2022年1月28日

在庫の管理 第01回 在庫管理の必要性 

公認会計士 林 總 氏

連載を始めるにあたって

在庫管理は企業経営上もっとも重要なテーマです。メーカー、卸小売業は製品や商品といった在庫を調達して販売することでビジネスが成り立っているからです。したがって、在庫の管理を単なる担当者の仕事として軽んじるならば、会社そのものを窮地に追い込む危険すらあります。つまり、在庫管理は単に業務課題ではなく、経営課題として捉えるべきです。

企業において、在庫管理に関する判断はさまざまな部門でおこなわれます。それは生産、購買、販売の各部門だけでなく、外部から会社を見ている公認会計士や税理士も同様です。そして、彼らの判断が経営に大きな影響を及ぼします。時として、会社の業績を大きく歪めることすらあります。誤解しないで欲しいことは、これら関係者が無責任な判断をしているからではない、ということです。それぞれの立場から最善の判断をしているのに、会社の経営の観点からすると、的外れの主張であり、極端な場合には企業の存続を揺るがしてしまうのです。大袈裟ではないか、と思われる方もいるかもしれません。しかし、在庫管理が経営課題である以上、経営への影響は当然なのです。本稿では、会社を俯瞰的に捉えた場合、在庫管理をどのように考えるべきかを、私の経験を織り交ぜながら三回に分けて説明していきたいと思います。

第一回 在庫管理の必要性
第二回 在庫をキャッシュフローで考える
第三回 在庫を戦略管理会計で考える

増益請負人の秘策

こんな話があります。ある日のこと、赤字に悩んでいるメーカーに増益請負人と名乗る男が突然尋ねてきました。このメーカーをY社としましょう。彼は、Y社の経営状況の噂を聞きつけてやってきたのでした。ここ数年赤字が続き、会社からは活気が消え、かつては贅沢三昧だった経営者は今では爪に火を灯す生活を送っていました。Y社はその男と「一年間で赤字を解消する。報酬は利益の30%」との条件で、コンサルティング契約を結びました。そして一年後、Y社は見事3億円の黒字に転換し、男は9千万円の報酬を手にしました。ところがその日、男は姿を消してしまいました。残されたのは、倉庫に入りきらない製品在庫の山でした。
この会社の決算書は会計上なんの問題もありませんでした。つまり、このコンサルタントは不正経理をして利益を捻出したのではないということです。しかも、不思議なことにこのコンサルタントは工場には1度顔を出しただけだというのです。ではどうやって、業績を劇的に改善させたのでしょうか。

コンサルタントは、生産量を増やせば利益が増えることを悪用したのです。生産量を増やし続けた結果、この会社がどうなったと思いますか。製品を作るには材料の購入や賃金、経費を支払う運転資金が必要です。Y社には資金の余裕はありませんから、銀行借入を増やし、経営者の財産を充当しました。そしてめでたく利益になったのに資金繰りに行き詰まって倒産したのでした。
作り話だと思われる方も多いかもしれません。しかし、程度の差こそあれ、会計監査を受けている上場企業でも使う利益調整を裏技なのです。

期末在庫を少なくして見栄えをよくする

資金繰りに悩んでいたZ社の社長は、コンサルタントの助言を信じて”いまの在庫は多すぎる、半分にしなさい”と部下に指示しました。そして、一ヶ月後、期末在庫金額は前年度末残高の半分に減らすことができました。社長は決算書を見てたいそう喜んだのですが、会社の資金繰りは逆に悪化してしまいました。
棚卸資産回転率が向上したのに、なぜ資金繰りが改善しなかったのでしょうか。実は、この会社では社長の指示を受け、決算期末の一週間前から商品の仕入を減らし、逆に出荷を増やすことで在庫を減らしたのでした。確かに、決算時点の商品在庫は減ったものの、一週間も経たないうちに元の水準に戻ってしまいました。誰も”在庫を減らす”という意味がわかっていなかったのです。

教訓

読者の皆さんは、「どうせ中小零細企業の話でしょ」と思われたかもしれません。でもそうではないのです。Y社はれっきとした一部上場企業です。Y社に限らず利益の嵩上げのためだけを目的として、生産数量を増やす会社は少なくありません。また、Z社のように決算期末の貸借対照表を体よく見せるため、期末在庫を少なく抑える会社があります。どちらも会計上の問題はないのですが、経営上はかなり問題です。つまり、よかれと考えて生産を増やして在庫を積み上げたり、決算期末の在庫を減らすために仕入を調整するのですが、これらの行為は経営の足を引っ張るだけです。

トヨタの考え方を学ぶ

トヨタが作りすぎによる過剰在庫をどのように考えているかを知ることは、経営にとって非常に有益です。

トヨタ創業の立役者とも言うべき大野耐一氏はこう言っています。
「余力のある作業者もしくはラインは、放っておくと必ず前に進む。これをするとムダがかくれてしまう。すなわち、つくり過ぎるということは、従業員の多過ぎ、材料動力費の副資材などの先食い、作業員への先払い、仕掛品、製品の金利負担と整理整頓、倉庫面積、部品運搬費など計り知れないムダが生じる(大野耐一の改善魂)」

私たちはムダと言えば、ついつい経費のムダ使いを思い浮かべますが、トヨタが考える作りすぎのムダはもっと広くとらえています。

内容を見ていくことにしましょう。よく知られたことですが、トヨタではムダを排除してコストを低減させる活動が重視されています。売上高を増やした場合と、ムダを排除してコストを削減した場合とでは、どちらが利益に対する影響が大きいと思いますか。答えるまでもなく、コスト削減の方がはるかに効果的です。決算説明資料によりますと、トヨタの2020年度売上高は約30兆円、営業利益率は約12.6%、原価改善の効果は1,700億円でした。1,700億円のムダ取り効果は、売上に直すと1兆3,500億円の増収に相当します。つまり、ムダを省くことが、利益を増やす上で極めて効果的なのです。

在庫を減らせば何故ムダが減るのか

このメカニズムはこうです。
トヨタは、ムダを”原因と結果”の連鎖で考えています。つまり、ムダには第一次的ムダ、第二次的ムダ、第三次的ムダ、第四次的ムダがあり、それらは次のように連鎖しています。

(筆者作成)

第一次的ムダは「過剰な生産要素の存在」のことで、過剰人員、過剰設備、過剰在庫を指します。過剰人員は余分な労務費、過剰設備は余分な減価償却費、過剰在庫は余分な金利を生じさせますから、余分な費用、そしてキャッシュアウトが生じるわけです。そして、これらの第一次的ムダから第二次的ムダが生じます。

第二次的ムダは「作りすぎのムダ」です。トヨタでは生産工程における作りすぎを「最悪のムダ」と考えています。この「作りすぎのムダ」が第三次的ムダである過剰在庫を引き起こします。そして、過剰在庫は、製品倉庫の増設、倉庫での運搬作業者の増員、在庫管理要員の増員、在庫管理システム費用の増加といったムダを生じさせます。これが第四次的ムダです。こうしてムダは、材料費、労務費、製造経費、一般管理費、支払利息を増大させ、会社全体のコストを高めて利益を圧迫するわけです。

結論として、過剰在庫に細心の注意を払えば全てのムダがなくなり、会社の生産性が向上するというわけです。

卸・小売業であっても、過剰な商品在庫は第一次的ムダ、第三次的ムダ、第四次的ムダを招いて経営の足を引っ張ることは言うまでもありません。

過剰在庫が財務諸表に及ぼす影響

以上の説明したように、最悪のムダである過剰在庫は会社全体の費用を増加させ、利益を圧迫します。ところが、もっとも深刻な運転資金(お金)への影響は損益計算書には表れません。運転資金はお金→在庫→売掛金へと形を変え、再び売上代金として回収されます。この一連のお金の流れを”経営過程”とか”ビジネスプロセス”と言いますが、在庫はビジネスプロセスの途中にある「お金の仮の姿」です。トヨタが言う過剰在庫とは、お金の流れが必要以上に滞っている状態ことです。本来は自己資金で在庫を調達するのですが、お金がなければ銀行から借入金なくてはなりません。したがって、在庫の過剰な増加は借入金の増加をもたらし、支払利息が増えます。過剰在庫の状態が長期間続いて、滞留在庫、あるいは死蔵品になれば、それは現金の仮の姿ではなく、すでに価値を失った損失と見なさなくてはなりません。過剰在庫は人体に例えれば病気です。病気を直すではなく、病気にならないようにすることが大切なのです。

過剰在庫の影響

ここで確認のため、過剰在庫が経営に及ぼす影響をまとめてみましょう。

  • 材料費、労務費、製造経費、販売費一般管理費を増大させ利益を圧迫する
  • 借入金が増加することで支払利息も増加する
  • 在庫の維持管理費用がかかる
  • 会社の資金繰りを悪化させる
  • 長期滞留品の劣化による評価損、廃棄損を生じさせる

読者の皆さんは、こんなことはわかっていると思われるかもしれません。部門の責任者は好きこのんで過剰在庫を増やそうとしているわけではないからです。営業部は売損じを回避したい為に製品在庫を多めに持とうするし、製造部は仕損や納期遅れを避けたいために、製品を多めに作るのは当然ではないか。購買部が材料の欠品を恐れて材料在庫を多めに持つのはリスク回避上当たり前だ。事ほど左様に、どの部門にとっても、在庫は足りないよりは多い方がいい。おそらくこのように思うかもしれません。しかし、そのような意識が暴走することで、在庫は知らぬ間に増えて運転資本を圧迫し、経営の根幹を揺るがせかねないのです。

在庫は多すぎても、少なすぎても経営に悪影響を及ぼしますから、常に必要最低限持つよう在庫水準を維持することが重要です。それには、在庫数量と金額をデジタルデータによりリアルタイムで把握することが不可欠です。かつて手作業ないしはオフラインで在庫を管理していた時は、実在庫と帳簿在庫やデータ在庫がズレるのは普通でした。ところがデジタル化が進んだ現在、少ない投資予算でリアルタイムの在庫管理は可能になりました。ところか、実在庫とコンピュータ上の在庫データと付け合わせると、とんでもない差異が出てしまうことは珍しくはありません。在庫管理上由々しき事態なのですが、過剰在庫の恐ろしさを理解していない経営者や管理者は、危機感を覚えていないのです。

在庫よりお金が大切なエリート専務

どういうわけか、現金出納帳の残高と実際の現金残高に1万円の差が出たなら大騒ぎするのに、実在庫数と材料帳簿在庫数の1千万円食い違っていても、何も感じないのです。この話をするたびに、あるエリート専務のことを思い出します。その会社(C社とします)は年商600億円の電子部品のメーカーで40億円の滞留在庫を抱えていました。月一度開かれる幹部会では、南極の氷のように固まった滞留在庫を如何に減らすかを議論するのですが、いつも何の進展もないまま1年がたちました。ある日のことです。C社の営業所に泥棒が侵入して現金50万円が盗まれたという電話が会議中の専務にかかってきました。いつもはなんの発言もない専務なのですが、その瞬間、人が変わったように大声で電話の相手に対応を指示したのでした。この専務にとって、40億円の滞留在庫より、盗まれた50万円の現金の方が大切だったのです。
滑稽ともいえるこの専務の行動は、在庫に対する間違った見方や知識の欠如に由来すると私は思います。

なぜ在庫を持つのか

企業はなぜ在庫を持つのでしょうか。最後に、その理由を列挙します。すでに説明したことではありますが、担当者レベルではビジネスを円滑に回したいとの意識が強く働くからです。とはいえ、よくよく注意していないと在庫は万年雪のように増えてしまい、過剰在庫の原因となり経営の足かせとなります。

  • 材料在庫が増える主な原因
    • 生産活動に支障をきたさないようにするため
    • 材料の品質にばらつきがある場合、良い品質にあたったときに多めに購入するため
    • 購入価格に変動がある場合、単価が安い時に多めに購入するため
    • 大量に購入するとボリュームディスカウントを受けられるため
    • 輸入品のように大量購入することで、購入事務費や運送単価が安くなるため
    • 客からの注文が大きく増減するため
    • 特殊材料で発注から納品までに時間がかかるため、あらかじ在庫しておくため
  • 仕掛品在庫が増える主な原因
    • 製造リードタイムを短縮するために中間在庫を持つため
    • ボトルネック工程において生産能力以上の生産を行うため
    • 工程毎の生産能力に差があるため
    • 一部の工程において故障等のトラブルが発生したため
    • 生産スピードが速くなったり遅くなったりするため
  • 製品在庫が増える主な原因
    • 売り損じを防ぐため、予め多めに生産して製品在庫を積み増すため
    • 大量生産することで、歩留率は向上し、製品原価が低下してするため
    • 繁忙期に備えて前倒しで仕込生産をするため

次回の予告

財務会計で在庫といえば評価と表示が主なテーマです。しかし評価や表示には、在庫を学ぶおもしろさはありません。次回は、貸借対照表とキャッシュフローの視点で考えていきます。月の裏側を見るような新たな発見があるはずです。乞うご期待。

補足説明
トヨタ生産方式では多く作りすぎたとは早く作りすぎたことを指しています。例えば、3日後納期の製品を今日つくる事を「多く作りすぎ」と言っています。つまり「早く作りすぎ」を「多く作りすぎ」と言うわけです。トヨタにとって。計画以上の製品を必要もないのに作ることは言語道断であることは言うまでもありません。

参考資料
大野耐一の改善魂(日刊工業新聞社編)
トヨタシステム(門田安弘 ダイヤモンド社)
要説管理会計事典(清文社)

著者プロフィール

株式会社 林總アソシエイツ
代表

林 總(はやし あつむ) 氏

公認会計士、LEC会計大学院 教授(管理会計事例、管理会計システム論)。外資系会計事務所、監査法人を経て開業。現在、株式会社林總アソシエイツ代表、公認会計士林總事務所代表、日本原価計算学会会員。国内外の企業に対して、ビジネスコンサルティング、ITを活用した管理会計(主として原価計算)システムの設計導入コンサルティング、講演活動等をおこなっている。

林 總(はやし あつむ) 氏

主な著書:『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』(ダイヤモンド社)、『つぶれない会社には「わけ」がある』(角川学芸出版)他多数。

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