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  5. 介護サービスの『現場知』の創出-情報共有を介した人とICTのCo-Empowerment-

介護サービスの『現場知』の創出
-情報共有を介した人とICTのCo-Empowerment-

介護サービスの『現場知』の創出

-情報共有を介した人とICTのCo-Empowerment-

2018年7月5日

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超高齢社会を迎えつつある中で介護サービスの役割はますます大きくなっており、介護分野のイノベーション創出が期待されています。筆者は、人とICTが協調して、介護サービスの質を向上させ、職員の働き甲斐を高めるための仕組みづくりを研究しています。本稿では、介護の仕事に不可欠な現場での知識(現場知)をいかに創出するかについて取り組んだ研究事例を紹介します。

1.介護サービスの本質的な課題は?

(1)いかに質を上げるか?:介護は知的業務

介護サービスの最大の課題は、人材不足と言われています。しかし、ただ人を増やせばよいわけではありません。介護サービスでは適切なケアやサービスを行うため、職員は基本的な介護スキルのほかに、現場の状況に応じて適切に対応するための知識やスキルを身につける必要があります。このような現場依存的で、現場に有用な知識やスキルを「現場知」と呼びます。現場知は現場に存在し、現場で創出され、現場に適用される知識です。一方で、それらの知識やスキルはOJTで身につけるしかありません。人材不足の最大の難点は、新たな人材を育成するために、人や時間を割けないことです。その点で、介護サービスでの本質的な課題は、サービスの質をいかに担保し、いかに質を向上できるかにあると言えます。

介護は身体にきつい仕事のイメージがありますが、実際は、意思疎通がうまく取れない方への対応も多く、様々な状況に配慮し頭を使いながらする仕事で、そこが見落とされがちです。多職種との連携も欠かせません。そのため、観察力、理解力、判断力など「考えること」が必要とされ、そのうえで、より良いケアやサービスをするための創造性も求められるという知的側面がとても重要な仕事です。現場知はその基盤であり、その第一歩として「気づき」が重要です。しかし、気づきは一朝一夕に身につくものではなく、職員が持つ気づきはしばしば暗黙的で、その要素を明確にするのも困難です。そこで、有効な抽出や継承の方法が期待されています。人を増やす取り組みとともに、ケアやサービスの質を高めるための、こうした側面を支援・強化する仕組みが必要だと考えています。

(2)ICTをいかに活用するか?:介護職員の負担と不安

現在、介護サービスにおいてもICTの活用が進んでいます。ただし、使い方は限定的で、主に記録や情報共有など間接業務の補助です。職員にはICTツールの操作が苦手な方も多く、導入による業務の変化に不安を感じる人が少なくありません(注1)。職員の不安を軽減し、負担をかけない、より有効なICTの活用が求められています。前述の課題解消にもつながるICT活用が必要だと考えました。

2.人とICTによる「現場知」の創出

(1)気づきを抽出するための情報の収集

介護サービスでは、多職種の連携や勤務時間帯の違いがあることなどから情報共有が必須です。「申し送り」は日々の情報共有の1つです。申し送りでは、被介護者の状態とその変化だけでなく、職員への注意や指示なども伝達されます。その時々に相談や提案などが含まれ、様々な情報が共有されます。ここで共有された情報は、一般には情報が伝われば任務完了です。一方で、申し送りは職員が現場で気づいた情報を伝えるもので、暗黙化した様々な知識がやり取りされている可能性があります(注2)。そこで、介護現場の知識を創出するのにうまく使えないかと考えました。最近では、申し送りにICTが利用されることも多くなってきたため、申し送りの情報は文字データとして蓄積されています。これは自然言語処理による分析などで有効に活用できます。

(2)対話による情報の意味づけ

しかし、たとえICTで分析ができたとしても、ICTだけでは次のアクションにつなげる判断や行動は起こせません。そこで、分析された結果について、人が何かを考え、どうするかを判断します。人の関与によって情報に意味づけがなされ、現場の課題が発見されたり、「現場知」を創出したりといったことになると考えられます。それが新たなサービスを創出する素材になる可能性もあります。そうなると、職員にとっては情報を記録することに新たな意味が生まれます。それが記録のモチベーションへとつながると期待できます。

(3)現場でのループ形成

対話で抽出された知識は、職員にフィードバックされます。そして、その新しい知識を得た現場職員は、新たな視点から情報を見つけ出せるようになります。新たな情報は、分析を担うICTにとっても新しい情報となり、より精緻な分析ができるようになります。つまり、人とICTの間で「気づき⇒収集⇒分析⇒対話⇒実践⇒新しい気づき⇒…」のループができます。業務の改善、新たなサービスの創出につながる好循環が生み出されることが期待できます。

オピニオン「介護サービスの『現場知』の創出-情報共有を介した人とICTのCo-Empowerment-」
【図】現場知創出のループ(筆者作成)

3.『現場知』の創出に向けた実践

このプロセスを手順化するために実践した研究事例を紹介します。事例は、石川県にある介護老人保健施設和光苑にご協力いただきました。

(1)申し送りの分類

当施設にはICTによる申し送りシステムが導入されています(注3)。まず、そのデータを分析しました。この事例では、申し送りにどのような情報が記載されているかを詳細に把握する目的もあり、ICTではなく、筆者自らが対象とした申し送りをすべて読み込み、意味や業務に応じて内容を分類しました。

各申し送り文は3つの階層でラベル付けできました。第1階層はケア業務の情報か否かの分類です。第2階層は伝達の「意図・目的」の有無です。例えば、指示や依頼、注意の喚起、情報提供など意図や目的を推測できる情報があります。3階層目は、具体的な業務を分類しました。

申し送りには、対応に関する知識やスキル(コツ)などがしばしば書かれていること、複数職員で議論して解決を目指すべき相談や提案の内容も把握でき、申し送りから現場知を抽出できる可能性を見込めました。また、ICT投入の興味深い効果も確認できました。申し送りには、書き方を統一できないという現場の大きな課題があります。職員の熟練度や忙しさなどで、しばしば表記や内容の粒度に差が出てしまいます。ICTの利用で、そのばらつきが減り、書き方に統一感が出てきました。入力補助や検索機能などで他の記述を参考にできるという効果があるようです。

(2)個別の対話:デプスインタビュー

現場知抽出の点では、第2階層に分類される“意図・目的の有無”情報がカギになります。申し送りでは、時間や記述する量の制約があり、基本的に指示とそのポイント程度しか記述されません。ここを記述者から深掘りして聞き取ることで、申し送りの意図や目的、状況場面などの詳細を把握できるようになります。記述者の経験や知識、気づきの視点など、通常暗黙化して説明しにくいことも、申し送りという具体的な事例を使うことで説明しやすくなりました。

(3)集団の対話:ワークショップ

選出した申し送りからサービスの改善につながる対策の具体案を検討しました。数名程度が集まる小さなワークショップで以下を行いました。この活動を通じて、職員たちは自分が持つ現場知を駆使するとともに、新たな現場知を創出していくことが期待されます。

(a)As is:申し送り事例を理解し、現状の対応や考えを洗い出す。
(b)To be:理想や目標となる対応や考えを描く。
(c)To do:実現方法と実現を阻害する要因を挙げ、具体案にまとめる。

ここでは、各職員は、類似の事例を想起したり、各自の経験や知識をもとにして様々なアイデアや工夫を出し合い、具体的な対策案へと昇華しました。この方法のメリットとして、日々の業務がもととなるため「テーマを絞り込みやすい」、「客観的に振り返れる」「他に業務を増やさない」「他職員のやり方や考えを知ることができた」などが挙げられ、現場での実施方法としての具体的な示唆も得られました。

4.人とICTのCo-Empowermentによるサービスデザインへ

ここで提案した方法は、介護現場で持続的かつ自律的に行われるようになることが肝要です。そのためには、まず手続きをできるだけ簡便にする必要があり、ICTが不可欠だと思います。そして、何よりも現場のモチベーションが必要です。その点で、これまで「伝える」ことに主眼があった情報を、他者が「使える」知識に変えることになり、現場の情報共有の意味が変わります。情報伝達や記録に対する職員のモチベーションやコミュニケーションが変わり、この活動の持続化につながることを期待しています。

介護はAIやロボットなどのテクノロジーでは代替できない仕事ですが、人を中心としてICTと互いに寄与し合う関係を築くことは必要かつ有効な手立てだと考えます。本事例では、ICTの活用がまだ十分とは言えません。現在AI技術などを活用して効率的かつ効果的な分析ができるようになるよう取り組んでいます。そして、現場知を駆使・創出しながら、現場で自律的に新たなサービスをデザインできる簡便な方法へと昇華できるよう、今後も介護現場の方々と共に創り上げていきたいと思っています。

参考文献

  • (注1)
    厚生労働省(2014):健康・医療・介護分野におけるICT化の推進について.
  • (注2)
    崎山ら(2011):SECIモデルに基づく双方向的な情報コミュニケーションに関する一考察
    -対話を対象とした看護師間の申し送り分析-.
  • (注3)
    中島ら(2017):介護施設の申し送りにおける情報共有システム導入の効果.
中島正人

本記事の執筆者

経済研究所
上級研究員

中島 正人(なかじま まさと)

 

産業技術総合研究所、科学技術振興機構を経て、2016年富士通総研入社。
専門は認知科学、サービス科学。ICTを活用したサービス現場のスキル・知識の理解技術の開発などに従事。現在は医療・介護サービスのイノベーション創出に関する研究を進めている。
著書は「サービス工学-51の技術と実践―」(朝倉出版:共著2012)など。
博士(工学)。

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