「伝える」技術

HEMT(ヘムト)

HEMTとは、化合物半導体材料を利用した電界効果型トランジスタで、 High Electron Mobility Transistor(高電子移動度トランジスタ)のことを指します。

化合物半導体材料ってなんだろう

半導体

固体を電気伝導率(電気の通り易さ)で分類すると、3種類に分けることができます。

導体銅、アルミ、銀
(電気を通すもの)
電線、フライパン
半導体シリコン、ガリウムひ素
(ある条件のもとに電気を通すもの)
電気回路、コンピュータ
絶縁体ゴム、ガラス、紙、ビニール
(電気を通さないもの)
ケーブルの銅配線をつつんでいる部分

化合物半導体

2種類以上の元素からなる半導体を化合物半導体と呼びます。(ガリウムは金属で、ガリウムひ素化合物は半導体です)
例えば、代表的なものにGaAs(ガリウム・砒素)、InP(インジュウムリン)などがあげられます。

  • 半導体素子に使われています。
  • シリコンに比べ電子の移動速度が速いため、高速処理に優れています。その他の特性も注目されています。

トランジスタってなんだろう

私達の身近なものを例えながら説明しましょう。

トランジスタは用途によっていろんな種類(材料が異なります)があります。HEMTもそのトランジスタの一つです。

役割

入口電極に電圧をかけると電子が出口電極へ走ります。その途中にあるゲートを開(ON)、閉(OFF)することでトランジスタの2つの役割をはたしています。

信号の増幅

  1. ゲートの開け具合を変えることにより、ドレインに向かって流れる電子の数を変えます。
  2. 電子はゲートからドレインへ高速で走るため、電子の数の少しの変化でも電流の大きな変化になります(増幅)。

スイッチ

ゲートを開閉することで「0」「1」信号を作り出しています。

用途

HEMTは、パラボラアンテナやカーナビゲーションシステム、自動車用レーダに利用され、更に携帯電話の基地局システムへの利用も期待されています。

アンテナ(パラボラアンテナ、カーナビ)用HEMT

アンテナのどこに使われているのかな

原理

HEMTは高速・低雑音性に優れたトランジスタです。従来のトランジスタとの違いについて見てみましょう。

従来のトランジスタ

電子を発生させるための層と電子の走る層が同じ材料の中なので、電子が不純物にぶつかり、雑音が発生しやすく、電子の移動速度が遅くなります。

HEMT

電子が発生する層と走る層に分かれています。不純物が入っている層で発生した電子は、不純物が入っていない(高純度)層に引き寄せられてから、出口電極(ドレイン)へ向かって移動するので、不純物にぶつかりません。そのため雑音が少なく、電子の移動速度が速いのです。

つまり、HEMTが100メートル走だとすると、従来のトランジスタは障害物競走の様なイメージです。

作り方

HEMTには、電子が走るための高純度GaAs層(ガリウムひ素層)が必要です。この層は、電子が通る時にぶつかる『不純物』をできるだけ少なくしたGa(ガリウム)とAs(ひ素)が、規則正しく並んだ精度の高い結晶体です。市販のGaAs基板は不純物がわずかに混ざっているため、市販の基板の上に高純度の層を作成します。

精度の高い結晶部分(高純度GaAs層)はどのように作るのでしょうか。

  • 1)材料のトリメチルガリウムとアルシンを流し込みます。

  • 2)基板を加熱すると、不要なものは蒸発し、必要なGa(ガリウム)とAs(ひ素)だけが基板の上に付着します。

  • 3)高純度の1層目できあがりです。

  • 4)2層目以降、同じ方法で膜を成長させ、高純度のGaAs層を作ります。

  • 5)同じ方法で、GaAs層の上にAlGaAs層を作ります。その精度の高い結晶の上に電極をつけるとHEMTの完成です。

自動車用レーダHEMT

車のどこに使われているものなの

自動車用レーダは車の前方バンパーくらいの位置に取り付けられており、その中にHEMTが使われています。
自分の車から電波を発信して、前を走る車との相対速度(前者との差分速度)と距離を探知する装置です。前の車に衝突する前に警報を鳴らして運転手に危険を知らせたり、自動的に車間距離を制御することができます。

そんな自動車用レーダHEMTは、76GHzの周波数帯を利用しています。

76GHzってどんな周波数なの

電子レンジより更に高周波で、総務省で決められた周波数です。また、76GHzの高周波には次の利点があります。

  • 高周波は波長が短いので、前者との距離を細かく測ることができます。
  • 波長が短いと放射された電波のビーム幅を狭く出来るので、車線外からの不要な反射や干渉を避けることができます。
  • 雨、雪、霧に強いため、前方の視界が悪い時も力を発揮できます。

身近なところで使われている電波と比較しましょう。

高周波では1秒間に、より多くの電波が送られるため、トランジスタの中では電子が高速に動く必要があります。そのような電波を扱えるICはCMOSや、化合物半導体材料を使った高周波のHEMTしかありません。自動車用レーダのMMIC(Monolithic Microwave IC)は、当社独自のノウハウがたくさん詰まったICです。

76GHzを扱うHEMTの原理

自動車用レーダHEMTにはIn(インジウム)を入れています。電子通過層の高純度ガリウムひ素にIn(インジウム)を入れることにより、たくさんの電子を高速に走らせることができます。

携帯電話基地局用HEMT

携帯電話などの移動通信システムには、通信速度の高速化、大容量化が求められています。また、基地局を設置し易くするために低消費電力化も重要です。このためには、高周波で動作し、信号の歪み難い、かつ効率よく電力を電波に変換できるトランジスタが必要です。窒化ガリウムを使ったHEMTはこの用途に最適なトランジスタです。

従来構造と開発した構造の違い

従来構造

電子が生まれる層に窒化アルミニウムガリウムを使い、電子が走る層には窒化ガリウムを使います。
しかし、窒化アルミニウムガリウムは表面が不安定なため、ゲート電極に電圧をかけた時、ゲート電極の下へ電流が漏れるなどの現象が起こっていました。そのため、効率が悪いトランジスタ(ドレイン電極で得られる0と1の信号の変化が小さい)という問題がありました。

開発した構造

電子が生まれる層に窒化アルミニウムガリウムを使い、電子が走る層には窒化ガリウムを使うのは従来品と同じですが、窒化アルミニウムガリウムとゲート電極の間に窒化ガリウムを追加しています。すると、ゲート電極下に電流が漏れるのを防ぐバリアのような役目をしてくれるため、効率良いトランジスタ(ドレイン電極で得られる0と1の信号の変化が大きい)を実現しました。

特徴

高電流、高電圧でも壊れにくい

窒化ガリウムや炭化けい素の破壊電界値はシリコンの約10倍で、高電圧でも壊れにくい特長があります。また、走行電子濃度も10倍でたくさんの電流が流れます。

効率が良い

材料の効率の良さは、主に、電子の移動度と飽和電子速度で判断します。
飽和電子速度以上の電圧量になると電子がいろいろな障害物にぶつかるような現象がおこり、電子の動きが悪くなります。飽和電子速度が大きいほうがこの現象が起きにくく、より高い電圧をかけることができ、効率良く動作することができます。

このため、飽和電子速度の大きな窒化ガリウムを使用しています。

例えて言うと、電子の移動度は加速、飽和電子速度は最高速度のようなイメージになります。

熱伝導に優れている

熱伝導率は窒化ガリウムよりも炭化けい素のほうが更に3倍以上も上回っているため、トランジスタを動かしたときに出る熱を放熱させる構造になっています。

小話(発明者の三村氏の秘話)

HEMTはベル研究所のR.ディングル博士らが1978年に考案した超格子の原理を素子(デバイス) に採用したものです。 開発当初のちょっとした小話を紹介します。

1980年6月25日米国コーネル大学で開いたデバイス・リサーチ会議で、富士通研究所 三村研究員がHEMTの発表を終えて席についた。 そこへ突然、後ろから肩をたたかれた。
たたいた人はフランスのトムソン社で働いているN・T・リン博士。渋い顔をしながら無言で三村研究員に書きかけの論文を見せた。リン博士もHEMTを考案し、執筆途上にあったのだ。
その1年前のデバイス・リサーチ会議にて、三村研究員はアメリカIBMのN・ブラスロー博士と立ち話しをした。その時の話をきっかけに、帰国後、3週間で新デバイスの着想を まとめ上げた。
当時、半導体材料研究部の冷水研究員の協力を得て、1979年末に試作を終え、1980年6月19日に国内で記者会見に臨み「HEMT開発」を発表した。三村研究員が米国で発表する6日前のことであった。

三村研究員は平成10年春の紫綬褒章を授与されました。題名は「高電子移動度トランジスタの開発」です。


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