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実践知リーダー対談 第1回「今なぜ実践知リーダーが必要なのか」

このシリーズでは、実践知研究センターの初代センター長である野中郁次郎との対話の場を通じ、「実践知」について考えていきます。

第1回 対談相手:富士通総研代表取締役社長 佐藤正春

Q1. 今なぜ実践知リーダーが必要か?

【野中】
我々は、変化の激しい世の中で生きていますが、そのような状況下ですと、リーダーたちは従来の形式知だけに依存していたのでは、対応できません。常に変化している只中に身を置き、個別具体の事象ごとに、関係性の中から本質を考え、タイムリーに判断していくことが必要になってきます。
実践知リーダーになるには、そのような判断力(ジャッジメント)と同時に、想像力(イマジネーション)も重要です。特に、身体性を伴うという点に着目しなければなりません。この身体にこそ、暗黙知が蓄積しています。身体を伴わないと、実際の行動にも繋がりません。

「実践知リーダーには判断力と想像力が必要です」

「実践知リーダーには判断力と想像力が必要です」

机上の分析だけで物事を説明しようとすると、どうしても現実から離れていき、細部から感じることが難しくなってきます。人間の身体は、無限に外に開かれていて、身体で直感します。これが関係性を読み解くことを導き、意味を形成することへと繋がっていくのです。意味はどこから発生するのかについて考えると、その源泉は分析ではありません。あくまでも、関係性の中から生まれてくるものなのです。
人間は本質的にアナログですから、アナログなりの強さを持っています。暗黙知もそうですよね。デジタルな分析にばかり固執すると、関係性が希薄になってきます。どちらにも良さがあるのだから、そういうものをトータルで感じて、全体性と細部を両方捉えること、これには、アナログとデジタルの両方を併せ持ち、行きつ戻りつしながら知のサイクルを回さなければなりません。
ただ、視点がいつも動いているというのは、体があるからです。存在があるからです。我々は実践知研究センターで、身体性を意識しながら、分析も行い、総合力を身につける訓練を行っています。その総合力こそが、今の世の中で求められているのです。
ほとんどの組織においては、身体性や人間性というものをデジタルにマネジメントしようとして、多くの人々が傍観者になろうとしています。それではいけない。一人ひとり、特に、ミドル・マネジメント層が強くないと、組織全体がダイナミックに共感・共振・共鳴しません。トップの大局観を酌みつつ、ミクロとしての社員をうまく総合していくリーダー層を作りたいと思っています。

【佐藤】
私は、以前から野中理事長のお話を聞かせていただいて、実践知の話が展開する過程を拝見させていただいてきました。その中で、多くのことを自分の経営の中に取り入れてきましたが、今はとりわけ富士通総研(以下FRI)の中で「主語を“私”として語ること」の重要性について社員に言っています。傍観者になると、「会社は~」とか「事業部は~」などという言い方が主流になってしまって、「自分ごと」として語らなくなってきます。そのような言い方では、誰も感銘を受けてくれません。「コミュニケーションをとる時の主語は“私”にしよう」ということを徹底的に言い続けています。

「主語は“私”として語らなければなりません」

「主語は“私”として語らなければなりません」

ITの世界では、技術的な話が多くなってしまいがちで、“How”の議論から入りがちになります。でも、それではお客様が共鳴してくれません。ですから、社員にもWhy → What → Howの順番で物を考えるように言っています。「なぜ私達が重要だと思っているのか」、要するに、最初に物事の背景や自分の考え方なり認識を述べ、「そのために何をすべきか」、次に「どうすればよいか」という順番です。「どうすればよいのか」の部分だけ切り取ってお客様に提供しても、全体像がわかりませんし、経営者にも思いが伝わりません。
もう一つ、「気」も大切なのではないかと思っています。よく体育会系では「気合」と言いますが、「気」を辞書で調べたことがあります。すると、自分が思っていることが表情や言葉や態度に表れて、傍らにいる人が「そうだね」と認めてくれた状態を「気」と言うのだそうです。元気とは、気の元と書きますし、気が合ったと言うと、思いが合ったという状態なのだと思っています。お酒を飲んで気分が良いのは、気を分かち合っているからでしょうか?(笑)。

【野中】
まさにレゾナンス(resonance)ですね。共感・共振・共鳴は、身体的な触れ合いが無いと発生しません。今の世の中は、まさにこれが希薄になっていると思います。身体は主観なので、身体が無ければ自分の存在はない。身体は常に動いているので、主観という存在が無いと、意味が作れない。意味を生み、作り出すことが大事です。意味は、知であり、価値です。関係性をどう読むかというのは、自分の存在と他者の存在を意識し、さらに自然を意識し、その大きな関係性を、いつも我々は、実は、身体で共感・共振・共鳴しているのです。そこから初めて意味が生まれ、それを言語化していく、それらがスパイラルで動いているのです。

「実践知活動は場作りです」

「実践知活動は場作りです」

そういう点で、場作りが非常に重要です。実践知活動は場作りです。現代社会では、場作りが少なくなってきていて、よって、共感・共振・共鳴が起こらないし、自己を超えて他者の視点から改めて自己を見ることもできません。そのような相互作用の場が無いので、組織はもっぱら閉鎖的にデジタル化して分化しています。富士通グループには元々ベンチャー・スピリットがあるのですから、もっと身体性に注目して、場作りを行っていけるのではないかと期待しています。

【佐藤】
おっしゃる通りです。場で重要なのは、傍観者になってはいけないということです。場そのものを作ることができても、傍観的にそこに参加するのでは意味はありません。主体的に参加していくことが大事です。
最近、人々が否定語を繰り返しながら会話をしているのが気になる時があります。野中理事長は、常に相手の意見を肯定しながら意味を汲んで下さいますが、例えば、「悪いとも思わなくはない」という言い方などです。主語を自分として捉えるのならば、一体どうしたいのか、そのジャッジメントを明確にしなければならないと思います。
個人的な場作りの体験では、かつてフィールド・イノベーターの育成に携わっていた時のことを思い出します。案が具体的な形になる前段階から、みんなで何度も議論して、他人からいただくアドバイスを取り入れながら、さらに考え直すことで良いものになっていく。そのプロセスです。悩んでいる人がいれば、一緒に議論したら良い。私はそう思います。議論しながら、イメージをつかむ。書きながら、喋りながら、相手の考えている色々なことを知っていく、これはとても楽しいことです。そうやって白紙だった案は、お互いに作り上げた作品になります。このように、知を生み出すプロセスが、実践知活動ではないでしょうか?

【野中】
確かにそうですね。動かないことには始まりません。意味は五感からしか出てこないものです。五感から出てきた主観が、より広い関係性の中で他者から試されること、これが対話です。自分の主観を前面に出し、相手の身になって他者の主観も包摂する、つまりアタッチメントとデタッチメントの相互作用から意味が生まれ、それがより普遍に近づいていくのです。議論は、バトルにもなるしエンターテイメントにもなりますね。暗黙知をベースにして、いかに共感・共振・共鳴から意味を作り出し、実践を媒介して形にしていくか。ただし、思いが無ければこのプロセスは創発しません。

Q2. 日々の仕事の中における実践知とは?

【野中】
すべて仕事には、目的と手段があります。目的が与えられて“How”の議論ばかりしていると、目的と手段が連鎖して、全体はますます細分化され、結局は効率の追求に走りがちです。それをストップして、“Why?”と考えるべきです。なぜ俺はこんなことをやらなければならないのか、そもそも俺たちの存在は何なのか。最後には、そもそも俺は“What?”何のためにやっているのかという問いに至ります。そこから主体が出てくるのです。自分の存在を問う語りかけは、目的・手段の流れをいったんストップして、そもそも目的の本質は何か、いかなる価値を提供するのかという考えを導きます。時間が無いから、場が無いからと言って走り回ってばかりいると、何かをやっている気にはなりますが、結局は付加価値は何も生み出していない。疲れきってしまうばかりです。

「常に“何のためにやらなければならないのか”を問い続けます」

「常に“何のためにやらなければならないのか”を問い続けます」

【佐藤】
多忙な現場では、手段が目的化してしまうような状況に陥りがちです。お客様と企業革新について議論すると、どうしても“How”の部分である手段のところから話に入りやすくなります。この部分は、関係する部署間でコンフリクトになりやすいのですが、そのような状況を調整するのは、上位目的を問うような語りかけです。「それは何のためにやらなければならないのか?」というところに行き着くことです。議論の入口は手段であっても良いと思いますが、上位目的を意識するようにしなければいけません。

【野中】
細目から入っても、それを全体に総合するためには関係性のレベルを上げていかなければなりません。その時に“Why”や“What”という問いが必要です。この問いが無いと、全体を部分に分けるデジタル思考で終わってしまいます。しかし、それでは駄目なのです。レベルを上げるには、存在から問い直していくことが重要です。存在とは何か、意味とは何か。時には青臭い対話をする。それをやるのが場です。会議も場ですが、多くは目的と手段の話のブレイク・ダウンです。それでは、より上位の関係性で意味を作ることはできませんし、付加価値も生まれません。アナログ思考は広がり思考で、部分のゆらぎを利用して全体で構成する。両方の思考を統合する「何のために」を考える場を、世の中全体的に作っていかなければなりません。

Q3. シンクタンクやコンサルティング会社等のサービス業にとって、実践知はどのような役割を果たすか?

「新しい意味、概念、理論を作るのは実践しかないと思っています」

「新しい意味、概念、理論を作るのは実践しかないと思っています」

【野中】
新しい意味、概念、理論を作るのは実践しかないと思っています。身体性を伴う動き、考えていくこと、その中でしか意味は生まれません。行動的なことから、自分とあらゆる関係性の意味を求めて普遍化して組織化することです。
「初めに理論ありき」というような米国型コンサルティングのやり方は終焉したのです。理論は生成されるもので、初めに与えられるものではないのです。演繹的にコンサルティングをやる時代は終わったと思っています。今の世の中に必要なコンサルティングの役割は、想像や生成です。
我々は、ビジョナリーに、帰納的にコンサルティングを行えるよう、富士通グループの各事業部から社員を集めて教育をしています。実践知研究センターは、想いを持って集まった人間を、さらに大きな関係性を見ることができるようにし、プロジェクトの実現までも世話します。アドバイスだけを提供して終わりではないのです。実現することで新しい価値を生み出していく。徹底的にやり抜くことです。

「お客様と一緒に実践的に知恵を共創しなければなりません」

「お客様と一緒に実践的に知恵を共創しなければなりません」

【佐藤】
おっしゃるとおりです。今までのコンサルティングは、ほとんどはお客様が悩んでいる課題を解決する「課題解決型」でした。それに対して、経験と方法論で提案し、解決し、結果が出るまで見届けることができました。今は、お客様の側で、悩みが複雑化して漠然としており、何を依頼してよいか困っていらっしゃる場合も多くなってきています。我々だけの実践知ではなく、お客様と我々が共に語り合って、実践的に知恵を共創しなければなりません。従来のコンサルタントのスキルだけではなく、人として感じることができる人間力が大事になってきています。そのような社員の育成に力を注いできたと思っていますし、今後も継続していきたいと思っています。

【野中】
そうです、お客様との共感・共振・共鳴も大事です。人間として魅力がある人材を育てていくことは難しいですが、それもすべて含めて実践知研究センターで実現していかなければならないといけないと思っています。

  二人の写真

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野中 郁次郎

野中 郁次郎(のなか いくじろう)
(株)富士通総研 経済研究所 理事長、実践知研究センター長
一橋大学名誉教授、クレアモント大学大学院ドラッカー・スクール名誉スカラー
【略歴】 早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院(バークレー校)にて博士号(Ph.D)を取得。2008年5月のウォールストリートジャーナルでは、「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」に選ばれる。
【執筆活動】 『知識創造経営のプリンシプル』(共著)2012年 東洋経済新報社、『流れを経営する』(共著)2010年 東洋経済新報社、『イノベーションの知恵』(共著)2010年 日経BP社、その他多数


佐藤 正春

佐藤 正春(さとう まさはる)
(株)富士通総研 代表取締役社長
1986年(株)富士通システム総研(現 富士通総研)設立に伴い、富士通より出向。製造業をご支援する産業コンサルティング事業部長、製造業・流通業をご支援する第二コンサルティング本部長、2007年からフィールドイノベータ育成に従事。常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長を経て、2010 年4月より現職。