2022年11月14日

2025年の崖と小売業界の未来。発注作業の革新が2025年の崖を越える鍵になる?!<後編>

株式会社船井総合研究所
渡辺 大起 氏

皆様こんにちは。

今回もコラムをご愛読頂き、誠にありがとうございます。
本コラムでは、「発注作業の革新が2025年の崖を越える鍵になる?!」と題しまして小売業界のDX、特に「発注作業の革新」について、前編・後編とわけてコラムをお届けしております。本日はその後編として、小売店舗運営における発注作業のDXについて詳しく解説いたします。

前回のコラムでは、経済産業省が提唱した「2025年の崖」について簡単にポイントを解説し、小売業界におけるその課題解決に対するあるべき姿・向かうべき方向性について解説いたしました。日本の様々な業界においてDXへの取り組みは先進的な取り組みではなくもはや必須の取り組み事項となっており、それはコロナ禍で更にこのDXの波が強まりました。
特に属人的で労働集約型の慣習が強い小売業界においては、このDXの波が生死を大きく分ける分岐点と言っても過言ではないでしょう。小売業界の中でもECが伸長しているこの時代だからこそ、従来からあるリアル店舗の重要性が増してきています。その中で店舗業務のDXによって人手を必要としない形にし、本当の意味での小売DXのゴール・目的である「お客様の体験価値の最大化」を達成していきましょう、という内容を前回のコラムではお伝えいたしました。
それでは、本日の本題に移っていきましょう。

小売業界におけるAI需要予測が拡大中

近年、小売業のDXの中でも特に「AIを活用した需要予測」が急速に発展を遂げています。数多くの全国チェーンの大手企業も軒並みこの需要予測技術によって、各店の発注作業の精度を向上させることで業務の効率化を図り、小売業の根本課題である食品ロスや人手不足など様々な課題を本気で解決しようとしています。特にこのコロナ禍や世界的戦争の影響では、社会情勢の変化に伴って消費者の需要が大きく変化し、それが業績に直結することを改めて痛感した方も多いのではないでしょうか?
変化のスピードが速く、不可測な事態が多く起こるこの時代だからこそ、小売店舗におけるAIによる需要予測の注目度が高まっているのです。

では、小売業にAI需要予測を導入することで解決できる課題には、具体的にどのようなものがあるのでしょうか?小売業が抱える課題と共に、そもそも需要予測とは何なのか?需要予測によってもたらされる効果も含めて解説していきます。

小売業における根本的な課題とは

小売店舗では古くからの慣習もあり人の手で行う業務が、担当者の経験や勘などに依存している業務が非常に多く存在します。そんな中でも特に、小売店舗従業員の業務の多くを占めるのが商品の発注から棚割、実際の品出し・陳列までの「商品管理業務」ではないでしょうか。

  • 特定の経験と勘を持った人材しか発注作業が出来ず無駄な工数がとられてしまっている。
  • 経験と勘に基づいた発注のため、需要予測ができず発注した在庫が過剰もしくは不足するなど精度が高くない。
  • その結果、在庫管理や処理に余計な人件費がかかってしまってしまい、本来やるべきコア業務に人があてられない。
  • 発注した商品を陳列するための棚割も、特定の人だけが管理していて見える化されていない。

このような課題を抱える小売店舗では他業界と比べると、比較的給与が安くなる傾向にあり、やむを得ず残業をしなければならないなどの原因から、長時間労働となる傾向も多いです。さらに土日や祝日の出勤もあることから、スタッフは変則的なスケジュールで働くことが多く、決められた曜日に休暇が取得することが難しい現実もあり、小売業界は他業種と比べると人材不足になっている傾向もあります。
また、小売店舗では天候、イベントなどの外的要因などもあり、需要予測がうまく出来ず余剰在庫を抱えてしまうなど食品ロスの課題も抱えています。余剰在庫を廃棄することにより、さらなるコストがかかり利益の損失につながることも懸念され、その利益損失は、スタッフの賃金に影響する、という負のスパイラルが起こってしまう可能性を多分に秘めているのです。

AI需要予測とは

そもそもAIによる需要予測とは、店舗の過去の売上実績をベースとした内部要因と天候などの外部要因など数多くのデータを用いることで、将来の需要量やその変化を把握することを意味します。需要予測では、過去の販売実績をベースに、例えば季節や曜日、特売日や競合とのカニバリゼーションなどさまざまな要素を考慮し、システムが需要予測を行います。
需要予測のシステムを導入していない場合、前述してきているように、当然発注担当者が過去の経験と勘によって、上記のような要素を考慮して発注を行うわけですから、その精度やスピードには限界があります。これをシステムによってデジタル化をしてしまえば、膨大なデータを利用した最適解を瞬時に教えてくれるというわけです。
AIで需要予測を行うためには、膨大なビックデータを同時に機械学習にて分析する必要があります。そのため、需要予測システムは1日でも多くのデータを読み込ませるほど、使えば使うほど精度が増していくという特徴があるのです。だからこそ、小売業を営む皆様にとっては、いち早くシステムを導入していくことが、重要なポイントとなるのです。

AI需要予測と自動発注

そんな注目度が高まるAIによる需要予測を最大限活用するために重要なことは「発注作業」になります。いくらAI需要予測によって、発注内容の精度を向上させ、業務を効率化できたとしても、その数値をもとに最後に実際に発注する作業が残っています。
この発注作業を自動発注システムにより効率化させ、いかに店舗の中の”誰でもできる状態”に発注業務を平準化していくか、さらには”人が介在しなくとも回る状態”に省人化していくかが、小売店舗運営の現場にとっては、最も重要な観点になるかと思います。
とある大手スーパーでは、AIの需要予測にもとづく自動発注まで行っています。過去の販売データ、天候、チラシ掲載の有無から在庫の補充予測に加え、需要予測から発注数を計算し、発注すべきタイミングでのアラートやデータ提供により発注作業の時間を大幅に短縮することを可能としています。
つまり、発注作業が属人化しないようにシステムの力を使って、誰でもできる状態に平準化するとともに、自動発注を適用することで、その業務に人手をかけずに、もしくはより少ない人手で労力をかけずに、過不足なく商品在庫を実現するということになります。これにより発注担当者の作業負荷軽減と業務の平準化を実現しました。

AI需要予測と自動発注による効果

そんなAIによる需要予測と自動発注について、改めて小売店舗における導入の効果・ポイントを整理していきましょう。

1. 業務平準化による発注精度の向上

  • 商品の特性や季節、トレンドなどをキーにして高度な需要予測を行うなどMDコントロールの精度を高めることができる。
  • 人手不足を補うため、実務経験の浅い発注担当者でもある程度の発注精度を担保できる情報を提供する。

2. 業務負荷軽減による効率化の実現

  • 発注業務に時間を多く割かれることや、ストレスをためる原因とならないように、自動化し負荷を軽減する。

3. 顧客体験価値を向上させる売場の充実化

  • AIが売れ行きを予測し、最適な発注数量を提案した上で発注を行うことで、これまで人の手によって費やしていた発注作業の時間を短縮し、接客や売り場づくりに時間が割けるようになる。
  • 結果としてお客様の顧客体験価値が向上し、売上のトップラインがあがり、やりがいを感じられるような従業員満足度が向上する、という正のスパイラルを生み出すことができる。

このような効果を実現することで、今まで多くの人手を割いてきた内向きの管理業務をDXによって省人化することで、その人手を売り場づくりや接客など外向きのお客様の体験価値をより高めていく時間に当てていくことこそが、本当の意味でのDXということになるでしょう。

以下に実際に我々がコンサルティングのご支援をさせて頂いた企業様のDXの取り組み事例をお伝えいたします。

事例紹介1:幅広い商品の需要をAIが予測し、欠品によるチャンスロスを削減

関西を中心に食品まで扱うドラッグストアを展開するA社は、 AIが商品ごとの需要を予測するシステムをコロナ禍で導入を開始しました。導入したシステムによって天候や曜日、店舗の立地などからその日の来店客数を9割近い精度で分析しています。牛乳をはじめとした乳製品など消費期限が短く毎日のように仕入れる必要がある商品にも対応しており、医薬品や日用品も含め店舗で扱う商品全体の約7割を需要予測による自動発注の対象としています。
導入効果としては、大阪府を中心に一部店舗において試験的に導入したところ、欠品となる商品数が約3割も減少しました。小売業の売上向上において最も重要なチャンスロスを減らすことを達成し、過剰発注で廃棄や値引き販売を迫られ損失を出すことも少なくなりました。今後は段階的に導入を広げ、最終的には全店舗に広げ、膨大なデータベースを構築していく構想を立てています。

事例紹介2:独自の特売日の情報を取り込み、特需に万全対応

九州にて複数店舗のスーパーマーケットを展開するB社は、全店舗にてAIによる需要予測システムを一斉に導入を開始しました。全店舗で始めてから約1年が経過し、発注時間の削減や人手不足問題の緩和などに成功しました。中でも特徴的な取り組みとしては、ポイント3倍デーや特価品を集中販売する特売日など、小売業ならではの「特定の日に通常よりも多い需要が発生する日」の需要予測もシステムに反映させたことにあります。従来は発注担当者がその都度客数を予測し発注していたところから、システムの客数予測に特売日のような会社独自のイベント情報を取り込むことで、 標準機能よりも高い精度で来客数の推移を予測し、特売日にかかる過剰な発注作業を削減することに成功しました。

まとめ:デジタルとアナログの融合、そして顧客体験価値の向上を目指して

このように小売店舗における従業員の業務の大部分を占める商品管理業務をDXによって省人化・効率化していくことは、店舗の業績アップに必ず繋がっていくといえるでしょう。
しかし、ここでお伝えしたいのは、「なんでもかんでも、やたらむやみにデジタル化をすること」は正解だとは言えないということです。システムが予測してくれるとはいえ、一度設定して任せっぱなしということは禁物です。なぜなら、最新のその現場にあったデータを正しく入力することではじめて、システムが効果的に機能するからです。現場で長年培われてきた暗黙知をいかにデジタル情報にし、全員が同じレベルで共有できる状態にすることが最も重要なことです。そのためには、段階的に、できる部分から少しずつデジタルに移行していきましょう。

小売業の売り場や店舗の現場は、数字だけではわからないリアルな現状やお客様からのニーズなど現場でしかわからない一次情報の宝庫です。自動発注の採用率や欠品率など、さまざまな数値をKPIとして設定し、日々導入効果を検証し、現場での感覚を交えながらそのシステムを手動で修正していく。これがまさにDXの知の「デジタル」と人間の知の「アナログ」の融合と言えるでしょう。需要予測・自動発注システムといえども、人とシステムが協働することで真価を発揮するのです。

是非、皆様もこれを機に「発注作業の革新」に取り組んでみてはいかがでしょうか?

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著者プロフィール

株式会社船井総合研究所
価値向上支援本部 事業イノベーション支援部
渡辺 大起 氏

船井総研入社以来、流通小売業における店舗運営改善コンサルティングに従事。中堅・大手企業問わず小売店舗の現場に入り込んだ業務効率化支援を実行。
現場支援のみならず、中間管理職向けにテナント店長研修や小売業営業社員研修なども行うなど、管理と現場の双方に精通したコンサルティングを展開している。

渡辺 大起 氏

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