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  4. 米国のパリ協定離脱による国際枠組への影響

米国のパリ協定離脱による国際枠組への影響

2017年8月25日(金曜日)

1. 米国離脱へのリアクションと影響予測

2016年11月のパリ協定発効は、気候変動対策の国際枠組の歴史的な転換点として、世界から歓迎された。その推進力となったのは、温室効果ガス排出量がそれぞれ世界第1位・2位の中国とオバマ政権下の米国との協力である。両国は、2016年9月3日に協定の批准を揃って表明し、パリ協定は発効に向けて大きく前進した。当時議会の過半数を占めた共和党はパリ協定への参加に反対していたが、批准に議会承認を必要としなかったため、オバマ前大統領は反対派に阻止されることなく批准することができた。しかし、2017年1月に気候変動対策に否定的なトランプ大統領が就任したことで、米政府の姿勢は大きく変わることとなった。

パリ協定発効から半年後の2017年6月1日、トランプ大統領は米国が協定から離脱することを正式に表明した。多数の経済界トップに加え、ティラーソン国務長官をはじめとする大統領側近もパリ協定への残留を求めていたが、選挙公約として掲げられていたパリ協定離脱は実行された。発表直後は、他国の排出削減のモチベーション低下への影響を懸念する声もあがった。しかし、気候変動対策のリーダーである欧州諸国に加え、中国やインドといった新興国もすぐに「米国離脱に関わらずパリ協定とその下での排出削減を推進する」と表明し、その懸念を払拭した。さらに、米国の州や都市などの自治体やグローバル企業による同様の意思表示が相次ぎ、脱炭素化へと向かう流れが変わらないことが明確にされた。

しかし、世界第2位の排出国である米国が、国レベルの排出規制を実施しないことにより、少なからず影響が及ぶという見方もある。米国エネルギー情報局(EIA)は、2022年以降の発電所からの排出量を規制する「クリーンパワープラン」(注1)が実施されない場合は、実施の場合と比較して石炭の生産および消費が約200万トン/年増えると予測している(注2)。また、電力会社の幹部に対するアンケート結果は、トランプ政権発足によって石炭火力発電所の新設を視野に入れることはないが、既設についてはその稼動期間延長を考えている(注3)ことを示している。

2. 応用一般均衡(CGE)モデルを用いた影響評価

このように、米国がパリ協定を離脱することで、米国の化石燃料の生産・消費が拡大する可能性も残る。そして他国にも、化石燃料の需給や価格を通じて影響が及ぶことも起こりうる。日本を含め、米国離脱に関わらず排出削減に取り組もうとする国々にとって、その影響を把握することは、今後の排出削減計画を検討する上で重要である。

そこで、パリ協定離脱の場合は米国が目標としていた排出削減を全く行わないと想定して、それによる米国のエネルギー生産および消費の変化が、国際的な削減努力に与える影響を分析した。具体的には、中期(2030年)目標達成によってもたらされる各国の経済的影響に関して、パリ協定に米国が参加する場合としない場合を比べた際の変化に注目する。マイナス変化が大きい場合は、その国の目標達成による経済的負担が大きくなり、実現がより困難になると解釈できる。また、米国についても、離脱による自国の排出量や経済への影響を評価した。

分析対象とするケースは、パリ協定下での全ての国による目標遵守(パリ協定シナリオ)と、パリ協定からの米国離脱(米国離脱シナリオ)の2つである。それぞれについて、エネルギー代替を含む応用一般均衡(CGE: Computable General Equilibrium)モデルであるGTAP-Eモデル(注4)を用い、各国の目標達成に必要とされる炭素価格とGDP変化を算出した。このモデルが分析できる温室効果ガスはエネルギー起源のCO2排出のみである。また、中期目標を設定する上での基準年は各国がそれぞれ独自に決めている。そこで本分析では、国連に提出された各国の目標値から、植林による削減効果を除外し、基準年を1990年で統一したClimate Action Tracker (CAT)(注5)による数値を参照した。さらに、1990~2030年までの排出予測値(注6)に基づき再計算を行って求めた数値を、各国および地域の中期目標として用いた(図表1)。

【図表1】各国および地域の再計算後 の2030年CO2排出削減目標(%)*

【図表1】各国および地域の再計算後 の2030年CO2排出削減目標(%)

出所)CATによる分析等に基づき富士通総研作成
*米国のみ、同国が「中期目標」として掲げた2025年の削減目標値に基づく。

まず、パリ協定シナリオにおける各国および地域の実質炭素価格とGDP変化(図表2)は、各国目標の厳しさを評価する目安となる(注7)。米国については、炭素価格は先進国中で最も低く、GDP変化は-0.13%と一部の新興国よりも小さい。したがって、米国の削減目標は比もともと比較的緩かったといえる。

【図表2】パリ協定シナリオにおける2030年の各国および地域の実質炭素価格(USD)とGDP変化(%)

【図表2】パリ協定シナリオにおける2030年の各国および地域の実質炭素価格(USD)とGDP変化(%)

出所)富士通総研作成

3. 他国の目標達成への影響

米国以外の国々について、パリ協定シナリオと米国離脱シナリオの結果を比較すると、GDP変化は全ての国/地域について±0.1%未満と非常に小さい。つまり、各国における削減目標達成による経済的影響に対して、米国離脱が及ぼす変化は限定的であることが示された。その上で、国や地域によって以下のような特徴が見られた。主な国・地域のGDP変化の内訳を図表3に示す。

【図表3】パリ協定シナリオと比較した米国離脱シナリオにおける2030年実質GDP変化の内訳*

【図表3】パリ協定シナリオと比較した米国離脱シナリオにおける2030年実質GDP変化の内訳

出所)富士通総研作成
*カッコ内の値は実質GDP変化のパーセンテージ。
** 輸入は減少の場合にGDPのプラス変化、増加の場合にマイナス変化に寄与する。

米国の主要な貿易相手国で、化石燃料の主な輸入先の一つでもあるカナダおよびメキシコは、米国への輸出に向けて化石燃料の生産を拡大する。これによって生産要素(労働や資本)への需要が高まり、その価格が相対的に高くなるため、製造業においては競争力を失い、輸出の合計は減る。しかし、化石燃料の生産拡大による投資の増加や、生産要素の価格が上がり個人所得が増えることによる消費増の結果、GDPは微増する。

中国やインドは、米国の製造業における輸出増加の影響を最も受ける。米国に対して競争力が低下するこれらの国々では、製造業の輸出が減り、投資の縮小や生産要素の価格下落が起きる。一方で、化石燃料等の中間投入物の輸入が大幅に縮小するため、GDP変化の内訳においてプラス変化とマイナス変化が相殺し合い、GDPがわずかにマイナス変化となる。

日本は、パリ協定シナリオにおける炭素価格が高く、米国離脱シナリオでの炭素価格が約2ドル下がる。これによって、パリ協定シナリオと比べて中間投入物価格が下がり、製造業における生産物の価格も下がって輸出が増える。同じく炭素価格が高い欧州諸国でも炭素価格が約3~4ドル下がり、同様の傾向が見られる。これら削減目標が厳しい国々では、炭素価格変化がGDP変化の一部の要因となるが、最終的なGDP変化に大きな影響を与えるものではない。

4. 米国の排出と経済の変化

米国離脱シナリオでは、米国以外の国々は削減目標を達成するという想定である(注8)。よって、前国際枠組である京都議定書から米国が離脱した際は最大の関心事であったリーケージ(排出規制のある国/地域から規制の無い国/地域への排出の移動)は本分析では起こらず、米国でどれだけ排出量が増大するかが問題となる。分析の結果、米国の排出量は目標不履行分以上に増加するが、その追加分は米国排出量全体の2%程度と小さいことが示された。

排出増加の要因は、米国以外での排出削減による化石燃料への需要縮小が価格下落につながり、米国の化石燃料への需要が拡大するためである。特に、石油製品の需要量つまり排出量の増加が最も大きい。米国の石油製品は、原料である石油のほぼ全てが輸入されている。その価格が下がるため、国産品の価格も下がり需要が拡大する。石油についてはその消費によるもともとの排出量が、石炭とガスについては輸入依存度が小さいため、これらの化石燃料への需要増加と排出増加量は小さい。

米国のGDPは、パリ協定シナリオに比べて0.15%と大きくはないがプラス変化する。これは主に、炭素価格が無くなり製造業の輸出や需要が拡大することによるものである。中間投入財として使用する輸入化石燃料の価格が下がることも、製造業における生産価格の下落につながる。さらに、石油製品、交通、ガスへの民間需要の拡大もGDPのプラス変化に寄与する。石油製品とガスへの需要拡大については既に述べた通りであるが、交通についてはその主な中間投入財が石油製品であることによる。輸出の合計は増えるが、化石燃料に関しては米国は競争力を失い、輸出が減少する。米国の化石燃料への需要が増大し、国内価格が上がるためである。

5. 米国離脱後の世界の脱炭素化に向けて

パリ協定は、気候変動対策の長期的な目標の共有によって、国際社会の脱炭素化を方向付けた。その実現に向けた各国の取組に対して、米国離脱が及ぼす影響は限定的であることが本分析で示された。よって、パリ協定にとってより重要なのは、米政府に再度コミットメントを求めることよりも、それ以外の国々による排出削減の履行といえる。そのマイルストーンとして、まずは中期目標の達成が求められるが、現状の各国目標を合計しても、「産業革命前と比べた平均気温上昇を2℃未満に抑える」というパリ協定の目標達成の軌道には乗らないと考えられている。したがって、国際枠組において2018年から5年毎に行われる進捗確認を経て、参加国、特に日本を含む主要排出国が削減目標の引き上げを求められる可能性は高い。

日本は、中期目標達成の実現に向けて課題を抱えている。政府が示す「長期エネルギー需給見通し」では、石炭火力、原子力、再エネが2030年電源構成に占める割合は、それぞれ26%、20~22%、22~24%となっている。この構成に基づき算出される電力排出係数が、中期目標達成手段に組み込まれている。しかし、東日本大震災後には石炭火力発電所の新設計画が多数立ち上がり、計画通りの場合は26%を大きく上回ると見られている(注9)。昨年以降、CO2排出増加の懸念から環境省が再検討を求めた幾つかの計画が停止しており(注10)、中期目標とは無関係に進んだ計画による混乱が生じている。原子力は、既存発電所の稼動期間を延長しなければ20%に届かないと考えられるが、再稼動も難しい状況が続いている。原子力の不足分を補いうるのは、同じく低炭素電源である再エネだが、22%の実現に向けた明確な道筋はまだ立っていない。

このように、日本の中期目標達成と「長期エネルギー需給見通し」にはずれが生じている。今年は同見通しの根拠となっている「エネルギー基本計画」の見直し年であるが、基本的な方針つまり各エネルギー源の位置付けが大きく変わる見込みはない(注11)。一方、海外では石炭火力発電の廃止(イギリス、カナダ、フランス)および抑制(中国)や石炭火力発電所の新設停止(インド)、ガソリン/ディーゼル車の販売禁止(イギリス、フランス、インド)など、脱炭素に向けた抜本的な施策や計画が次々に決定されている。主に2030~2040年頃を目途としているこれらの施策は、中期目標達成への貢献に加えて、以降の継続的な削減も可能にし、目標引き上げにつながりうる。一方、日本は軌道修正を先送りするほど難しくなり、目標引き上げに対応できなければ国際社会での立場は厳しいものになる。また、日本企業にとっては、大幅削減に必要な対策に関するビジネス機会が失われることを意味する。

世界が脱炭素社会を実現するためには、米国以外の主要排出国が、米国一国の離脱では変わらない大きな流れを作ることが必要である。日本も主要排出国の一つとして、エネルギー需給をはじめとする脱炭素に向けた長期的な姿を明確にし、実現に向けて政策や市場の展望に一貫性を持たせることが重要である。それは、脱炭素関連ビジネスの成長を促すとともに、将来的な目標引き上げへの近道にもなるはずである。

注釈

(注1): オバマ政権の下、米国の中期目標達成の主要な手段として作成された。州ごとに発電所からの排出量を規制するもので、2030年までに発電セクターの排出量を2005年比32%削減することになる。

(注2): U.S. Energy Information Administration (EIA) “2017 Annual Energy Outlook”.

(注3): Utility DIVE “2017 State of the Electric Utility Survey”.

(注4): GTAP-Eモデルの詳細についてはJ. Burniaux and T. Truong (2007) “GTAP-E: An Energy-Environmental Version of the GTAP Model”を参照のこと。

(注5): Climate Action Tracker (http://climateactiontracker.org/indcs.html) は、欧州の3つの研究機関による共同プロジェクトで、各国の排出削減の進捗に関する分析を行っている。

(注6): 注釈2に同じ。

(注7): 一部の国について、 炭素価格に関する他の研究等に比べ大幅に高い値が出ているのは、本分析手法における削減手段が限定されているためと考えられる。

(注8):中期目標を記述した約束草案を提出していない国は約30カ国あるが、それらの国々については排出量がベースラインから増やさない(0%変化)ことを目標とすると想定している。

(注9): 自然エネルギー財団の報告書「日本における石炭火力新増設のビジネスリスク―設備利用率低下による事業性への影響―」(2017年7月公開)によれば、長期需給エネルギー見通しの想定におさめるためには、既存の石炭火力の半分を閉鎖するか、設備利用率を大幅に減らす必要がある。

(注10): 2017年3月に蘇我火力発電所(千葉市)と武豊火力発電所(愛知県武豊市)、8月に再び武豊火力発電所の計画について、新設の見直しを求める意見書を経産省に提出している。

(注11): 世耕経済産業相は、エネルギー基本計画の見直しについて、「(前回の計画から)基本的には骨格を変えるということではない」と述べた(8月1日付毎日新聞)。

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【調査・研究】


加藤 望(かとう のぞみ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員
2005年 米国デラウェア大学大学院修士課程修了(エネルギー・環境政策学)。NPO法人環境エネルギー政策研究所、公益財団法人 地球環境戦略研究機関を経て、2012年 富士通総研入社。
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