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  5. 日銀新体制の課題:2つの「出口」を巡って

日銀新体制の課題:2つの「出口」を巡って

2018年4月9日(月曜日)

3月19日に雨宮正佳、若田部正澄両氏が副総裁に任命されたのに続き、4月9日には黒田東彦氏が総裁に正式に再任命され、今後5年間の金融政策を担う日銀の新体制が発足した。黒田総裁の下で推し進められた大胆な金融緩和に対する評価(成果と限界)、および今後待ち受けるであろう課題について、筆者はこれまでも折に触れて見解を世に問うてきたが(注1) 、この機会に再度現時点での私見を述べることとしたい。

1. 黒田総裁1期目の評価:QQEからYCCへ

(第1フェーズ:QQE直後の1年間)

黒田総裁1期目の金融政策については、3つのフェーズに分けて考えるべきだと筆者は考えている。第1のフェーズはQQE導入直後の約1年間であり、これはアベノミクスないしQQEが成功した時期だと捉えられる。繰り返し述べているようにQQEの本質は短期決戦型のショック療法であり、政策波及ルートとしては為替レートの円安に強く期待するものだった。そして実際にQQEは、(1)為替市場参加者の多くがソロス・チャートに基づいて取引を行うという行動経済学的バイアスの結果であれ、あるいは(2)それ以前の為替レートが購買力平価(概ね1ドル=100円)に比して「過度の円高」だったことの反動によるものであれ、大幅な円安に繋がった(注2)。

この円高是正をきっかけに株価も大幅に上昇し、国民の心理が急速に明るくなったことは、アベノミクス=QQEの成果として高く評価すべきだろう。実体経済の面でも、大規模な財政出動が行われたほか、消費増税前の駆け込み需要だけでなくアベノミクスへのある種のユーフォリアもあって個人消費が大きく盛り上がり、13年度は+2.6%の高成長が実現した。さらに肝心の物価は、円安の効果に負う部分が大きかったとはいえ、QQE導入から1年後の生鮮食品を除いた消費者物価の前年比が(消費税の影響を調整して)+1.5%に達した。この1年間はまさに成功の1年だったと言うことができよう。

しかし、円安を梃子とした物価上昇が持続的なものとなるには賃金の上昇が伴うことが不可欠だった。そして注目された14年春の賃上げは+2%超などと報道されたが、大幅円安に伴う企業業績の急回復にもかかわらず、定期昇給を除いたベース・アップは僅か+0.4%程度だった(注3)。実質賃金は大幅な低下であり、4月からの消費税率引き上げをも考慮すれば、増税に伴う駆け込み需要の反動を別にしても(この駆け込み・反動自体、大方の見方を上回る規模となった)個人消費の一時的な弱さは避けがたかった(注4)。この時点で「2年で2%」という短期決戦のシナリオは事実上崩壊したと言えよう。

(第2フェーズ:追加緩和から「総括的検証」まで)

このように、マネタリーベースを増やすだけでは持続的な物価上昇に繋がらないことが明らかになりつつあったにもかかわらず、原油価格の下落などから表面上の物価上昇率が鈍化すると(【図表1】)(注5)、日銀は14年10月に量的緩和の拡大に踏み切った。為替市場や株式市場の参加者はこれを「黒田バズーカⅡ」などと賞賛したが、円安により実質賃金はさらに圧迫され、持続的な物価上昇に繋がることもなかった。この頃から金融政策は第2フェーズ=迷走期に入ったと評価される。

【図表1】消費者物価指数(水準)の推移
【図表1】消費者物価指数(水準)の推移

その後も、物価上昇率が低迷を続けて2%目標の達成時期の先送りを繰り返したほか、15年の夏からは「中国リスク」などを背景に円高と株安が進んだ。しかし、既に1か月に10兆円もの長期国債を買い入れていた日銀には量的緩和の拡大という選択肢は残されていなかった。「2年で2%」が達成されれば大きな問題はなかったが、膨大な国債買い入れを5年も6年も続けることは不可能だったからだ。結局、「展望レポート」公表のタイミング毎に追加緩和期待から円安・株高となり、日銀がゼロ回答で応じると反動で円高・株安が進むという形で、市場に不要な撹乱をもたらすこととなった。

そして、16年初にさらに円高・株安が進んだ段階で日銀が打ち出したのがマイナス金利政策だった。同政策については、既に本欄でも論じている(「マイナス金利の導入:背景・評価・課題」、16年2月)ので詳論は避ける。ここでは、量的緩和が限界に達した以上、金利を軸とした政策に戻ること自体は自然な選択だったが、(1)マイナス金利を導入しつつマネタリーベース目標を残すという中途半端な(あるいは矛盾した)仕組みだったことや、(2)相変わらずサプライズを狙ったために消費者心理の悪化や金融機関の強い反発を招き、結果的に「失敗」と受け止められてしまったとだけ指摘しておこう(注6)。こうして量的緩和は限界に達し、マイナス金利も想定以上の悪評だったため、日銀は16年9月の「総括的検証」に追い込まれていくこととなった。

(第3フェーズ:YCC導入以降)

「総括的検証」に関しては、過去の政策がなぜ物価上昇に繋がらなかったのかを説明した文章と、その結果導入した新しい政策枠組み(イールドカーブ・コントロール=YCC)を区別して考えることが重要である。「総括的検証」の文面に書かれていることは、はっきり言って意味不明である。例えば前掲【図表1】を見れば、14年頃から下落を始めていた原油価格が基調としての物価上昇を阻む最大の理由でなかったことは明らかだし、インフレ期待がbackward-lookingないし極めて粘着的であることはQQE開始のずっと前から知られていた(注7)。しかし、YCCは量的緩和から金利政策へのレジーム転換であり、政策の持続性を高めることを意図したものだった。そして、このYCCの導入とともに金融政策は現在まで続く第3フェーズ=安定期に入っていく。実際、「総括的検証」以降の1年半余り、金融政策は全く変更が行われていないことは周知のとおりであり、前述した「展望レポート」公表前後の市場の乱高下も全く姿を消している。

ここで注目すべきは、毎回の金融政策決定会合の結果には長期国債保有の増加額について80兆円という目処が示されながら実際の購入額はこれを大きく下回っていることや、オーバーシュート型コミットメントで強調されたマネタリーベースの増加に重点が置かれているとは思えないことである。実際、国債の購入テンポは50兆円程度まで削減されステルス・テーパリングなどと呼ばれているが、このことで政策の持続性は大幅に高まっている(新規の国債発行を35兆円程度とすると、日銀保有が毎年80兆円増えれば民間保有は45兆円ずつ減る必要があるが、日銀保有増が50兆円なら民間保有は15兆円減れば済む)。17年4月まで「展望レポート」に毎回掲載されていたマネタリーベースと日銀保有長期国債のグラフ【図表2】が17年7月から姿を消したことは、日銀が最早「量」を重視していないことを端的に示すものと言えよう(注8)。

【図表2】マネタリーベースと日銀保有長期国債のグラフ
【図表2】マネタリーベースと日銀保有長期国債のグラフ
出所)日本銀行『経済・物価情勢の展望(2017年4月)』


2. 黒田総裁続投の意味

次に、黒田総裁続投の意味についても、ごく簡単に触れておこう。この点に関しては、既にメディア等で様々な解説がなされているが、筆者にとって最も分かり易かったのは、本年初のテレビ番組で甘利明元経財相が日銀総裁の後任について問われた際の答えだった(注9)。甘利氏曰く、(1)追加緩和はもう無理だが、(2)現在はデフレ脱却に向けて重要な局面にあり、拙速な「出口」戦略にもリスクがある。結局、(3)現在の政策を継続するのがよいことになるが、「政策を変えないで人だけ変えるというのは変ではないか」。報道等では、安倍総理自身には本田悦朗駐スイス大使の起用の考えもあったと伝えられているが、おそらく甘利発言は総理周辺の多数派の意見を反映したものだったと考えられる。だとすれば、黒田続投が決まったということは、当面の金融政策は不変だということを意味する。

おそらく、今回の日銀人事の鍵は本田悦朗副総裁の可否だったのだろう。仮に本田氏が副総裁に就任すれば、その影響力は小さくなかったと考えられる。というのも、普段リフレ派色を露骨に示さないメンバーも含めて、現在の日銀審議委員の半数以上が本田氏の推薦によってそのポストに就いたと見られるからだ。したがって、本田氏が副総裁となり、黒田総裁に反旗を翻す形で追加緩和策を打ち出した場合、多くの委員が苦しい立場に追い込まれた可能性が高い。つまり、本田副総裁の起用は金融政策に大きな混乱を持ち込む懸念があった(黒田氏はそれを心配していたのではないか)。

しかし、実際には若田部正澄氏がリフレ派を代表する形で副総裁に就任した。海外論調に精通する若田部氏が名目GDPターゲットや物価水準ターゲットといった新奇な政策に言及して、メディアや市場に影響を与えることは十分に考えられる。とはいえ、他の審議委員らが若田部氏に個人的な恩義を感じる理由はないので、現実の政策的影響力は限定的に止まろう。実際、リフレ派内の序列では岩田規久男前副総裁の方が若田部氏よりずっと高いにもかかわらず、その岩田氏でさえ少なくとも任期の後半には政策運営に大きな影響力を持たなかったのである。

3. 2つの「出口」とその難易度

(意外に近いかもしれない「第1の出口」)

さて、今後5年間新体制の日銀が抱える最大の課題は、言うまでもなく異例の大胆な金融緩和がしかも予想外に長期化し、副作用が目立ち始めた現状からいかに「出口」を探るかにある。しかし、日本で「出口」を語る場合、常に意識する必要があるのは、YCCの枠組みには2つの金利目標、オーバーナイト金利(現状-0.1%)と10年債金利(現状概ねゼロ)がある以上、金融緩和の「出口」にも2種類あるということである。常識的には長期金利目標の調整(注10)が先行すると考えられ、これが「第1の出口」になる。

ただし、主要国の中央銀行で長期金利目標を設けたのは日本だけだから、これは現在米国のFRBが進めているような短期金利の引き上げとバランスシートの縮小といった本格的な「出口」(後述の「第2の出口」に対応)とは別物と理解する必要がある。したがって、「第1の出口」のタイミングは必ずしも物価目標2%を達成した後というわけではない。この点、筆者は以前から生鮮食品とエネルギーを除いたベースのいわゆるコアコアCPIの上昇率が+1%に達する頃が1つの目処だろうと述べてきた。長期実質金利が-1%というのは相当に強力な金融緩和であり、これ以上長期金利をゼロ近傍に保つには国債購入額をかなり増やす必要がある(それは政策の持久性を損なう)からである。そして市場では、今やこうして見方がある種のコンセンサスになりつつある。この閾値について日銀から一切明言はないが、最近の日銀のプラグマティズムを前提にすると、この市場の見方に乗って来る可能性が高いのではないか(市場が織り込んでいるなら、そのとおりに日銀が動く限り、市場の混乱を心配する必要はない)。

しかし、そう考えると「第1の出口」のタイミングはそう遠くない可能性がある。というのも、【図表1】に見るように15年末頃から2年近く全く横這いだったコアコアCPIが昨年半ば以降、おそらくは人手不足を背景とした人件費や物流費の上昇を背景に明確な上昇基調に転じているからだ。日銀が目指す2%は遠いとしても、今年の終わり頃には+1%程度に達する可能性があるのではないかと筆者は見ている。そうすると、「第1の出口」に関する限り、意外に近い将来に大きな混乱なく乗り越えられるのかもしれない。

(極めて難しい「第2の出口」)

これに対し、2%目標を達成して短期金利を引き上げ、バランスシートを縮小するといった本格的な「出口」、すなわち「第2の出口」の難度は遥かに高いと予想される。まず、そもそも2%の達成にはまだ暫く時間が掛かるだろう。足もとのコアコアCPIの上昇は、主に非正規雇用の時給上昇を背景としたものと考えられるが、2%の持続的な物価上昇には正規雇用のベース・アップがある程度の幅で定着していく必要がある(【図表3】)。だが、安倍総理の3%賃上げの掛け声にもかかわらず、その実現はまだ遠い(注11)。

【図表3】名目賃金の推移(前年比、%)
【図表3】名目賃金の推移(前年比、%)
注)パート・アルバイトの時給はリクルート・ジョブズ調べ

しかし、それ以上に大きな問題は財政健全化の遅れである。これまでも何度も繰り返し論じてきたように、この「第2の出口」の成否を決するのは、2%目標が達成された時点で市場が財政の持続可能性を信じているか否かである。財政の持続可能性が疑われる中で日銀が国債の買入れをストップすれば、国債価格の暴落は必至だからだ(逆に日銀が国債買支えを続ければ円安とインフレのスパイラルに行き着く)。そういう意味では、2%目標の達成の遅れは、むしろ財政再建への時間的余裕を与えた筈である。

にもかかわらず安倍政権はこの5年間、日銀緩和が続くことを頼りに時間を浪費してしまった(注12)。昨秋の総選挙で教育無償化などを打ち出し、これまで国際公約でもあった20年度のプライマリーバランス(PB)黒字化を断念せざるを得なくなったのはその結果である。今年1月時点の内閣府の試算では、20年度のPBは11兆円近い赤字であり、PB黒字化のタイミングは27年度まで遅れる(【図表4】)。しかも、これは(1)相変わらず実質2%強、名目3%台の高成長を前提にしたものであり、(2)公債残高のGDP比率が低下するシナリオが維持されているのは、長期金利の前提を大幅に下方修正した結果である(注13)

【図表4】中長期の経済財政試算
【図表4】中長期の経済財政試算
出所)内閣府「中長期の経済財政に関する試算(2018年1月)のポイント」

これでは、2%目標達成までまだ暫く時間が掛かるとしても、それまでに財政健全化への信認を確保することは容易ではない。今後5年間総裁の地位を保証された黒田氏には、政府が「持続可能な財政構造の確立するための取組み」を確約した13年1月の「政府・日銀共同声明」に基づいて、政府に財政健全化に向けての一層の努力を迫る姿勢が求められよう(注14)。

また、短期金利を引き上げて膨大な超過準備に付利をするようになれば、日銀が巨額の損失を計上することになる点は、既に多くの論者が指摘しており、いくつかの試算も存在する。紙数の関係もありここでの詳論は避けるが、赤字幅は日銀保有国債の増加などにつれて刻々変わってしまうため、最新の試算として日本経済研究センターの『2017年度金融研究報告』(18年3月)所収の左三川郁子ほか「日銀が直面する金融政策運営のジレンマ」を挙げておこう。この問題に関しても日銀は正面からの対応を避けているが、結果的に国民負担に直結する問題である以上、積極的に自らの試算を公表して説明責任を果たすことが必要である。

4. 「出口」に先立つ2つのリスク

(2%目標達成前に景気後退に陥るリスク)

以上では、遠くない将来に「第1の出口」に到達し、もう少し時間が掛かるにしてもいずれ「第2の出口」にも達するという前提で議論してきた。しかし、その前に日本経済ないし日銀が困難な局面を迎える可能性についても考えておく必要がある。その第1は、2%目標を実現して「第2の出口」に到達する前に次の景気後退局面が来てしまうリスクである。実は筆者はかなり長く、現在の構造的な人手不足を踏まえれば、早晩賃金上昇スピードは加速するから、今回の景気拡大局面のうちに2%は達成されるという前提で考えてきた。例えば、2年前に出版した拙著「金融政策の『誤解』」も概ねそのトーンで書かれている。

こうした筆者の判断を動揺させたのは、史上最高水準の企業収益と深刻な人手不足が続く中で16年、17年と春闘の賃上げ率がむしろ低下したことであった。本欄に「物価はなぜ上がらないのか(1)~(3)」(16年8~9月)、「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか:書評と考察」(17年6月)といった文章を公表したのも、日本の労働市場は単純な自然失業率仮説では記述できず、正規と非正規の市場分断をはっきり考慮し、正社員の賃金が上がらない理由を正面から考える必要があると認識したからだった(注15)。

同時に、賃金上昇が遅れる一方で景気拡大局面が長期化していくにつれ、2%達成前の景気後退リスクをも意識せざるを得なくなった。既に現状では景気拡張局面が「いざなぎ景気」を超えて戦後2番目の長さとなっている。このまま行くと来年初には戦後最長の景気となるのだが、それまでに2%が達成されているとは考え難い(「希望的観測」の日銀見通しでも、2%達成は19年度中である)。その先には19年10月に消費増税が予定されており、「第2の出口」はその影響が落ち着いてからと考えると、それまで現在の景気拡大局面が続くという保証は全くない。

だが、仮に2%目標が達成される前に景気後退を迎えても日銀にできることは極めて限られている。「第1の出口」で長期金利を引き上げていれば、それを再度下げることは可能だが、バランスシートを眼一杯拡大し、マイナス金利まで導入した日銀にはそれが精一杯だろう。しかも、安倍政権は財政再建を先送りしているから財政出動の余地も乏しい。もし景気後退の程度が(例えば米国や中国でのバブル崩壊をきっかけとした)深刻なものであれば、日本経済は金融・財政政策ともに手詰まりという危うい立場に陥ってしまう。何より2%の物価目標を掲げた最大の理由が(平時の金利水準を上げることで)いざという時の金融政策の対応余地を作り出すためだったことを考えると、そのためのバランスシート拡大などがむしろ政策対応余地を奪ってしまうのは深刻な皮肉と言わざるを得ない。

(為替レート政治化のリスク)

以上に加えて、最近気になり出した第2のリスクが為替レートの政治化である。筆者にとってこの話は、昨年後半頃から「内外金利が拡大した割に円安が進まないな」と感じたことから始まる。しかし、対外収支の動きを見れば、これは全く意外ではなかった。思い起こせばQQEの下で急速な円安が進んだ13~14年頃は、貿易赤字が急速な拡大を続け経常収支の赤字転落さえ懸念された時期だったのだ。これに対し、その後は原油価格の下落にここ1年半ばかりの輸出の急増が加わって、現在の経常黒字のGDP比はかつて「警戒ライン」と呼ばれた4%を上回っている(【図表5】)(注16)。

【図表5】対外収支のGDP比(%)
【図表5】対外収支のGDP比(%)

しかし、それだけなら、さほどの懸念は不要である。為替レートは所詮、金利差と黒字の綱引きであまり大きくは動かないと考えられるからだ。問題は、そこにトランプ米大統領の政策が加わってくる点にある。まず、昨年末に成立した大規模減税によって、米国の対外赤字は今後拡大していく筈である。11月の中間選挙を控えて赤字拡大を示す統計が出てくるのは、赤字削減を公約したトランプ氏にとって極めて不快なものだろう。もちろん、それは同大統領の政策の結果なのだが、誰もが知るようにトランプ氏が自ら責任を認めることは決してない。当然、黒字国に責任を転嫁することになる。その場合、保護貿易策に加え、為替にもツイッターで口先介入を始める可能性が高いのではないか。主要なターゲットは中国だろうが、「同盟国日本は対象にならない」と楽観できないのは、先の鉄鋼・アルミ関税の例が示したばかりである。

その結果、仮に1ドル=100円割れとなっても、日本経済全体への影響はあまり深刻ではないと筆者は考えている。購買力平価が概ね1ドル=100円だから、90円台は決して「過度の円高」ではないし、主要企業がその程度で経営を脅かされる心配はない。しかも、ここ数年の経験が示すのは、輸出数量に影響を及ぼすのは為替ではなく、製造業のグローバルPMIなどが表す海外景気だということだった(注17)。若干景気が減速しても、人手不足が和らぐ程度だろう。マクロ政策の基本は雇用だと考える筆者からすれば、特に大きな問題はないことになる。

問題があるとすれば、それは安倍政権と日銀にとってである。過去5年間のアベノミクス、QQEの成果は、(構造的な人口要因による労働市場のタイト化を別にすると(注18))企業収益の改善にせよ株価上昇にせよ、結局は円安に負う部分が圧倒的に大きいからだ。円高で企業収益が悪化し株価も崩れれば、「アベノミクス、QQEは一体何だったのか」ということになろう。特に日銀にとっては、為替が政治化するタイミングが米中間選挙より前だとすれば、「第1の出口」さえ難しくなってしまう恐れがある。しかも、いったん為替が政治化すれば金融政策による対応は「円安誘導」と批判されるリスクがある一方、財政出動は人手不足を深刻化することはあっても円高対策にはならない。この場合も、政府・日銀はやはり手詰まりに陥る恐れがある。

注釈

(注1) : この点に関する最もまとまった記述は拙著「金融政策の『誤解』」(2016年、慶應義塾大学出版会)にある。その後の展開については本欄の「日銀の『総括的検証』を読み解く」(2016年10月)、「『総括的検証2.0』が必要だ(上・下)」(2017年8~9月)を参照。このほか、「(講演)実験的金融政策の成果と限界」、『証研レビュー57巻12号』(2017年12月、日本証券経済研究所)所収をも参照。

(注2) :正確に言えば、円安が始まったのは13年4月のQQE導入の前、12年11月の衆議院解散前後だったが、これは選挙後に安倍政権が成立し、(具体的な内容は不明だったとしても)大胆な金融緩和が行われることを市場が予測していたためである。

(注3) : 春闘の結果について筆者は、毎年夏に厚生労働省が公表する「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」の賃上げ幅を採用し、ここからほぼ1.8%の定期昇給分を除いてベース・アップ幅と見做している。

(注4) : なお、「消費増税の影響で景気は大きく落ち込み、なかなか回復しなかった」との見方は駆込みと反動に対する理解不足(「経済論議の混乱とその原因-初歩的誤解を正す-」(で論じたように成長率への寄与度では反動は駆込みの2倍になる)に加え、(日銀などが過少推計の可能性を指摘した)93SNAベースのGDP統計の印象が残っているからではないか。08SNAに基づく新統計でみると、増税の影響は比較的小さく、回復も速やかだったことが分かる。

実質GDPの推移

(注5) :しかし、後に日銀が「物価の基調」と呼ぶようになる生鮮食品とエネルギーを除いたベースは、「2年で2%」は無理にしても着実な上昇を続けていた。この時に、強引な追加緩和を行うのではなく、「物価は確実に上昇基調にある」として、持久戦への転換を模索すべきだったのではないか。

(注6) : なお、マイナス金利導入をきっかけに20年ものなどの超長期債の金利までがマイナスを記録したことで、金融機関の収益や年金制度の持続性などに大きな悪影響を及ぼしたとの見方が拡がっている。しかし、もともと現金の存在などから大幅なマイナス金利は不可能なことを考えると、マイナス金利が導入されても超長期債の利回りが大幅に低下することは合理的には説明できない。これは、サプライズ的なマイナス金利導入が機関投資家のパニック売りといったherd behaviorを招いた結果だと思われる。

(注7) : これらについてより詳しくは、前掲「日銀の『総括的検証』を読み解」くを参照。

(注8) : こうした政策上の言行不一致は、おそらく80兆円目処の削除を提案した場合のリフレ派政策委員の抵抗を考慮したことや、為替市場の意図せざる反応への懸念など、日銀執行部のプラグマティズムを反映したものだろう。しかし、こうした姿勢は説明責任を欠き、市場とのコミュニケーションをも損ねることになる。その結果、将来の「出口」局面で大きな代償を支払う結果となるリスクを孕んだものでもある。

(注9) : 具体的には1月10日に放映されたBSフジ「プライムニュース」においてであり、この時筆者は小林喜光経済同友会代表幹事とともに同席していた。

(注10) : ここで長期金利目標の調整と言う場合、オーソドックスには現在概ねゼロとされる10年債金利の目標を例えば20ベーシス引き上げて0.2%とすることを意味する。ただし、実際には「『総括的検証2.0』が必要だ(下)」で述べたように、目標金利のマチュリティーを短期化して、例えば8年金利の目標をゼロ程度とする可能性も考えられる。

(注11) :今年の春闘の結果は未だ明らかでないが、筆者は賃上げ率でここ数年で最高だった15年並みの+2.4%程度、定昇部分を除くと+0.6%程度だったのではないかと考えている。

(注12) : 第1回目の消費増税先送り後の15年に策定された財政再建計画では、18年度のPB赤字をGDP比1%まで削減する中間目標が掲げられた。しかし、最新の試算では18年度のPB赤字はGDP比2.9%とされている。この2%近い赤字拡大は、17年4月から19年10月への再度の増税延期の影響(GDP比で0.7%程度)では到底説明できない大きさである。

(注13) : 具体的には、昨夏の試算で1.4%だった20年度の長期金利が0.4%に引き下げられた。一方、消費者物価の上昇率は19年度に日銀が目指す2%に達することになっている。インフレ率2%、名目成長率3%台なのに長期金利は0%台というのは、あまりに身勝手な前提だと言うほかあるまい。

(注14) : なお、「日銀が国債を買い取れば政府債務はそれだけ減少する」などといった暴論が全くの誤りであることは、ヘリコプター・マネーに関連して拙著でも説明したが、より丁寧な説明については翁邦雄「金利と経済」(2017年、ダイアモンド社)を参照。

(注15) : 正確に言うと、拙著の中には自然失業率を前提にした議論と「逆インサイダー・アウトサイダー理論」といった市場分断に関する議論が入り混じっている。この時点では、筆者の頭の中が十分に整理されていなかったと認めざるを得ない。

(注16) : なお、このところ貿易黒字以上に経常黒字が拡大しているのは、①インバウンドの増加でサービス収支が改善していることと、②対外資産ストックの蓄積で所得収支の黒字が拡大しているためである。

(注17) : 13~14年の急激な円安が輸出の増加に繋がらなかった一方、16年後半には幾分円高気味の中でグローバルな製造業サイクルの改善を追い風に輸出が増加し始めた。これは、自動車を別にすると今や日本の最終財輸出は殆どなくなりつつある一方、主要な輸出品は資本財、部品、素材などグローバルなサプライチェーンに組み込まれたものが中心になっているためだと考えられる。

(注18) : ただし、各種世論調査の結果を見ると、安倍政権への内閣支持率は20代の若者で突出して高くなっている。これは若者の保守化と言うより、若者が「就活が良くなったのはアベノミクスのお陰」だと思っているからのようである。

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【調査・研究】


早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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