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製造業再生に向けた『技術経営』戦略

「製造業再生に向けた『技術経営』戦略」の模様

富士通総研では、去る9月12日(金曜日)、経団連会館11階国際会議場において、「製造業再生に向けた『技術経営』戦略」と題する特別企画コンファレンスを開催した。約300人という多数の聴衆にご参加いただき、全体としてこれまでにない高い評価をいただいた。概要は以下のとおり。

今回のコンファレンスの趣旨は、90年代以降、研究開発など知的資産獲得に関して多大な努力を行った日本の産業、特にIT産業などにおいて、その努力が企業収益面に結びつかない状況が続いているが、この状況から脱し、製造業が高収益産業として再生するためどうすべきかを見出すことにある。パネルディスカッションでは、知的財産の活用や国の研究機関との役割分担など、ナショナル・イノベーションシステムの活用を企業の『技術経営』戦略にどう結びつけるかに焦点を当てて議論を行った。

はじめに、内閣官房知的財産戦略推進事務局長の荒井寿光氏から、「日本の知財戦略」というタイトルでの基調報告をいただいた。荒井氏は元特許庁長官であると同時に、日本の近年の知的財産立国への動きを強力に推進されて来られた方である。荒井氏は日本の知的財産戦略はアメリカに20年遅れているとし、IT革命が進行する中で、日本が国際競争に勝ち抜くためには、知的財産を創造・保護・活用するサイクルを速く・大きく廻すことが必要であると主張した。更に知的財産立国を実現するための産官学の役割と協力の方策について、政府関係の資料を多数使用しつつ、幅広く説得的に論じられ、知的財産獲得分野における企業の奮闘を促された。

引き続き安部忠彦主席研究員より、「製造業再生にむけた『技術経営』戦略」と題した研究報告を行った。報告では、まず90年代以降における日本の各産業の付加価値獲得が、医薬品産業や自動車、精密機械産業を除きIT産業を中心におしなべて低下したこと、しかしこの間IT産業中心に研究開発投資は活発になされていたこと、したがって研究開発投資効率が大きく低下したことを示した。こうした企業の研究開発投資が収益に結びつかない理由として、アンケート調査結果などから、 [1]経営戦略面では企業のアイデンティティが不明確なことや独自のビジネスモデル構築が少ないこと、 [2]技術戦略面ではコア・コンピタンスとしての得意技術重視が不徹底でその技術への集中が少なかったこと、 [3]事業戦略面では製品開発のスピードアップ要請が強いため、コア技術で差別化せずにキーデバイスを社外から購入しスピードアップに対応したこと、 [4]中央研究所からの自社独自技術の事業部への移転がうまくいっていないことを挙げた。結局、市場や製品や技術の長期的ロードマップが不備なため、経営、事業、技術戦略の一体的運営がなされていないこと、このような状況の背景には、企業の横並び体質、他社よりも競争力ある技術や特許を重視しない姿勢などがあることを指摘した。

引き続き、以上の2つの報告をベースに、当社研究顧問早稲田大学教授の岩村充氏の司会により、製造業再生に向けた戦略確立をテーマとしたパネルディスカッションを行った。パネラーは荒井事務局長、安部主席研究員に加え、独立行政法人 産業技術総合研究所理事長(元東京大学総長)の吉川弘之氏、キヤノン株式会社顧問の丸島儀一氏に参加していただいた。吉川氏は日本の産官学からなるイノベーションシステムにおいて、学(東京大学)と官(産業技術総合研究所)両方のトップを歴任されておられる学識経験者として、丸島氏は民間企業における知的財産戦略遂行の第一人者として著名である

パネルでは最初に吉川氏が、今回のテーマである日本製造業の競争力を強めるという視点から、大学や国の研究機関の基礎研究は社会のために役立てなくてはいけないという立場を、社会の要請と科学者自身の決意表明の歴史的な流れから示された。一方企業の役割は、基礎研究から生まれた知識を生活の役に立つものに変える仕組みでありその役割は大きいこと、ただしその方向性として持続可能な開発という視点が大事で、その視点のある企業しか生き残れないことを強調された。現在国においても科学技術基本計画を作り、知識を生み出すことに努力しているが、持続可能な発展のシナリオがないのが問題と指摘された後、ご自身が理事長を務められる産業技術総合研究所においては、持続可能な開発の中で産業が活発になる基礎研究を行い、論文を具体的な製品にまで持ってゆき、企業に受け渡してゆく役割を果たしたいと述べられた。

しかしCADやFMSの開発歴史のように、大きく成功する製品の研究開発過程は、そのアイデアが賞賛される夢の時代、夢がすぐには実現されないことがわかり批判を受け熱意が引いてしまう長い悪夢の時代、そしてようやく製品化が実現する現実の時代から成ることを示された。この中で悪夢の時代は10~20年続くのが普通で、多額の研究費が必要なのに投入されず、この時代には、夢の時代の論文や現実の時代の製品売り上げといった明確な評価基準がないため、研究活動の見返りがなく参加する研究者も少なくなる悲惨な時代であるが、基礎研究の製品化・産業化のためにはこの時代を耐えてやり抜く必要があることを強調された。そしてこの悪夢の時代の努力こそ「第二種の基礎研究」ともいうべきもので、公的機関である産業技術総合研究所が担う必要があること、そのためこの時代に合った学問の体系化を行い新たな評価基準も作ること、同時に組織もユニット制とし、従来の基礎研究である第一種の基礎研究、及び第二種の基礎研究、更に製品化までを本格研究としてすべて含めたトータルな活動を行うことなどを表明された。また第二種の基礎研究における具体的な評価基準として、ベンチャービジネスの実現、本(ノウハウ、経験談)の出版、データベース構築、現在の学会では受け入れてくれない新たなタイプの科学論文発表などを挙げ、その評価により研究者を鼓舞し意欲を持続させるべきとして熱弁を振るわれた。

このように、製品における第二種の基礎研究の重要性にもかかわらず、学問体系や評価方法が無く研究者が行わないので、最後の効果的な製品化に結びつかないことが現在の産業低迷の問題であると指摘され、これまでは第二種の基礎研究を意識した産業振興についてのプログラムが弱体で浅かったので、産業技術総合研究所において本格研究のマネジメントを行って、悪夢に挑戦する人を多くしたいとの決意を示された。

続いてキヤノンの丸島顧問より、企業における知的財産戦略をベースとした競争力強化のあり方についてお話をいただいた。丸島氏は基本的な視点として、企業に知的財産強化という動きはあるが、本来的にはモノつくりが重要であることを強調された。モノの中に知恵を多く入れることが知的財産立国に結びつき、知恵を生み出しかつ知恵を守ることの両方ができて初めて知的財産立国が実現すると主張した。知恵を生み出す面では、民間企業は今後大学や公的研究機関に頼るケースが増えるが、主役はあくまで企業であるべきとされた。知恵を守る仕組みに関して、企業は現状日本で特許を取るよりアメリカで取得するのが実態で、それはアメリカにおける特許保護が手厚く、ここでの特許取得で世界市場を確保できる現実があるためであると述べた。日本が知的財産立国になるには、日本の特許でそれができる必要があり、政府は今の変革の方向をさらに進めて欲しいと要望した。

企業戦略に関しては、知的財産=知恵で事業を有利にできる要素がないなら、またコア技術に集中し知恵を入れそこに優位性がなければ、企業は事業をやめるべきと主張された。従来と違い企業環境が厳しく、10年以上の時間をかけてコア技術を完成することは、企業にとって不可欠ではあるが果たして今後もできるのか、そのために吉川氏が提唱された「第二種の基礎研究」を行う公的機関への期待が大きいが、その場合、その活動に産業界が入る必要を強調した。

またIT産業などの日本企業が、研究開発投資を多く行い特許も多く取るのに企業収益に結びつかない点に関して、企業の実態をお話いただいた。すなわち、 1.基本的には知的財産は、事業を強くするために活用すべきであり特許単独で金を稼ぐものではないのに、簡単にライセンスしがちな傾向が出ていること、また 2.製品の複雑化で企業は1つのコア技術だけでは製品ができなくなっており、ライバル企業の特許も使う必要があり、その交渉過程でライバル企業との間で特許に関する攻撃・防御の両方を行い、結果として攻撃できる特許が残る必要があること、さらに 3.強いコア技術の特許はライセンスに出さないのが大原則なのに、自社で弱い製品まで持つと、強い特許を弱い製品の防御のために使わざるを得なくなり、自社の競争力を弱める結果になっていることについて説明した。強い技術特許はライセンスせず、一般技術は業界で協調するのが望ましく、強い業界ではコア技術は互いに競争しクロスライセンスはしていない。日本のIT産業の競争力が低下したのは、ITが共通事項を扱っていることが多く差別化できていないことにあるのではないかと指摘した。一方精密機械産業が儲かるのは消耗品を持っていることもあるが、利益の元になる強い特許はライセンスしないことにあるとし、産業として協調と競争の関係が維持されないと競争力は生じないないと強調した。さらに国で多額の金を使って国内でしか使えない日の丸技術を開発しても国の強化にはならないこと、国で国際標準に持ってゆくよう支援するなど、国も戦略的に動く必要があると主張した。

お二人の意見が開陳された後、これまでの各人の報告内容を共通に貫くコンセプトとして、吉川氏が提示された「第二種の基礎研究」を中心に議論が進んだ。

議論においては、従来日本企業は企業に余裕が有り長期的視点に立ち、またアンダーザテーブル型の研究開発を黙認するなど、企業自身が悪夢の時代を乗り越えて優位性を築いてきたこと、しかし現在は市場からの圧力で短期利益が求められ企業に余裕が少なくなってきたこと、事業部と中央研究所の技術移転が短期志向でうまくゆかないことなどから、悪夢の時代の維持が難しくなったという共通認識が得られた。同時にこのため悪夢の時代の対処としての第二種の基礎研究部分を大学や国の研究機関に依存する必要が高まったこと、しかしそこに民間企業の事業の視点や獲得すべき特許の視点が不可欠になるなど、新たな産学官提携のあり方が重要になっていることも共通に指摘された。

いずれにしても、今後の国全体また企業の競争力強化を考えると、今回提示された第二種の基礎研究のマネジメントは重要な要素となる。その学問的体系、評価のあり方、実行する組織の体制など、まだまだ完成されたものではない。議論で指摘されたように、そこに民間企業の視点と協力をどう取り込んでいくかなど新たな課題も提起された。今回のコンファレンスをきっかけに、日本発の新たな学問が生まれ、同時のその実践により日本全体の産業競争力強化が進めば、その議論を深めた今回のコンファレンスの役割は十分果たせたのではないかと考える。

詳細

プログラム

13時~13時35分
開会挨拶
富士通総研会長
鳴戸 道郎
基調報告
13時35分~14時5分
日本の知財戦略
内閣官房 知的財産
戦略推進事務局長
荒井 寿光
IT革命が進行する中で、日本が国際競争に勝ち抜くためには、知的財産を創造・保護・活用するサイクルを早く・大きく回すことが必要だ。知財立国を実現するための産官学の役割と協力方策を提示する。
研究報告
14時5分~14時45分
製造業再生に向けた 「技術経営」
富士通総研
主席研究員
安部 忠彦
製造業再生の鍵は、同質的横並び競争から脱し、収益回復企業に見られる、企業のアイデンティティに基づく独自コア技術の融合・秘匿的活用と社外も活用した製品化スピードアップのバランスを追及する技術経営にある。
14時45分~15時休憩
パネルディスカッション「製造業再生に向けた『技術経営』戦略」
15時~16時55分
パネリスト
独立行政法人 産業技術 総合研究所
理事長(元 東京大学総長)
吉川 弘之
内閣官房 知的財産
戦略推進事務局長
荒井 寿光
キヤノン株式会社 顧問
丸島 儀一
富士通総研 主席研究員
安部 忠彦
司会早稲田大学 教授
富士通総研 研究顧問
岩村 充
16時55分~17時閉会挨拶富士通総研 社長
長谷川 展久