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中国経済四半期報告:

2010年の経済運営の振り返りと2011年の展望

主席研究員 柯 隆

 

1. 景気動向

2010年の中国経済は10%前後の成長を記録したとみられる。万博による消費の拡大と万博関連のインフラ投資は経済成長を支えたと同時に輸出も31%伸び、好調だった。09年と10年の2年間に亘って4兆元の財政投資も駆け込み需要を刺激し、成長率を大きく押し上げた。結果的にGDP伸び率は09年の8.7%から大きく回復し、金融危機の影響を乗り越えたと判断される。

12月に開かれた経済工作会議では、短期的にインフレを抑制し経済成長を維持するとして、長期的には外需から内需への構造転換を図るとともに、従来から掲げられた規模の拡大を重視する成長路線から効率化と環境配慮型の成長路線への転換がこれから図られる。

11年から始まる第11次5か年計画では、「成長方式」の転換が目指される。これまでは、8%成長が経済計画の目標の一つとして掲げられていたが、11年からは成長率を目標とせず、構造転換を目指すとしている。同時に、パイの拡大も重要だが、富の分配を公平にし、所得分配を平等化する努力がなされる。

3月に開かれる年に一度の全人代では、第12次5か年計画が審議される。それまでに、現在高騰しているインフレ率を何としても抑えなければならない。10年第4四半期から利上げと預金準備率操作などの金融引き締め政策が実施されている。それに加え、商業銀行に対して融資の自粛を求める窓口規制も並行して実施されている。さらに、海外からの資金流入については、資本勘定の規制が強化され、年末に26の商業銀行および支店がホットマネーを流入させたとして処分された。

政策当局にとり、インフレの抑制は重要な課題だが、安定した成長を目指すには、政策実施のインフラ基盤を整備し、構造転換を図る必要がある。

2. トピックス

2-1.インフレ再燃と社会不安定要因

日本では、2010年の世相を表す漢字として「暑」(あつい)という字が選ばれた。同様に、今の中国経済を一つの漢字で表現するならば、それも「熱」(あつい)ということになる。なぜ中国経済が熱いのか。それはインフレが再燃しているからである。

マクロ経済統計をみると、昨年11月のインフレ率(CPI)は5%程度であり(図1参照)、それほど心配の要らない水準と思われる。問題は、食品価格の急騰にあり、11月に11%の上昇が記録された。実は、中国政府がもっとも恐れているのは食品価格の上昇である。なぜ食品価格の上昇が怖いかと言えば、低所得層の生活が難しくなり、社会がいっそう不安定化するからである。

図1 中国におけるインフレ再燃の動き

注:PPIは生産者価格指数、CPIは消費者物価指数、いずれも前年同期比。

資料:CEICデータベース

中国社会全体のエンゲル係数(家計の食品関連支出÷家計支出の合計)は35%程度だが、低所得層家計のエンゲル係数は50%を超えている。したがって、食品価格の高騰は低所得層家計の生活を直撃し、不満がいっそう溜まることになる。

インフレ再燃のもう一つの悪影響は経済過熱をもたらすことである。現在、1年ものの定期預金の金利は2.75%だが、インフレ率は5.1%に上昇しており、家計にとっての実質金利はマイナスである。すなわち、このまま行くと金融資産はますます目減りする計算になる。

家計は金融資産の目減りを防ぐために、それを実物資産にシフトしている。具体的には、家計の金融資産が不動産市場にシフトされ、すでにバブル化している不動産市場はさらに膨らんでしまう恐れがある。

2-2.手詰まり感現れる政策当局のポリシーミックス

中国指導部では、インフレ懸念の危機感が相当レベルにまで達している。3月上旬に年に一度の全人代(国会に相当)が開催される予定である。それまでには、なんとしてもインフレ率を抑えなければならない。

経済学の教科書では、インフレ率が上昇する局面において金融引き締め政策として利上げが有効といわれている。しかし、図2に示した通り、政策当局は金利を大きく引き上げていない。中国の政策当局が利上げをためらっている原因はどこにあるのだろうか。

図2 中国の金利動向

資料:CEICデータベース

大きく2点ほどあげることができる。一つは、大きく利上げを実施すると、先進諸国では、過度な金融緩和が続いているため、キャピタルゲインと元の切り上げに伴う為替差益を狙う投機マネーが大挙して中国に流れ込む恐れがある。もう一つは、目下のインフレ再燃は不動産を中心とするアセットマーケットと食品関連商品に集中しているが、自動車や家電などの工業製品は依然デフレ状態にあり、大きく利上げを実施すれば、輸出製造業に大きなダメージを与える恐れがある。

結果的に、中央銀行は大きな利上げを実施する代わりに、預金準備率を引き上げることによって市中の過剰流動性を吸収している。しかし、預金準備率を引き上げるだけでは、マネーサプライを減らすことに限界がある。なぜならば、市中銀行が準備金を納めたあと、依然大量の流動性を保有しており、これらの流動性が市中で乗数的に膨らんでいくからである。

ちなみに、09年商業銀行の新規貸出は約10兆元に上り、10年はさらに8兆元の新規貸出が実施された。それ以外に、中央銀行が人民元の切り上げを回避するために行った外貨買付に伴う人民元の放出は2兆元を超えている。これらのベースマネーは市中で数倍のマネーサプライを作り出している。これは資産インフレと食品インフレの根本的な原因である。極論をすれば、現在のインフレは政策的に作られたものといって過言ではない。

2-3.高成長の維持から構造転換への軌道修正

政策当局はなぜこれほどまで巨額の過剰流動の放出を認めたのだろうか。それは主として高成長を維持しようとする政府の意志によるものである。目下、中国経済は高成長を続けているが、格差の拡大や所得分配の不公平性に対する不満が高まっている。当局にとりこうした社会不安定要因を覆い被る有効な方法として高成長の維持があげられる。すなわち、経済の高成長が実現されれば、経済政策の成功と社会主義市場経済の成果が謳歌され、国民の不満をかわすことができると考えられている。

08年リーマンショック以降、中国経済も金融危機の影響を受け、成長率が大きく減速するリスクにさらされた。具体的には、欧米への輸出不振により、輸出製造業が大きなダメージを受け、中小輸出製造企業の倒産が相次いだ。結果的に、失業者が溢れ、約2000万人の出稼ぎ労働者が沿海部での仕事を失い、帰郷を余儀なくされた。

経済成長を下支えするために、政府は4兆元(約56兆円)の財政投資政策を実施した。同時に、金融政策を適度な緩和に転換させ、その結果、商業銀行の貸出が大きく膨らんだのである。

実は、中国の銀行システムは国有銀行によって支配され、その信用創造は政府による蛇口の捻り方に依存している。すなわち、国有銀行はその審査機能が弱く、家計貯蓄から来る潤沢な流動性を背景に、常に信用創造を膨らませる傾向にある。当局は金融緩和の一言で国有銀行の信用創造は鉄砲水を打つように流れ出す。当局にとり、国有銀行の信用創造をコントロールするために、オーソドックスな金融政策では機能せず、国有銀行に信用創造の減額を直接要請する窓口指導を並行して行う。この金融政策の取り方は結果的に景気の乱高下をもたらす羽目になっている。

2011年から始まる第12次5か年計画では、経済成長は政府計画の目標にせず、外需依存の経済から内需依存に構造転換することが目標として掲げられている。問題はどのようにすれば、経済成長は外需に依存せず、内需に依存するようになるかにある。

中国経済発展の歴史を振り返れば、投資・消費・輸出をバランスよく成長させてきたものではなく、輸出製造業の強化による輸出促進が経済成長のエンジンだった。具体的には、80年代から技術力の弱い中国企業は外資との合弁を進め、廉価な労働力を利用して、価格競争力のある製品を作り輸出してきた。近年、中国企業の技術力は明らかに強化されているが、マクロの成長モデルは依然として変化していない。2010年、世界の輸出市場が低迷したままであるにもかかわらず、中国の輸出は前年比31%も伸びた。この現実を踏まえ、輸出依存から内需依存に構造転換するのはそれほど簡単なことではないかもしれない。

2-4.急がれる民主主義の政治改革

実は、所得格差の拡大など構造上の歪は単なる経済の問題ではなく、民主主義の政治改革の遅れに起因している。所得分配が不公平になっているのは権力者に傾ける分配制度に原因がある。幹部の腐敗が横行するのは権力者が国民によって監督されないからであろう。古い言葉を引用すれば、絶対的な権力は絶対に腐敗するといわれ、このことは中国にも適用される。中国の中央テレビの報道によると、2009年全国で摘発された腐敗幹部は4万人に上るといわれ、うち、8人は大臣クラスの幹部だった。

中国社会の最大のリスクは国民が政府の言うことを信用しなくなったことである。そのなかで社会の対立を助長しているのは不公平の所得分配と格差の拡大である。ある調査によると、0.4%のトップの富裕層(約500万人)は70%の富を支配しているといわれている。また、政府高官の子弟(3000人)の個人資産は平均2億元(約26億円)に上るといわれている(いずれも人民解放軍大校・研究員辛子陵)。

日本のマスコミがほとんど報道していないことだが、2010年中国政府は香港のテレビ局「陽光衛視」の中国大陸での営業を停止した。同テレビ局の番組は文革など歴史問題に関するドキュメンタリーや政治・経済改革に関するトーク番組などがほとんどで知識人に人気が高い。共産党中央の宣伝部がなぜ同テレビ局の営業停止処分を下したかについてその理由は定かではないが、その報道姿勢が共産党に批判的だからと推察されている。

マスコミ管理強化のもう一つの事例は、2010年、温家宝首相が5月の日本訪問時にNHKのインタビューに答えた政治改革に関する内容、9月のニューヨークの国連総会に出席した際CNNのインタビューに答えた「民主主義の政治改革を推進すべき」との内容を、官制メディアの新華社も人民日報もいっさい報道しなかった。同年11月北朝鮮を訪問した周永康(前公安部長)の世界の普遍的価値観の尊重に関する談話も報道の原稿から削除された。

一方、インターネットに対する管理も厳しくなった。ノーベル平和賞を受賞した中国人作家劉暁波氏に関する書き込みはほとんどできなくなった。

こうした一連の動きをどのようにして読み解いたらよいのだろうか。一つは、当局が異常に神経質になっているということがいえる。すなわち、中国社会の不安要因は表面上の平静と繁栄とは裏腹に相当レベルに達しているかもしれない。もう一つは政権交替を控え、政権内で論争と闘争が激しくなっている可能性が高い。しかし、温家宝首相の談話を共産党機関紙が報道しないのは普通なことではない。

問題を整理し、今後の方向性を明らかにするには、中国の社会制度の在り方をもう一度考察する必要がある。

公式的に中国は今でも社会主義国であるが、その経済制度は「中国の特色ある社会主義市場経済」と標榜されている。しかし、中国の特色とはなにか、そして社会主義市場経済とはなにか、の具体的な定義はなされていない。

最近、中国の一部の研究者は非公式の場でその定義を口にした。「中国の特色ある社会主義市場経済」とは「共産党管理下の市場経済」だといわれている。また、「共産党管理下の資本主義」と指摘する者もいる。

これなら分かる。浙江省は中国で民営企業の割合がもっとも大きい地方の一つである。その多くの民営企業では、共産党支部が設立されているといわれている(浙江省工商局長鄭宇民)。これらの民営企業が共産主義の教義を信奉しているかどうかは不明だが、共産党支部の設置により、政治的利便性を享受できるというメリットがある。

こうしたなかで、中国で民主と自由を求める動きは知識人のレベルで日々強まっている。中央政府のなかでもこうした考えを持つ指導者も存在する。それに対して、現在の制度枠組みで莫大な利益を享受する利益集団が存在し、彼らは政治改革を邪魔している。2年後の政権交替を控え、考え方の対立するこれらのグループはこれから渦を巻いて論争を引き起こしてくるものと予想される。

3. 経済統計でみた中国経済

図3 不安定な経済成長(実質GDP伸び率、%)

資料:CEIC

図4 三次産業の伸び率(前年比、%)

資料:CEIC

図5 建設業の規模の拡大(前年同期比、%)

資料:CEIC

図6 中央政府と地方政府の投資プロジェクトの伸び率(前年同期比、%)

資料:CEIC

図7 マネーサプライと商業銀行貸出の伸び率(前年同期比、%)

資料:CEIC

別表 中国経済主要指標(2004~2010年)

単位 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010
実質GDP成長率 前年比、% 10.1 10.4 10.7 11.4 9.0 8.7 10.3
第1次産業 6.3 5.2 5.0 3.7 5.5 4.2 4.3
第2次産業 11.1 11.4 12.5 13.4 9.3 9.5 12.2
第3次産業 8.3 9.6 10.3 11.4 9.5 8.9 9.5
固定資本形成 27.7 25.7 25.9 24.8 25.5 30.1 23.8
不動産投資 30.3 19.8 25.4 30.2 20.9 19.9 33.2
小売総額 13.3 12.9 13.7 16.8 21.6 15.5 18.4
輸出入総額 35.7 23.2 23.8 23.5 17.8 -13.9 34.7
輸出 35.4 28.4 27.2 25.7 17.2 -16.0 31.3
輸入 36.0 17.6 20.0 20.8 18.5 -11.2 38.7
貿易収支 億ドル 320 1,019 1,775 2,622 2,955 1,961 1,831
直接投資契約金額 前年比、% 13.3 -0.5 -2.1 13.6 23.6 -2.6 n.a.
外貨準備 10億ドル 610 819 1,660 1,330 1,950 2,399 2,648
消費者物価上昇率 前年比、% 3.9 1.8 1.9 4.8 5.9 -0.7 3.3
マネーサプライM2 14.6 17.9 16.0 16.7 17.8 27.7 19.7
実質収入:農村住民 6.8 9.6 10.4 9.5 15.0 8.5 10.9
都市住民 7.7 6.2 7.4 12.2 14.5 9.8 7.8
都市部登録失業率 % 4.3 4.2 4.3 4.3 4.2 4.3 4.3

(注)外貨準備は2010年9月までの数字。
(注)都市部住民の実質収入は一人当たり可処分所得、農村住民の収入は一人当たり純収入である。
(資料)中国国家統計局