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キャッシュレス社会成熟化の過程と今後の展開
北欧デンマークの事例から

発行日 2017年8月30日
上級研究員 森田 麻記子

【要旨】

  • 欧州のなかでも社会の電子化が進むデンマークでは、キャッシュレス社会への移行が進んでいると言われている。その始まりは80年代に導入されたデビットカードシステムであり、その普及によりカード決済が国民の間に浸透してきた。
  • このような土台がFinTech産業の発展にも貢献している。キャッシュレス決済では2013年に登場したスマートフォン上での電子決済Mobile Payが急成長を遂げている。
  • キャッシュレスで手軽に支払いができる一方で、きちんとした金銭感覚が身に着いていない若者が一定数存在しているという社会問題が指摘されており、子供や青年向けの対策が講じられている。
  • 隣国スウェーデンでは体内に埋め込んだマイクロチップで交通機関の支払いを済ませるサービスが登場しており、次世代の決済の形が実現されつつある。

キャッシュレス社会の土台形成―デビットカード導入とその浸透

  • 2017年5月発行のオピニオン「IT弱者は若年層?」でも触れたとおり、デンマーク政府は2030年頃を目処に完全なキャッシュレス社会を目指し、その移行が進んでいる。デンマークにおけるキャッシュレス化進行の土台は、Dankort(ダンコート)(注1) と呼ばれるデンマーク独自のデビットカードシステムが広く普及している点にある。このシステムが導入されたのは1983年に遡り(注2) 、銀行ごとや地域ごとではなく全国レベルの統一システムとして広く利用されている。Dankortは全国展開しているようなスーパーマーケットだけでなく、個人商店など、デンマークに存在する店舗のほぼ全てで使用できる。
  • このような状況から、デンマーク国立銀行は現金の流通量は依然として高いものの新たな紙幣や硬貨への需要は明らかに減少しているとし、国内での通貨製造を廃止することを決定した。それにより2020年までに1720万ドル(約18.7億円)のコスト削減が見込まれている。硬貨の大部分は今年からフィンランドの造幣局へ製造委託、紙幣についても委託先を検討中であることが報道されている(The Local.dk, 2014; Copenhagen Post, 2016)。
  • 1970年代後半からDankortについて委員会が組織され議論が重ねられていた。委員会は取引にかかる手数料を商店と消費者で折半する形にし、その額をできる限り抑えることができるシステムの開発を行うことで合意した。Jensen(2015)の指摘によれば、Dankortの電子取引に要するコストは現金およびクレジットカードでの取引にかかるコストに比べ1/10以下であるという。そのため、デンマークではクレジットカード払いはあまり普及していない。
  • 一般的にデビットカードの特長は即時決済にある。つまり、デビットカードで買い物をすれば、その額が店舗でカードを使用したのとほぼ同時に引き落とされる。個人にとっては自分の消費についての情報を管理しやすいというメリットがある。加えて、Dankortのもう一つの特長は、一定額以下であれば商店(注3) での支払い時にレジで現金を引き出すことができる「キャッシュアウト」の機能である。
  • この機能は消費者にとって利便性が高いだけでなく、金銭を扱うスーパーのレジがATM機能を担ってくれるため銀行にとってはATMを整備するコストが削減できるという利点もある。国内にあるATMの数は2007年に3000台を超えその設置数はピークを迎えたが、2014年時点では1990年代後半の数と同程度まで減少している(図1)。これはもちろんATMだけが意図的に撤去されているわけでなく、そもそも銀行の支店が地方を中心に店舗を閉め撤退していることにもよる。銀行業務の多くがオンライン上で手続き可能になっていることに加え、上記のとおりデンマークの日常生活で現金を必要とする場面は非常に限られている。

  • 図1:デンマークにおけるATM台数の推移

    図1: デンマークにおけるATM台数の推移

    (出所:Danish Payments Council 2016 “Report on the role of cash in society”)

  • 2000年代に入り、カード払いと現金払いの割合は逆転した。2016年には、小売店の売上高のうち現金での支払いは約20%のみであった(図2)。英国の有力紙ガーディアンによれば、隣国スウェーデンにおける小売店での現金決済も同様の割合である(The Guardian, 2016)。

  • 図2:支払い方法の経年変化

    図2: 支払い方法の経年変化

    (出所:Danmarks Nationalbank 2017 “Danes are Front-Runners in Electronic Payments”)

    注意1 :MobilePayでの支払い(2013年以降)もcard paymentsにカウントされている。

    注意2 :小切手の使用は非常に少なくなってきており、2016年末をもってデンマークの銀行では小切手の現金化サービスを終了した。

  • 図3に示したのはシニアのデビットカードの使用割合である。現金に親しんできたシニア層にキャッシュレス化が受け入れられているのかという点が指摘されることがあるが、80~84歳でもその半分以上、85歳以上では4割以上が2014年時点で過去3か月以内に店舗での買い物にデビットカードを使っている。介護を必要とする度合いが高いなど自身で買い物ができる状態にない人も存在することを考えると、Dankortの使用割合は高いと言える。

  • 図3:過去3か月にDankortを使用した高齢者の割合

    図3: 過去3か月にDankortを使用した高齢者の割合

    (出所:Danish Payments Council 2016 “Report on the role of cash in society”)

モバイル決済の登場と若年層へのインパクト

  • Dankortの全国的普及により約25年間のうちに現金支払いからカード払いが主流になったデンマークの次のトレンドはスマートフォンでの電子決済である。大手銀行、Danske Bank(ダンスクバンク)は2013年にMobile payというモバイル決済システムを開始した。カードを使わずにアプリ上で個人間および個人と小売店との金銭のやり取りが可能になり、支払いは非常に簡便になった。Danske bankに口座を有しておらずともこのサービスは利用可能で70%の利用者は他行をメインバンクとしている。Mobile payがデンマーク国内のスマートフォンにダウンロードされた実績は2016年時点で300万台(総人口570万人程度)にのぼり、そのサービスは急速に広まっている。これに対しDankortのサービスを展開するNetsは今年の春になってようやくモバイル決済サービスを開始した。Danske bankとNetsは協働の可能性を模索していたものの実現せず、二大勢力の競争の火蓋が切られたことが報道されている(Version2, 2017)。
  • 現金が手元にないことが日常化しつつあるデンマークでは、子供がどのように金銭感覚を身に着けていけばよいのかという点も関心事のひとつである。キャッシュレスで手軽に支払いができる反面、きちんとした金銭感覚が身に着いていない若者が増えているという社会問題が顕在化している。主要メディアのひとつBørsen は2014年時点でRKIと呼ばれる不適切なカード利用者を登録するリストに18歳~30歳のうち5万人が登録されていることを指摘している。支払いの遅れが頻繁に生じる、もしくは負債額が膨らむことでこのRKIに登録されるリスクは高まる。カード決済からスマホ上での取引が徐々に当たり前のものとなり、支払いがより簡便になっている今、若者が手軽に金融について学ぶためのツールの役割が注目されている。
  • その一例としてPengeugen(注4) (Money week)と名付けられた取り組みがある。デンマーク銀行協会(Finansrådet)と数学の教員組合が他組織と連携しながら主催するもので、日本で言う中学校の年代の生徒たちを対象に金融や資産管理に関する知識を身に着けてもらうため、特定の週を指定し、金融知識の獲得強化を目指す。予算について、利子や利率についてなどのテーマを設定し、協会から派遣されたゲスト講師が学校で授業を行うというものである。これはEuropean Money Weekという欧州銀行協会がイニシアティブをとって進めている取り組みのデンマーク版である。
  • その他にもMyMonii(注5) という子供のお小遣い管理のためのアプリが注目されている。現在、7歳~13歳までの子供がいる22000家族が利用している。Dankortを提供しているNetsと提携し、週ごとに親が自分のDankortを使用してMyMoniiへ子供のお小遣い分の金額を入れることができるようになっている。子供は自らその金額を管理し、上述のとおり今年リリースされたDankortのモバイル決済サービスで支払い可である店舗であればどこでも買い物をすることができる(Børsen 2017)。親は子供の買い物履歴をアプリ上で確認することができ、使用状況に目を配れるようになっている。

キャッシュレス社会の今後の展開

  • 反対する勢力の声もあるが(注6) 、キャッシュレス化はデンマークをはじめ北欧社会に広く浸透している。スウェーデンではモバイル決済の先をいく、身体に埋め込まれたマイクロチップ認証による決済が整備され始めた。同国では約2000人が既に体内にマイクロチップを埋め込む処理をしており、このサービスを開始した鉄道会社は当面ではそのうちの約200人程度の登録を見込んでいる。今はまだ実験的に始まったばかりであるが、この次世代型の決済が次のトレンドとなっていく可能性は大いにある。
  • このような動きのなかで多種多様な企業や組織がFinTech市場開拓に精力的に乗り出し、昨年11月にはFinTech関連の起業家によるエコシステム形成を目指すCopenhagen FinTechというHubが開設され、その動向が注目されている。
  • キャッシュレス化の流れが進むのは北欧諸国をはじめとした先進国に留まらない。エストニア、インドや中国等の新興国でもその動きは加速している。日本でもその流れに呼応する動きは出ているものの、まだまだ現金の果たす役割が大きいのが現状である。決済に伴う様々な社会的、経済的コストの削減を含めたキャッシュレス化のメリットを享受できていないことに加え、キャッシュレス決済に親しんでいる訪日観光客のインバウンド消費をうまく取り込めていない点が指摘されている(大前, 2017)。このような機会損失に加えて、決済方法の大きな変化に伴うシステム整備やグローバルなFinTech市場での新たな金融サービス創造に関して日本の国際競争力は低い状況にある。
  • これまでみてきたとおり本稿で取り上げたデンマークにおいてもキャッシュレス化は一朝一夕に進んだわけではなく、日本でのこれからの取り組みに参考になる点も多くある。既存のキャッシュレスシステムからFinTech関連の新しいサービスへの移行や、異なるアクターがいかに協働し現在の仕組みを作り上げ継続的に発展させているかなど本稿では詳しくとりあげられなかった点についても引き続き調査・分析を進め発信していきたい。

参考文献・メディア

  • Børsen (2014) Ny pengeuge skal redde unge fra økonomisk uføre
    http://finans.borsen.dk/artikel/1/278397/ny_pengeuge_skal_redde_unge_fra_oekonomisk_ufoere.html
  • Børsen (2017) Fintech-stifter får Nets-aftale: Børn kan betale med lommepengekort
    http://finans.borsen.dk/artikel/1/346746/fintech-stifter_faar_nets-aftale_boern_kan_betale_med_lommepengekort.html
  • Copenhagen Post (2016) Danish national bank to outsource currency production
    http://cphpost.dk/news/danish-national-bank-to-outsource-currency-production.html
  • Danish payments council (2016) Report on the role of cash in society. Danmarks Nationalbank Communications: Copenhagen
  • Danmarks Nationalbank (2017) Analysis: Danes are Front-Runners in Electronic Payments
    http://www.nationalbanken.dk/en/publications/Pages/2017/03/Danes-are-Front-Runners-in-Electronic-Payments.aspx
  • Independent (2017) Swedish commuters can use futuristic hand implant microchip as train tickets
    http://www.independent.co.uk/travel/news-and-advice/sj-rail-train-tickets-hand-implant-microchip-biometric-sweden-a7793641.html
  • Jensen, H. (2015) Dankort, the Danish national debit card system from the early 1980s. In Christian, G., Rasmussen, P. and Duus Østergaard, S. (eds.) History of Nordic Computing 4: 93-100. Springer (eBook)
  • 大前研一(2017)「世界で加速する『キャッシュレス革命』普及率低い日本の今後は?」
    PRESIDENT Online, http://president.jp/articles/-/22449
  • The guardian (2016) Sweden leads the race to become cashless society
    https://www.theguardian.com/business/2016/jun/04/sweden-cashless-society-cards-phone-apps-leading-europe
  • The Lokal dk (2014) Denmark's central bank to stop producing money
    https://www.thelocal.dk/20141021/denmarks-central-bank-to-stop-producing-money
  • Mims, C. (2012) Why We'll Never Get a Cashless Society. MIT Technological Review
    https://www.technologyreview.com/s/427088/why-well-never-get-a-cashless-society/
  • Version2 (2017) Danske Bank og Nets dropper samarbejde: Nu skal MobilePay konkurrere med mobilt dankort
    https://www.version2.dk/artikel/danske-bank-nets-dropper-samarbejde-nu-skal-mobilepay-skal-konkurrere-med-mobilt-dankort

注釈

  1. デンマークの総人口が約570万人程度であるのに対し、現在発行されているDankortは約540万枚である。Jensen(2015)によれば、成人しているデンマーク国籍保有者のほぼ全員にあたる450万人がDankortを所有している。外国籍であっても、デンマークに居住している者に付与されるCPRナンバーという個人番号とデンマーク国内で一定の収入が継続して入る見込みを示せば自身のメインバンクでDankortを発行してもらうことが可能である。
  2. Dankortのサービスを展開するNetsのホームページより
    参照先:https://www.nets.eu/dk-da
    また、現在ではその利便性により国民に広く普及するDankortであるが、導入時は“det lille dumme plastikkort(小さく愚かなプラスティックのカード)”と揶揄され、デンマークでも登場と同時に手放しで受け入られたわけでは決してない。
  3. 全商店ではなく、大手スーパーマーケットなど。
  4. Pengeugen:http://www.pengeuge.dk
  5. MyMonii:http://www.mymonii.com
  6. デンマークのキャッシュレス化に対して、懸念を示す声は現在も存在している。例えば近年その支持基盤を拡大し勢力を伸ばしてきているデンマーク国民党(Dansk folkeparti)がその一つである。彼らは移民の受け入れについて制限する政策など「デンマークらしさ」を守ることを主張する。キャッシュレス化反対表明の背景にも物理的通貨の存在が国民の集団的アイデンティティと強く結びついているという議論(Mims 2012)がある。