新しい時代の幕開け-求められるデジタル革新と共創力

自律的なネットワーク社会へ

デジタル技術の進化に伴い、私たちの生活や社会、産業が根本的に様変わりし、ディスラプトされる(創造的破壊が行われる)時代を迎えています。このように激変する世界で、企業が勝ち抜くために何をしなければならないのでしょうか。世界で最も影響力のある経営思想家トップ50人を選出するThinkers 50で4位に選出され、「ウィキノミクス」や「ブロックチェーン・レボリューション」など世界的ベストセラーの著者として知られる、タプスコット・グループ CEOのドン・タプスコット氏が10年ぶりに来日し、今注目を集めるブロックチェーンを中心に1,000人余りの聴衆に対して未来の洞察を展開しました。また、富士通で全社のビジョンを担当している、マーケティング戦略本部 VPの高重吉邦と共に、ブロックチェーンの大きな可能性を含め、未来をどのように共創していけばよいのかについて、経営者が必見の議論を行いました。

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ディスラプティブなビジョンに向かって未来社会を共創

富士通株式会社 マーケティング戦略本部 VP 高重 吉邦富士通株式会社 マーケティング戦略本部 VP
高重 吉邦

始めに高重が登壇し、デジタル技術により起こっている大きな変化、そして富士通が目指すビジョンについて、講演を行いました。

ディスラプティブという言葉、つまりは創造的破壊とは、現状を打ち破って未来のビジネスや社会のモデルを創造することを指しますが、今のビジネスを続けながら実現することは難しく、痛みを伴う可能性があります。

冒頭、高重は「未来を見通すことはますます難しくなっています」と切り出しました。続けて、「富士通のグローバル調査によると、世界の経営者や意思決定者の75%は自社が属する業界が5年以内に全く様変わりすると回答し、半数以上が5年以内に自社は今と同じ形ではなくなっていると答えています。ただし、悲観しているわけではなく、89%はすでにデジタル革新をスタートさせており、チャンスと捉えている経営者も多数います。IoT、AI、ブロックチェーンなど、新たなデジタル技術がビジネスや社会の根幹に組み込まれることによって、従来の延長線上にはない大きな変革が起きます。これが、デジタル・ディスラプションです。」と述べました。

デジタル技術は、企業や業種の壁を越えて、企業、パートナー、顧客をつないで、エコシステム(生態系)を作り出し、生活者が必要とする価値を共創(Co-create)することを可能にしていきます。例えば、自動車という単なるモノを供給するのではなく、モビリティという価値を共創するのです。このエコシステムを富士通は「デジタル・アリーナ」と呼んでいます(注:アリーナ: エコシステムのプレイヤーが参加し、共創する場)。もはや、垂直統合型の企業であることは、大きな意味を持たなくなってきました。

そして、「この時代に最も重要なことは、ディスラプティブなビジョンを持つこと」と強調。自動走行車により誰もがオンデマンドで移動できる、より良いモビリティが実現されることによって距離の概念が変わり、予防医療によって生活の質を向上することが可能になるなどの具体的な例をあげながら、「デジタル技術を活用することによってどのように社会的に大きな影響(アウトカム)をもたらすのかを考えなければならない」と訴えかけました。

高重は、「モビリティや、より高い生活の質など様々な価値を共創するデジタル・アリーナが生まれてきますが、これらは一つひとつが独立したものではなく、相互につながって生活者のためのより大きな価値を実現していきます。これは、分散化された、自律的なネットワーク社会へと発展していくと確信しています。それが富士通の目指す未来ビジョン『ヒューマンセントリック・インテリジェントソサエティ』です」と力強く語り、ドン・タプスコット氏にバトンを渡しました。

第4次産業革命を支えるブロックチェーン技術

タプスコット・グループCEOドン・タプスコット 氏タプスコット・グループCEO
ドン・タプスコット 氏

続いて、ドン・タプスコット氏が登壇し、講演を行いました。タプスコット氏は、まず、「本日ここでお話することができ、大変わくわくしています」と述べ、次のように続けました。「皆様と共有したいとても大きなアイディアがあります。それは、先端技術を活用して、新たな明るい未来を共創する方法についてです。私たちは第2のインターネット革命とも言える時代に突入しており、これまでの『情報のインターネット』から『価値のインターネット』に移行しています。これまで100年以上続いていた、大きな市場に対して大量生産を行う『産業化の時代』は終わりを告げ、『共創の時代』が始まっています。今日、あらゆる企業や組織は、富士通が訴えかけているように、未来を共創し、共に革新していくという考えにもとづいて再構築されなければなりませんし、顧客中心といった考え方はもう止めなければなりません。その代わりに顧客をパートナーとしてイノベーションを生み出すことを通じて、全く異なる未来を共創することができます」と指摘しました。

そうした状況を踏まえたうえで、タプスコット氏は、「私たちが今まさに突入しようとしている第4次産業革命においては、テクノロジーがすべてのものに埋め込まれていく」と語り、人工知能(機械学習)、自動走行車、分散型エネルギー、身体に埋め込むタイプのテクノロジー、バーチャル・リアリティ、ドローン・ロボティクスの6つテクノロジーに加え、「ブロックチェーンがこの第4次産業革命をつくりあげる基盤となります」と強調しました。ブロックチェーンは、コンピュータが始まって以来の大きな発明です。ビットコインの基礎技術として利用されているために金融向けと勘違いしている人もいますが、「あらゆる産業」に影響を与えるものなのです。

タプスコット氏は、「このブロックチェーンがインターネットを根本から変えていく」と指摘しました。過去40年間はインターネットを介して情報のコピーを送る「情報のインターネット」の時代でした。しかし、従来のインターネットは、ダブルスペンド(二重使用)の問題、従来のサーバ技術を使用していることによるハッキングの脅威、仲介者の介入など様々な問題を抱えています。しかし、ブロックチェーンは、これとは全く異なる「価値のインターネット」を実現する可能性を持っています。ブロックチェーンは、情報のコピーではなく、貨幣・債権・音楽などの様々なリアルな資産を迅速に安全に取引することを可能にするのです。

タプスコット氏は、「ブロックチェーンは、ハッキングすることが非常に困難な信頼性の高いピア・ツー・ピア(P2P)の取引を可能にします。例えばビットコインの場合、暗号化された分散型台帳を世界中のマイナーと呼ばれるコンピュータ群が、全体としてはグーグルの20-50倍の能力で処理することによってこれを実現しています」と説明し、「これを私と息子のアレックスは『信頼のプロトコル』と名付けた」と続けました。その信頼は仲介者の保証によるものではなく、暗号化・連携・コーディングによって得られます。

これらによって、価値の共創が単なるスローガンではなくなり、企業は産業化の時代の垂直統合型から、オープンなネットワーク型に変貌、つまり、ディスラプトされていきます。そして、最終的には、「分散型の価値創造」が実現されるのです。

ブロックチェーンがもたらす7つのビジネス・モデル

タプスコット氏は、ブロックチェーンがもたらすディスラプションのシナリオとして、オープン・ネットワーク型企業の典型的な7つの新しいビジネス・モデルを紹介しました。

ブロックチェーン協同組合:

部屋や車のオーナー自身がブロックチェーンを通じて貸し出せば、仲介企業は不要です。シェアリング・エコノミーに見えますが、UberやAirbnbなどは既存のモバイル技術を利用した仲介事業者としてサービスを提供しているだけです。本当の意味での"シェアリング・エコノミー"をブロックチェーンが実現します。

スマート著作権管理:

ブロックチェーンで曲を配信し、映画でその曲が採用されたらアーティストに直接対価が支払われます。著作権は保護され、収益化もできます。

仲介のイノベーション:

ブロックチェーンを使うことによって、銀行などの仲介者を経由せずに直接相手に送金できます。従来の仲介者は新たな価値を提案していく必要があります。

新たなサプライチェーン:

デジタル資産はもちろんのこと、物理資産の追跡も可能になり、サプライチェーンの効率が上がります。ソフトウェア・コードによるスマートコントラクトは弁護士を必要とせず、迅速な取引を可能にします。

IoTの進化:

情報のインターネットから価値のインターネットに変革される中で、IoTで接続されるあらゆるモノを管理する台帳が必要です。ブロックチェーンを活用した分散型台帳は、IoTの普及・展開を加速します。

顧客との共創:

ブロックチェーンの分散型ネットワークを活用することにより、顧客とリアルタイムに価値を共創できます。

ビッグ・データ:

ブロックチェーンを活用することにより、個人情報を自ら管理できるようになります。プライバシーを守りながら、個人情報の一部を収益化するといったことが可能になります。

また、タプスコット氏は、「今、私たちは劇的な変化の時代を経験しています。全ての企業や組織は、産業化のモデルから、共創のモデルに移っていきます。そして、垂直統合されていた組織がネットワーク化されていきます。強力な仲介者を必要とした世界が、人と人が直接コラボレーションする時代に変わり、これまで夢だったP2Pネットワークの世界が現実のものになるのです」と続けました。また、「新しいパラダイムはリーダーシップの危機を引き起こし、新しいやり方に適応することには困難が伴います。高重氏が述べていたとおり、ディスラプションには変化を率いるリーダーシップが必要であり、企業や政府の変革は他人事ではなく、みなさん一人ひとりにとっての大きな機会だと捉えることが重要」と聴衆に強く訴えかけました。

タプスコット氏が主催している、ブロックチェーンに関する数百万ドル規模の共同調査イニシアティブであるBlockchain Research Instituteについて、グローバルな企業や政府・団体、ブロックチェーンのスタートアップ企業などが加入していると紹介しました。そして、富士通はこのイニシアティブの重要なメンバーであり、インターネットの第二の時代のチャンスを共に掴みたいと語りました。

講演の最後に、大草原を飛び交うムクドリの大群の映像をスクリーンいっぱいに映しながら、パッフェルベルのカノンの音楽と共に、信頼のプロトコルが生み出す共創について次のように語りました。「お互いの羽ばたきで連携し、群れをなすムクドリは、25倍もの体格差のある鷹が襲ってきたら、連携しながら追い返します。しかも、その群れにはリーダーは存在しません。そこにあるのは、集団の利益が個々の利益であると理解して、構築された信頼というプロトコルです」。お互いを信頼できる関係性を持ち、グローバルなプラットフォームを構築して、共創することによって、企業、社会、市民の価値を実現する新しい世界ができると、タプスコット氏は力強く述べ、満場の拍手とともに、講演を終えました。

ブロックチェーンを理解し、新時代のリーダーになるためには?

講演に続いて、タプスコット氏と高重が対談を行い、Digital Co-creationの重要性、そしてブロックチェーンの可能性について、更に議論を進めました。

まず、始めにタプスコット氏に富士通フォーラムの印象や、前日の田中社長の基調講演の感想を伺ったところ、「テクノロジー企業のCEOが野菜に囲まれて基調講演を始めたことは驚きましたが、テクノロジーで農業を変革することには意義があり、強く印象に残りました。講演の内容を聞き、『共創』という言葉の印象が変わりました。富士通がパートナー企業・顧客・サプライヤーと共に、未来を築こうとする姿が見えて感動しました」と語り、それに対して、高重は「ただ単に『共創』というコンセプトを謳うのではなく、『具体的な成果や価値』を実現することが重要と考えている」と応えました。

次に、「ブロックチェーンは実際に全ての業界が影響を受けるようになるだろうか」という質問に対し、タプスコット氏は「あらゆる産業が変化すると思います」と回答し、金融、製造、小売、資源、医療だけでなく、食・農業や公共サービスなど、ブロックチェーンがもたらす可能性について述べました。政府のあり方についても、「公共サービスや公共の価値を共創するプラットフォームに変える可能性を持つ」と述べ、「ブロックチェーンが信頼できる電子投票を実現することにより、民主主義の仕組みも変革されうる」と強調しました。

これに対し、高重は、「富士通も各国で政府が関与する共創プロジェクトを進めているが、民間部門との共創プラットフォームという考え方は興味深い」とコメント。続けて、ブロックチェーンとAIをどのように組み合わせて使えばよいのかについて問うと、タプスコット氏は「AI・機械学習、そしてブロックチェーンが今の重要な技術だと感じています」と答え、AIがビジネスや社会を大きく変えるためには、ブロックチェーンのようにリアルな資産を取り引きできるプラットフォームが必要」と述べました。そして、分散自律型企業(Distributed Autonomous Enterprise)の可能性や、そのクラウドを使った具体的な資金調達の実例を挙げたタプスコット氏に対して、「富士通は全く新しいタイプのデジタル・ビジネス・ワークフォースの可能性を追求しています。人の創造性とAIの分析力、自律性を組み合わせることにより、人の意思決定を支援し、人が創造的に働くことを実現することを考えています」と高重は語りました。

また、「ディスラプティブな(破壊的な)未来に対しては、特に既存の企業には抵抗もあると思いますが、新しいイノベーションに取り組むには、どのようなことに取り組むべきでしょうか」と高重が質問したところ、タプスコット氏は「仲介事業者は戦略を練り直す必要があります。そして、この技術が自分にとって何を意味するのかを考えることを全てのビジネスに推奨します」と答え、自分で使うことは理解するための必須条件として、ビットコインウォレットのアプリケーションをモバイルにダウンロードし、ビットコインで何か購入してみることから始めれば良いと述べました。そして「パイロットプロジェクトを手掛け、これがマーケティングや、製造、サプライチェーン、財務などにどのように影響するか、戦略的に考えることが重要」と強調しました。

さらに、高重は「情報のインターネットはシリコンバレーがリードしたが、価値のインターネットとなりうるブロックチェーンをリードするのは誰か」と質問。タプスコット氏は興味深い質問と述べたうえで、「古いパラダイムに囚われたシリコンバレーではない」と語り、さらに「現在ではカナダのトロント、中国、シンガポールなどが力を入れているし、日本や東京も大いに可能性があります」と指摘。今、ブロックチェーンはインターネットにとっての1993年と同じ状況にあり、企業、政府、ベンチャーキャピタル、インキュベーター、大学が取り組むべきことは多いと述べました。これに対し、「新しい技術で革新を起こし、次の時代をリードするためには、新しいエコシステムが必要ということですね」と高重は続けました。

最後に、タプスコット氏は「20年前にはなかった技術が現在には存在し、爆発的な速度で変化が起こる前提条件が揃っています。人類の歴史の中でも特に面白い時代です。これを皆様がうまく活用できることを願っています」と熱く語り、対談を締めくくりました。

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