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“その日”から、富士通は活動を始めた

震災直後 できることは何か “その日”から、富士通は活動を始めた「社会インフラを、何がなんでも守りたい」

未曾有の大震災が東日本を襲ったその日、福島・宮城・岩手に拠点を置く富士通も大混乱に陥りました。しかし、現地社員たちは自らも被災しながら、いち早く現場復旧のためにお客様のもとに駆けつけました。被災して動かなくなった様々なシステムは、まさに社会インフラを支える“命綱”だからです。社員たちを突き動かしたものは、「何としてもお客様を、社会を守りたい」という使命感でした。

いち早くお客様のもとへ システムは大丈夫か

被災地(仙台・青森)に向けて出発するカスタマーエンジニアの写真

2011年3月11日午後2時46分、東日本を襲った大震災は、富士通グループの日常も一変させました。富士通エフサスの社員は、その時の様子をこのように報告しています。

「夕方からの作業に向けてメンバーと共に準備をしていた時に、揺れが襲ってきました。すぐに収まるものと思っていましたが、次第に強さを増す揺れは尋常ではありませんでした。身の危険を感じてデスクの下に潜り込みましたが、途端に身体は弾き出されました。幸い、地震対策を施してあったロッカーから物が飛び出ることはありませんでしたが、電灯まで消えてしまい、恐怖は増していきました」。

しかし、いつまでも動転しているわけにはいきません。社員は、同僚や自身の家族の安否確認を行うとともに、いち早くお客様への対応を開始しました。

富士通では東北地方を中心とする被災地に、消防・警察をはじめ金融や医療関係、自治体、新聞社といった多くのお客様を有しており、ICTの運用・保守を担っています。これらは、まさに社会インフラを支える“命綱”とも言える重要なシステムです。早急に稼働状況を確認し、問題が生じていたならば、可能な限りの対応を行う必要がありました。

非常時にこそ発揮される富士通の“現場力”

とはいえ、今回のような未曾有の広域大災害となると、肝心の連絡手段もほとんど機能しませんでした。頼みの綱としていた携帯電話も、発信規制や基地局の倒壊、大規模停電によるアクセスポイントのダウンなどにより、電波はまったく届かず、テレビさえも見ることができないため、「いま何が起こっているのか」を知る術のない状況に陥りました。

こうした非常時にこそ発揮されたのが、常日頃から地域に密着した“人”による経験と土地勘、お客様からの信頼に裏付けられた、社員たちの“現場力”でした。

富士通エフサスの社員たちは、自分の身の安全を確保した上で冷静な判断の下、使用可能な自動車や自転車を調達し、あるいは徒歩で顧客先へと向かいました。しかし、そんな彼らが現場で目の当たりにしたのは、壮絶としか言いようのない光景ばかりでした。

富士通グループ内の協力によって届けられた支援物資の写真

あるお客様の現場では、サーバラックや基幹システム系のストレージなど、大型の装置がすべて横倒しになっていました。社員たちはお客様と協力し、十数人がかりでこれらの装置を持ち上げて立て直しました。これらの装置は倒れただけでも、相当な衝撃を受けているはずで、無事である保証などありません。それでもあきらめることなく、ボロボロになった装置の筐体をガムテープでとめて応急処置を施し、ケーブル類を点検していきました。その結果、多くのシステムは見事に稼働を再開し、データもしっかり守られていました。お客様からは、非常事態を乗り越えた堅牢な製品設計に歓喜と称賛の声をいただきました。

東日本大震災が発生した日だけではありません。発生直後から被災地において活動した現地の保守作業員はもちろん、全国から駆けつけた富士通の保守作業の応援隊は、のべ1,500人に達しました。さまざまな現場で、復旧に向けた奮闘が繰り広げられました。

問題を先送りにしない素早い判断で対処する

被災したお客様フロアから富士通製品を運び出す様子の写真

富士通は、震災発生直後には、社長を本部長とする「災害中央対策本部」を立ち上げました。復旧・復興に向けた司令塔となる組織です。さらに、「お客様復旧対策本部」を保守部門の本部に設置するとともに、さいたま市と仙台市の2拠点に「現地復旧本部」を開設し、被災地の復旧対策を全面的に支援する体制を整えました。

震災当時は首都圏においても、公共交通機関の運休や計画停電などにより、都市機能や企業活動に大きな混乱が生じていました。そうした中、意思決定のルートが寸断されてしまい、全社の方針決定に長い時間を費やしてしまうケースも少なくありません。富士通では、経営トップをはじめとする災害対策本部を素早く設置することによって、その後の的確な状況分析と復旧作業を可能にしました。「いま、なすべきこと」を着実に、という問題を先送りにしない判断が、富士通グループ全体を機動的に動かしたのでした。

もちろん、災害中央対策本部の指示だけで個別の事案に対応しきれるわけではありません。現場で復旧活動を行ったある社員は、自身の経験からこのように語っています。「お客様との日々の確かな信頼関係があったからこそ、復旧現場での共同作業に対しても、お客様から確かな評価を得ることができました。同時に、ともに頑張っている同僚や家族、そして全国・世界から手を差し伸べてくれる仲間たちがいることに、とても感謝をしています」。

富士通の社員たちは、一人ひとりが「お客様を守る、社会を守る」という使命感をもって結集しています。先進のICT技術の提供を通じ、グループ総力を挙げて、社会とそこに暮らす方々をこれからも支援し続けていきます。

グループの総力を結集したその他の復旧活動

津波で30m流されたATMを点検している写真

通信施設の復旧

富士通ネットワークソリューションズでは、地震や津波で破壊された東北地方の携帯電話基地局を復旧させるため、震災翌日から被災地での通信会社様の復旧作業を支援し、地域の人々の暮らしや情報伝達の生命線である通信網の復旧に貢献しました。

HDDの洗浄・復旧

信越富士通では、津波の被害によって故障したパソコン、サーバのハードディスク(HDD)に対して分解・洗浄・復旧作業を行い、重要データの読み出しを支援しました。

クラウド/保守サービス特別ご支援プログラム

富士通は、震災の復旧・復興に向けて活動を行う企業・自治体・非営利団体などに対して、迅速なシステム利用が可能となるクラウドサービスを無償で提供しました。その対象は、クラウドインフラをはじめ、SNSやメール、Web会議、eラーニングなどの幅広いSaaS型アプリケーションに及びました。そのほか、ニフティのクラウドサービスも無償で提供しました。


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