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「賃金税」としての社会保険料

2017年7月14日(金曜日)

「こども保険」の提案

この3月に小泉進次郎氏らが提唱した「こども保険」は大いに世論の注目を集め、ついには政府の「骨太の方針」でも幼児教育や保育の無償化を実現するための財源の1つとして採り上げられた。幼児教育無償化は、安倍首相が新たに掲げた看板「人づくり革命」(それにしても一体いくつ目の看板だろう?)の1つの柱になるとされる。「こども保険」構想とは、社会保険料に上乗せを行うことで得られた財源を未就学児に支給し、子育て世代の負担軽減を図るものだ。社会保険料に0.1%上乗せすれば未就学児1人当たり月額5千円の支給が可能であり、将来的には0.5%上乗せで月額2万5千円の支給を目指すという。

この提案に対し、多くの識者からは「高齢者保護に偏った日本の社会保障制度を、子育て世代にも眼を向けたバランスの取れたものに変えて行くアイデアには賛成」といった評価が多く聞かれている。一方、主な批判としてはまず、未就学児に給付金を配っても、都市部では保育所自体が不足しており、それだけでは「保育の無償化」は実現しない(保育所不足はむしろ深刻化する)。保育所増設による待機児童解消が先決だというものがある。もう1つは財源に関してで、保育無償化の財源を子供のない世帯にまで「保険」として負担させるのは無理があるという意見である(自民党内には「教育国債」論があるようだが、識者の間では税収を充てるべきとの意見が多い(注1))。

賛否両論ともまともな議論だと思う。ただ、とっくに子育てを終えた筆者からすると、将来世代のための負担を受け容れること自体はやぶさかでないが、それを「保険」と呼ぶことには抵抗がある。だが、本稿で議論したいのは「こども保険」の是非ではない。むしろ「こども保険」の問題を考えていて思い当たったのは、年金保険にしても医療保険にしても、日本の社会保険の現状はもはや「保険」の体を成していないのではないかということである(実際には後述のように「賃金税」としての色彩が強まっている)。そして筆者は、そのことが日本経済に様々な歪みをもたらしている可能性に思い至った。以下、本稿ではこの点について考えてみたい。

「賃金税」と化した社会保険料

基本から考え直してみよう。社会保険型の年金制度とは、自らの老後の生活費を(多くの場合税制優遇付きで)積み立てて行く仕組みである。それが「保険」であるのは、結果的により長く(短く)生きた人がより多く(少なく)年金を受け取るという形で、「長生きリスク」をプールするからである。このように年金制度が「積立型」として運営されていれば、その保険としての性質に疑いはないが、実際の日本の年金は徐々に現役世代が支払う保険料を現在の高齢者に年金として給付する「賦課型」に移行しつつある。賦課型の年金制度の問題点は、少子高齢化が進んで年金受給世代/現役世代の比率が高まれば、制度の維持が難しくなる点にある。

この問題に対しては、2004年の年金改革において「マクロ経済スライド」の仕組みが導入され、制度の持続性は維持されることになった(注2)。とはいえ、これは将来の高齢者(=現在の現役世代)への給付を抑制することで制度を維持するものだから、現役世代から現在の高齢者に所得が移転されることに変わりはない。だから専門家の試算によれば(【図表1】)、現役世代は支払う保険料に見合った年金給付は受けられないのである(この図上ではほとんどの世代がネット負担超となっているが、これは1950年以前に生まれた世代が大幅な受益超となっているためである)。筆者の知る限りでも、20代や30代の若者には「自分たちは年金をもらえない」と思っている者が少なくないが(注3)、当然彼らは年金の保険料を「税金」だと感じている筈である。

【図表1】年金の生涯純受給率(公的年金計)

【図表1】年金の生涯純受給率

出所)鈴木亘ほか「社会保障を通じた世代別の受益と負担」、内閣府ESRI Discussion Paper Series No.281、2012年

医療保険についても、本来は疾病時などに備えて保険料を払い、結果的に医療費をより多く(少なく)必要とした人がより多く(少なく)給付を受けるという形で、疾病リスクをプールするものである。しかし、日本の公的医療保険の現状をみると、2008年に75歳以上の高齢者が加入する「後期高齢者医療制度」ができると、この制度には巨額の公費(税収)が投入されるとともに、企業型健康保険(主に大企業が設立する「健康保険組合」と中小企業などが加入する「協会けんぽ」)から多額の支援金が支払われるようになった(注4)。年金保険と同じく現役世代から高齢者への所得移転の仕組みである。

もちろん、高齢者には多額の医療費が必要な一方、それを支える所得は乏しいことを考えると、現役世代が自らの将来のために支援金を払っているという理解もあり得る(ただし、現在の仕組みは「賦課型」であり「積立型」ではない)。しかし、高齢者の人数の増加に加え、長寿化(今や日本の100歳以上人口は6.5万人、あの「金さん、銀さんブーム」は一体何だったのだろう?)、医療技術の進歩に伴う高コスト化を反映して、後期高齢者の医療費は急増を続けている。この結果、健康保険組合の今年度予算では、高齢者医療などへの拠出金が3.5兆円と、組合員への保険給付4.2兆円に迫る勢いとなっている。保険料を負担しない組合員以外にこれだけの保険給付が行われるならば、これはもう「保険」の範疇を超えたものと言わざるを得ない。

社会保険料が「保険料」でないとすると、やはりこれは「税金」と考えるほかあるまい。社会保険料は給与の額に応じて支払われるので、課税対象は賃金、すなわち「賃金税」である。しかも、社会保険料は(厚生年金、企業型健康保険については)被保険者と企業が折半で負担する特別な「賃金税」だということになる(注5)。

社会保険負担の増加

しかも、問題はこの社会保険負担が年々大幅な増加を続けている点にある。社会保険料は、どの保険制度に加入しているか、どの地域に住んでいるかによって保険料が異なるが、ここでは、大企業主導で決まる春闘ベース・アップへの影響も意識しながら、厚生年金・健康保険組合の加入者について、全国平均の保険料の推移を見てみよう(【図表2】)。そうすると、厚生年金+健康保険で過去10年間に保険料が収入の21.93%から27.35%へと5.4%あまり上昇したことが分かる。通常は収入の方が消費より多く、消費税に関しては非課税品目があることを考えると、14年4月に実施された消費税率の3%引上げ(5%→8%)が2回以上行われたに等しい負担増が生じたことになる。

【図表2】社会保険料の推移(%、健康保険組合平均)

【図表2】社会保険料の推移

資料)健康保険組合連合会「平成29年度健康保険組合予算早期集計結果の概要」

このように社会保険負担が大幅に増えているのに、消費税などと違って負担増があまり意識されていない(したがって政治的反対も少ない)のは、毎月の給料の中から天引きの形で保険料が支払われているからだろう。なお、厚生年金保険料の上昇は今年の18.30%をもって当面打ち止めとなる予定であるが(注6)、健康保険料に関しては後期高齢者医療制度への支援金を中心に今後も保険料の上昇が続く見込みである。こうした社会保険料の増加の結果、驚くべきことに、今では家計の社会保険料負担は所得税等の負担を上回り、企業の社会保険料負担は法人税負担を上回るに至っている(【図表3】)。

【図表3】家計・企業の税負担と社会保険料負担

【図表3】家計・企業の税負担と社会保険料負担

出所)日本シンクタンク協議会冬季セミナー(17年1月18日)における大和総研武藤敏郎理事長講演資料「財政と社会保障」

「賃金税」上昇がもたらす歪み

このように、「賃金税」と化した社会保険料が増加を続けていることは、当然資源配分などに大きな歪みをもたらす。そして、この点を理解することは、日本経済が抱える様々な問題を考える上でも大変に役立つように思う。

まず第1に、いわゆる「個人消費の弱さ」の原因も少なくとも一部はこの社会保険料の増大に求められる。まずGDP統計上の名目雇用者報酬には、「社会保険料は被保険者本人の保険サービス購入代金を企業が負担した」との想定の下、社会保険料の企業負担分が計上されているため、リーマン・ショック直後を除けば「ゼロ・ベア」の時期も含めて雇用者報酬は増加基調にある。しかし、先に見た社会保険の現状を考えれば上記の想定は「虚構」であり、社会保険料の上昇による雇用者報酬の水脹れは購買力の増加を意味しない。むしろ保険料の自己負担分の増加は、雇用者の手取り(=可処分所得)の減少を意味する。こうして雇用者報酬と可処分所得の乖離が毎年拡大して行く結果、「消費が弱い」という印象を与えてきたのだと考えられる。最近は短時間労働者を中心に就業者の数が増えているため、家計部門全体としての手取りも増えているが、今年のように定期昇給を除いたベア率が0.2~0.3%程度だと、正社員1人当たりの昇給は社会保険料の増加に飲み込まれてしまう恐れがある。

第2に、賃金税は雇用抑制的に働く。しかも、短時間労働者には社会保険が適用されない(正確には、負担の低い国民年金、国民健康保険の対象となる(注7))ため、主に正社員の雇用が抑制される。最近でこそ人手不足の深刻化から正社員が増えつつあるが、過去20年間の非正規雇用の増加には、社会保険料の上昇が少なからず影響した可能性がある。

第3に、企業収益は増えても賃金は上がらないと言われるが、実はパートやアルバイトの時給は着実に上がっている(足もとの前年比は+2%台半ば)。上がっていないのは正社員の給料だが、上記のように正社員の社会保険料の半分は企業が負担しているため、給料は上がらなくても企業から見た人件費は増える。社会保険料の上昇は正社員の給料が上がり難いことの少なくとも一因になっていると考えられる(注8)。

第4に、現在日本では法人税率引き下げが図られており、その狙いの1つは企業立地に影響を及ぼす(企業の海外移転を抑制する)ことにあると見られる。しかし、法人税率の下げ幅は限定的である(注9)。その一方で、日本国内での雇用に対する社会保険料の企業負担が毎年上がって行くとすれば、小幅の法人減税で企業の国内立地が増えるとは限らないだろう。

こう考えると、社会保障費を税で賄うなら、賃金税より資源配分への悪影響が少ない消費税で賄うべきではないかという疑問が自然に湧いてくる。消費税は逆進的だとされるが、高所得者の社会保険料負担の上限を考慮すると、社会保険料は消費税以上に逆進的であり得る(注10)。にもかかわらず、消費税率引上げは二度までも先送りされ、社会保険料は毎年上がり続ける。それは、消費増税には法改正が必要であり、政治的反発が強い一方で、社会保険料はほぼ自動的に上がっていくからだ。しかし前述のとおり、こうした姑息な形での社会保障負担の増大は、雇用・賃金の不安定化や将来不安等に伴う個人消費の抑制に繋がっている。政治プロセスの非対称性の問題も含め、もう一度「税と社会保障の一体改革」を考え直すべき時ではないかと思う。

注釈

(注1): なお、財源を「こども保険」に求めることへの小泉議員の説明は、「消費税率をいつ上げられるかも不透明な中で、それを財源とするのは無責任」ということだったが、以下に述べる本稿の趣旨は、社会保障財源を正面から増税に求めることなく、社会保険料引き上げという形に逃げてきたことが様々な歪みをもたらしているということである。

それでも筆者は、幼児教育の無償化の方が高等教育無償化よりまだ筋がいいと考えている。高等教育無償化の問題点については、拙稿「大学無償化の是非」(東京新聞本年6月1日夕刊「紙つぶて」欄)を参照。

(注2): 日本の社会保障制度の問題点、特に世代間の受給の不公平に関しては、上記「マクロ経済スライド」の仕組みも含めて、鈴木亘『だまされないための医療・年金・介護入門』、(東洋経済新報社、2009年)、『社会保障の不都合な真実』(日本経済新聞出版社、2010年)を参照。

(注3): 「マクロ経済スライド」の下では、所得代替率(年金受給額の現役世代所得に対する比率)を抑制することで年金制度は維持されるため、年金額は少なくなるとしても「年金をもらえない」と考えるのは行き過ぎである。ただし、巨額の政府債務を抱えつつ財政健全化が進まない状況が続けば、いずれギリシャなどのように年金給付の大幅カットといった事態に陥らないとも限らない。「自らの貯蓄で身を守る必要がある」という彼らの考えを一概に非合理的と言うことはできない。

(注4): このほか、自営業者や退職者などが加入する国民健康保険があり、こちらにも多額の公費が投入されている。

(注5): 社会保険料が被保険者自らの長生きリスクや疾病リスクの軽減に充てられるなら、それは保険サービスの購入(=消費)であるが、他者への所得移転に用いられるなら、それは当然「税」である。

さらに、社会保険料の企業負担分についても、それが被雇用者の保険サービスの購入代金への補助と理解されれば、労働供給曲線が下方にシフトし、その負担は被雇用者に転嫁される筈である。しかし、それが他者への所得移転であれば労働供給に影響する筈はなく、結果的に企業に対する「賃金税」になる。

(注6): 厚生年金の保険料が今年まで上昇を続けてきたのは、前述の2004年の年金保険改革の結果である。年金に対する将来不安を解消するためには、(1)保険料をさらに引き上げるか、(2)消費税率を引き上げて年金への税収の投入を増やすか、(3)年金支給年齢を引き上げるか、いずれかの対応が必要だが、ここ10年以上目立った年金改革の動きは見られていない。

(注7): このほか、厚生年金保険や健康保険(組合、ないし協会けんぽ)に加入している企業の雇用者の配偶者が専業主婦もしくは低所得の場合、別途保険料を負担することなく年金制度や健康保険に加入していると見做される。この制度は、日本の女性の労働参加、特にフルタイム就業を抑制する要因となっている。この問題に関しては、別稿「今こそ「日本的雇用」を変えよう(4)」をも参照。

(注8): ただし、それだけが正社員の賃金が上がらない理由ではない。この問題に関しては、別稿「『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』:書評と考察」を参照。

(注9): 日本の国・地方を合わせた法人実効税率は2015年度まで32%強だったが、これを2018年度までに30%弱まで引き下げることを目指している。

(注10): 厚生年金保険では、収入に比例して保険料が上昇し、これが「報酬比例部分」として将来の年金支給額に上乗せされる仕組みになっているが、保険料の上昇は月収60万円程度で打ち止めとなっている。なお、消費税の逆進性への対処としては、軽減税率の導入より給付付き税額控除制度の導入の方が望ましいというのが、経済学者・エコノミストのコンセンサスとなっている。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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