リンダ・グラットン教授との対談

働き方の未来
人生100年時代に向けたワーク・シフト

人生100年時代。もしあなたが100才まで生きるとしたら、どんな人生を想像しますか? 学校で学び、卒業、就職して、会社で働いたあと、静かな老後を迎える。もしかすると、そうしたプランは今後成り立たなくなるかもしれません。「人生100年時代に人は80歳を過ぎても働く必要がある」という経済学者の試算もあります。では、私たちは人生設計や働き方をどのように変え、どのような準備をしておけばいいのでしょうか? そして、それを支える企業のあり方は? また、そこでのテクノロジーの役割とは?

2017年12月8日、富士通はロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授を富士通デジタル・トランスフォーメーション・センターに迎え、「働き方の未来」について対談を行いました。『ワーク・シフト』、『ライフ・シフト』などの著書を持つグラットン教授は、人材マネジメント論の世界的な権威で、日本政府の「人生100年時代構想会議」のメンバーも務めています。

まず、対談に向けて教授は、人生100年時代のキーポイントについて短いスピーチを行いました。


マルチステージ化する人生

「先進国でも日本は特に早くその時期を迎えています」とグラットン教授は語りはじめました。「今後、半世紀の間に非常に多くの人々が100才まで生きるようになるでしょう。しかし、それは特別なことではなく、いずれの国もやがてそうなります。だから日本はただ他よりも少し早くそれを経験しているだけなのです」。

リンダ・グラットン教授のスピーチ『人生100年時代のキーポイント』のダイジェストがご覧いただけます。

これまで私たちは人生を大まかに3つのステージで捉えてきました。まず、学校や大学でものを学ぶ教育の時期、第二に就職して仕事に専心する時期、そして最後に会社を退いた後の引退の時期、というふうに。

しかし、この考え方は人生100年時代にそぐわないと教授は話します。なぜなら、100才まで生きる人生は、これまでの人生とは根本的に異なるからです。「今、私たちの周りでは、人生のマルチステージ化が起きています」と教授は話します。「人生は、以前よりずっと複雑になっているのです」。

グラットン教授はそれを説明するため、スキルの習得を例に挙げました。人生100年時代に人は、これまで以上に自分の持つスキルの見直しを迫られます。たったひとつのスキル、あるいはごく一般的なスキルを身につけているだけでは、長い人生の多彩な状況に対応できないからです。年齢により変わる時々の状況に応じて、新しいことを学び、新しいスキルを身につけていく必要がでてくる、と教授は話します。

『ライフ・シフト』の共著者で経済学者のアンドリュー・スコット氏の試算によれば、100年の人生を生きるためには、人は少なくとも75才から85才まで働かなければならないといいます。しかし、そのような働きずくめの人生を歓迎しない人も多いのではないでしょうか。「だからこそ常に自分を見直し、働き方そのものを変えていく必要があるのです」とグラットン教授は語ります。

スキルの見直しでまず大事なのは、広い視野を持つことです。そのためにも世界を旅して異なる文化や人種に触れ、人間について、また人生について考えを深めることは、たとえ中高年になっても必要。イギリスの高校生は大学進学までにギャップイヤーという自由期間を持っており、その間に数ヶ月をかけて世界中を旅します。中高年のワーキング世代でも、そうした時間を持てる仕組みがあってもいいのではないか、と教授は話します。

また、ワークスタイルについても、フルタイムが必ずしも最善であるとは限らず、介護や子育て、スキル習得など人生の場面に応じてパートタイムを選ぶ時期があっていい。機が熟せば、起業をめざす選択肢もあるのではないか、と教授は言います。

老後の暮らし方もまた変わり、定年後に趣味三昧の生活を送るだけでは、100年の人生は長過ぎます。パートタイムで働き社会との関わりを持つ、あるいは地域活動やボランティア活動を通じて社会に貢献をするということも、選択肢として考えていく必要があるでしょう。

「教育」「仕事」「引退」という単純な区割りではなく、「引退」も含め、その時々で「教育」と「仕事」が絡み合うマルチステージの人生プランがこれからは必要になる、と教授は語りました。


個人の持つ「無形の資産」を磨く

スピーチの中でグラットン教授がもうひとつ強調したのが、「無形の資産(Intangible Assets)」の重要性です。「資産というと、お金や財産のことを考えがちですが、高齢になって真の意味で自分を助けてくれるのは、実はこの無形の資産です」と教授は話します。

教授のいう「無形の資産」とは、おおまかに個人の資質と言い換えられるかもしれません。グラットン教授は、それには3つの要素があると話します。

まず、第一は「Productivity(生産性)」です。これは、社会の中で何かを生み出す力を表しています。高齢者にとってなによりも大事なのは、世間から評価されるスキルを持ち、他の人の役に立つことだと教授は指摘します。そのためには常に何かを学び続ける姿勢が必要です。新しいことを教えてくれる知人や友人はもちろん、生涯教育の制度や最新技術による学習システムもその強力な手助けになります。

第二の無形の資産は「Vitality(活力)」です。これは心身が健康であることを表します。どんなに素晴らしい能力や発想を持っていても、健康が伴わなければそれを何かに役立てることはできません。また、深い友好関係もまた、健康を保つのに必須と言われています。このところ日本では長時間労働が社会問題としてクローズアップされていますが、そのようなワークスタイルではとても健康を保つことはできません。子育てや夫婦の時間、コミュニティの中で過ごす時間を十分に持てるような人生をデザインすることによって私たちは、ヒューマンセントリックな世界で、より人間らしい生き方を送ることができます。それが、富士通がいつも訴えかけているビジョンですよね。

そして、最後の無形の資産は「Transformation(変身する力)」です。これは、今とは違う自分を作りあげる能力を表しています。誰も特定のスキルだけで人生を最後まで生き抜くことはできません。ある時点で自分を変えていかなければならないのです。自分を変えるためには、自らを知り、世界を知り、難しい決断もしなければなりません。多彩なコネクションも必要です。自分と同じような仲間と付き合うだけでは変革は起きません。自分のネットワークの中に異なるタイプの人たちがいるということは、別の自分、別の人生のあり方を考える良いきっかけになります。

「人生100年時代を恐れる人たちもいますが、怖がる必要はありません」とグラットン教授は語ります。「これは人類に与えられた贈り物なのです。でも、それを有意義なものにするには、人生をマルチステージで考え、自分の無形の資産に目を向けることが大切です」。

ここでスピーチは終わり、富士通マーケティング戦略本部VPの高重吉邦を進行役に対談が始まりました。主なトピックは「働き方の変革」そして「AIにエンパワーされた働き方」。対談の席に着いたのは富士通で人材開発を推進する梶原ゆみ子常務理事、そして富士通のエバジェリストとしてAIなど先端テクノロジーの啓蒙活動を推進する中山五輪男常務理事です。


働き方の変革
企業は働き方をどのように変えていくべきか?

『働き方の変革』に関する対談のダイジェストが動画でご覧いただけます。

高重:

リンダさん、ありがとうございます。人生100年時代の生き方、働き方について、大変興味深く伺いました。

グラットン:

ありがとうございます。

高重:

若い頃、私は自分が90歳まで生きるなどということは考えもしませんでした。でも、いま50代を迎え、70代、80代まで働かなくてはいけないと思っています。前回の対談で確か、一橋大学の野中郁次郎名誉教授がおっしゃっていましたね、「自分は一生働き続ける」というようなことを。

グラットン:

そうですね、そうおっしゃっていました。

高重:

お話のなかで従業員の「無形の資産」について触れられていました。企業はとかく利益や売上など目に見える数字に注意を向けがちです。従業員が持つ目に見えない価値はなかなか評価できない。

グラットン:

経営者の方々はこれまで「無形の資産」を正しく見てこなかったように思います。CEOにこの話をすると「アニュアルレポートにそれをどうやって反映させるのか」というような質問が返ってきます。業績は評価しやすい、一方で無形の資産の評価は難しいものです。だからこそまず社内でそれを測る努力をしなければいけないと思います。

高重:

どうすれば無形の資産を高めていけるのかについて、後ほど深めていきたいと思います。梶原さん、リンダさんの今のお話について、どう思われましたか?

梶原:

「人生のマルチステージ化」というお話がありましたが、富士通でも仕事のマルチステージ化というようなことが起きていまして、昔はハードウェアの技術者はその領域だけで仕事をしていればよかったのですが、最近はソフトウェアも重要ですし、技術そのものもどんどん変わっています。そのため、ひとつのスキルだけでそのまま定年までというのは難しくなってきました。新しいスキル習得のため社内の教育体制の見直しも行なっています。

また、「無形の資産」について、いまの若い人たちは就職先を選ぶときに、会社の社会貢献度や働きやすさなど非数値情報にも目を向けます。したがって、企業側も自社の「無形の資産」を磨く必要があるのでは、と思いました。

高重:

会社の価値は必ずしも数字だけでは測れない、ということですね。
中山さんはいかがですか?

中山:

先ほど「ギャップイヤー」という言葉が出てきましたが、面白く伺いました。日本の場合、だいたい65から70でリタイアして第2の人生ということになるので、ギャップイヤーはそこから始まるというべきしょうか。本当は在職中にギャップイヤーをとって1年かけて世界を見て回る、というようなことができればいいのですが、そんなことをしたら復職できるかどうかわからない。企業文化の大掛かりな革新が必要です。勤続20年で1ヶ月の休暇、というようなものは聞いたことがありますが、半年や1年というのはなかなかありません。どうせならそこにお金もついてくるのが理想ですね。世界を巡っていろいろな経験をするには、やはりお金が必要ですから。人生100年時代に向けて、企業も大きく変わっていかなければいけません。

梶原:

いまの中山さんのお話で、富士通にある「カムバック制度」のことが浮かびました。介護や育児の事情でいったん退職した社員にまた戻ってきてもらう制度です。この対象の幅を広げて、自分磨きのために会社を辞めた方々にも戻ってきてもらえるようにしたらどうかと。これは、さっそく提案してみたいですね。

グラットン:

先日、日本の政治家の方とお話をしたのですが、「外国を旅することで自分の国の文化や価値がよくわかった」とおっしゃっていました。いま日本の製造業はグローバルに活躍していますが、世界のためにものづくりをするのであれば、まず世界を知らなければいけません。そのためにはまず社員が海外に出ていく必要があります。

私は20歳のときイギリス北部からシリアまでヒッチハイクしたことがあります。これはとても貴重な経験でした。このとき「世界というのはいい場所なんだ」と実感したんです。私は性善説の立場に立っていますが、人間を信じる基礎となったのはこの体験でした。世界を理解するには、まずその場所に自分を置いてみないといけません。

ちょっと休んで別のことをしてみる、というのも大事です。企業もその必要性を認めるべきでしょう。社員が1年間世界を見て回れば、その社員はもっと魅力のある人間になるはず。会社にとっての価値も高まります。

高重:

いま日本では働き方改革が社会的関心事になっていますが、梶原さん、富士通での取り組みについてお話いただけますか。

梶原:

ワークスタイルということでいうと、いま時間や場所の制約を受けない働き方が広がってきていますね。つまり、一人ひとりに合わせて働き方が選べる時代になったということです。従業員が自分らしく働けるよう会社がどうサポートできるのか、富士通はお客様と一緒にその課題に取り組んでいます。

富士通デジタル・トランスフォーメーション・センターで開催しているワークショップもそうした取り組みのひとつです。ここでは、「インスピレーションカード」や「インタラクティブボード」などの最新のビジュアルシステムを使いながら、お客様の未来のビジョンを策定するワークショップを行っています。専任のファシリテーターが進行を務め、お客様と一緒に真剣に議論をして、お客様が持つ潜在的な課題を洗い出し、目指す未来像を整理するという取り組みを行っています。

中山:

私もここで開催されるワークショップに参加したことがあります。壁に映されたデジタル化されたカードをもとにアイデアを練っていくのですが、このカードを活用することで想像力が膨らみ、参加者との会話も進みます。

高重:

働き方の未来のビジョンを一緒になって考える、またデザインしていくということなんですかね。

梶原:

両方の性質があると思います。例えば、長時間労働の問題があります。これは政府も重要視しています。私としては働き方改革の重要なポイントを、いかにその人らしく働けるか、と広げて考えたいと思っています。そのため、あまり長時間労働だけにフォーカスせず、本来あるべき働き方の姿を見据えながら、富士通として、ICTを使ったソリューションを提案するというのも可能だと思っています。

グラットン:

中山さんが先ほど「想像力」とおっしゃっていましたが、それが本質的に重要なのだと思います。過去に成功体験があると、違う世界をなかなか想像できません。これまでうまくいっていたことをどうして変える必要があるのか? でも、その成功はもしかすると長時間労働に支えられてきたものかもしれません。また、成功している企業が本当の変革を実現することは非常に困難になります。このような場合こそ、想像力が重要になります。想像力があれば自分には他にどのような可能性があるかについて想像することができるからです。いまあるものとは違うものを想像する。仕事も同じで、いろんな仕事のかたちがあり得ると思います。このようなワークショップの場で議論を重ねることが本当に重要だと思います。

企業が変わるためには、お手本も大事です。上司が変われば部下も変わることができる。その意味で、管理者がまず自分たちの働き方を変えていかなければなにも始まりません。身近なお手本が人々の想像力を刺激するのです。

高重:

その通りだと思います。想像力と会社の方針や戦略などがテクノロジーとうまく組み合わさっていくと素晴らしい新しい働き方ができていくのではないでしょうか。のちほどAIについても話していきますが、働き方とテクノロジーについて、中山さん、なにかご意見はありますか?

中山:

少し実例を挙げてお話しましょう。長年、働き方改革に取り組んでいる富士通のグループ会社の事例です。その会社には伝票処理を行う女性が20名ほどいる部署があって、課題を抱えていました。月初めは仕事が少ないのですが、月末になるとそれが5倍、6倍の量になる。そうなるともう普通の生活ができなくなります。そこで、ここにロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)を導入しました。人間が行う作業をすべてコンピューターに覚えさせ、人が処理しているかのように回すわけです。それで働き方が変わりました。休みも取りやすくなり、余暇の時間も増えて「人間らしい生活が送れるようになった」と女性たちは喜んでいます。

働き方改革の本当のゴールは、働く者が人間らしい生活を送れるようにすることだと思います。それを目の当たりにして、これはとてもいい取り組みだと感じました。今後はRPAだけでなくAIなどの技術が、人間らしい「ヒューマンセントリック」な働き方をサポートしてくれるのではないかと期待しています。

高重:

「ヒューマンセントリックな働き方」をどう想像するかが重要ですね。あとはテクノロジーでそれを実現していく。

中山:

いま政府も働き方改革に向けて動き出しているので、施策としてはいい方向に向かうのではないでしょうか。一方、企業はヒト、モノ、お金そしてデータをうまく使って、実践面でリーダーシップを発揮すべきだと思います。

梶原:

働き方という意味では「ダイバーシティ(多様性)」も重要です。女性の社会進出という点でまだまだ日本は欧米に比べて弱いという気がするのですが、グラットン教授はどうお考えですか?

グラットン:

デンマークやスウェーデンのようにチャイルドケアを政策として推し進めると同時に男性がもっと子育てに参加するようになれば、女性の働き方も変わっていくでしょう。企業が現在の状態になった理由の一つに18世紀の産業革命があげられます。産業革命はもともとあった「家族」を分断してしまいました。女性は家、男性は外で働く、という考えができあがってしまったのです。ヒューマンセントリックなテクノロジーによって、もう一度家族を結びつける必要があります。そのためには、男性が家庭と職場の両立をはかれる環境も必要です。

日本の女性はパートタイムワーカーが多く、キャリアを作ることが難しいようですね。企業はもっと女性を積極的に登用し、能力の高いパートタイムワーカーではなく、キャリアを積んだ人材として女性を見るべきです。そのためには従来の考えを改める必要があります。難しければ政府が介入してそれを後押しするべきです。人生100年時代は、働き方を変えていくチャンスだと思います。

高重:

女性の登用について、梶原さんはどうお考えですか?

梶原:

富士通についても、少子高齢化で人材が減る傾向にあるなか、女性の活躍なしではいまの業務パフォーマンスを維持するのは難しいと思っています。そこで、先ほどのカムバック制度のように職場に戻りやすい仕組みを整えたり、男性社員による女性へのアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)をなくしたりする取り組みを行っています。女性の方もマインドセットを変えていかなければなりません。結局、女性が働きやすい職場というのは他の人にも働きやすい職場です。改革によってみんなが幸せになる職場が作られていくのが理想ですね。

また、職場の多様性「ダイバーシティ」に加えて、最近注目されているのが「インクルージョン」です。ダイバーシティが多様性の啓蒙活動だとすれば、インクルージョンはそれを一歩進めた実践活動だといえるでしょう。富士通ではこの啓蒙と実践を一体化して、働き方改革を進めていきます。

中山:

私は最近、富士通に移ってきたのですが、正直なところ、女性がとても活き活き働いている会社だと思っています。皆さん真面目でよく働く。役職にも女性の方が結構いらっしゃいますね。

梶原:

男性ばかりというのは同質過ぎてよくない、やはり女性の視点も必要ですよね。職場も企業もそれでもっと活性化していきます。

中山:

グラットン教授にお伺いしたいのですが、これから人生100年時代を迎えるにあたって手本とすべき理想の国というようなものはありますか? 先ほどデンマークやスウェーデンなどの名前が挙がっていましたが。

グラットン:

企業と同じで、どの国にも得意不得意がありますので、理想のお手本と呼べるような国はありません。たしかにデンマークやスウェーデンは子育て分野では秀でていますが、日本もけっして遅れをとっているわけではない。「人生100年時代構想会議」というような諮問委員会があるのは世界でも日本だけですし、高齢者向けのロボティクス分野でも進んでいます。イノベーションが起こる起業家精神という面では米国が優れており、シンガポールは、国民の自己教育のため国が資金を提供しています。高齢化と少子化は世界的な傾向ですので、各国がそれぞれの取り組みを進めていくことになるでしょう。

高重:

これまでの議論で色々なキーワードが出てきましたが、「無形の資産」をどのように豊かにしていくのかが本質になってくると考えます。それを豊かにする秘訣はあるのでしょうか?

グラットン:

企業の役割が非常に重要です。人は日常の時間の大半を仕事に費やしています。したがって働く環境が鍵なのです。管理職の役割も大きい。上司が子育てをしない、長時間労働して休みを取らない、ということでは社員も変わりようがありません。先ほど梶原さんがおっしゃっていた、再雇用制度があるかどうか、会社を離れた後もまた戻ってこられるのかどうか、そういう慣例があるのかどうか、それもまた重要です。

また、「生産性(Productivity)」について、先進国の労働現場の課題のひとつは、長時間労働のわりに生産性が上がっていない、ということです。いずれの国でも政府はそれを懸念しています。伝票処理の部署の例にあったように、解決の手がかりとしてはテクノロジーの活用があります。これからは、人を中心に考えた「ヒューマンセントリック」なテクノロジーとしてAIを活用して、生産性を高めていける可能性があります。

高重:

いま企業では、破壊的イノベーションをいかに興すかということが大きな課題になっています。そこでは人間のクリエイティビティが鍵となる。それをどう育てていくのか、中山さん、何かご意見はありますか?

中山:

クリエイティブな人を育てる、というのはとても難しい仕事です。創造力は、その人にもともと備わった資質や感性によるところが大きい、まさに「無形の資産」です。そのため簡単には教えられない。私は社内でエバンジェリストの育成も任されているのですが、あらゆるメディアを通じて日々情報を収集し、感性を研ぎ澄ませと教えています。クリエイティブさをもっと向上させるためにICTをうまく使うというのはありますね。

梶原:

クリエイティビティについて、いつも同じ仲間と会話していたのでは同じ発想しか出てこないので、ダイバーシティが大事なのではないでしょうか。自分が見ているのとは違う世界を見ている人と接しているうちに創発が起こるということは十分あります。

また、クリエイティビティやイノベーションが話題になるとき、私はいつも「とにかくチャレンジしなさい」と言っています。やってみなければわからない。そこには失敗もありますが、次の成功の糧として許容します。挑戦しなければ、新しいことはなにも生まれてきません。

高重:

たしかに、クリエイティブなことをやろうとするとリスクを取らないといけませんね。そのためには、お互いに信頼できる環境というものも必要なのではないでしょうか。昨年、グラットン教授と対談させていただいた際、「かつての日本企業の強さの秘訣は、会社と従業員のライフタイムコミットメントにある」と野中教授がおっしゃっていました。当時は企業に従業員の「無形の資産」形成をサポートする文化があったのかもしれません。

グラットン:

私も日本の終身雇用制度にはたくさんのメリットがあったと思います。社員は皆、入社したときに「この会社で一生勤めあげよう」と思ったわけです。これはむしろ良いことでした。これによって社内の暗黙知が共有される、と野中先生はおっしゃっていました。逆に人材面で多様性が失われるという問題もあります。イノベーティブな企業では、ジョイントベンチャー出身者や、コンサルタント、元起業家など、独立系の人材が数多く働いています。日本の大企業もまたそうした多様性を必要としているのではないでしょうか。特定のタイプの人間だけを雇用するようになると、創造性も損なわれます。

高重:

これからは人材の流動性が高まり、企業の壁を超えてヒトやモノやアイデアがオープンにつながるコミュニティを作っていくっていうのが、これからのあり方の一つになるのではないでしょうか。


AIにエンパワーされた働き方
AIは脅威となるのか? それとも機会となるのか?

『AIにエンパワーされた働き方』に関する対談のダイジェストがご覧いただけます。

高重:

では、ここからはAIと働き方について話していきたいと思います。まず、中山さんから最近のAI技術の進化の動向や今後の見通しについて簡単にご説明いただきましょう。

中山:

そうですね、AIにはおよそ60年の歴史があり、1960年代、1980年代に続いて、現在が第3のブームといわれています。このブームの要因のひとつは、ディープラーニングです。一言で言えば、ビッグデータをもとに機械が自動学習する技術です。

ある調査によると、世界でAIを導入している企業はまだ全体の20%ほどで、日本ではほんの10%前後に過ぎません。AIはまだまだ浸透しておらず、その活用は始まったばかりです。今後はもっと増えていくと思いますが、経営者にとって大事なのは、まずAIでできることとできないことをきちんと把握すること、そして企業としてどのように活用していくのか戦略を立てることだと思います。

高重:

画像認識などでは、最近はAIの方が人間の目よりも精度が高いと聞きますが。

中山:

そうです。富士通のAI、Zinrai(ジンライ)は、とくに画像処理や感情認識に長けています。AIが人間の仕事を全部奪ってしまうというような脅威論もよく聞かれますが、私はそうではなくて、もっとAIをうまく活用していく時代が来ると思っています。AIは感覚や認識力、分析力など人間の能力を拡張するツールともいえます。人間を強力にサポートしてくれるのです。

高重:

エンパワーメントの手段としてのAIですね。皆さんにお伺いします。AIは、人間にとって機会となるのでしょうか、それとも脅威やリスクになるのでしょうか?

梶原:

脅威論は払拭できないかもしれません。技術革新により産業革命が起こるたび、そこに新しい仕事が生まれ、古い仕事は消えていきます。今、AIの性能向上が現実のものとなってきました。だとすれば、むしろそれをビッグチャンスと捉え、果敢にチャレンジしていくべきではないでしょうか。AIが人間の能力を高めるものなら、それを使ってなにをするかというところを人間が決め、中間処理はすべて任せればいいのです。一番大事なのは目的です。なんのためにAIを使うのか? それは人や社会の幸せのためです。そして、それを人の倫理的な判断に基づいて行います。つまり、根本にはヒューマンセントリックという考え方が必ず必要です。

中山:

先日、SNSで面白い記事を見つけました。ゴールドマンサックスのトレーダーの数は2000年に600人でしたが、AI導入後なんと2名にまで減ったそうです。では、残りの598人が失職したかというとそうではなくて、それぞれ社内で別の仕事に就いたということです。つまり、AIにはできない仕事がまだたくさんあり、人間のやるべき仕事が残されているのです。

グラットン:

じつはこの前、富士通を含めて世界の大企業25社にAIに関する調査をしました。「自分の仕事の将来を懸念するか」という質問に対し、多くの従業員が「はい」と答えました。リーダーが社員に将来のビジョンを明確に伝えていけば、こうした不安は減っていきます。これからなにが起こり、それにどう備えておくべきかを事前に明らかにすることが、「ヒューマンセントリック」な企業のあり方ではないでしょうか。

人材教育には、現状のスキルをさらに高める「アップスキル」と現状のスキルを他のものに替えていく「リスキル」がありますが、当然、後者の方が難しい。誰かがそれを責任を持って導いていく必要があります。米国では自動運転の普及によって大勢のトラックドライバーが失職するといわれていますが、彼らは次にどんなスキルを身につければよいのでしょうか。企業であれ、国であれ、今後どうなっていくのかそのシナリオを事前に伝えることができれば不安は減っていくと思います。

高重:

「ヒューマンセントリック」という点で、AIが人の仕事を変革した事例がありますので、ちょっと紹介します。メンタルヘルスの治療をしているスペインの病院の事例なのですが、富士通はこの病院と協力してAIに膨大な診療データや医療オープンデータを学習させ、患者の自殺やアルコール中毒、薬物中毒のリスクを瞬時に推定できるシステムを作りました。その精度は95%と評価いただいています。これによって医師たちは類似症例や医療文献の調査などに時間をかけることなく、患者との対面診療に、より多くの時間を割けるようになり、医療行為の質を上げることができるという評価を受けています。富士通はヒューマンセントリックというビジョンを掲げていますが、これは全てを人を中心に置いて考えるということです。こういったことが今、AIが進化している時代において、とても重要になってきていると思います。

梶原:

人を中心に置いて、人の幸せのためにいかにテクノロジーを活用するかということですね。

高重:

さて、まだまだ議論は尽きないのですが、そろそろ結びとしたいと思います。最後に皆さんから一言ずつお願いいたします。この大きな変化の時代に、ビジネスリーダーに必要なものとは何でしょうか?

中山:

海外に出て、広く世界を知り、その流れを読んで、それを経営に活かすこと。そういうリーダーが増えてほしいですね。

梶原:

リーダーにはリベラルアーツの素養が必要だと思います。リベラルアーツは多様性を受け入れるベースになります。部下を惹きつける魅力に溢れ多様性をマネジメントする能力と感性を備えている、そんなリーダー像に期待します。

グラットン:

私たちに必要なのは、明るい未来を語ることができるリーダーでしょう。会社が今後この時代をどう生き抜いていくのか、ポジティブな「ストーリー」として語れる人物。そのためには振り返りをする時間と、情報を外から取り込む姿勢の2つが必要です。偉大なリーダーはいつもこの2つを備えていました。周囲をよく見る。振り返って考える。見たことを咀嚼し、自分の価値に結びつけていく。そうした外向きと内向きのバランスが適切に組み合わさっていることが、明日を導くリーダーの条件ではないでしょうか。

高重:

皆さん、今日は本当にありがとうございました。おかげで人生100年時代の生き方や働き方、そしてテクノロジーの活かし方など、有意義な議論を持つことができました。貴重なお時間をいただいたことに、あらためてお礼申し上げます。

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