GTM-MML4VXJ
Skip to main content

小惑星探査機 「はやぶさ」プロジェクト

“はやぶさ”の軌道決定。
それは、広大な宇宙空間を、綱渡りで進むようなミッションだった。

2003年5月9日。鹿児島県内之浦から打ち上げられた小惑星探査機“はやぶさ”は、その2年半後に、小惑星「イトカワ」に着陸し、地表サンプルを採取。2010年6月13日、世界中の祝福を受けながら地球に帰還した。総飛行距離60億キロメートル(月と地球の間を7,500往復に相当)。7年間を超える宇宙の旅。人々は、宇宙の謎の解明に新たな1ページを開く偉業を讃えると同時に、幾多の困難の中、傷だらけになりながらもミッションを完遂した“はやぶさ”を称賛した。

地球から約3億キロメートル離れた宇宙に浮かぶ直径わずか540メートルほどの「イトカワ」への誘導、そして、帰還目標地点へ正確にカプセルを落下させるための軌道決定。その大役を担っていたのが、富士通 科学システムソリューション統括部の大西隆史。彼は多くのスタッフとともに、熱い思いを、冷静な指示に込めて、宇宙へ送り続けた・・・

“はやぶさ”のクセを解き明かすこと。それが、「イトカワ」へ到達する道だった。

富士通株式会社 大西隆史

富士通と宇宙のつながりは、宇宙開発の黎明期である40年以上も前から始まりました。特に、宇宙から送られてくるデータから人工衛星や宇宙探査機がどこを飛んでいるのかを解読し、航路を決定する「軌道力学」の分野ではトップクラスの実力を持っています。今回の“はやぶさ”プロジェクトにおいても、富士通は「軌道決定システム」や「衛星状態のリアルタイムモニタ・異常診断システム」、「地上データ伝送システム」の開発・運用を任され、私は“はやぶさ”の軌道決定を担当しました。

“はやぶさ”のミッションは、地球から約3億キロメートル離れた宇宙に浮かぶ、直径540メートルたらずの小惑星「イトカワ」の地表サンプルを採取し、地球に持ち帰ることです。今回、“はやぶさ”の「翼」として採用されたイオンエンジンは、絶えず加速と軌道制御を行う方式のため、従来の探査機に比べて軌道予測が困難です。しかも、“はやぶさ”から送られてくるイオンエンジンの運転結果の申告値には数パーセントの誤差がありました。たかが数パーセントと思われるかもしれませんが、イオンエンジンの加速度は絶大なため、その誤差は通常の探査機の約100倍にも値します。0.1度にも満たない狭い範囲から外れただけで通信できなくなってしまう宇宙空間の中で、軌道設定を間違えたら二度と探査機を見つけられないかもしれません。

この課題を解決するために私がしたのは、イオンエンジンの「ストップ」と「ゴー」の合間に軌道を計算、実際の位置と照らし合わせることを繰り返して “はやぶさ”の自己申告値の誤差のクセを読むことでした。これにより、どうやら誤差を補正できるようになったのですが、“はやぶさ”が予測した軌道にいるかどうか、いつもどきどきしていました。結果を知らされる時は、テストの結果を受け取る学生のような気分でしたね。

まるで針の穴を通すような軌道決定を重ねながら、“はやぶさ”の旅は続きました。いよいよイトカワを目前にとらえた最終段階では、“はやぶさ”が撮影した画像と地上からの電波による計測を組み合わせて軌道を割り出し、慎重に近づきました。そして、2005年9月12日。「イトカワ」の上空20キロメートルにぴたりと到達・静止。地球を発って2年4ヵ月後。約3億キロメートル隔てたコントロールが結実した瞬間でした。

傷だらけの“はやぶさ”を帰還に導いたのは、知識と技術とチームワークだった。

はやぶさ

2005年11月20日と26日。“はやぶさ”は「イトカワ」へ2度着陸を試み、地表サンプルの採取にトライしました。しかし、その直後、重大なトラブルに見舞われます。化学エンジンの燃料漏れです。この事故で“はやぶさ”の向きは大きく変わり、地球との通信も途絶えてしまいました。私たちは毎日、宇宙の彼方に向かって呼びかけました。が、返信はありません。一縷の望みにすべてをかけて、ひたすら呼びかけ続けること7週間。奇跡的に通信が復活。1998年の火星探査機「のぞみ」の経験から得た、極限での通信確保のノウハウを受け継いだ“はやぶさ”は、私たちの期待に見事に応えてくれたのです。

交信の再開によって、かろうじて体勢の立て直しには成功したものの、3年に1度しかない地球へ帰還する軌道(2007年)に乗ることはできず、次のチャンスである2010年を待つことになりました。しかし、さらに困難は続きます。4基あるイオンエンジンのうち2基はすでに故障しており、1基は劣化による異常の兆しが見られたため、残る1基に切り替えて慎重に運用を実施していました。ところが、2009年11 月。ついにその最後の1基が寿命により故障。次々と襲いかかる苦難に、私たちスタッフは知恵を出し合って対応しました。“はやぶさ”を地球に帰還させる。ただ、その思いで、JAXA様もメーカーの人間も、立場や会社の違いを乗り越えてひとつになっていましたね。イオンエンジンチームが打ち出した奥の手は、壊れた2基のイオンエンジンを組み合わせて1基のエンジンとして動作させる、というものでした。地上では試験が不可能なため、ぶっつけ本番のチャレンジでしたが、その推力が確かに発生していることを軌道決定システムで確認できた時は感激でした。

傷だらけの“はやぶさ”は、思わぬ副産物ももたらしました。なるべく負担をかけないよう、イオンエンジンをデリケートに運用するようにしたことで、加速度が安定し、軌道決定がしやすくなったのです。これにより、地球圏へ戻る軌道制御は幾分スムーズに行えたのですが、私には、最後にして最大のミッションが残っています。オーストラリアのウーメラ砂漠へ「イトカワ」の地表サンプルが入っているかもしれないカプセルを正確に落とすことです。ここまで頑張ってくれた“はやぶさ”に報いるためにも失敗は許されません。故障を負ったイオンエンジンで5回の軌道修正を行い、ベストの状態でカプセルを切り離す・・・。軌道修正の度に、計算を重ねて“はやぶさ”の軌道を確定し、その軌道決定結果を軌道制御計画立案チームへ引き渡したのですが、私が提出した軌道決定結果に、もしも間違いがあったら、それに基づいて立案された軌道制御も誤りになってしまう。正直、毎回胸がつぶれそうな緊張感がありましたね。大気圏内で“はやぶさ”は燃え尽きましたが、カプセルは熔けることも、壊れることもなく、ウーメラ砂漠に着陸しました。本当にほっとした瞬間でした。

“はやぶさ”での経験は、いま金星探査機「あかつき」やソーラセイル実証衛星「イカロス」に役立てています。「のぞみ」の経験が“はやぶさ”の資産となったように、技術は次の技術に糧を残していきます。そして、その先の宇宙開発を、今回のプロジェクトで宇宙に興味を持ってくれた多くの子供たちに引き継いでいきたい。それが、昔、宇宙少年だった私の今の夢です。

小惑星探査機 「はやぶさ」プロジェクト

大西 隆史

富士通株式会社
テクニカルコンピューティングソリューション事業本部 科学システムソリューション統括部

二男の父。休日は子供と一緒に空手の稽古へ。“はやぶさ”について書かれた本を子供に読み聞かせしたことも。


[2010年11月19日 公開]