2021年7月9日

DX時代の情報システム部門のあり方、そして役割とは 第02回 「一休さんの屏風のトラDX」に陥らないために

株式会社レッドジャーニー 代表 政府CIO補佐官 DevLOVE オーガナイザー
市谷 聡啓 氏

企業個別のDX状況

独立行政法人のIPAが行っている、DX推進指標の自己診断結果分析レポートが先日公開されました。

DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2020年版)
https://www.ipa.go.jp/ikc/reports/20210614.html 新しいウィンドウで表示

このレポートは、DX推進指標を用いて各社が行った自己診断の結果をIPAが取りまとめ分析したもので、日本企業のDXがどの程度進んでいるかを知る一つの材料となります。全体の結果を見ると、目標値と現在値の間に依然開きがあることが分かります。


図3-1 全企業における指標の平均値
出典:情報処理推進機構(DX推進指標 自己診断結果 分析レポート(2020年版))

現在値1.6というのは「一部での散発的実施(全社戦略が明確ではない中、部門単位での試行・実施にとどまっている)」という段階です。目標値3以上は、「全社戦略に基づく部門横断的推進」が実践されているレベルですので、目指す状態との開きは大きいと言えます。さらに、中身を見ていくと、特にDXに必要な「人材育成」の観点が遅れていることが分かります。2020年後半から2021年にかけて、筆者も実際のところ「人材育成」を課題として相談を受けることが多く、肌感覚とも合うところです。結論、日本企業におけるDXはまだまだの段階にあります。

組織変革を阻む「一休さんの屏風のトラDX」

なぜ、日本企業においてDXが思うように進捗しないのでしょうか。もちろん様々な要因が挙げられるところですが、実際に組織を渡り歩いて気づいたのは「一休さんの屏風のトラ」ともいうべきDXの存在でした。一休さんの屏風のトラDXとは、まさしく絵に描いただけのDXで、その中身を実行に移すための算段、推進のプロセス、実行体制の現実感が乏しい状態のことです。

要はDX推進のためのケイパビリティが圧倒的に不足しており、実行にすら移せない、移すために相当な時間を必要とする事態に陥っているわけです。もちろん、外部の力も借りて、多大なる費用を投じて作成したDXプランなわけですから実行に移せないままというわけにはいかず。ムリにでもプロジェクトを立ち上げて進めてみるも、大掛かりな変革だけにプロジェクトが燃え始める。「炎上」という言葉は既になくなって久しいと思いきや、DXの現場は思いの他珍しくない状況になっているのではないかと思います。

一休さんの屏風のトラDXに共通するのは「自社にとってのDXは何か」というWHYが弱いことです。「デジタル技術を用いた何かを行う」という手段が前面に立ち、結局のところ何のためにDXに取り組んでいくのかが希薄で、自社のこれまでの理念やミッションといった大前提との繋がりも感じられない。DXとは、業務や事業、組織のあり方まで、「これまで」を変えていく組織的活動に他なりません。ただ必要だからという理由だけで、現実的にも心理的にも負担のある活動を組織全体で自走的に行えるわけがありません。さきのDX推進指標の結果レポートのとおり、一部部門での散発的実施に留まるのは然りです。

仕事に対する新たなスタンス「デジタルスタイル」の必要性

DXをさらに難しくさせるのは、その取り組みの順番です。仮に、組織的なWHYが共通の認識に出来たとしても、何から取り掛かるべきなのかは依然として課題です。DXの本質的な狙い(新たな顧客体験の創出)がきちんと理解できていればいるほどに、「いきなりDX」の罠にはまりやすくなります。DXならではの新しいビジネス、サービス作りをいきなり始めようとしてしまうと、今度は人の経験、スキルがついていきません。WHYはあっていても、HOWが圧倒的に不足している状況です。

では、研修プログラムなどで垂直的にケイパビリティ獲得を目指そうということに振れていくわけですが、これも冒頭の「人材育成が最も遅れている」という診断結果が示すとおり、容易な取り組みではありません。新しいビジネスやサービスを構想し実現できる人材を育てようにも、現実はソフトウェア開発自体はもちろん、モノ作りのプロジェクトに参画した経験もないという段階から始めるので、途方も無い道のりと言えます。

さらに厄介なのは、単に技術スキルの獲得の話にとどまらない点です。より重要なのは、「デジタルスタイル」とでも言うべき仕事に対する姿勢です。デジタル利用が仕事上の選択肢に当然のごとくあることで生まれる、仕事に対するそもそものスタンスのことです。

  • 仕事をいちいち溜め込んでから処理するのではなく、常時オンラインの環境でその場の流れの中で対処を行う(メールからチャットへの移行)
  • 紙や電子書類での「仕事の受け渡し」から、オンラインドキュメントでの「仕事の常時共有」へ
  • 対面コミュニケーションありきではなく、基本をチャットとし不足感があればWeb会議を適宜開く

こうしたコミュニケーションのオンライン化、リアルタイム化が時間的な余裕を生み出し、その分より複雜な理解醸成が必要となる仕事に時間を回せるようになるのです。こうした足元の仕事に対するスタイルが伴わなければ、そもそもDXとはどういう状態なのかという理解も深まりませんし、新規ビジネスやサービスの立ち上げなどより難易度の高い仕事をスムーズに進めることもできないでしょう。DXへの取り組みとは、ビジネス作りから業務カイゼンまでその課題は多岐にわたり、かつほぼ同時に直面しなければならない状況になります。こうした現実にどのように向き合えば良いのでしょうか。

筆者は、組織内でのITを担ってきた情報システム部門がこの状況を突破する一つの鍵になると考えています。ですが、実際にはDXの取り組みに情報システム部が蚊帳の外に置かれていることもよくあります。情報システム部こそデジタルスタイルから遠い状態にあるため、中核から外されてしまっているのです。確かに、旧態依然としたスタイルを守るだけでは情報システム部が組織変革で立ち位置を得ることはないでしょう。情報システム部自体も変革に向けた取り組みが必要となるわけです。その切り口は何か? 筆者はあらためて「アジャイル」を挙げます。次回以降、この課題について解説していきます。

著者プロフィール

株式会社レッドジャーニー 代表
政府CIO補佐官 DevLOVE オーガナイザー

市谷 聡啓(いちたに・としひろ)氏

サービスや事業についてのアイデア段階の構想から、コンセプトを練り上げていく仮説検証とアジャイル開発の運営について経験が厚い。
プログラマーからキャリアをスタートし、SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサー、アジャイル開発の実践を経て、自らの会社を立ち上げる。
それぞれの局面から得られた実践知で、ソフトウェアの共創に辿り着くべく越境し続けている。
訳書に「リーン開発の現場」がある。
著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」がある。

プロフィールサイト https://ichitani.com/ 新しいウィンドウで表示

市谷 聡啓(いちたに・としひろ)氏

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