2022年2月14日

在庫の管理 第03回 在庫を戦略管理会計で考える 

公認会計士 林 總 氏

これまで在庫の持ちすぎが経営に与える“悪い影響”を見てきました。私たちの身体で言えば病気の症状です。病気にかかった場合の切実な問題は、どのように治療するかです。病人を前にして「自己責任ですから何ともなりませんね」という無責任な医師はいません。では過剰在庫という病気はどうか。治療法はたくさんあります。専門のコンサルタントに頼むのも一つですし、在庫管理システムを導入するのも有効な治療法です。

とはいえ、病気を発症してからあわててシステム化に着手しても、なかなか思うようには結果は出せません。大切な点は、発症するまえに会社の健康状態を診断することです。血液検査のような簡易な診断でも命を守ってくれることがあります。会社の健康診断に有効なツールは管理会計です。読者の皆さんの中には、学生時代に管理会計を学んだ方がいるかと思いますが、管理会計が経営に使えると思っている人は少ないかもしれませんね。私自身、管理会計を学び、大学院で教えてきましたが、テキストに書かれている管理会計理論は実務で役に立たない内容がほとんどです。

ドラッカーは、実際に活用して成果をもたらすのではなければ知識ではない、と言っています。そして、何事も経験しなければ理解できないとも。この言葉の影響を受けたことで、私は管理会計理論を実務の中で生かすことの重要さを伝えようと考え、管理会計のテキストを物語り形式で書くことにしました。「餃子屋と高級フレンチ」「ドラッカーと会計の話をしよう」「会計物語団達也が行く」といったシリーズものです。

さて、今回は管理会計理論をどのように経営に使うか、という視点でお話をしようと思います。とりあげるのは「キャッシュ・コンバージョンサイクル(CCC)」です。これは日本語では現金循環日数と訳されています。

現金循環日数(CCC)

仕入から製造、販売、代金回収までの日数のことです。つまりビジネスに投下された運転資金(現金)が、在庫と売掛金を経由して再び回収されるまでの日数のことです。CCCが短いほど運転資金の流通速度が速く、高速でビジネスサイクルを回転していることを意味します。

現金 →材料→仕掛品→製品→売掛金→現金

CCC理論では現金循環日数を次の式で計算します。

CCC=在庫回転日数+売上債権回転日数-仕入債務回転日数

在庫は商売で使うお金(運転資金)の仮の姿です。在庫回転日数は平均在庫金額を1日あたりの売上原価で割って計算します。月次決算している会社なら前月末と当月末の在庫金額の平均値をとります。とはいえ、会社内を流れている在庫金額ですから、毎日の在庫金額を定点観測して、これらの平均値を使うのが理論的です。ここで求めた在庫回転日数は、在庫に形を変えた現金が売上債権になるまでの速度を日数で表しています。つまり、在庫回転日数は運転資金が在庫に形を変えている期間のことです。

売上債権回転日数は売上債権(売掛金+受取手形+割引手形)を1日あたりの売上高割って計算します。ビジネスの原則は現金取引ですから、掛売りは会社が製品や商品を得意先に販売すると同時に現金を回収し、その現金を得意先に貸し付ける取引と見ることができます。つまり売上債権は運転資金の貸付金そのものということができます。以上から、売上債権回転日数は、会社が得意先に貸し付けている運転資金の日数を表しています。

仕入債務回転日数は仕入債務(買掛金+支払手形)を一日あたりの売上原価で割って計算します。仕入もまた現金取引が原則ですから、会社が材料や商品を仕入ると同時に代金を支払い、同額の運転資金を借り入れると考えることができます。つまり、仕入債務回転日数は会社が取引先から何日分の運転資金を借り入れているかを表しています。

以上を合計した日数が現金循環日数です。

例を使って説明しましょう。

A社の年間平均在庫は60億円、期末売上債権90億円、期末買掛金70億円、年間の売上高365億円、売上原価300億円です。年間の営業日数が365日の場合とした場合、この会社のCCCは85日と計算できます。

1日あたりの売上高1億円=売上高365億円÷365日
1日あたりの売上原価0.5億円=売上原価183億円÷365日
(1)売上債権回転日数90日=90億円÷1億円
(2)在庫回転日数60億円÷0.5億円= 30日
(3)仕入債務回転日数70億円÷0.5億円=△35日
CCC (1)+(2)+(3)=85日

CCCから何を読み取るか

CCCが長い会社ほど運転資金の流通速度は遅くなりますから、滞留する運転資金は増えて資金的に余裕がなくなります。CCCを長くする原因は売上債権、在庫、仕入債務の状態にあります。

売上債権回転日数の異常値を見つけるには、回転日数を時系列的に並べてみることが大切です。売上高が増加すれば売上債権もまた増加します。しかし、売上債権回転日数は、取引先取り取引条件が変わらない限り大きく変化することはありません。もし、回転日数が増え続けた場合には、何らかの事情で代金が回収されていないことを意味しますから、不良債権や架空債権の混入を疑ってみることも重要です。

棚卸資産回転日数

この日数が短いほど運転資金に使われる現金は少なくてすみます。とはいえ、材料在庫切れで生産できなり、注文を受けても商品在庫がなければ売り損じが生じてしまいますから、在庫管理は慎重におこなう必要があります。一方、この日数が長い会社ほど、より多くの運転資金が棚卸資産にとどまりますから、資金不足を来たし、経営を圧迫することになります。黒字なのに資金繰りに苦しむ会社の多くは、棚卸資産回転日数が長すぎることに原因があります。さらに、棚卸資産が増えれば保管コストがかかり、長期滞留品、死蔵品になれば、いずれ廃棄しなくてはならなくなります。つまり、資金繰り的にも、損益的にも、棚卸資産回転日数は長すぎてはいけない、ということです。

買掛債務回転日数

この日数が長いほど外部のお金を自社の運転資金として使っていることを意味します。したがって、買掛債務回転日数が長いほど会社の資金繰りは楽になります。ただし、この場合、ビジネスが順調であることが前提です。

以上から運転資金の多寡を決定づける要素は売掛金と在庫と買掛金の回転日数であることがわかります。なかでも在庫は金額が大きく、企業経営に与える影響がわかりにくいという特徴があります。在庫を増やして売上を増やせば利益が増えるのに、資金繰りはきつくなるからです。
「在庫が増えたな」と感じてもビジネスを回すには必要なんだと、納得してしまいます。この錯覚にとらわれがちなのですが、先端企業、とりわけ欧米の一流企業経営者の意識は全く違います。最近の新聞記事を見ていきましょう。

CCCの記事

2021年8月17日の日経新聞は、マイクロソフト社の21年6月期通期の純利益が38%増の612.71億ドルと過去最高を更新したことを報じています。重要な点は純利益の伸びよりキャッシュフローの改善です。

「好調な業績に隠れがちだが、見逃せないのが資金効率の大幅な改善だ。原材料を仕入れ、製品・サービス化して販売し、代金を回収するまでの期間を示すCCCは、21年6月期までの5年間で30日余り減少。21年6月期はマイナス3.5日になった」

では、どうやってCCCのマイナスを実現させたか。
その理由は、基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」をディスク販売からクラウド販売へと大きくカジを切ったこと、と報じています。クラウドは定期的な課金で安定的な現金収入が確保できます。ディスク販売ではディスクその製造や輸送に時間がかかり、一定の在庫を抱える必要がありますが、クラウド事業は商品在庫は不要になります。売掛金もなくなり在庫もなくなることでCCCは大幅に短縮したというわけです。
加えて「仕入れてから実際にキャッシュを払うまでの期間を示す買掛債務回転日数が長くなったこともCCC改善の一因」です。

コロナ禍における日本企業の現状

2020年10月22日の日経新聞では、コロナ禍における日系企業と米国企業とのCCC比較を報じています。

日米欧主要企業のCCCは、日本企業の2020年3月期までは60日台だったのですが、コロナに突入した2020年4~6月は84日と急速に悪化しました。コロナで在庫が積み上がり、資金回収も遅れたためです。いいかえれば、資金が順調に流れなくなったからです。
「欧米企業に比べた効率の悪さが目立ち、改善が急務だ。デジタルトランスフォーメーション(DX)も活用しながら、在庫圧縮や資金回収の迅速化に取り組む」
必要が出てきたというわけです。

この記事から読み取れることは、コロナ禍で欧米企業と比べて運転資金効率が悪化した原因はDXの遅れということです。多くの日本企業では、各業務システムがバラバラに動いて知るため、会社全体の連携がとれないまま運転資金が在庫や売上債権に溜まっているのです。
米国のIT企業では、すでに20世紀の終わりには活用されていたCCCを、日本ではやっと本格的に目標に掲げ始めました。
「資生堂は人工知能(AI)を用いて化粧品の需要予測の精度を高めて生産計画に反映し、在庫水準を抑える。商品や容器の在庫、生産・出荷、資材調達などを一元管理できる世界共通のシステムの開発を進め、昨年末に149日だったCCCを100日まで短くする」「富士フイルムホールディングスは今年度からCCCによる管理を本格化した。事業部ごとに在庫圧縮や与信管理を進め「売上高、利益だけでなく現金をどう創出するかを課題にしている」(助野健児社長)。

CCCの経営指標への取り込みとDXの導入がやっと動き出したようです。

3回にわたって在庫のお話をしてきましたが、在庫管理は業務課題としてとらえるのではなく、最重要な経営課題であることをおわかりいただけたことと思います。

著者プロフィール

株式会社 林總アソシエイツ
代表

林 總(はやし あつむ) 氏

公認会計士、LEC会計大学院 教授(管理会計事例、管理会計システム論)。外資系会計事務所、監査法人を経て開業。現在、株式会社林總アソシエイツ代表、公認会計士林總事務所代表、日本原価計算学会会員。国内外の企業に対して、ビジネスコンサルティング、ITを活用した管理会計(主として原価計算)システムの設計導入コンサルティング、講演活動等をおこなっている。

林 總(はやし あつむ) 氏

主な著書:『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』(ダイヤモンド社)、『つぶれない会社には「わけ」がある』(角川学芸出版)他多数。

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