Skip to main content

English

Japan

障がい者の雇用を迫られる企業と精神障がいの人材活用の可能性

発行日 2018年1月29日
上級研究員 大平 剛史

【要旨】

  • 2018年4月以降、政府の「働き方改革」政策によって、企業の障がい者雇用義務は今後数年で厳しくなる。身体障がい者だけでなく、精神障がい者も活用することが求められる。
  • 精神障がい者を従業員として積極的に雇用している企業は、現実的な社内制度やICTツール、コミュニケーション実習などを導入している。そのような適切な環境さえあれば、精神障がい者は高い能力を発揮できる業務もある。
  • 直接雇用の準備段階として、精神障がい者の支援施設への業務委託や、個人事業主としての精神障がい者への業務委託を行うことから始める、というアプローチも可能である。
  • 各企業は、障がい者雇用義務の厳格化に合わせて、ICTツールや制度・サービスを利用しながら、これまでより多様な人材どうしが協力しあうイノベーションの可能性について注目していくことが求められている。

1. 障がい者雇用義務の厳格化

  • 2018年4月以降、政府の「働き方改革」政策によって、企業の障がい者雇用義務は今後数年で厳しくなる。まず、(1)障がい者法定雇用率が引き上げられ、(2)法定雇用率の対象企業が多くなる。その結果、(3)企業で雇うべき障がい者数が増加することになる。また、(4)障害者雇用納付金の増額も行われる。しかし、これらのことは広く知られていない(注1)。そこで本稿では、企業が対応を迫られるなか、実例とともに、とりうる対策の可能性を考える。

<(1)障がい者法定雇用率の引き上げ>

  • まず民間企業の障がい者法定雇用率(企業が最低限雇うべき障がい者従業員の割合)は現在の2.0%から今後、2018年4月に2.2%、2020年度末までに2.3%へと段階的に引き上げられる(図表1)。しかも、2023年4月からは、さらに高い法定雇用率が企業に課されることになる。仮に公開されている算定式をもとに計算すると、2023年4月に法定雇用率は2.5%程度になる。

  • 図表1:障がい者法定雇用率と対象企業、雇うべき障がい者数

    図表1 障がい者の法定雇用率と対象企業、雇うべき障がい者数

    (出所:厚労省労働政策審議会答申「労審発第920号」2017年5月30日、「平成28年障害者雇用状況の集計結果」などをもとに富士通総研が作成)

<(2)法定雇用率の遵守対象企業の範囲拡大>

  • また、法定雇用率の遵守が必要な企業規模は、現在の従業員50人以上の企業から、2018年4月に45.5人以上(注2)、2020年度末までに43.5人以上へと段階的に引き下げられる。そのため、法定雇用率の遵守を求められる企業の範囲・数も増える(図表1)。

<(3)企業で雇うべき障がい者数の増加>

  • (1)と(2)の結果、企業で雇うべき障がい者の人数は、今後徐々に増えていくと想定できる(図表1)。現在、民間企業で雇うべきとされている障がい者数は、厚労省が発表している最新の集計結果によると、約49.3万人(法定雇用率2.0%)である。一方、今後企業が雇わなければならない障がい者の人数は、2018年4月には約54.2万人~約57.0万人(法定雇用率2.2%)、2020年度末までには約56.7万人~約59.6万人(同2.3%)、2023年4月には約61.1万人~約64.3万人(同2.5%)に増えることになる。
  • 2016年6月時点で、従業員50人以上の企業に雇用されている障がい者は、約47.4万人である(うち精神障がい者は約4.2万人)。したがって企業は、2020年度末までに約9.3万人~約12.2万人、2023年4月までに約13.7万人~約16.9万人の障がい者を新たに雇用するよう求められると試算できる。

<(4)障害者雇用納付金の増額>

  • さらに、法定雇用率を遵守しない企業に課される障害者雇用納付金制度も厳しくなる。従業員100人超の企業が法定雇用率を守らなかった場合、障がい者従業員の不足人数分1人につき、現在は従業員100人超200人以下の企業が原則月4万円、従業員200人超の企業が原則月5万円を支払う義務を課されている(注3)。これが2020年4月からは、従業員100人超200人以下の企業の支払い義務も原則月5万円になるので、障がい者従業員の不足人数分1人につき、従来よりも年間12万円多く障害者雇用納付金を支払うことになる。

2. 精神障がい者を直接雇用する場合の対応
―制度・ICTツール・コミュニケーション実習

  • 企業の障がい者雇用義務の厳格化に対応して、精神障がい者を雇用した場合に労働力としてどう活用するか、検討する企業が増えている。その背景として、広くは知られていないことだ(注4)が、2018年4月から民間企業の障がい者法定雇用率の算定対象に精神障がい者が加わり、その一方、仕事を求める精神障がい者は年々増加しているという状況がある(例えばハローワーク(公共職業安定所)経由の申し込みは10年連続で増え、2016年度には約8.6万人が求職している)。
  • こうした背景のもと、実際に精神障がい者を従業員として積極的に雇用している企業は、現実的な社内制度やICTツール、コミュニケーション実習などを導入している。そうした対応策のうち特徴的なものには、例えば以下のようなものがある(図表2)。

  • 図表2:精神障がい者を直接雇用する場合の対策例

    図表2 精神障がい者を直接雇用する場合の対策例

    (出所:プレスリリースなどから富士通総研が作成)

<(1)社外制度の利用>

  • まず、社外制度を利用する例である(図表2の(1))。各企業が自社の障がい者実雇用率(実際に雇っている障がい者の割合)を算定する際に、子会社が障がい者雇用に配慮しているとして厚生労働大臣から「特例子会社」の認定を受けている場合、その子会社で雇用している障がい者数を合算して、各企業の障がい者実雇用率を算定することが認められている。
  • そのため、そうした認定の取得を念頭に、親会社のデータ入力業務などを請け負う子会社を設立して、精神障がい者を含む障がい者従業員を積極的に雇用する例である。おたがいの事情や境遇を理解しやすい障がい者どうしが、配慮しあいながら安心して働ける環境を作ることで、障がい者従業員の低い離職率を実現した企業の例もある。

<(2)社内制度の導入>

  • 次に、社内制度を導入する例である(図表2の(2))。会員権事業などを行うリゾートトラスト(名古屋市)は、精神障がい者の社員が有給で通院休暇を取得できる制度を導入し、休暇時に交代して業務を行いやすいような作業マニュアルを用意している。
  • ヘリ運航・整備事業などを行うセントラルヘリコプターサービス(愛知県豊山町)は、短時間勤務の制度を導入し、品質保証業務を担当する精神障がい者の社員が、体調に合わせて無理なく働けるようにしている。川崎市内にあるホテル、ICT・イベント関連業などの約20社は、市や研究者などと協力して、専門性が必要なタスクを最短15分の単位に分けて精神障がい者の短時間勤務を可能にする制度を導入している(注5)。

<(3)ICTツールの利用>

  • また、ICTツールを活用した対策を導入する例もある(図表2の(3))。近畿地方の企業を中心とした約70社は、奥進システム(大阪市)の精神障がい者が中心となって開発した日報システムSPISを使うことで、精神障がい者の離職率を1年半で20%程度に抑えることに成功している。
  • SPISを導入した企業では、業務日報で自己申告する健康状態のデータをもとに精神障がい者の体調の波を可視化・予測している。そうすることで、事前に適切な休養を確保することを促し、体調不良の程度や期間を短くするよう努めているのだ。

<(4)チームコミュニケーションの実習>

  • さらに、チームコミュニケーションの実習を行うことで、復職人材ではなく、ICT関連の開発・設計業務に必要なプログラミングの訓練を積んだ、より若い人材の雇用をすすめる例もある(図表2の(4))。ウェブ制作会社などに雇用される障がい者のトレーニングを行う、就労移行支援事業所のラポール梅田(大阪市)では、プログラミング講習のほかにチームによるアプリ開発実習をおこなって、就業経験のない障がい者人材の仕事場でのコミュニケーション能力を高めている(注6)。

3. ICTツールや制度・サービスを利用しながら、これまでより多様な人材活用を

  • 障がい者雇用義務を果たすためには、身体障がい者だけでなく精神障がい者の人材活用を検討することも必要になる。雇用義務を満たすためには直接雇用しなければならないが、その準備段階としては、精神障がい者の支援施設への業務委託や個人事業主としての精神障がい者への業務委託を行うことから始める、というアプローチも可能だろう。
  • 各企業は、障がい者雇用義務の厳格化に合わせて、ICTツールや制度・サービスを利用しながら、これまでより多様な人材活用を進めていくことが求められている。その上で、多様な視点をもった人材どうしが協力しあうことで、技術開発やイノベーションをもたらすきっかけとなる可能性についても、注目していく必要があるだろう(注7)。

注釈

  1. 人材サービス会社「エン・ジャパン」の調査では、障がい者法定雇用率の引き上げを「知らない」とした企業は40%(日本経済新聞など、2018年1月9日のニュースより)。
  2. 厚労省は、「短時間労働者以外の重度身体障害者及び重度知的障害者については法律上、1人を2人に相当するものとしてダブルカウントを行い、重度以外の身体障害者及び知的障害者並びに精神障害者である短時間労働者については法律上、1人を0.5人に相当するものとして0.5カウント」するとしている(「平成28年障害者雇用状況の集計結果」)。
  3. 納付金の、支払い先は、障がい者の就労支援事業などを扱う独立行政法人の高齢・障害・求職者雇用支援機構である。
  4. 人材サービス会社「エン・ジャパン」の調査では、障がい者法定雇用率の算定対象に精神障がい者が追加されることについては「知らない」とした企業が48%を占めた。(日本経済新聞など、2018年1月9日のニュースより)。
  5. 各企業の実雇用率(実際に企業が雇っている障がい者の割合)は、民間企業の障がい者法定雇用率(最低雇うべき障がい者従業員の割合)とは異なるものである点に注意が必要
  6. 『北海道新聞』2017年9月1日、朝刊、14頁
  7. 『大阪読売新聞』2017年5月12日、朝刊、29頁
  8. すでに、「障害者の視点からの技術開発が、日本のIoTとAI(人工知能)技術の質の向上に大きく役立つ」として、米Googleの元幹部とそうした協働のすすめ方について研究している研究ネットワークもある(竹村和浩『スマート・インクルージョンという発想』インプレスR&D/masterpeace、2017年)。