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  5. SXSW2018に見るデジタルヘルスの海外動向

SXSW2018に見るデジタルヘルスの海外動向

2018年5月31日(木曜日)

1.四大テック企業を中心としたヘルスケアへの期待の高まり

世界中の市場で、4大テック企業(Google、Apple、Facebook、Amazon)の存在感が増している。彼らの事業ドメインは拡大の一途をたどっており、私たちの日常生活の挙動データ解析だけでなく、金銭の授受、通勤・通学や医療機関の受診・投薬・リハビリなど、あらゆる生活インフラがこれらのプラットフォーム上に位置づけられる日も近いはずだ。

例えば、Amazonは、物販からクラウドサービスやコンテンツビジネスを手掛けるだけでなく、オーガニックスーパーWhole Foods Marketの買収によって生鮮品市場へ、また、スマートドアベルRingの買収によってホームセキリュティ市場へ参入することが報道されている。そんなAmazonが今後注力するのが、医薬品販売・流通市場だと言われている(注1)。米国の少子高齢化は日本ほど進んでおらず、出生率は改善傾向にあることから(注2)、今後も右肩上がりの人口増加が予想される。それに伴って医薬品ニーズや医薬情報へのアクセス性向上ニーズが高まっており、これをデジタルビジネスの商機と捉えていると考えられる。
他のテック企業もこのデジタルヘルス分野には注目している。2017年9月26日、FDA(米国食品医薬品局)がこの分野に適した承認プロセスを確立するためのパイロットプログラム「PreCert(Digital Health Software Precertification)Pilot Program」を発表したが、ここに参加する企業9社には、AppleやVerily(Googleも傘下のAlphabetグループ)が含まれている(注3)。

 

2.SXSW 2018におけるホットテーマ

このデジタルヘルスケア分野の未来を考えるうえで興味深いカンファレンスの1つに、SXSW(サウスバイ・サウスウエスト)がある。SXSW が開催されるテキサス州オースティンは、前述したAmazonが買収したWhole Foods Marketの本社があることでも知られている。今年で創立32周年を迎える地域を挙げた大イベントであり、ミュージック、フィルム、インタラクティブの分野において、日夜様々なセッションやデモイベントなどが開催されている。SXSWは元々インディーズミュージックのイベントから始まったこともあり、完成品のお披露目会というより、「まだ答えがないことをみんなで議論する場」であることが特徴だ。最近では、オバマ前大統領やイーロン・マスクなどのビッグネームも登壇しているが、成功論を語るのではなく、彼ら目線での未来のあり方や問題意識を発信している。

写真1
写真1 SXSWの会場であるオースティン・コンベンションセンター

3月9日より10日間開催された2018年のSXSWでは、オープニングセッションで禅の精神について言及されたり、ブレイクアウト・トレンド(会期中に発表される今年のトレンド)が”Globally Connected: we’re in this together”(グローバルにつながった世界における共生)であったり、自分・他者や社会との位置づけやコミュニケーションについて多く議論されていたようだ。筆者は、このイベントでデジタルヘルスに関わるセッション聴講やイベント視察を中心に、様々な世界の最先端に触れてきた。


まず全体的な傾向として、筆者が感じたポイントは以下の3点である。


(1)AI、IoT、Blockchain、xR(AR, VR、MRなど)、セキリュティはもはやインフラに
AI、IoT、Blockchain、xRについては、今年のSXSWでも多数の議論がなされていたが、これらは注目される新規技術というよりも、すでに実社会に適用し活用することで実際の価値を生み出し、人々の生活を大きく変えるところまで来ている。これらを活用した安定的かつ信頼性のあるプラットフォームの拡大運用のために、セキュリティも欠かせない要素であることは間違いない。


(2)Disruption(破壊)
2013年に発表されたマキヴェイの著書「DIGITAL DISRUPTION」の中では、デジタル時代の創造的破壊者である「デジタル・ディスラプター」がデジタル・ツールやデジタル・プラットフォームを活用することで顧客に近づき、既存市場から顧客を奪い、業界にイノベーションを起こす(注4)と言われていた。SXSWでは、すでに市場で散見されている車の自動運転やBOTなどのロボットによる直近のDisruptionが多く議論されていた。技術の進化は人間の仕事を奪うなどのネガティブなイメージが先行することも多いが、SXSWでは技術と人間が相乗効果を発揮しながら共生する姿が語られることが多かった。これが上記のブレイクアウト・トレンドにもつながっていたと感じる。

(3)Transparency(透明性)
AIによってブラックボックス化している箇所で問題が起きた場合の対応や、これまで情報の流れが途絶えていたものがBlockchainによって一貫することで生まれる課題など、技術の進展によって必要となる” Transparency”について議論されていた。2018年3月19日にUBERの自動運転車による死亡事故が報道されたが、SXSWのセッションにおいても、Alphabet傘下のWaymoやトヨタ自動車などによる自動運転車の開発が本格化して事故が起こった場合の責任の所在やデータの取り扱いについて議論するセッションが注目を集めていたが、この場合も論点は” Transparency”であった。 

SXSWでは、技術の進展により、さらに増加するDisruptionを踏まえて、私たち自身が未来に向けて何をすべきかが改めて問われていると感じた。また、AIの過失については、タイムリーに社会問題になったことからも、レギュレーションを含め官民を挙げた今後の対応が急務であるはずだ。

3.SXSW 2018におけるデジタルヘルス

筆者は5日間の滞在中、デジタルヘルスを中心としたセッションの聴講やトレードショウの見学を行った。その中で印象的であった3つのセッションのポイントについて、下記に述べる。

(1) デジタルヘルスにおける共感に効果的なストーリーテリング
Intel のヘルス・ライフサイエンス部門のグローバルマーケティングディレクターを務めるBryce Olson氏は、社内でプレシジョン・メディシン(精密医療:検出された遺伝子変異に応じて分子標的薬を処方する個別化ゲノム医療(注5)プロジェクトに参画し、サービスをリリースさせているだけでなく、自らもその被験者として今も治療を続けている。この取り組みを個人セッションで話されていた。2014年に転移性の前立腺がんであると余命宣告を受けた彼は、標準化治療を開始した。しかし、治療効果への疑問や副作用によって、個別化医療への関心が高まり、腫瘍のゲノム解析、臨床試験への参加を経て延命効果を得た。残念ながら2017年に再発してしまったようだが、彼は今も、望む人のすべてが金銭的な問題を気にすることなく遺伝子解析を受けられ、その結果に応じた最適な治療が受けられる仕組みを目指して、The Knight Cancer Institute at Oregon Health & Science University (OHSU)との高精度医療分析プラットフォームの共同開発や、音楽をテーマとする募金団体FACTS (Fighting Advanced Cancer Through Songs;歌を通して進行性のがんと闘う)を立ち上げるなど、様々な取り組みを行っている。SXSWでは、数年前よりストーリーテリング(印象的な体験談やエピソードなどの“物語”を引用することによって、伝えたい思いやコンセプトを聞き手に強く印象付ける手法(注6))によるセッションが話題となっているが、これはその最たる例である。オープンイノベーションを推進するためにステークホルダーを巻き込んでいくには、多くの人が共感できるストーリーがあることが重要だ。Olson氏のセッション終了後は、会場は大拍手に包まれていた。

写真2
写真2 プレシジョン・メディシンについて話すIntel のBryce Olson氏

(2)慢性疾患のモニタリングに有効なデジタルヘルス
1型の小児糖尿病患者は生まれつき血糖値を下げるインスリン分泌が不足しているため、日常生活における血糖値コントロールの負担は大きい。食事の内容、血糖値測定、1日数回のインスリン投与や激しい運動後の低血糖防止の糖補充などが必要である。 2018年2月18日に小児糖尿病雑誌に掲載されたChildren's Minnesotaの事例(注7)では、 1型糖尿病の血糖値コントロールに、ブレスレット型のウェアラブルデバイスFitbitsと医師からの隔週のメールを活用することによって、血糖値マーカーであるHbA1cの数値の安定化やQOLの向上につながったという。この研究を行った病院Children's MinnesotaのLaura Gandrud医師、血糖値管理のためのスタートアップGlooko社のRick Altinger CEO、保険会社UnitedHealth GroupのExec VP Deneen Vojta医師、高校生の1型糖尿病患者Brian Meadsさんの4人によるセッションが行われた。実際にMeadsさんが普段持ち歩いているリュックサックから血糖値管理アイテムを取り出して、サッカー部の活動にも言及するなど、エンドユーザーの声も踏まえた具体的な議論がされていた。ウェアラブルデバイスは今後の成長性が期待される分野(注8)であり、QOLへの貢献度も大きいが、病状のモニタリングにより通院回数が減るとなると、既得権益者からの反発が予想される領域でもある。保険の仕組みも含めて、患者にとって最も良い仕組みを提供すべきある。
なお、2018年2月14日に、このGlooko社のモバイルインスリン投与システムがFDA承認を得たことが発表されているが、これは対象が2型糖尿病患者であり、今後は対象や用途の拡大が期待される。

写真3
写真3 1型糖尿病患者Meadsさんを含めた血糖値コントロールの検討メンバー

(3)米国におけるデジタルヘルスビジネスの障壁となるもの
デジタルヘルスビジネスの成長の鍵を握るのは米国であると言われており(注9)、21世紀医療法や上述したFDAによる承認プロセスを確立するためのパイロットプログラムPreCertなどによって、さらにその勢いが加速していくと思われていたが、参加したセッションやミートアップの内容から、ビジネス推進上の課題がわかった。

(ア) 誰がお金を払うのか
ヘルスケアのコンプライアンスとデータパートナーを手がけるDetica社のVP Kris Gösser氏が、デジタルヘルスケアビジネスの成功と失敗要因を分析したセッションでは、「BuyerがUserではないことが問題だ」という指摘があった。ビジネスの多くは、以下のような構造となっており、利益と価値の循環の仕組みが合致していないのだ。
 a) Buyer=保険会社、製薬会社
 b) User=医療従事者
 c) Benefiter=患者
そのため、ビジネスのアイデアはあっても、それを実現するためのビジネスモデルを構築・運用することが難しく、いくらBenefiterのニーズがあっても、その実現がなかなかできないのである。また、他のヘルスケアにおけるイノベーションをテーマにしたセッションでも、「デジタルヘルスの有効性はエビデンスが揃いつつあるが、まだ保険を含めたビジネスの仕組みができていない」という議論があった。

(イ) 法規制
一見すると、アメリカではデジタルヘルス領域すべての規制緩和が進んでいるように見えるが、活況なのは健康増進や病気の予防的措置、個人と医療の情報連携、慢性疾患のモニタリング、遠隔医療やゲノム医療などである。依然として、診断や治療領域でデジタル医薬品として承認を得られるまでのFDA、FTC(連邦取引委員会)による審査やHIPPA(医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律)の遵守などのハードルは高い。日本で事例として紹介されていても、実際は研究プロジェクトの段階であったりするものも多い。EHR(Electronic Health Record:医療情報連携基盤)の活用についても、インセンティブ制度により、導入数が増えたという事実はあるものの、データを活用するには、日本と同様にデータ数や精度の問題を抱えている。2018年1月24日にトランプ政権の厚生長官がEHRの活用に反対を示し、「医者の負担になるこの記録システムは再検討する必要がある」と主張したことが報道されたが、米日ともにEHRの活用は今後の課題であるはずだ。日本では、2018年5月11日に施行された次世代医療基盤法(注10)が取り組みの後押しとなるのか、動向が注目される。

(ウ) 閉じた世界
医療ヘルスケアデータの所在が局所的かつ閉鎖的であり、自治体のオープンデータのように社会的な活用はこれからだという議論があった。また、障壁が高く、異業種との連携が難しい匿名化等の個人情報の課題もあるが、Blockchainなどの信頼性の高い技術の導入によって、今後変化することが期待される。

SXSWの多様性は誰もが感じることだが、今回イベントに参加してみて、その印象がますます強くなった。学会や技術の展示会とは異なり、課題の捉え方が局所的ではなく社会的で、個人の思いの要素も強い。また、イノベーションのアイデアをビジネスとして扱うことにより、ユーザーからのサービスのアクセス性や継続性が向上する。さらに、閉鎖性が指摘されるヘルスケアだからこそ、他の領域と積極的に交わる機会を設けることで、現状では解がないことの突破につながる可能性があるのだ。

今年中に公開される予定のICD-11(世界193か国で用いられている国際疾病分類)では、疾病の種類が前ICD-10の7倍を超えるとも言われている。病状が多様化している今日だからこそ、予防や疾病コントロールへのデジタルヘルスの活用が期待される。その際、他のデジタルイノベーションの進展を忘れてはならないし、プラットフォームでつながる世界の中でヘルスケアを考えていかなくてはいけない。そういう場として、SXSWは非常に適していると思う。

一方で、デジタルヘルスを今の私達の日常生活で活用しようとするとウェアラブルセンサーによる局所センシング結果に基づく体調管理が中心になってしまうが、今後、より体質・症状を全人的に捉え、異常時の対応を医学的に図れるようになってくるであろう。また、病気になった時の治療の選択肢が増え、主治医による治療だけでなく総合的な判断をもとに個人に最適な治療が提供されるようになるであろう。それによって治療効果の向上や副作用の軽減が実現されるだけでなく、不安な気持ちや術後の落ち込みなどのメンタルサポートも行えるようになるはずだ。さらに、国をまたいで移動しても、その人の生まれた時からのヘルスケアデータがスムーズかつセキュアに主治医間で連携できるようになるだろう(EUにおける一般データ保護規則(GDPR)(注11)の問題はあるが)。今回のSXSWを経て、そういう未来像が湧き上がってきた。日々のDisruptionの確かな勢いを把握しつつ、今後もデジタルヘルスの未来に向けて取り組んでいきたい。

注釈

(注1): https://zuuonline.com/archives/182747Open a new window

(注2):http://www.worldcareer.jp/ranking/detail/id=72Open a new window

(注3):http://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/news/16/092809348/?ST=healthOpen a new window

(注4):『DIGITAL DISRUPTION——破壊的イノベーションの次世代戦略』、ジェイムズ・マキヴェイ著、2013年、実業之日本社

(注5):https://www.ncc.go.jp/jp/ri/department/bioinformatics/project/010/index.htmlOpen a new window

(注6):https://kotobank.jp/word/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0-802216Open a new window

(注7):https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29464831Open a new window

(注8):https://www.statista.com/statistics/387867/value-of-worldwide-digital-health-market-forecast-by-segment/Open a new window

(注9):https://www.cbinsights.com/research/digital-health-startups-world-map/

(注10):https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/jisedai_kiban/dai5/siryou1.pdfOpen a new window

(注11):https://www.jetro.go.jp/biz/sensor/areareports/2018/bef14bc82cad6929.html

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片岡 枝里花(かたおか えりか)
株式会社富士通総研 コンサルティング本部 産業グループ シニアコンサルタント
薬剤師。製造業・ヘルスケアを中心とした新規事業企画・実行支援に関するコンサルティング業務に従事。