2022年2月4日

在庫の管理 第02回 在庫が増えるとなぜ利益が増えるのか 

公認会計士 林 總 氏

前回は「在庫が増えると利益が増える」という話をしました。今回は「なぜ増えるか」についてお話しします。実際、この質問に対して正確に答えられる人は多くはいないようです。在庫のことを誤解している人が多い、といった方がよいかもしれません。

以前、ある鉄工所の経営者と話したときのことです。利益が増えたのに銀行預金は全く増えない。その理由を教えてほしいとのことでした。私は、社長に「あなたはなぜだと思いますか」と逆に尋ねると、「在庫利益でしょうかね」と、自信のない答えが返ってきました。誰に教わった言葉かはわかりませんが、彼は在庫が増えると利益も増えるものだと信じていたのです。この理解は会計の仕事に携わっている人たちには共通しています。しかし、正確には在庫が増えても減っても利益は増えます。つまり、在庫の多寡と利益とはそれほど関係はないのです。

制約理論

ところで、読者のみなさんはイスラエルの物理学者エリヤフ・ゴールドラット が書いた『ザ・ゴール』(The Goal)という本をご存じでしょうか。1984年に出版されたビジネス小説で、世界中でセンセーションを巻き起こしました。日本語に訳されたのは2001年で瞬く間に60万部を超える大ベストセラーとなりました。この作品は物理的制約であるボトルネックについてわかりやすく物語形式で書かれています。この小説の中で、会計の世界に身を置いている私にもっとも響いた点は、作者が在庫利益を完全に否定している点です。

どういうことか、簡単に解説しましょう。
この物語の主人公は、機械メーカーであるユニコ社の工場長として赴任してきたアレックスです。工場は慢性的に残業、出荷遅れが繰り返されていました。月次決算は赤字、そしてなにより資金繰りは綱渡り状態です。そして、とうとう本社から「3ケ月以内に目標を達成できなければ工場を閉鎖する」と言い渡されることになりました。工場の指標を見る限り生産性は高いのに、なぜか赤字で資金繰りが厳しいのです。原因がわからないまま、アレックスは悶々とした日々を送っていました。

そんなある日、彼は空港で大学時代の恩師である物理学者ジョナと偶然再会することになりました。ここでアレックスとジョナとの会話が続くのですが、別れ際にジョナは「在庫が増え、全ての工程で生産が遅れているのではないかな」と、ユニコ社の現状を言い当てます。そして、それは工場が危機的な状況であり、工場の生産性が悪いことの証拠だと明言します。このジョナとの出会いが、アレックスの真の生産性について考えるターニングポイントとなり、物語は動き始めます。

ある日、アレックスの息子デイブのボーイスカウトのハイキングに参加した際のことです。グループの先頭にいる足の速い子供はどんどん先にいく一方で、歩くのが遅い太ったハービーが原因で、彼より後の子供たちはハービーより先に行けず不満を感じて不満を口にします。グルーブ全体が遅くなるのはハービーが制約となって足を引っ張っているからであり、先に進みたくても進めないグループの状態は、ユニコ社の工程在庫そのものであることに気づきます。アレックスはこの体験を踏まえて生産管理の方法を見直すことを決意します。
話が長くなりますので、ここでは制約理論についての解説は省略しますが、この物語には「小ロット生産」「プルシステム」「短納期」等々が出てくることから、トヨタ生産システムが下書きとなっていることは明らかです。

「ゴール」で見過ごしてはならない点がもう一つあります。それは本社の経理部長ヒルトンとアレックスの会話です。アレックスの努力の甲斐あって、工場の在庫は見る間に減っていきました。そんな折、工場を訪れた経理部長のヒルトンは決算書を見るなり、仕掛品が減っていることに注目します。そして「既存の会計方法によると、会計上の損失が出ているから、従来のやり方に戻せ」と迫ります。まさに、在庫利益の逆で「在庫が減れば利益は減る」から、生産の仕方を元に戻せというわけです。工場の実態を見ようとはせず、会計という蛸つぼの中だけしか数字を見えていない経理屋の発想です。そこへ本社副本部長が工場を訪れることで、事態は変わります。彼は納期通りに仕事が仕上がったことを賞賛し、アレックスの努力を褒めます。企業にとって大切なことは、会計上の利益ではなく、製品が納期に間に合い、お金が回り続けることという極めてプリミティブな点を、本社経理部長のヒルトンは見ようとしなかったのです。

会計の世界に身を置き、禄を食んでいる私としては、コールドラットの経理部長批判を鵜呑みにするのには抵抗があります。その理由は、ヒルトンはレベルの低い経理部長だからです。

仕掛品在庫が増えると利益は増えるは本当か

確かに利益は増えます。しかし、その増やし方には二通りあります。

  • 在庫評価そのものを増やすことで利益を増やす。
  • 生産量を増やすことで利益を増やす。

例を使って説明します。わかりやすいように材料在庫も製品在庫もゼロとします。
図1は仕掛品の動きを金額で表したものです。材料費、労務費、経費を合計10,000円使い、完成品はすべて売り上げて、未完成品は仕掛品となっている状態です。
製品9,000円相当分が10,000円で売れましたから粗利益は1,000円となります。在庫金額は1,000円です。これでは利益が少なすぎると考えた経営者は、在庫金額を2,000円水増しして3,000円にしました。これが図2です。実在庫の2倍の架空仕掛品を在庫リストに追加計上するか、実在庫の仕掛品単価を3倍にしても仕掛品金額は3倍に膨れます。その結果、売上原価は7,000円に減り、売上総利益は3,000円となります。この方法は、計算違いか、不正経理として行われます。期末の仕掛品在庫は翌期の期首仕掛品在庫となりますからその金額だけ売上原価は多くなり、粗利益は同額減少します。つまり、期末在庫を過大に計上するということは、売上原価という費用の先送りをしたことと同じです。翌期の売上原価は自動的に2,000円増えてしまいますから、利益操作をするには期末の架空在庫を2,000円以上増やさなくてはなりません。こうして、粉飾決算に手を染めると架空在庫は雪だるま式に増えてしまいます。もしかして、ヒルトン経理部長も、社長の望みを叶えるために、鉛筆をなめて在庫金額を調整し利益を増減させていたのかもしれませんね。

二つ目はより理論的な説明です。在庫を増やすには生産高を増やさなくてはなりません。つまり、仕掛品勘定の左の金額も増加するわけです。これが図3です。

生産が増えれば、左右の金額が同額増えますから売上原価は変わりません。小売りや卸業でしたらこの説明で完結です。しかし、メーカーの場合はもうすこし複雑になります。生産数量を増やすと売上原価の金額が減って粗利益が増えるからです。この理由は、生産高を増やしても原価要素のうち固定費は増加しないからです。したがって、製品一単位当たりの固定費が少なくなり、製品原価が減少して売上原価が少なくなるのです。ひとつのケーキ(固定費)を2人で分けるより、10人で分けた方が分け前が少なくなるのと理屈は同じです。

生産高を100個から120個に増やした場合。仕掛品は完成直前とする。

製品1個あたり変動費(材料費)40円
固定費6,000円
生産高を増やした場合の製造原価は10,800円
製品単位原価は100円から90円(10,800円÷120個)に減少

前回お話ししたように、この手を使って決算末の生産を増やし製品単位当たりの原価を下げ、利益を捻出することが行われるのです。会計上は間違いではありませんが、運転資金が在庫として眠ってしまいます。翌期にすぐに売れる在庫を先行して作り貯めするのならいいのですが、売れるかどうかわからない製品を作り込むのは経営として間違っています。

生産量が増えるということ

在庫はお金(資金)の仮の姿です。なぜ仮なのかというと、使ったお金はいずれお金として回収されなくてはならない運命だからです。
下図はお金の循環サイクルを表したものです。このサイクルはしばしば経営過程とかビジネスサイクルと呼ばれるものです。

最初に現金100が投入され加工を経て製品となり、顧客に販売されることで150の売掛金に形を変えます。この時点で会計上は売上と利益が計上されます。売掛金は再び現金となり会社に戻ってきます。
ここで「生産量が増える」という意味を考えてみましょう。確かに売れなくても生産量を増やすことは可能です。大切なことは図5のように、お金が順調に回転することです。材料、仕掛品、製品、売掛金の段階でお金(運転資金)が滞るばかりです。
つまり、経営者がなすべきことは、ビジネスプロセスにおけるお金の流れを速くして、より多くのお金を創造することです。在庫が増え続けるという意味は、お金が滞留しているということです。決しておすすめできる状態ではありません。

さて生産量を増やせば製品単位当たりの原価は減少します。売上原価は一定期間で計算しますから、売れた製品原価も自動的に減少します。在庫として滞留することなく、お金が順調に回り続けるならば、在庫は減って、儲けは増えます。「ゴール」のアレックスはこの状態を作り出して、ユニコ社を蘇らせたのです。

在庫管理は経営課題であるのはこうした理由だからです。

貸借対照表(以下BS)は資金(お金)の流れを実に明快に表しています。詳細は拙著「会計の教室」(ダイヤモンド社)を読んでいただくとして、ここではエッセンスだけをお話しします。
BSは資金の調達と運用を表しています。大切なのはBSの左側である運用先の「資産」です。

調達した資金はいったん現金預金として集められ(お金のダム)、それをビジネスプロセス(流動資産)と現金製造機(固定資産)に投入します。現金製造機とは有形・無形の固定資産のことで会社における付加価値活動の基盤です。次の図はビジネスプロセスだけを切り取ったものです。

ここで復習です。「ゴール」のアレックスがなぜ制約を取り去り、生産スピードにこだわったのでしょうか。読者の皆さんはすでにおわかりですね。現金(儲け)を増やすためです。利益ではありません。

今回はメーカーにおける仕掛品在庫を取り上げて説明しました。しかし、理屈は卸でも小売りでも同じです。在庫を増やして売り損じを減らそうとする考えは間違いではありません。しかし、同時に売れ残りをなくすことも考えなくてはなりません。そのためには、在庫管理とともに需要予測が極めて重要です。デジタル社会において、以前のような勘と経験だけで生産数量を決めるのはやめるべきだと思います。

次回は、在庫管理に関する戦略管理会計理論を紹介します。

著者プロフィール

株式会社 林總アソシエイツ
代表

林 總(はやし あつむ) 氏

公認会計士、LEC会計大学院 教授(管理会計事例、管理会計システム論)。外資系会計事務所、監査法人を経て開業。現在、株式会社林總アソシエイツ代表、公認会計士林總事務所代表、日本原価計算学会会員。国内外の企業に対して、ビジネスコンサルティング、ITを活用した管理会計(主として原価計算)システムの設計導入コンサルティング、講演活動等をおこなっている。

林 總(はやし あつむ) 氏

主な著書:『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』(ダイヤモンド社)、『つぶれない会社には「わけ」がある』(角川学芸出版)他多数。

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