのない「多産多死」を繰り返してしまいます。PoCを数多く仕掛けるが一向に実装に繋がらず、結果も出ないというDXにある状況に陥ることになります。

この状況の突破口を握るのが、ITを本分として組織のイネーブラーを担う情報システム部門です。イネーブラーとは支援機能、支援組織という意味です。DXにおける具体的なテーマ、コンテンツは事業部門が牽引するところです。ですが、その構想を実現するためには多くの場合、AI、IOT、データ基盤といったDXにはお馴染みの基盤技術が前提となり、情シス部門がこの技術領域を牽引することが当然期待されます。

一見、事業部門と情シス部門でお互いの役割を補完しあうイメージが成り立ちます。しかし、実際には、「探索」というこれまで企業が経験の薄いプロジェクト自体を進めていくための術がなければ、両者による協働が成り立たず、一向に成果へとたどり着くことができないのです。正解が見えないテーマについて、試行錯誤を繰り返しながら、一歩一歩学習を積み重ねながら、事業やプロダクトを形作っていくという活動に求められる協働の型こそが「アジャイル」です。

アジャイルの取り組みをアジャイルに進める

もちろん、情シスにとっても「アジャイル」はまだ十分に経験と備えが伴っているわけではありません。これから取り組む企業も多いことと推察します。アジャイルへの取り組みを進めていくためには、何が必要なのでしょうか。

経営者やマネージャーの号令でしょうか、部門としての方針でしょうか。いずれも必要ではありますが、それ以上に実質として伴う必要があるのが情シス部門の一人ひとりのアジャイルな振る舞いそのものです。アジャイルとは、絵に描いたプロセスや数箇条で書かれたマインドセットにその本質があるのではありません。「やってみて、そこから学びを得て、次に活かす」という具体的な実践行動がすべてなのです。何もしないうちは、何ひとつアジャイルについて学びを深めることはできないでしょう。一人ひとりが実践に踏み出さなければ、組織としてのアジャイルは進みようがないのです。

実践がその本質ということで、アジャイルの取り組みはそれゆえに困難を伴います。当然、これまで実践してこなかったことですから、最初から上手くいくはずがありません。また、研修や書籍を通じて頭で分かったつもりの「アジャイル」を事業部門に押し付けたところで、むしろプロジェクトの状況は悪化するでしょう。

だからこそ、「アジャイル」への取り組み自体を漸進的に行う必要があるのです。それはさながら、少しずつ進めては行動と結果をふりかえり、次の行動をより良くしていくという「アジャイル」の取り組みかたそのものです。つまり、「アジャイル」を学び、身につけるための取り組み自体を「アジャイル」に行う必要があるのです。

アジャイルになっていくには時間と学習を要するところです。ゆえに、一人ひとりの振る舞いが問われる一方で、一人では乗り越えられないところも出てきます。情報システム部門がアジャイルな組織になっていくために、一人ひとりが得た知見をお互いに活かし合う営みが重要です。プロジェクトだけではなく、部門としての「ふりかえり」を実施しましょう。誰がどのような実践で何を学び得たのか。それは他のメンバーにとってどのように活かすことができるのか。

こうしたふりかえりで得られる「組織知」がまた、他部門との協働の中で活かされていくことになります。アジャイルが情シス部門の牽引を通じて、組織の中に広がり、新たに組織を支えるケイパビリティとなっていく。イネーブラーとしての新たな役割が果たせるよう、まず情シス部門からアジャイルを始める必要があるのです。

DXの本質とは、組織を取り巻く環境がいかに変化したところで、それに適応できるすべを組織が身につけていくところにあると私は考えます。30年分にもなる組織の学習不全を返していくには1年や2年では済まないでしょう。息の長い取り組みになるからこそ、一歩一歩自分たちが得ているものは何かを確かめながら組織変革の旅を続けていくことにしましょう。

著者プロフィール

株式会社レッドジャーニー 代表
政府CIO補佐官 DevLOVE オーガナイザー

市谷 聡啓(いちたに・としひろ)氏

サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。
プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。
それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。
訳書に「リーン開発の現場」がある。
著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。

プロフィールサイト https://ichitani.com/ 新しいウィンドウで表示

市谷 聡啓(いちたに・としひろ)氏

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