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  5. VR/ARに今、参入する意義 ―20年後の勝者になるために―

VR/ARに今、参入する意義 ―20年後の勝者になるために―

2018年1月12日(金曜日)

VR/ARは、パソコン、モバイルに続く「第3のプラットフォーム」として、社会を変えていくことが期待される技術・サービスである。今は市場が開花する前の深い溝(キャズム)にあるが、人の認識を変え行動を変えるなど、VR/ARが提供する新たな「体験価値」の可能性は計り知れない。それを信じて、本気で、継続して取り組む者だけが、この市場での勝者になれる。

1. はじめに―第3のプラットフォーム―

VR(Virtual Reality)は「仮想現実」。AR(Augmented Reality)は「拡張現実」。VR/AR(注1)と聞いて、読者は何を想像するだろうか。「プレイステーションやポケモンGOなどのゲーム、ディズニーランドやジョイポリスなどのアミューズメント。それにバーチャル旅行やマンションの内見、ものづくりのデザイン、手術のシミュレーションでも使われ出したらしいね。」およそイメージがそれくらいの方も多いのではないだろうか。

VR/ARは、エンターテインメント(以下、エンタメ)だけのものではない。「バーチャルなんとか」にとどまるものでもない。パソコン、モバイルに続く「第3のプラットフォーム」として、社会を変えていくことが期待される技術・サービスである。パソコンで動いていたアプリケーションは次々にスマートフォンに移植された。スマートフォンでしかできないこと、新たな価値(嬉しさ)も多く生まれた。同じことが、次はVR/ARに対して起こる。ザッカーバーグは盛んに「VR/ARが次のソーシャル・プラットフォームになる」と主張している(注2)。多くの識者が言うように、生活やビジネスのあらゆる場面にVR/ARが欠かせない時代がやってくる。以下、具体的にイメージしてみよう。

2. VR/ARが実現する世界

あなたはVR/AR メガネあるいはコンタクトをつけて、普通に道を歩いている。もはやスマートフォンは手にしていない。目に映る現実の風景の中に、右のビルはこういう施設、左の店はこんなキャンペーン中です、空を見上げると今後12時間の天気はこうなる、そうした説明が浮かんで見える。この先にコンビニがある、次に来る電車は混んでいる、という情報も空間に表示される。行きたい場所を呟くと、今ここを曲がれ、と方向矢印が空間に現れる。道行く人、隣の席の人、名前やプロフィールが見たければ、その人にぶら下がる。「あ、信号待ちのあの人は、大学の後輩。」「そのファッションに『いいね!』してみようか。」欲しい情報(プル型)、ないし誰かが見せたい情報(プッシュ型)が、目の前に次々と現れる。

「そうだ、ここにいないあの人たちと話そう。」そう思うと、1人で座った喫茶店の前の席に、ロンドンと北京にいる2人が登場し、「対面」しての会話になる(注3)。思い立ったら、深海や宇宙を一緒に「旅する」こともできる。身体のユビキタス。そんな超現実な世界。

「歩きスマホ」は危険だが、「歩きVR/AR」 は、当たり前。そういう日常が、それほど遠くない将来にやって来る。ビジネスシーンも同じ。会議、プレゼンテーション、メール、スカイプなどのコミュニケーション。あるいは企画、調達、製造、販売などの業務。ご自身のビジネスシーンがVR/ARでどう変わるか、上記を例としつつ、ぜひ想像してみていただきたい。

3. 豊穣の「未開拓」市場

お気づきのように、上記のようなシーンを実現するVR/AR は、IoTを通じてAIとつながっている。ビッグデータが支えている。アフェクティブ・コンピューティング(注4)がベースになっている。ブロックチェーンが守っている。そのように、今注目されている新たな技術群は、「第3のプラットフォーム」であるVR/ARを出口として、我々の眼前に顕在化・効力化する。それを見越して、Facebook、Google、Microsoft、Apple、等々、軒並みVR/AR市場に参入し、投資を続けている。皆が次の時代の主導権を狙っていることが、こんなにも分かりやすい「未開拓」市場。さて日本企業(特に投資力のある大手)の打ち手は、どうなのか。

ゴールドマンサックスは、2025年にVR/AR市場が950億ドル(約11兆円)規模になるとの推計を出している。その内訳を見ると、エンタメ系が75%、それ以外は産業系として、医療、ものづくり、小売、教育、観光などの業務系分野となっている。3D空間に没入してのシミュレーション、ナビゲーション、疑似体験などが、エンタメを超えた様々な用途に拡大するであろうと見ている(注5)。

2025年という、あと10年以内のスパンなら、その程度の市場規模かもしれない。しかし20年先、エンタメ系75%の要素、つまりゲーム、動画、ライブ配信などは日常に浸透し、今でいうエンタメの狭いジャンルにはとどまらないだろう。それを思えば、11兆円は、ほんの序の口でしかないはずだ。

4. キャズムを超えて

VR/AR市場の勃興は中長期的には必然と見たとして、問題は「キャズムの見極め」である。キャズムとは、イノベーティブな商品・サービスが、初めにもてはやされてからその後広く普及するまでに来る、深い市場の「溝」のことだ。

日本のVR/ARプレーヤーの現状は、まさに「キャズムに耐える日々」であろう。2017年10月に東京で開催されたJapanVRサミットのセッション「グローバルVR/AR・12兆円市場へのロードマップ」での第1テーマは、「VR市場はなぜ加速しないのか」であった。日本を代表するVR/AR論者たちの結論を一言で言えば、まだ儲かると思えないから。騒がれる割には、なかなか儲からない。だから投資をやめる。業界では、2016年は「VR元年」と言われ、ゲームなどのエンタメ「以外」の領域への適用が大きく進むことが期待された。しかし市場は開花せず、撤退企業も相次いだ。

キャズムを超える処方箋は、「儲かる手応え」しかない。VR/ARならではの新しい、ワクワクするようなサービスの創造(企画開発)と実装(サービスイン)である。特に、エンタメに閉じない生活領域やビジネス領域等での適用事例。VR/ARによって、便利になる、楽しくなる、質が上がる、効率化する、そうした新しいサービスを、小さい取り組みでも具体的に打ち出して、やってみて、成果を生むこと。それがカギであり、そのサービスアイデアと、それを実現する技術(とコスト優位)をセットで持てたものからキャズムを超え、市場を取っていくことになる。

5. 視覚データへの着目―人の認識を変え行動を変える―

そうはいっても、新サービスの企画開発は容易なことではない。ここでは1つのヒントとして、サービス企画をそのシーンからイメージするのではなく、取得できるデータ起点で考えることを提示したい。

ほかのすべてのコンピューティングと同様、VR/ARでもデータが取れる、溜まる。であれば、分析、評価、フィードバックのサイクルが回せる。では、VR/ARで取れるデータの特性は何か?

VR/ARは、視覚からリアリティを持って脳に直接訴える技術であり、その反応をデータでトレースすることが可能である点に着目したい。何をどう見たか、つまり視線・視点はどう回遊したか、何をどれくらい凝視したか、視野に入ったものでも注目されなかったものは何かなど、人が視覚から得たものに対する反応が、現実世界と同じ3次元データで捕捉できるのである。

それを活かせば、より認識度・理解度の高い表示や見せ方の検討および改善のフィードバックを回すことができる。動きや所作、あるいは形状や様子などを、伝える、把握する、真似る、ガイドする、ヒントを出す、変えてみせる、など人への働きかけにVR/ARは極めて有効な道具だ。視覚は、人の認識の8割のインプット、と言われるが(注6)、そうした働きかけを行い、その反応をデータでトレースし分析することで、人の認識を捉えるだけでなく、その認識を変え、行動を変えることにまでつなげられるはずだ。センサーなどの様々なログとも組み合わせ、その効果を一層高めることも当然期待できる。

例えば、昨年ウォルマートがVRを店員教育に取り入れたことが話題となった(注7)。接客や陳列等の業務をVRの仮想売場で学ばせるということだが、単に3次元の業務体験によって能力開発の効率・効果を高めるだけに、狙いはとどまらないだろう。

つまり、視覚からの様々なインプットで、店員がどう認識するか、どう行動を変化させるかという知見・ノウハウを、トレースしたデータの分析から溜めることができる。それは店員だけでなく、顧客に向けても応用が利く。店員あるいは顧客を対象として、人の認識を変え行動変化を促す。そのためにVR/ARを使い、取得した3次元の視覚データ(および、その影響を受ける認識や行動データ)を分析・活用して、さらにその効力を高める。店員の能力開発はもとより、サービス向上、店舗作り高質化、購買行動変革、告知効果向上など、多様な効果を意図するものと想定される。

データ活用は、ウォルマートのお家芸と言える。より売り(買い)やすく魅力の高い店舗(売場・棚・客導線など)やサービスの設計、その効果の測定、さらにフィードバックによる継続改善など、実用への期待が高まる。

さてVR/AR側から見ると、視覚だけでなく聴覚(音を伝える)、そしてハプティクスと呼ばれる触覚技術(力・動き・振動・手触りなどを伝える)との融合も進みつつある(注8)。近い将来、さらに味覚、嗅覚も含めた人間の五感すべてがVR/ARの対象となる。これらから得られるデータの活用可能性も吟味して、新サービスが検討され始めている。

6. 最後に 新たな体験価値を目指して~ まだ誰でも勝者になれる

パソコンは「手軽に」、携帯は「どこでも」、スマートフォンは「つながる」という新たな価値を作った。VR/ARが提供するのは「体験」という価値である。いま世に出始めている新サービスは、例えば仮想の危険体験による安全教育・訓練、バーチャル店舗回遊、作業・運転シミュレーションなど、すべて体験型のものだ。

ところで、上記のような「今そこにある」リアルの疑似・置き換えではなく、全く新しい体験価値(新たなリアル)の創造こそ、VR/ARの真骨頂ではないか、と筆者は考える。視覚をはじめとする五感から直接脳に働きかけるVR/ARだからこそ得られる、今のバーチャルとリアルの垣根を超えるような、まだ見ぬ体験価値。その創造にチャレンジし、豊かで驚きのある未来を描きたい。
まだ「勝者」のいないVR/AR市場。チャンスは誰にでもある。それを信じて、本気で、継続して取り組んでいくことがカギである。

VRの活用 取り組み例

2017年7月の米ウォルマートにおけるVR活用の発表は日本の小売業者の目にどのように映っただろう。従業員トレーニングコストの削減、よりリアルな接客シチュエーションの再現、トレーニングメニューの追加のし易さの観点でVRを活用した従業員トレーニングの取り組みだ。コンテンツは、「ブラック・フライデーなど平常時でない状態での対応方法」、「顧客サービスの学習」、「商品の整理や展示などの業務の習得」の3つのカテゴリーにおいて、約30秒から5分程度のコンテンツが30種類以上用意されているとのこと。現在およそ187カ所の従業員訓練センターで導入されており、今後も引き続きコンテンツの拡充を計画している。

Amazonがその活動範囲を店舗ビジネスにも拡げようとする中(Amazon GOやホールフーズ買収など)、店舗運営では一日の長があるウォルマートが従業員の店舗運営能力でさらなる差異化を図ろうとするのは当然のことであろう。本稿にもあるようにVRは社会へ浸透する直前の位置につける技術であるが、世界最大の小売業ウォルマートの取り組み発表をもって、確実に企業の『㏌B』領域でもプラットフォームとしての存在感が大きく増したと言えよう。

日本においては最新の総務省統計局の人口推計にて、2030年に1,100万人分の労働力不足に陥ると言われている。加えて働き方改革との板挟みで抜本的な従業員教育、合理化は待ったなしの状態である。RPA(Robotics Process Automation)などのツールで後方業務を合理化し、売り場作りや接客時間を最大化し、かつ、その質を上げる部分にVRという装置を導入しようとする取り組みは必ずや今後急増するであろう。まだ小売業などでの活用例は少ないが、以下日本企業の取り組み例を参照いただきたい。

(1) 商船三井様「乗組員安全訓練ツールとしてゴーグル型ARを活用」

不安全行動により発生する船内事故防止を目的に、VRを活用した訓練の導入を検討している。物理的な制約などで訓練では再現が難しい事案にVRを活用することで、安全意識を高める目的。今回は労働災害の1件として転落事故を模したケースをコンテンツとして用意。今後は同コンテンツの教育効果を確認しながらコンテンツを拡充し、各船への導入を随時実施していく予定。

(2) セコム様「各種ケースに応じた模範的な対応をVRで学習」

各社員のスキルアップによるサービス品質向上を目指し、社員研修にVRを活用。研修プログラムでは、煙が充満する中での避難誘導訓練や避難器具の体験シミュレーションなど、状況に応じた対応を擬似的に体験学習できる内容で構成されている。またVRの導入により、これまで準備や片付けに多額の費用がかかっていた研修や、危険性が高く体験できなかった事案を、より多くの社員が安全かつ低コストで受講できるようになった。今後も、VRに適した内容を中心にコンテンツを充実化させていく予定。

(3) 日本航空様「整備士・パイロット訓練プログラムにMR活用」

整備士・パイロットともに、訓練を行う上で時間や物理的数に限りがあるなど(地上待機中の機体が必要/フライトシミュレーターは数に限りがあるなど)の制約条件が存在しており、効率的に訓練を行うことができなかった。MRを導入することで、それら制約条件を回避することに加え、匠の技術・ノウハウの伝承も実現していけるよう、マイクロソフト社と協同して開発することを決定した。コンテンツの内容は、本物のコックピットやエンジンを仮想的に再現し、自分の手を使って操作や構成等を確認できるようになっている。また、 目の動きや目線の動きを表示する技術を応用し、ベテランパイロットや整備士と同じ目線で訓練することが可能になっている。現在、限られた機体のコンテンツしかないため、その範囲を拡充していく予定。

顧客満足の最大化に直結する『接客』、安心感の大前提としての『危険回避』など、人間の能力に依存しなければならない業務はまだ数多く存在する。コンテンツ作成のリードタイムやコストなど、まだまだクリアすべき課題はここ日本においては多く存在するが、早期に着手した企業がその価値を最大限に享受できることは自明である。日本の流通業においても取り組みが加速され、より従業員の能力開発に最新の技術が貢献することを期待したい。

[参考文献]

(1)「巨人アマゾンと善戦するウォルマート。武器はVRも活用する人材育成とEC戦略」HORBOR BUSINESS Online、2017年7月1日記事
(2)「ゴーグル型VR(仮想現実)による乗組員安全教育ツールを開発」商船三井HP、2017年10月30日プレスリリース
(3)「警備業界初、VR技術を活用した研修プログラムを導入」セコムHP、2017年11月6日報道資料
(4)「セコム、企業研修にVR活用 危険事例を疑似体験」Mogura VR、2017年11月7日記事
(5)「Mixed Realityの可能性 ~日本航空の仮想訓練プロジェクト」日本の人事HR Tech、2016年11月2日記事


西田 武志(にしだ たけし)

西田 武志(にしだ たけし)

株式会社富士通総研 コンサルティング本部 流通グループ グループリーダー
アパレル・専門店を中心に小売業・卸売業まで流通業全般のシステム企画、プロジェクトマネジメントサポートを担当。

注釈

(注1):現在、複合現実と言われるMR(Mixed Reality)、あるいはそれらを総称したXR(X-Reality)などの言葉も登場しており、本稿の意味合いではXRを使うのが正しいかもしれないが、ここではより馴染みのあるVR/ARを使うこととした。

(注2):Facebook創始者マーク・ザッカーバーグの発言。例えば、以下を参照。
(ザッカーバーグらが語る「FacebookがVRで描く未来図」WIRED、2016年2月28日)
https://wired.jp/2016/02/28/zuckerberg-vr/

(注3):テレイグジスタンス、という。人間が現存する場所と異なる場所に実質的に存在し行動する存在拡張の概念と、それを実現する技術のこと。例えば、以下を参照。 (「テレイグジスタンスとは」舘研究室)
http://tachilab.org/jp/about/telexistence.html

(注4):人間の感情や情緒を扱うコンピューティング分野。
例えば、以下を参照 (Affective Computing Web Pages)
http://affect.media.mit.edu/

(注5):「世界の常識を変えるAR(拡張現実)VR(仮想現実)とは」ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント、2016年8月3日
 https://www.gsam.com/japan/gsitm/report/pdf/2016/flashrept_20160803.pdf

(注6):例えば、以下を参照。 (中村克樹 他, 「脳における異種感覚情報の統合メカニズム」, 戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE)平成15年度終了課題成果報告)
 http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/scope/result/h15/k-nakamura.pdf#search

(注7):例えば、以下を参照。
(MIT Technology Review「Finally, a Useful Application for VR: Training Employees」、2017年11月22日)
https://www.technologyreview.com/s/609473/finally-a-useful-application-for-vr-training-employees/#comments

(注8):VRの触覚体験については、以下を参照。
(アルプス電気 ニュースリリース、2016年9月26日)
http://www.alps.com/j/news_release/2017/0926_01.html

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平野 篤(ひらの あつし)

平野 篤(ひらの あつし)

株式会社富士通総研 コンサルティング本部 デジタルサービス開発室 室長
2001年富士通コンサルティング事業本部入社。2007年より富士通総研。流通・サービス業向け事業戦略・業務改革コンサルティングを経て、安心安全、環境、海外ビジネスなどの新領域開拓や多くの国家プロジェクト等に従事し、現職に至る。