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変化する中国のイノベーション活動:「政府主導」から「大衆創新」へ

発行日 2015年11月4日
主席研究員 金 堅敏

【要旨】

  • 中国における消費主導の経済モデルへの転換は緩慢である。その原因の一つは、供給サイド(企業)が消費者のニーズに答えきれていないことである。消費力を引き出すためには企業のイノベーション力が求められる。
  • これまで、政府主導・国有企業主導の「挙国体制」イノベーションは、一部のインフラ分野に成果はあったが、民生分野は取り残されている。近年、通信機器分野やネット分野などでは民間主導のイノベーションが盛んになり、市場ニーズに見合った活動は成果を上げている。最近になって、創業ブームが生じ、イノベーションの大衆化(「草の根」のイノベーションブーム)が見られる。
  • 中国のイノベーションシステムは、「市場の失敗」を補うために政府主導の分野は残るだろうが、民間主導、大衆創新の時代に入りつつある。

1.経済成長モデルの転換に必要なイノベーション力

  • 2015年第三四半期の中国のGDP成長率は6.9%で、金融危機以来の低成長に突入した。輸出不振や設備・動産投資の低迷が経済成長の足を引っ張っている。高成長に隠れた輸出や投資主導の旧モデルの弊害ははっきり見えてきたが、内需主導、なかんずく消費主導の経済成長モデルへの転換は緩慢である。
  • では、中国消費者の購買力が弱いかと言うと、そうではない。経済成長が鈍化しているにもかかわらず、中国の消費者向けサービス業は高い伸びを見せており、海外では中国人観光客の「爆買い」が続いていることから、雇用の安定、可処分所得の向上、社会保障制度の整備、ネット技術の普及などに伴い、中国消費者の購買力は厚みを増しており、新たなデマンドが生まれている。しかし、急速に中国の消費構造の高度化や消費者意識の変化が生じたにもかかわらず、供給サイド(企業)は消費者のニーズに答えきれていない。
  • デジタル時代で生まれ育った中国の主力消費者は、口コミ文化の中に生きており、全世界の情報を収集・比較して世界のどこにも行ける環境の中で消費生活を満喫している。供給サイド(生産者)に対するバーゲニング・パワーが格段に向上してきている。つまり、古風なデザインやインターフェース、安全や環境への配慮に欠けている大量生産品から中国の消費者は感動を得られなくなってしまっている。中国の産業界はこの動きに無頓着になっているわけではないが、消費者の変化のスピードには追い付いていないのである。このようなギャップが生じているのは、B2Cの消費財分野に限らずB2Bの生産財分野にも当てはまる。
  • 賢くなった消費者をも巻き込んだ企業セクターの技術力やイノベーション能力の向上が緊喫な課題となっている。

2.効率性と迅速性が欠ける政府主導の創新体制

  • 政府主導によって進められてきた国有資本を主体とする開発モデルは限界に近づいていることは、間違いない。中国当局も開発モデルの転換が必要であると悟り、2005年ごろからイノベーションをドライブする経済開発モデルの形成に着手し、技術やビジネスモデルの自主開発を目指した「自主創新」政策を推進してきた(注釈1)
  • 政府主導の開発モデルが限界にきているとは言え、能力のある大企業が少ないという現発展段階で全国の資源を総動員して一つのイノベーションを引き起こすという中国得意の挙国体制は、トータルな技術基盤が必要でスケールの大きいイノベーション分野で一定の成果を収めた(注釈2) 。例えば、世界最高速度のスパコンや世界一の超高圧送電技術のほかに、世界最長運営距離を誇る高速鉄道技術、第三世代原子力発電所(AP1000)、交流/直流の超高圧(UHV)送電技術が上げられる。これらのイノベーションは、要素技術は必ずしも中国のオリジナル開発でなくても市場形成の中で応用技術の開発を積み重ねていく統合型イノベーションである。
  • しかし、これらの分野の大部分は、外資や民間資本による市場参入を規制してのイノベーション創出という市場歪曲型の産業育成政策である。そのため、これらのイノベーションは、社会効果、スピルオーバー効果を重視しており、個別的なプロジェクトの費用対効果を十分に吟味して行われた活動ではなく、イノベーションの効率問題は残ってしまう。
  • また、政府主導・国有企業中心のイノベーション活動は、「重厚長大」の分野に傾いており、多様性に富み、迅速性が求められる「軽薄短小」分野やサービス分野などの市場ニーズ型のイノベーション活動は取り残されている。2015年5月に発表された、中国の製造業振興政策「中国製造2025」(注釈3) も基本的に「重厚長大」な基幹産業にフォーカスしており、基本的にこれまでの政府主導のイノベーション政策から脱却していないように思われる。

3. イノベーション主役の転換:「政府主導」から「民間主導」へ

  • 近年、中国のイノベーション分野で、非効率な国有企業よりも、規制をくぐり抜けて市場競争環境の中で台頭して巨大化した私有企業あるいは民営企業(国が一部所有)が、市場経済のイノベーション創出主体の一角を担うようになってきている(図表1を参照)。建機分野の「三一重工」、通信機器分野の「華為」・「ZTE」、ネット分野のBAT(捜索エンジンの百度、電子商取引のアリババ、SNS・オンラインゲームのテンセント)は、革新的な新興企業として世界的に名を広げてきている。
  • 図表1:民営企業の台頭とイノベーションの主体へ

    15015 図表1:民営企業の台頭とイノベーションの主体へ

    出所:Wipo、OECD “World Corporate Top R&D Investors:Innovation and IP Bundles”(2015)、など

  • これらの企業は、自社内の技術やサービスないしビジネスモデルを開発・応用していくにとどまらず、サプライヤーや顧客をはじめ、一般社会にイノベーションの基盤インフラ、あるいはプラットフォームを提供し、イノベーション・コミュニティーを形成している。例えば、「華為」は最近、ICT開発者の環境に関する「Development Enabler Plan」を発表し、オープン・イノベーションを行うプラットフォームの構築や、3年で1万人のクラウド技術者育成、第三者の開発者の育成を含む支援に10億ドル規模の投資を行うと宣言している。アリババでは自社ビジネスに必要なために開発したオンライン決済ツール、信用評価システム、ビッグデータ・クラウド技術などを第三者に開放し、第三者の開発インフラとして提供している。テンセントも、2011年6月の技術のオープン化宣言(無料SDK、API提供)に続き、2015年4月に不特定多数の創業者のイノベーションをサポートする「衆創空間」(Tencent group innovation spaces)計画を発表した。サポート施策には6ヵ月間にクラウド利用無料や人材、法務、政策、融資等によるインキュベーション・エコシステム形成が含まれている。さらに、「華為」、「ZTE」、BATなどの民間大手から数多くの経営幹部や技術者がスピンオフしてベンチャーを立ち上げており、これらの企業は大黒柱として中国のイノベーション社会を支えることになろう。

4.イノベーションの新動向:「大衆創業、万衆創新」

  • 図表2が示すように、昨年ごろから中国では創業ブームが生じてきている。統計データから計算すると、中国の開業率は2013年18.3%から14年の23.9%に、15年は約25%まで高まってきている。その背景には、ネットの普及、技術のオープンソース化、伝統産業のビジネスポートフォリオ再構築におけるネタ探し、既存ベンチャー企業の成功事例の多出、前述した大きく成長してきた新興企業のサポート戦略、政策の推進(「大衆創業、万衆創新」政策(注釈4) や「インターネット+」政策(注釈5) )などがあると考えられる。
  • 図表2:工商登録済み経営主体の推移

    15015 図表2:工商登録済み経営主体の推移

    出所:中国国家工商管理総局データにより著者作成

  • 現場に行くと、ミニプロジェクターや卓上ロボット、スマホで操作できるスマートな小型のクッキー・オーブンといった開発が目につく。このような開発は、かつては研究所や大学における一部のエリートに限られた活動であり、イノベーション活動の大衆化が進んでいることが実感できる。上海や北京はネットなどのソフト関連のイノベーションが多いが、深せん市や杭州はハード製品のイノベーションが多くみられる。このような「大衆創業、万衆創新」運動は、変化する市場のニーズを敏感にとらえて迅速に対応されているので、マクロ的には中国の潜在的な消費力を引き起こすために大きな原動力となろう。また、これらの草の根のイノベーション活動で失敗例は多いだろうが、次の「華為」やアリババが生まれる可能性が潜んでいる。

5. 新産業・新技術を生み出すイノベーションシステムに向かって

  • 以上で見てきたように、中国における新たなイノベーションシステムは、図表3のようにまとめられる。これはピラミッド型イノベーションシステムと言えようが、主にインフラや基盤産業を対象とする政府主導の開発セクターは、ピラミッドの頂点に位置するが、量産分野・サービスなどの既存産業のイノベーションは民間大企業で担う。ピラミッドの底辺分部は、大量の草の根(大衆)によって行われるイノベーションである。
  • 図表3:中国のイノベーションシステム概念図

    15015 図表3:中国のイノベーションシステム概念図

    出所:著者作成

  • 全体として、中国のイノベーション活動は試行錯誤段階にあるが、人材の豊富さやシリコンバレーに負けないほどハングリー精神が溢れ出てきている環境の中で、次の成長の源泉が生まれつつあることを、現地調査を通じて実感しており、目が離せないのである。

注釈

(注釈1):
金 堅敏(2008)「「革新創造国」づくりに向かう中国のチャレンジ」富士通総研 研究レポートNo.320。

(注釈2):
金 堅敏(2012)「高まる中国のイノベーション能力と残された課題」富士通総研 研究レポートNo.387。

(注釈3):
全文は http://finance.sina.com.cn/china/20150519/112322214243.shtml に乗っている。

(注釈4):
「大衆創業、万衆創新」政策は、http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-09/26/content_10183.htm を参照。

(注釈5):
「インターネット+」政策は、http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-07/04/content_10002.htm」 を参照。