2022年11月10日

2025年の崖と小売業界の未来。発注作業の革新が2025年の崖を越える鍵になる?!<前編>

株式会社船井総合研究所
渡辺 大起 氏

皆様こんにちは。

「2025年の崖」
この言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか?
IT化がトレンドとなりコロナ禍で更に必須取組事項となっているビジネスシーンにおいて、日本の様々な業界の共通課題として指摘されているものに「2025年の崖」というものがあります。

これは2018年9月に経済産業省のDXレポートに記された言葉です。あらゆる産業でデジタル技術を活用した大変革が起きている中、多くの企業が漠然と感じていた危機感を表す表現として話題となりました。このような大きな変化が起こる時代に緊張感を持って経営活動を進めていくためには、2025年の崖の意味を理解したうえで課題解決に備えることが重要です。実際に多くの業界・企業にとってこのレポートは、DX推進の問題に向き合うきっかけとなりました。

今回、そして次回のコラムでは、そんな2025年の崖の解決に向かうための小売業におけるDXの取り組み、特に従業員の業務の約半分を占める「商品管理・発注業務」に焦点を当てて、具体的な課題と解決策のポイントを解説いたします。

そもそも”2025年の崖”とは

まずは、2025年の崖の意味についてポイントをまとめていきましょう。

経済産業省は、DXについて今後の課題となる点をまとめ、レポートとして発表しました。そのレポートでは、以下の課題について言及されました。

①既存システムが、事業部門ごとに構築されており、全社横断的なデータ活用ができていないことや過剰なカスタマイズがされていることより、過剰な複雑化・ブラックボックス化が課題となっている。

②中小企業の経営者がDXを望んでも、データ活用のためにブラックボックス化された既存システムの問題をまず解決しなければならない上に、業務自体の見直しも求められる(=経営改革そのもの)。さらには現場からの抵抗も大きく、いかにこれらのバランスをとりながら実行するかが課題となっている。

③上記のようなDXの推進が図れなかった場合、国全体として2025年には最大で年間経済損失が12兆円まで膨れ上がることが予想される。

そして実際に、すでにその崖への転落は始まっており、企業にとってDX化は急務であると指摘しています。レポートでは、これから企業が行うべきことについても、事細かにまとめられています。
要するに、今後人口減少社会にある日本社会においては、どの業界のどんな企業であってもDXによって業務効率化、つまり1つ1つの業務にかかる無駄な時間を削減し、少ない人手でも回る仕組を構築しなければ、今後の企業経営は困窮状態に陥る可能性が大きい、ということになります。

”2025年の崖”と小売業界

小売業にとっても、当然2025年の崖は避けては通れない課題となるでしょう。

まずは小売業界の近況に簡単に触れておきます。
新型コロナウイルスの感染拡大による消費者の外出自粛などの影響で、小売業の2020年市場規模は前年-3.2%と4年ぶりの減少となりました。2021年もコロナの影響は見られ、底を脱したとはいえどもコロナ前の水準には戻ったとはまだまだ言えません。また、このような国内情勢や生活様式の変化、IT化の促進などによりインターネットを利用したネットショッピングは大きく伸長しました。総務省統計局の資料によると、日本通信販売協会の調査によると2020年のEC業界(BtoC分野の物販系EC)の市場規模は前年比+120%で初の10兆円に到達しました。
このように小売業を取り巻く環境は、今後も刻々と変化を続けるでしょう。人口減少や競争激化で需要が先細りするのは目に見える事実であり、様々な自動化の波による社会の変化、5Gによるインターネット環境の進歩等により、従来のビジネスモデルの寿命は極端に短くなっていくと予想されます。そして、軽減税率やインボイス対応をはじめとする法改正や、働き方改革による人材確保・人件費の変化により、コスト面は増大していく上に、今後はますますお客様の買い物様式が多様化することで買い物の選択肢は増えるでしょう。だからこそ、小売業の店舗運営においてはお客様に選ばれる店づくり、訪れる価値のある店づくり、選ばれる品揃えをすることが必要不可欠になっていきます。

多くの小売店舗では、古くからの慣習もあり労働集約型の店舗運営をしているのが現状です。人の手で商品を発注し、人の手で商品を陳列し、人の手で接客し、人の手でレジを打つ。そして時には人の手でお客様のもとへ配送する。
このような属人的な店舗のあり方のまま何も変化しなければ、今後売上は減少していく一方で人件費をはじめとするコストは増大し、環境変化の波に飲み込まれ、まさに”2025年の崖”から落ちてしまう可能性が非常に高いと考えられます。それを回避するためには、小売業界全体としてどこへ舵を切るべきなのか?どのように崖を乗り越えるべきなのか?の戦略を今一度考え、前に進まなければなりません。

社会の大波に乗って、小売業界も舵を切る

前述してきた通り、小売業界全体が今、大きく舵をきるべきであるというのは明白だということがお分かりいただけたかと思います。
それでは、どこへ向けて、どう舵を切るべきなのでしょうか?

小売業界が前に進むために最も有効な方法は、IT活用によるこれまで人的に行っていた業務のDXです。近年のコロナ禍で社会全体として様々な業界においてDXが大きく伸長したことは言うまでもないでしょう。この社会の大波を自社にとってのピンチと捉えるかチャンスと捉えるか。ぜひとも、この変化をチャンスと捉え小売業界としてDXへと大きく舵を切っていきましょう。
実際小売業界においては、今後も人材の確保が難しいことが予想されます。人を確保するのではなく、”人が少なくても回る仕組み”を小売店舗において構築すべきであると考えられます。そうなれば、自ずと大半をITに頼らなくてはならなくなります。これらの課題全て人の力だけでできますか?そして、それができる優秀な人材を集めることができますか?と問われればそれは難しいでしょう。

DXはより少ないコストで少しでも多くの売上・利益を生むためには欠かせない技術です。ムダ・ムリ・ムラのある小売業特有の属人的な業務から、リーズナブルな商品提供価格の実現やお客様の体験価値を最大化するような接客サービス、顧客・従業員双方の満足度向上といった、売上・利益を生むような業務にシフトさせていくことが重要になります。よくDX=効率化・省人化、と捉えられがちですが、DXの本当の意味でのゴール・目的は「お客様の体験価値の最大化」にあるのです。特に今後、リアル店舗の重要性が増していく小売業界においては、今まで多くの人手を割いてきた業務をDXによって省人化することで、その人手を売り場づくりや接客などお客様の体験価値をより高めていくことに当てていくことが、本当に意味でのDXということになるでしょう。

小売業におけるDXの核は”発注作業の革新”にあり

では小売業のDXとは具体的に何をしていくべきなのでしょうか?
先ほどもお伝えした通り、小売店舗では古くからの慣習もあり人の手で行う業務が、担当者の経験や勘などに依存している業務が非常に多く存在します。主な業務としては、開店前に入荷・検品を行い、その商品を実際に品出しし陳列、その後在庫状況を管理し必要に応じて補充・発注を行い、それと同時に店頭ではお客様の接客をしながら、棚割やPOP・演出の変更をし、閉店後には宅配商品のピッキングを行う、というのが小売店舗における大まかな業務の流れになるかと思います。
この業務のほとんどが人の手によって行われ、その分人手が各業務に割かれている事になります。そんな中でも特に、小売店舗従業員の業務の多くを占めるのが商品の発注から棚割、実際の品出し・陳列までの「商品管理業務」ではないでしょうか。

  • 特定の経験と勘を持った人材しか発注作業が出来ず無駄な工数がとられてしまっている。
  • 経験と勘に基づいた発注のため、需要予測ができず発注した在庫が過剰もしくは不足するなど精度が高くない。
  • その結果、在庫管理や処理に余計な人件費がかかってしまってしまい、本来やるべきコア業務に人があてられない。
  • 発注した商品を陳列するための棚割も、特定の人だけが管理していて見える化されていない。

このような課題にみなさんも悩まされていませんか?
このような業務に共通して見られる特徴は、ある特定の人のみが担当しているため誰でもできるように整理されておらず人件費がかさんでしまいます。またその結果、業務の精度にバラつきが出てしまうことで、その管理や処理のためにさらに余計な人材工数がかかってしまう、ということです。つまり、こういった業務をDXの力によって、いかに「非属人化・標準化」させ、「誰でも簡単に同じレベルでできる」業務に変化させていけるかが、業務効率化においては非常に重要なポイントになるのです。
こういった発注作業の革新は、大手小売企業においては徐々に進んできているものの、中小・中堅の小売企業ではまだまだ進んでいないことが多いのが現実です。2025年の崖を越えていくために、まず目の前にあるできることから着実に進めていくこと。今まで多くの人手を割いてきた業務をDXによって省人化することで、その人手を売り場づくりや接客などお客様の体験価値をより高めていくことに当てていくことが最も重要です。

事例紹介:食品スーパーA社が取り組んだ発注DX

このように小売業の収益を左右する業務の一つである発注のDXについて、取り組み事例をご紹介いたします。
関東で食品スーパーを複数店舗チェーン展開するA社は、属人的な業務分担から発注作業を特定の担当者が担当し、時間的にも人員的にも大きな制約がかかった状態での店舗運営をしていました。それに伴って、余分な人件費がかかってしまっていたことやタイムリーで正確な発注作業が実現できていないことが課題となっていました。
そんな課題を解決すべく同社は需要予測システムと自動発注システムをトライアル店舗複数店舗にて試験導入をし、各店舗のPOS・基幹システムと連携させることで、店舗の過去の売上実績をベースとした内部要因と天候などの外部要因から判断されたAIによる需要予測に合わせた自動発注を導入しました。
まずは需要予測の対象商品を一部に絞ることでそのシステムの活用法を店舗に浸透させ、徐々に対象商品の幅を広げることで、段階を踏んで効率化を図っていきました。現在でも、全ての商品を自動発注するのではなく、一部商品については発注担当者の長年の経験をもとに手動で発注作業を行う商品を残すなど、「DX」の「ノウハウ」のハイブリッド型を実現している。
このように従来は特定の担当者のノウハウのみに基づいて、入力されていた日別の来店客数予測、及び発注作業を自動化したことにより、従業員にかかる発注業務の付加軽減と発注ミスによる欠品や過剰在庫の削減に大きく繋がりました。

結果として、2020年から導入を始めたトライアル店舗において、発注担当者が発注にかける業務時間は全体で約40%削減され、その時間で接客業務や品出し業務など売上のトップラインを上げる本来重きを置くべき業務に時間を割くことが可能となりました。

小売業におけるDXの核は”発注作業の革新”にあり

この事例から言えるポイントとしては発注のDXは、段階的に導入することで「いかにデジタルとアナログを融合させるか」ということです。小売業における発注作業は売上を作っていく上で最も重要な業務の1つであるため、従来から培ってきた経験とノウハウが貴重で非常に重要であることは事実です。ですので、そういった「人の知」を活かしつつ、デジタル化できる範囲を現場に合わせて広げていくことが非常に重要になると言えるでしょう。

それでは、実際に発注作業のDXとは具体的にどんなポイントに留意し、何をしていくべきなのでしょうか?
続きは、次回のコラムにて、AIによる最新の需要予測技術や自動発注、棚割のデジタルでの見える化などの発注作業の革新について、他事例も交えながら徹底解説いたします。

是非、次回のコラムもご覧ください。

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著者プロフィール

株式会社船井総合研究所
価値向上支援本部 事業イノベーション支援部
渡辺 大起 氏

船井総研入社以来、流通小売業における店舗運営改善コンサルティングに従事。中堅・大手企業問わず小売店舗の現場に入り込んだ業務効率化支援を実行。
現場支援のみならず、中間管理職向けにテナント店長研修や小売業営業社員研修なども行うなど、管理と現場の双方に精通したコンサルティングを展開している。

渡辺 大起 氏

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