
スーパーコンピュータを活用し、手術前の効果予測や難病の原因解明へ
東京大学様
スパコンを使うことにより細胞レベルから臓器レベルまでのシームレスな心臓シミュレーションが可能となり、難病の解明や先天性心疾患の治療計画などの個別化医療への適用が期待されます
東京大学 特任教授 久田俊明 様
Human Centric Innovation
東京大学と富士通は、人の心臓の動きを細胞レベルの精度で可視化するシミュレータを共同開発。細胞を64万個組み合わせて心臓本来のメカニズムを再現する膨大な計算処理をスーパーコンピュータ「京(けい)」(注1)で実現。今後は、手術前の効果予測や最適な手術計画の立案支援、難病の原因解明をはじめ、医療分野におけるイノベーションの進展に期待。
心臓を精緻にデジタル化し、医師による入念な手術計画を支援
人間の身体には解明されていないことが、まだ多く残されています。生理学的に最も研究が進んでいるとされる心臓も、その一つです。MRIやCT、心電図、ペースメーカーなど医療機器の進化は目覚ましいですが、それらで把握できるのは、基本的に「臓器」としての心臓の状態。「細胞」や「分子」レベルの動きが複雑に関連して血液を全身に送り出す様子までは詳しく分かりません。そのため心臓の手術は今なお困難を極めているのが実情です。例えば、心臓が正常に拍動しなくなる心室同期不全の患者に対して、ペースメーカーを埋め込んで心臓の左右の拍動を同期させる「心室再同期療法(CRT)」では、高額な費用がかかるにも関わらず3割の患者が術後に思うような効果が得られていません。
こうした課題に早くから取り組んできたのが東京大学様(以下、東京大学)です。工学博士の久田俊明特任教授と医学博士の杉浦清了特任教授が中心になり、心臓の動きをコンピュータで再現するシミュレータの研究を2001年から推進。心臓を構成する膨大な心筋細胞の生化学反応と、それが発展した力学的現象や電気的現象を物理モデルに置き換え、スーパーコンピュータを使って心臓の挙動をデジタル化する「マルチフィジックスシミュレータ」を2008年に開発しました。心室と心房にある弁の動きや血流まで精緻にコンピュータで再現した例は、ほかに類を見ません。
高精度のシミュレータは心臓疾患の治療に大きな効果をもたらします。医師はMRIやCTの画像を参考に入念な計画を立てて手術に臨みますが、心筋の一部が壊死して生じる心室瘤の手術などでは、実際に心臓を見た際に患部をどれだけ切除するか最終判断します。しかし、マルチフィジックスシミュレータを使うと、心臓の状態を正確に捉え、手術前に切除部分を見極めたり術後の血液の拍出量や心室圧を確認したりできるのです。
スーパーコンピュータ「京」で64万個の数値心筋細胞を使って心臓を再現
これだけでも未踏の挑戦と言うのに相応しい成果ですが、久田特任教授らは心臓シミュレータの更なる精度向上を目指し、大きな課題に直面していました。個人で少しずつ異なる心筋繊維の方向などを考慮し、細胞や分子のレベルから忠実に心臓をシミュレーションするには、心筋細胞一つずつの伸び縮みを再現する必要があり、莫大な計算処理能力を持つスーパーコンピュータが不可欠となりました。一方、富士通研究所では2005年からスーパーコンピュータ「京」の開発の一環で、心臓シミュレータへの応用を検討していました。
心臓疾患の解明に向けて、最先端のICTを求めていた東京大学。スパコンの能力を活用し、かつ人への貢献度が大きいアプリケーションの開発に挑む富士通。両者の思いが一致したことから2007年9月、共同研究が本格的に始動しました。そして2014年3月に完成させたのが、マルチフィジックス・マルチスケールシミュレータ「UT-Heart」です。
心筋細胞をリアルにシミュレーション 手術前の効果予測への貢献を目指す

UT-Heartは、1個あたり20万の自由度を持つ心筋細胞のモデル(数値心筋細胞)を64万個積み上げ、互いに電気的な刺激を伝播させながら収縮する心臓本来のメカニズムを再現しています。毛細血管内の血流を可視化できるのはもちろんのこと、3次元グラフィックスで表現した心臓の任意の位置をマウスで指定し、断面を可視化する機能も実装しました。これまでは、心臓が1.5拍する間に伸縮する64万個の心筋細胞をシミュレーションするのに約3年を要すると想定されていたのですが、世界トップクラスの「京」ならわずか17時間で計算できます。他のコンピュータではとても実現できなかったことが可能になりました。
「京」の計算処理能力をベースにしたUT-Heartにより、心臓の手術前の効果予測が初めて視野に入ってきました。「心室同期不全」の患者の心臓をMRIと心電図、血圧などのデータを基に「京」で再現。拍動を同期させるため心臓の3カ所にペースメーカーの電極を取り付けた際のシミュレーション結果と、術後の患者の心電図のデータがほぼぴったり一致することを確認しました。
ペースメーカー手術をする患者に対して、UT-Heartで効果的な電極の位置を見つけ出せる可能性があります。逆に、どうしても効果が見込めない患者に、別の治療方法を提案することもできます。細胞レベルのシミュレーションは、心筋が肥大し血液拍出量の減少を招く難病「拡張型心筋症」の原因解明や、高度な判断と技術を要する先天性心疾患の手術支援も期待されています。
東京大学と富士通は今後、クラウドを活用して、多くの患者の手術計画、診断支援に役立たせていく考えです。医療分野に役立つシミュレータの開発により、人が健康で豊かに暮らせる社会の実現に貢献します。
注
- (注1)スーパーコンピュータ「京(けい)」:理化学研究所と富士通が共同で開発したシステム
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お客様情報
所在地 | 東京都文京区本郷7-3-1 |
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設立 | 1868年 |
人員数 | 教職員 7,671人、学生・研究生 27,975人(2014年5月1日現在) |
URL | http://www.u-tokyo.ac.jp/index_j.html![]() |
[ Published in 2015 ]
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