
新型コロナウイルス感染症は,多くのビジネスでテレワーク化を加速させた。ものづくりで重要な役割を果たす設計・開発部門においても例外ではなく,従業員の移動制限や在宅勤務による様々な問題に直面している。
本稿では,リモート環境の実現に向けて取り組んできた富士通の社内実践事例やこれに活用されている高速画像転送技術RVECを紹介するとともに,3Dモデルを活用した新しいものづくりスタイルへの変革について提言する。
- 1.まえがき
- 2.富士通における設計・開発現場のテレワーク化における問題
- 3.リモート設計環境の問題解決に向けて
- 4.円滑なコミュニケーション環境の実現に向けて
- 5.新しいものづくりスタイルの実現に向けて
- 6.むすび
1.まえがき
新型コロナウイルス感染症によって,ニューノーマル時代の新しい働き方としてテレワークが定着しつつある。テレワークはもともと,少子高齢化社会において「労働力を確保する」と「労働生産性を高める」ことを目的に,その取り組みが進められてきた。しかし現在では,オフィスに出社して働く「集合型」から,働く場所を自分で選ぶ「分散型」へと働き方そのものも変化し,従業員の生活様式までも変化し,テレワークの活用がますます進んでいる。この一連の流れは,「設計・開発」を担う製造業の各部門においても例外ではなく,リモート環境での問題解決が急務となっている。
本稿では,ものづくりに重要な設計・製造のプロセスにおける,セキュアでストレスのないリモート環境や円滑なコミュニケーション環境の実現に向けた取り組みについて,富士通の社内実践をもとに述べるとともに,それらを支える技術である高速画像転送技術と類似3D形状検索技術を紹介する。
2.富士通における設計・開発現場のテレワーク化における問題
本章では,設計・開発現場のテレワーク化における問題について述べる。
2.1 テレワーク化に向けた問題点の抽出
富士通では,ニューノーマル時代における新たな働き方として,「Work Life Shift」のコンセプトを打ち出した。改革を進めるに当たって,現場の声に真摯に向き合い,応えていくことを目的に,従業員に対するアンケートやヒアリングが実施された。
中でも製造部門においては,設計・製造現場のテレワークやリモート化を推進していくうえで,様々なレベルでの問題があることがわかった。
2.2 リモートでの仕事環境に関する問題
従業員に対するアンケートやヒアリングの結果,「構想設計」から「詳細設計」,「生産設備設計」を経て「製造」に至る各プロセスにおいて,様々な問題を抱えていることがわかってきた。例えば,「VDI(Virtual Desktop Infrastructure)のレスポンスが悪く3Dデータが見られない」「セキュリティ上データを外部から安全に参照できない」「事務所のオンプレシステムが利用できない」「自宅PCのスペックが低い」「ダウンロードの時間がかかる」といったものである。
2.3 コミュニケーションに関する問題
また,実際にテレワークが浸透していく中でも問題が見えてきた。例えば,「オフィスのように気軽に聞きにくい」「Web会議は脱線できない」「一方的に話している感覚になる」「会話が少ないことが不安」「組織としての一体感がない」など,主にコミュニケーション面で問題が多いことがわかってきた。
(1)コミュニケーション文化の変化
日本は,同じ場所や時間を共有することによって醸成された共通の知識・体験・価値観といったコンテクスト(文脈)に依存した,世界の中でも最もハイコンテクストなコミュニケーション文化であった。しかし,従来の集合型の働き方から,テレワークによる分散型の働き方への変化は,コンテクスト依存のコミュニケーションから言語依存のローコンテクスト文化への変化を促している。
(2)ローコンテクスト文化でのものづくり
日本の強みである擦り合わせによるものづくりは,ハイコンテクストを前提としていた。
しかし,ニューノーマル時代においては,ローコンテクスト文化でのものづくりを進めるうえで,伝達ミスがなく,効率的な新たなコミュニケーション環境が求められている。
3.リモート設計環境の問題解決に向けて
本章では,前章で述べた設計・製造現場のリモート環境における様々な問題を解決する,富士通独自の高速画像転送技術について述べる。
3.1 ストレスフリーな画像表示を実現する技術
富士通が独自開発した,社内の設計現場でも実績のある高速画像転送技術(RVEC:Remote Virtual Environment Computing)[1]を利用することで,オンプレミスのシステムをリモートでもストレスなく利用できるようになる。
リモートでの画像表示には,遅延削減のために画像全体の画質を落とす手法もあるが,それだと高画質の画像転送ができない。一方RVEC独自の圧縮技術は,図-1に示すように画面更新が頻繁に発生する領域を高速で特定し,その領域は高い圧縮率の動画圧縮を行う。それ以外の更新が低頻度な領域は,サーバー側の処理負荷が少ない静止画圧縮を行い,画面変更時のみ画像転送することで,全体として高速画像転送を実現している。本技術は他社の画像転送技術と比較した場合,図-2に示すように帯域消費量を約1/6~1/10に削減した。また,動画圧縮を設計ツールの画像に最適化することで高画質のままで画像転送を可能とするとともに,必要な画像転送量や転送回数を抑えることによって不要な処理を省きレスポンス向上も実現している。これによって,高品質画像の高レスポンスでのリモート表示を実現する。RVECを使用したリモート環境では,3Dモデルの回転・拡大・部品配置の操作などがスムーズに反応する。設計者の思考を妨げないCAD環境の提供によって,ニューノーマル時代のテレワークにおいても高い設計効率を維持できる。

図-1 RVECの圧縮技術の特徴

図-2 RVECの効果
3.2 継続的な性能向上による4K対応
RVECは,高画質・低帯域・低遅延という,両立が難しい要求を実現するために,図-3に示すように継続的な性能向上に向けた技術開発に取り組んでいる。2012年から社内の設計環境をクラウドに集約するために開発を開始してきた本技術は,利用用途の拡大とともに,より圧縮率の高い動画圧縮規格への対応や,ネットワーク遅延の大きい環境下での性能向上などに取り組み,2021年のGPU版では,GPUオフロードによってCPU負荷低減を実現しながら低帯域化を図ることで,4K画像にも十分対応できる性能を実現している。

図-3 RVECの性能向上に向けた取り組み
4.円滑なコミュニケーション環境の実現に向けて
本章では,設計業務におけるデザインレビューなどの関係者間でコミュニケーションを行う際に,3Dモデルを活用した円滑なコミュニケーション環境について述べる。
3Dモデルを用いた情報共有の仕組みを導入することで,複数の関係者が製品イメージを共有しながら円滑なコミュニケーションが可能となる。以下に,富士通での取り組み事例と,収集した情報を活用する技術について紹介する。
4.1 3Dモデルを中心とした情報共有事例
本節では,富士通における3Dモデルを活用したコミュニケーション事例について述べる。
(1)3Dモデルを活用した複数部署間でのデザインレビュー
試作前の製品品質を高める取り組みとして,設計,品証,製造,保守といった関連部門が3Dモデルを活用してデザインレビューを行いながら,そこから得られた知見をナレッジとして共有をした事例を図-4に示す。

図-4 3Dモデルを活用した複数部署間でのデザインレビュー事例
本事例では,設計部門による検証依頼から始まり,関連部門がそれぞれの観点で検証を行い,関連部門の検証結果に対して設計部門で対応した結果が関連部門に通知される。このサイクルの各関連部門で発生した情報は,3Dモデルと紐付けてナレッジとして共有され,次期開発で活用される。
なお,本事例ではナレッジ共有の仕組みとして「FUJITSU Manufacturing Industry Solution COLMINA Design Review ナレッジ共有」を活用している。
(2)開発期間を25%短縮に成功
従来,検証の結果として設計者に変更や懸念といった指摘事項を文字やイメージで伝達していた場合,設計者は対応を検討する前に,指摘が製品のどの箇所なのかを,3Dモデルを操作しながら特定する作業が必要であった。
本事例では,指摘を3Dモデルと紐付けることで直ぐに検討を開始でき,仮想機での検証を徹底させることで,開発期間を25%短縮することに成功した。更に過去のナレッジを活かすことで,試作機製造後に大きな手戻りの原因となる設計変更を伴うような重大な指摘を低減させる効果があった。
4.2 AIによる類似3D形状検索技術
本節では,前節で紹介した3Dモデルと関連付けた情報を効率的に活用する検索技術について述べる。
3Dモデルと情報を関連付けることによって,3Dモデルを選択すれば,キーワードを覚えていなくても関連情報を検索することが可能となる。しかし,部品は製品ごとに形状が変更されるため,同一の形状を探すのではなく,類似の形状を検索する機能が求められる。
富士通では,AIを活用した類似の3Dモデルを検索する独自の類似3D形状検索技術[2]を開発した。3Dモデルの類似モデルを検索する技術は2008年から開発を進めていたが,AIを用いない従来のアルゴリズムベースの手法では図-5に示すように部品形状によって大きく検索精度が変わってしまい,検索できない部品が見つかるごとに新たにアルゴリズムを開発しなければならないという問題があった。そこで2017年からAIを導入することで,形状による検索精度のバラツキは改善したものの,公知のAI技術だけでは,検索精度が60%程度と満足できるものではなかった。そこで,AIの学習用に3Dモデルから画像を生成する際に,ノイズとなる画像が生成されない独自の画像生成技術を開発した。更に,Deep Learningのニューラルネットワークを最適な精度が得られる中間層の層数設定など,各種チューニングを加えた。そうすることで,類似3D形状検索技術では,形状の種類に影響されず約90%と高い検索精度を実現している。

図-5 従来手法とAIによる類似3D形状検索技術との比較
本技術で用いているAIは,富士通が蓄積している大量の3Dモデルで学習することで,業種に依存せず汎用的に利用でき,100万部品の大量のデータでも実用に耐える検索速度を実現しているなど,幅広い用途で活用できる技術となっている。
5.新しいものづくりスタイルの実現に向けて
ここまで,新しいものづくりスタイルの実現に向けて,ニューノーマル時代における富士通の設計・開発ソリューションを紹介してきた。今後イノベーションを生み出すための新たなコラボレーション環境として,デジタル暗号化,サイバー攻撃対策,キャプチャー防止などセキュリティ対策ソリューションや,グローバル情報管理,ガバナンス強化,GDPR対応などグローバル向けソリューションを拡充し,様々なソリューションの組み合わせで働き方の多様化を支援し,新たなコラボレーションやイノベーションの創出を目指していく。
また,本稿で紹介した高速画像転送や類似3D形状検索の技術については,「FUJITSU Manufacturing Industry Solution COLMINA Design Review 高速リモートデスクトップ」「FUJITSU Manufacturing Industry Solution COLMINA Design Review 類似3D形状検索
」として,富士通グループ内での活用のみならず,既に多くの製造業のお客様にご活用いただいており,コロナ禍によって,更に引き合いが増している。今後は更なる機能強化によって,グローバル設計へのニーズにも応えていく。
6.むすび
本稿では,ニューノーマルにおける設計・開発環境の実現に向けて取り組んできた富士通社内の実践や,実践のために開発してきた技術を紹介するとともに,新しいものづくりスタイルの提言について述べた。
今後も,変化する環境にフィットした社内実践で培ったノウハウや確かな技術を活かして,製造業にデジタルトランスフォーメーションをもたらしていく。そうすることで,お客様のものづくりスタイル変革の期待に応え,信頼を勝ち得ていきたい。
本稿に掲載されている会社名・製品名は,各社所有の商標もしくは登録商標を含みます。
参考文献・注記
- 林 宏興 他:3D形状をキーにした構造設計の事例検索方法の考察.情報処理学会 GN 研究会(2016).本文へ戻る
著者紹介

COLMINA事業本部
製造業向けPLMソリューションの開発に従事。

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製造業向けPLMソリューションの開発に従事。

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