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「中国製造2025」はなぜ米中貿易紛争に巻き込まれたのか?

2018年5月11日(金曜日)

米中間には巨額な貿易不均衡が生じており、それを是正すべきことは両国間で一致しているが、その原因やアプローチ方法について、両国の考え方はかみ合わない。話し合いはうまく行かず、米国は一方的な貿易制裁措置という極端なアプローチで中国に譲歩を迫っているが、中国も対抗措置を発表して、貿易紛争の度合いが増してきている。米国の制裁措置案は、既存の貿易製品(鉄鋼など)からハイテク製品へシフトし、未来の産業を育成する産業政策「中国製造2025」をターゲットとしたのである(注1)。

米国は、建前では、中国が「中国製造2025」という産業政策を通じて不公正な補助金によって対象産業の過剰生産能力を形成したり、市場取引によらない海外技術の獲得をサポートしたりすることを批判している。一方、世界の主要メディアは、米国政府高官の話(注2)を引用して、米中貿易摩擦の原因は貿易不均衡よりも次世代産業技術をめぐる覇権争いという背景があると報じている(注3)。2018年4月16日に米商務省は、対イラン制裁法令に違反した社員を処分する約束を履行していないという理由で中国の大手通信機器メーカーZTEへの部品(ICチップやソフトのすべて)輸出を禁ずる行政措置を取った。米中貿易紛争がエスカレートしている時期と重なり、米国の禁止措置は対中ハイテク産業を狙ったものであるとの見方が中国では一気に広がった。中国のソーシャルメディアでは、米国は中国に「中国製造2025」を廃止するよう圧力をかけているという情報が飛び交っている。

「中国製造2025」はどういう性格を持つ産業政策なのか? 「中国製造2025」に対する米国の懸念はどこにあるのか? 市場経済の視点から「中国製造2025」をどう評価すべきか? このような点について検証する必要がある。

1.「中国産業政策」が生まれた背景

「中国製造2025」政策が生まれたのには、いくつかの時代的な背景がある。まず、中国政府は、中国の製造業はコストの面で途上国からの追い上げに直面しながら、先進国の「再工業化」政策によってキャッチアップが遅れてしまい、先進国と途上国の挟み撃ちにあっているという危機感を深めている。つまり、中国の製造業の生産性上昇はコスト上昇と一致していないのである。

中国は、製造業の生産量(付加価値ベース)では世界一になっているが、図表1が示すように、国民1人当たりで見るとその他の新興国とさほど変わらないレベルにあり、米国の3分の1、ドイツ・日本の4分の1しかなく、キャッチアップの道のりもなお遠い。

【図表1】国民1人当たりの製造業付加価値
【図表1】国民1人あたりの製造業付加価値
(注)厳密的には、製造業従業員当たりの付加価値で生産性を検証すべきだが、データの制約から国民一人当たりの付加価値で代用している。
データ出所:UNIDO


次に、中国の製造業は、日本、ドイツ、韓国などから部品、素材、設備を輸入して組み立てて欧米市場に輸出する組立プラットフォームのような存在でしかない。例えば、ロボット生産量は世界トップになっているが、精密減速機の75%、サーボモーターの80%、コントローラーの80%は輸入に依存している。自動車トランスミッションなどのキーパーツの輸入も急増し、貿易収支は悪化しつづけている。

確かに、図表2が示すように、米国商務省の統計データによると、米国による中国からのハイテク製品輸入は急拡大している。アジア開発銀行の調査では、アジアのハイテク製品輸出における中国製のシェアは、2000年の9.4%から2014年の43.7%までに急増したが、同時期に日本は25.5%から7.7%までに縮小した(注4)。米国政界や行政府も、ハイテク分野における中国の台頭に警戒を強めている。

【図表2】米国の対中ハイテク製品(ATP)貿易
【図表2】米国の対中ハイテク製品(ATP)貿易
データ出所:U.S. Department of Commerce, WIPO


しかし、図表3が示すように、米国の対中ハイテク分野の輸入は、スマホやパソコンなどの組立製品が中心である(90%以上を占めている)。しかし、これらのIT製品は、米国や日本、韓国、台湾からキーパーツを輸入して組み立てているだけである。中国のICチップ貿易の赤字は、2011年の1,376億ドルから2017年の1,933億ドルに急増した。

因みに、付加価値で見ると、アップルのiPhone7における中国の取り分は数%しかない。中国では、産業の付加価値向上を急ぐ政策が必要不可欠だという認識が強まっており、また、貿易上のワッセナー・アレンジメント(注5)や一方的な制裁などの政治的な理由や技術独占などの経済的な理由で「他人に束縛される」という強い「弱者意識」が存在している。そのような背景のもとで、米国によるZTEへの輸出禁止措置によって、中国政府や産業における「自主創新」による束縛からの開放が必要という認識が、かつてないほど高まってきている。

さらに、2011年に米国が出した「先進製造パートナーシップ」政策、2013年にドイツが提起した「インダストリ4.0」プロジェクト、2015年に日本が発表した「ロボット新戦略」などの動きは、中国に大きな刺激を与えた。新産業革命に乗り遅れるまいと中国に緊迫感をもたらした。

このような新産業革命のうねりにタイミングよく乗っていくために、先進国製造業へのキャッチアップモデルからイノベーションモデルへの転換が必要であるとの認識から、「中国製造2025」という中国独自の包括的な製造業高度化戦略が生まれ、2015年に公表されたのである。「中国製造2025」は中国版「インダストリ4.0」であるとよく言われるが、ITと製造業との融合によるスマート製造の実現という意味では軌を1つにしているが、素材やキーデバイスの国産化、製品や製造システムのエコ化の実現などでは、日米欧の製造業ではすでにかなり実現されている分野で、キャッチアップ色の強い産業政策も内包している(注6)。

【図表3】米国の対中ハイテク製品輸入の分野構成と付加価値配分の例
【図表3】米国の対中ハイテク製品輸入の分野構成と付加価値配分の例
データ出所:U.S. Department of Commerce


2.「中国製造2025」に対する欧米の不満

「中国製造2025」は、フェーズⅠ(2015~2025年)、フェーズⅡ(2025~2035年)、フェーズⅢ(2035~2045年)という努力目標を設定している。「中国製造2025」は、長期的な戦略プランで、伝統的な製造業の高度化、環境と調和のとれる健全な発展、新技術に対応した産業発展を兼ねたプランである。

市場経済国の視点からは、中国が製造業30年戦略目標を制定することは、計画経済の余韻がなお中国の政策制定分野に残っているようにも思われる。しかし、「中国製造2025」の原則は「市場による資源配分の決定的役割を十分に発揮させ、企業の主体的な地位を強化し、政府の政策ガイドラインとしての役割に徹し、企業発展の環境整備に努める」とも書かれており、市場と政府の健全な関係をいかに構築していくかということで揺れ動いているようにも見られる。

ただ、基礎技術産業育成への国産化率の目標設定に対して、欧米の政府や産業界は不満を抱いている。「中国製造2025」には、5つの重要プロジェクトを推進することが書かれている。

(1)イノベーション主導の発展戦略の推進

(2)スマート製造を核として推進

(3)基盤技術産業を強化するプロジェクトの実施

(4)製造業のエコ化の推進

(5)ハイエンド装備製造業の振興

このうち、イノベーション、スマート製造、エコ化の推進において政府が政策支援を行うことは、米国でもオバマ政権当時に打ち出したNNMI(米国製造業イノベーション・ネットワーク)において政府主導による新たなイノベーションセンターの設立などが定められていたことからもわかるように、日米欧でも常套の手段として新鮮さはない。

だが、基盤技術産業(コア基礎部品、新素材)の強化プロジェクトには、国産市場シェアの目標が書かれている。このことに対して、欧米産業界からは、市場化に向かう改革方針に逆行するとともに、中国市場および第三国市場で外資企業が影響を受けるという批判が強まっている。これらの批判に対して中国の工業情報化部の苗部長は、市場シェアの目標は予測的な数字にすぎないことや、一部の分野で自国の技術や製品にこだわっているのは先進国の対中輸出の制限があってのことと弁明している。

それ以外にも「中国製造2025」に関する欧米産業界からは、ローカルコンテンツの調達要求にとどまらず、地場企業への資金援助、政府支援による生産能力過剰問題、外資企業への技術移転への要求、海外技術買収への国家政策的介入についても不満がくすぶっている。

3.「中国製造2025」への評価

(1)産業政策は必要最小限に

そもそも、自国の産業振興における産業政策の有効性に関して、中国国内の経済学者の間で論争が絶えない。有効性を信じる論点は、先進国においても成功している産業政策は新興国においても重要な役割を果たしたが、産業政策で失敗した事例は産業政策自体よりも産業政策を支える政府の決定(政策手段など)の失敗だとするものである。それに対して、産業政策を批判する論点は、産業政策は形を変えた計画経済であり、一定の産業に対する市場アクセス、税収や補助金、融資、土地優遇、政府調達、輸出輸入などの諸政策における差別待遇は、レントシーキング(rent seeking)や汚職をもたらすしかないと主張している。図表4が示すように、近年、中国では、産業政策の名目で数多くの政府誘導基金(Government guide fund)が設立されている。産業発展に対する政府の介入が多すぎると言わざるを得ない。

確かに、産業政策の有用性に関しては、「市場の失敗」と「政府の失敗」を背景に日本を含む先進国においても長年議論が展開されており、その是非は定説が存在しない。中国に至っては、産業政策の名の下で企業活動に対する政府介入の度合いが多すぎる。したがって、幼稚産業保護論で産業政策がサポートされるとしても必要最小限にとどめるべきであろう。

今回の米国によるZTEへの輸出禁止措置によって、キーパーツなどの国産化が切実な課題になったことは理解できるが、グローバルなサプライチェーン構築のメリットを無視して国産化に極端に走るべきではない。むしろ、重要な部品調達の分散化によるリスクヘッジは企業経営として必要であると考える。例えば、日本や韓国、台湾と東アジア電子サプライチェーン共同体を設立することなども1つの案となろう。

【図表4】政府誘導基金の設立状況
【図表4】政府誘導基金の設立状況
データ出所:Zero2IPO


(2)産業政策と通商政策との整合性を

WTO体制に組み込まれた中国の産業政策である「中国製造2025」が通商政策(WTOで課されている義務など)と整合的になっていないことが、内外から批判が多い背景になっているのではないかと考える。これは、中国における産業政策担当官庁と通商政策の担当官庁との間の意志疎通が足りないという技術的な側面が多いと筆者は感じている。

WTOルールとの整合性や市場化改革と産業政策の健全性をいかに実現していくのか。これは中国が背負っている大きな課題である。たとえWTOの現行ルールに抵触することがなくても世界の貿易活動への影響が大きいことに鑑み、持続可能で調和のとれた貿易関係を世界各国とともに図っていくべきであろう。

(3)通商政策上の妥当性はWTOで判断されるべき

他方、米国が自ら主導して形成した国際貿易秩序は守られなければならない。もし、「中国製造2025」がWTOルールに抵触するという確かな証拠があれば、WTOの紛争解決ルールに従って判断し、中国に政策を是正するよう提言すれば、世界各国からの支持も得られる。さもなければ、市場パワーを持つ米国は、一方的な通商政策を貫くことはできるかもしれないが、道徳的な優位性は失われるだろう。これまでWTOで負けた中国は対象政策を変更しているので、WTO紛争処理の有効性は証明されている。「中国製造2025」に関わる紛争もWTOの枠内で解決されることを望む。

注釈

(注1) : Bloomberg "Trump Targets China's Push to Make Its Economy High-Tech"

(注2) : CNBC "US could target 10 Chinese industries, including new-energy vehicles, biopharma"

(注3) : Inside U.S. Trade "Navarro: Section 301 tariffs will hit China 2025 industries"

(注4) : ADB(2015) ASIAN ECONOMIC INTEGRATION REPORT 2015

(注5) : ワッセナー・アレンジメント(Wassenaar Arrangement)とは、通常兵器の輸出管理に関する、国際的な申し合わせである。42ヶ国が協定を結んでいる。通称「新ココム」。正式名称は通常兵器及び関連汎用品・技術の輸出管理に関するワッセナー・アレンジメント(The Wassenaar Arrangement on Export Controls for Conventional Arms and Dual-Use Goods and Technologies)。

(注6) : 「中国製造2025」に関する詳細な分析は、筆者の書いたFRI研究レポートNo.440「産業高度化を狙う『中国製造2025』を読む」を参考されたい。

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金 堅敏

金 堅敏 (Jin Jianmin)
株式会社富士通総研 経済研究所 主席研究員
【略歴】
中国杭州生まれ。1985年 中国浙江大学大学院修了、97年 横浜国立大学国際開発研究科修了、博士。専門は中国経済、企業戦略論。1998年1月富士通総研入社。
【著書】
『自由貿易と環境保護』、『図解でわかる中国有力企業と主要業界』(日本実業出版社)、『中国世紀 日本の戦略 米中緊密化の狭間で』、『華人エコノミストの見た中国の実力』(共著)、日本経済新聞「中国のミドル市場開拓戦略」(「経済教室」)他。
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