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トランポノミクスの政治経済学

-その影響とリスクの評価-

2017年3月17日(金曜日)

ドナルド・トランプ氏が米国大統領に就任して2か月経ったが、主要人事の遅れもあって、トランプ大統領が行おうとしている経済政策=トランポノミクスの全貌は未だ明らかでない。それでも、この予期せざる人物の登場は今後の米国経済だけでなく、世界経済全体ひいては日本経済にも大きな影響を及ぼすことは疑いを容れない。筆者は、すでに年初の本欄「2017年の経済見通し:やはり気になるトランポノミクス」でトランポノミクスの影響に関する大まかなイメージを描いているが、以下では現時点までに明らかになった情報をも踏まえて、この問題に関してもう少し詳しい議論を展開することとしたい。

1. トランポノミクスの影響:基本的な理解

(米金利高とドル高)

まず初めに、トランポノミクスの影響に関する基本シナリオを考えると、一番分かりやすいのは米金利高、ドル高の動きだろう。トランプ政権の下では、上・下両院とも共和党が多数を占めるため、法人税減税にしても個人所得税減税にしても、具体的なスキームはともかく、かなり大規模な減税が実現する可能性が高い(他方、注目度の高いインフラ投資については、議会共和党の反対が強いため、どこまで実現するか疑問が残る(注1))。

一方、リーマン・ショックからすでに8年半、米国内では景気回復スピードの異例の鈍さが強調されてきた(昨年の今頃は長期停滞=secular stagnationと自然利子率の低下に関する議論が盛り上がっていた)が、現在の失業率はほぼ完全雇用と言える4%台まで下がり、なかなか上がらなかった賃金も徐々に上昇が明確化しつつある。こうした中で大規模な財政出動が行われるならば、財政赤字が拡大するとともに、物価が上がり金利が上がりドルが上がると考えるのは自然である。

実際、米国連邦準備制度(Fed)は、今月のFOMC (Federal Open Market Committee:連邦公開市場委員会)で昨年12月に続き0.25%の利上げを行った。約7年にわたるゼロ金利政策を抜け出してFRBが最初の利上げを行ったのは一昨年12月だったから、2度目の利上げまで丸1年を要したことになる。これに対し、今回は僅か3か月での追加利上げであり、Fedの利上げ姿勢が鮮明化したことは明白である(注2)。

為替への影響についての基本的な理解は以上のとおりだが、この点に関連していくつかの論点に触れておこう。まず第1は、長期金利の水準にターゲットを設ける日銀の金融政策=イールドカーブ・コントロール(YCC)の影響である。米国の長期金利が上昇するときには、他国の長期金利も上昇圧力を受けるが、日本では日銀が長期金利の上昇を抑え込むため、日米金利差が拡大し円安が進みやすい。米大統領選後の為替の動きは基本的にドル高だが、日本円に関してはYCCの影響もあり、主要国通貨に比べ円の下落幅は大きめとなっている。

第2は、米国の法人税減税において国境調整税(Border Adjustment Tax)が導入される場合の影響である。国境調整税とは、法人税の課税ベースをキャッシュフローに変更し、財・サービスを米国から輸出する場合は課税ベースから控除する一方、米国への輸入には課税する仕組みである。一般に輸出促進、輸入抑制を狙ったものと考えられているが、変動相場制の下でこうした税制が導入される場合、理論的には「税率と同幅のドル高が生じ、貿易収支には影響しない」ことになるはず(米国の貯蓄・投資への影響がほとんどないことを考えれば、ある意味当然の帰結)である(注3)。もちろん、実際の為替相場が理論どおり動く保証はないため、一時的に輸出促進・輸入抑制効果を持つ可能性はあるが、ドル高が不十分なら輸入物価の上昇を通じてインフレ→Fedの利上げ加速という形で、やはりドル高につながると考えられる(注4)。

第3は、ドル高のタイミングの問題である。米国の財政の仕組みを考えると、インフラ投資にしても減税にしても財政が動き出すのは早くて今年の終わり近くになる(注5)。一方、昨年11月からのドル高の影響が今後出て来る。足もとのセンチメント指標の強さから景気を楽観視する向きもあるが、政策不確実性の高さは投資にマイナスに働くと考えられる。このところ好調だった米国景気も、春以降いったん減速する可能性は否定できない。そうなれば、市場が予想する利上げのタイミングも遅れ(注6)、ドル高相場も調整を余儀なくされるのではないか。

(トランポノミクスは米国経済の活性化につながるか)

次に、トランポノミクスが米国経済の活性化につながるのかという問題を考えてみたい。トランプ大統領は、マクロ政策としての財政出動と税制改革や規制緩和といった供給サイドの改革で米国経済の活性化を目指しているのだろう。これは金融政策の位置付けの違いを別にすれば、財政出動と成長戦略を含む「3本の矢」で経済再生を目指したアベノミクスと相似形と見ることもできる。こうした観点からアベノミクスの実績を振り返ってみると、安倍政権成立以来の平均成長率は1.3%だが、その大部分は最初の3四半期の年率4%近い高成長によるもので、その後は平均0.7%に止まる。当初こそ財政出動と円安・株高に伴うユーフォリアから高成長が実現したが、その後は供給サイドの改革が伴わなかったため失速したということである。

先に米国はほぼ完全雇用と述べたが、短時間労働者が多いことなどを考えると、労働供給にはまだ若干のスラックがあると見て良いだろう。そこで大規模な財政出動を行えば、短期的に成長率を押し上げることは可能である。だが、その後は供給サイドの改革次第になる(注7)。税制改革のうち富裕層減税が供給力の強化につながらないことはブッシュ(子)政権の減税の経験から明らかである。一方、法人税の限界税率が下がれば一定の効果が期待できる。ただし、例えば減税によって米国内への企業立地を促す効果については、財政赤字拡大でドル高となれば少なくとも一部相殺されてしまう点に注意が必要である。

また、トランプ政権の規制緩和については、その中身をよく考える必要がある。トランプ大統領をレーガン元大統領に例える向きがあるが、レーガン氏は「小さな政府」の理念の下でサプライサイド経済学を奉じ、航空産業や通信市場の開放など競争政策を重視した。これに対し、トランプ政権の規制緩和は金融規制と環境規制に偏っている傾向がある。オバマ政権が進めてきた金融規制には金融仲介を過度に制約する面があり、また環境規制は複雑すぎるなど、若干の見直しの余地はあろう。しかし、リーマン・ショックのような金融危機を未然に防ぎ(注8)、地球温暖化の流れを食い止めるために、これらは本来必要な規制である。こうした規制の緩和は短期的に企業収益を押し上げるにしても、長期的には副作用が大きい(注9)。まして露骨な保護主義や排外主義は供給面を大きく傷つける。トランプ政権のプロ・ビジネスに過度に期待すべきでないと筆者は考える(注10)。

そうすると、トランプ氏の当選直後に始まり、2月末の大統領議会演説を機にNYダウで21,000ドルまで駆け上がった株高についても、その持続性は疑わしいということになる。経済理論の教えと違って、市場は2年も3年も先のことは考えていないから、これまでの株価上昇は目先の景気や企業収益へのプラス効果を期待したものと解釈すべきではないか。筆者自身は株式投資の専門家ではないので株価の判断には慎重でありたいが、例えばノーベル経済学賞受賞者であるイェール大学のロバート・シラー教授式のPER(注11)で見ると、米国株はトランプ・ラリー以前からすでにかなりの割高であった。

(新興国経済への影響)

なお、トランポノミクスの影響としてもう1つ注意すべきは、米金利高・ドル高が新興国からの資本流出を招く可能性だろう。遡れば1980年代前半のメキシコ、ブラジルをはじめとするラテンアメリカ危機、あるいは1990年代後半のアジア通貨危機、ルーブル危機など、米国金利が上昇する局面では、それ以前の金融緩和局面で新興国に流れ込んでいた資金が逆流することで、どこかの新興国が通貨危機、経済危機を迎えるというのは、一種の経験則と言える(注12)。そう考えると、今度も地球上のどこかで新興国が危機を迎える確率はかなり高いと見るべきである。しかも、今回の場合は、(1)米国が異例の量的緩和を長期間行った結果、この間に巨額の資金が新興国に流入していることに加え、(2)金融引締め局面においてトランプ政権が大規模な財政出動を行うため、米国の金利上昇が従来に比べ急速かつ大幅になる可能性があることなどは、新興国危機のリスクを高める要因となる。

もっとも、安心材料にも触れておくべきだろう。それは今回の場合、(1)2013年央のバーナンキ議長(当時)の量的緩和縮小発言をきっかけとした、いわゆるTaper Tantrum、(2)2014年後半から2016年初にかけての資源価格急落の2度にわたって、新興国、資源国からの部分的な資金流出が起こっていることだ。このように小出しに調整が進んでいることは、(その結果、ブラジルのように昨年のオリンピック前後から危機的状態に陥っている国もあるが)マグマを溜め込まないという点では望ましいことである。また、日本から見た場合、最も関係の深いアジア諸国には、20年前のアジア危機の教訓をも踏まえて慎重な経済運営を行っている国が多く、深刻な危機に陥るリスクは比較的小さいと考えられている(注13)。

2. トランポノミクスが孕む深刻なリスク

(トランポノミクスの政治経済的矛盾)

以上がトランポノミクスの影響に関する基本的な理解、言わば標準シナリオであるが、トランプ氏が大統領就任後も選挙戦当時の過激な発言を繰り返し、右翼革命主義者とまで評されるバノン首席補佐官がホワイトハウス内で強大な影響力を誇っていることなどを踏まえると、トランポノミクスが世界の政治経済を動揺させるおそれのある深刻なリスクを孕んでいることを考えておく必要があるだろう。この点でまず注目すべきは、トランポノミクスの政治経済的矛盾だと思う。

トランプ氏は選挙戦の間、クリントン候補とウォール街の癒着を攻撃していた。しかし、大統領に当選してみると、政府高官にはトランプ氏自身を含む大富豪とゴールドマン・サックス出身者がずらっと顔を並べており、今や“the government of the rich, by the rich, for the rich”と揶揄される状態になっている。実際の経済政策の中身を見ても、富裕層減税、法人減税、金融規制緩和と軒並みウォール街が喜びそうな政策ばかりである。先に足もとの株高は市場の短期志向の表れと述べたが、同時にこうした株式市場寄りの政策を歓迎しているという面もあるに違いない。

一方、今回の選挙でトランプ氏を大統領に押し上げたのはWall StreetではなくMain Streetの人々、中でもRust Beltと呼ばれる中西部の労働者たちだった。実際、トランプ候補の勝因はSwing Stateと呼ばれ毎回勝敗を大きく左右するオハイオ州に加え、通常は民主党が勝利するBlue Statesに含まれるペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンといった五大湖周辺の州を押さえたことにあった(注14)。しかし、富裕層減税や金融規制緩和は当然彼らの利益にはならない。むしろ製造業で働く人たちにとってドル高は大きなマイナス要因である。トランプ氏がキャリア社やフォードの工場を米国に戻して数千人単位の雇用を創出しても、それは「焼け石に水」にしかならないだろう(注15)。しかも、彼らは本当の貧困層ではなく、借金をして家も車を持っている人が多い。金利高も大きなダメージとなるはずである。

問題は、トランプ氏の支持者たちが大統領の「裏切り」に気付いた時だろう(トランプ大統領は主要メディアをfake newsなどと呼んで、この時期をできるだけ遅らせようと努力するだろうが、いずれ労働者たちは以前より貧しくなったことに気付くはずだ)。一方、すでに「2期8年」を唱えるトランプ氏は彼らの支持を失うことはできないし、白人人口比率の低下に不安を募らせる共和党も、(かつてレーガン大統領が南部諸州を共和党の地盤としたように)今回獲得したRust Belt諸州を地盤に取り込みたいと考えているだろう。

(保護主義の急進化と中国リスク)

だが、彼らを宥めるためにトランプ大統領にできることは決して多くない。中間層や低所得層への減税、給付といった再分配政策には議会共和党が反対するし、誇り高い白人労働者たちは福祉依存を嫌う。人種/宗教差別的な政策が相次いで司法の壁に阻まれていることをも考えると、結局さらに過激な保護主義に走る以外に選択肢はないのではないか。この点、筆者が特に懸念するのは、中国に対する強硬姿勢を強める場合である。

仮に、中国に対して高関税を課した(トランプ氏は以前「メキシコに45%、中国に35%の関税」と言っていた)場合を考えてみよう。中国からの輸出の多くは最終製品が中国でアセンブリーされるということであって、サプライ・チェーンを辿れば、資本財や部品は日本、韓国、台湾、ASEAN諸国などから輸入されたものだ(注16)。だから、中国への課税はアジア全域に対する課税を意味するものであり、日本を含む多くのアジア諸国に影響が及ぶことになる(注17)。特に米国にとっては、安全保障上の同盟国の経済を大きく痛めつける政策ともなる点に注意が必要だろう。

もう1つの心配は中国からの資本流出である。トランプ大統領は、「中国が人民元安の為替操作を行っている」と繰り返し非難しているが、近年について言えば、これは全くの誤解である。むしろ、中国からの資本流出を背景とした人民元の下落スピードを介入によって緩やかなものに食い止めているというのが実情だ。その証拠に、中国の外貨準備高は2016年央の約4兆ドルから足もとは約3兆ドルへと1兆ドルも減っている(この過程で中国が米国債の売却を進めたため、米国債保有額では日本がトップに復帰した)。実は、一昨年夏から昨年初にかけての世界的な金融市場の動揺(日本から見れば円高・株安)の背後には、この中国からの資本流出の動きがあった。その後、中国は資本規制を行いつつ緩やかな元安を進めることで、しばらくの間小康を得ていたが、昨年11月のトランプ当選以降、米金利高・ドル高を背景に中国からの資本流出が加速する兆候が見られる。こうした中で、トランプ政権が中国に貿易面から大きな圧力を加えれば、中国からの資本流出が世界の金融市場を再度大きな混乱に陥れるリスクがある。

(多国間通貨調整は可能か)

さて、トランポノミクスが孕むもう1つの大きなリスクは、しばらく先の話となろうが、いずれ多国間通貨調整が必要となる可能性である。トランプ政権が大規模な減税、インフラ投資に加えて軍備拡張まで行うとなれば、財政赤字は大幅に拡大する。一方、Fedがインフレを阻止すべく利上げを続ければ、当然ドル高になる。トランプ氏が為替に口先介入しても、ドル高要因を米国自身が作り出している以上、大きな流れは変わらないだろう。また、大幅な財政赤字が続けば、深刻な景気後退を覚悟した厳しい金融引締めを行うのでない限り、貯蓄・投資バランスの観点から経常赤字は縮小しない(保護主義はあくまで政治ショーであり、貯蓄・投資バランスに大きな影響を与えない以上、経常赤字への影響は限定的である)。膨大な財政赤字・対外赤字とドル高の並存はいずれ維持可能でなくなる可能性が高い。

少し前まで、トランポノミクスのようなポピュリズム政策はあまり歴史に例がないと筆者は思い込んでいたのだが、それは間違いだった。中南米ではポピュリズムの実験は何度も繰り返されており、「ポピュリズムの経済学」なるものまであるのだ(注18)。その考えによれば、ポピュリズム政策の経過には一種の経験則があると言う。まず初期段階では予想以上に成功する場合が多いらしい。拡張的な財政金融政策が好景気をもたらし、再分配が人々の懐を暖かくするからである。だが、それは初期段階だけで、いずれインフレが加速し、対外赤字が膨らみ、通貨が急落する。最終的にはIMF(国際通貨基金)などが介入して厳しい緊縮政策を強いられ、国民生活は窮乏化して終わるということのようである。

問題は、中南米と違って米ドルは基軸通貨だから、対外赤字とドル高の並存がsustainableでなくなったとき、ドルが急落すれば世界全体を混乱に陥れることにある。結局、かつてのプラザ合意のように多国間の通貨調整が求められるのではないか。プラザ合意の場合、その主なターゲットは日本であり、日本が協力したことで(日本自身はバブル経済へと突き進んでしまったのだが)通貨調整は実現した。しかし、トランプ大統領の独善的な姿勢が主要国間の軋轢を増しているうえ、今回の通貨調整の主なターゲットは中国になる。中国を敵視するトランプ政権に中国が協力する理由は乏しく(注19)、そうなれば世界の金融システムは大きく動揺するだろう。トランポノミクスが孕む最大のリスクは、結局、この問題にあるのではないかと思う。

注釈

(注1) : 「小さな政府」を指向する議会共和党には、財政赤字拡大につながる政府支出への反対が強い。トランプ大統領は、「民間資金を活用したインフラ投資(PPPなど)なら財政赤字は拡大しない」と言うが、米国で最も必要とされるインフラ投資は老朽化した道路や橋、ダムなどの修復である。これらの投資に民間資金を呼び込むことは難しいと考えると、トランプ氏の唱える1兆ドルのインフラ投資は非現実的との見方が多い。

(注2) : 一昨年12月時点でFedは昨年中に4回、計1%の利上げを想定していたが、実際には物価上昇の遅れだけでなく、年初の世界的な金融市場の動揺や年央のBrexitなどの影響もあって、結局は12月の利上げ1回だけに止まった。昨年秋までのドル安・円高はこうしたFedの利上げの遅れの結果という面がある。なお、足もとでFedが利上げ姿勢を鮮明にしている背景には、昨年の利上げの遅れによって政策がbehind the curveになってしまうことへの懸念があるのかもしれない。

(注3) : この点に関しては、例えば(Trump’s Tax Plan and the DollarOpen a new window)を参照。なお、このコラムでも論じられているように、米国は他国通貨建ての海外資産を多額に保有する一方、自国の対外債務はほとんどドル建てのため、大幅なドル高になれば、米国はストック面で巨額の損失を被ることになる。

(注4) : もちろん、国境調整税は貿易赤字削減策ではなく、あくまで税制改革として捉えることもできる。その場合、法人税を廃止して付加価値税(ただし、人件費は非課税)を導入することを意味し、一定の合理性を有する改革とも言える。ただし、20%といった高い税率で一気に導入すれば物価水準が大きく上がるため、名目賃金の大幅引き上げがない限り、その移行過程で個人消費が落ち込んでしまう懸念がある。

(注5) : 米国の財政年度は10月から始まる。また米国の場合、予算を組むのは大統領府ではなく議会であり、大規模な補正予算が組まれることもほとんどない。したがって、財政支出が増えるとしても、それは今年10月以降になる。一方、税制は議会が決めれば形式的には直ちに動き出せるが、そもそもまだはっきりした減税案が存在するわけではない。今後減税案の検討が進むとしても、年央までに議会を通過させるのは難しいと考えられる。また、減税法案が決まっても直ちに施行というのは無理だから、実際に減税が実施されるのは来年になる可能性が高い。

(注6) : このほか、この春に予定される欧州の選挙で(例えば仏大統領選でのルペン候補の当選といった)不測の事態が起こり、世界的な金融市場が動揺することになれば、昨年同様Fedは利上げに慎重になる可能性がある。

(注7) : サマーズ元財務長官らの需要不足を重視する「長期停滞論」には、財政出動が潜在成長率をも上向かせるとの議論がある。筆者はこうした単純な見方には懐疑的だが(拙著『金融政策の「誤解」』第3章のコラム参照)、サマーズ氏らが想定していたのは、教育への投資や老朽化したインフラの修復といった供給サイドの強化につながるタイプのwise spendingだったと思われる。この点、トランプ政権は公教育への投資に後ろ向きであり、前述のようにPPPでインフラ修復が進むことは考え難い。

(注8) : 金融規制の緩和については、これを批判したハーバード大学ジェフリー・フランケル教授のコラムの表題“Making Crises Great Again”がすべてを言い尽くしている。なお、資産バブルが膨らんで金融システムの安定を脅かす場合、国際決済銀行のエコノミストたちは金融政策が一定の対応をすべきだと考えている(BIS view)が、Fedではあくまで金融規制で対応すべきとの考え(Fed view)が強い。そう考えると、米国では金融規制の役割がより重要ということになる。

(注9) : トランプ氏は地球温暖化の事実自体を否定し、環境保護局(EPA)長官に環境規制撤廃派を任命した。それでも、例えば世界の自動車市場が今後EVのような環境対応車中心になっていくトレンドを変えることはできないだろう。環境規制を緩和してピックアップ・トラックを大量に売れば、米国の自動車メーカーは一時儲かるだろうが、長い眼で見れば彼らの競争力を損なうことになる。
この点、1970年代に日本の自動車メーカーが小型車市場で躍進した経緯を想起すべきだろう。日本メーカーがマスキー法の排ガス規制を必死でクリアしようと努めたのに対し、米国ビッグ3はロビイングで法律の施行を遅らせようとした。その違いが彼我の競争力の差につながったのだ。

(注10) : BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は「トランプ大統領はプロ・ビジネスであってもプロ・マーケットではない」と評している。これは、金融規制や環境規制といった金儲けの邪魔になる規制は廃止する(プロ・ビジネス)一方、保護主義や排外主義を進める(アンチ・マーケット)トランポノミクスに関する的を射た表現と言えよう。

(注11) : 単純なPER(株価/1株利益比率)ではなく、株価や1株利益を実質化したうえで、実質1株利益は10年平均を使って長期的に評価したもの。CAPE(Cyclically Adjusted Price Earnings Ratio)とも呼ばれ、現在の水準は30に近い。これほど高かったのは1929年の大恐慌直前と2000年のITバブル崩壊の直前だけである。このデータは、シラー教授のサイトOpen a new windowから入手可能である。

(注12) : 最大の例外は2000年代央の局面であり、この時は極めて緩やか、かつ規則的(毎回のFOMCごとに0.25%ずつ)な利上げだったためか、大規模な新興国危機は見られなかった。その代わり、米国や一部欧州諸国で巨大な住宅バブルの崩壊が起こったことは周知のとおりである。

(注13) : 逆に、対外収支や財政収支、外貨準備の水準、対外債務の構成(短期借入か直接投資か)などの基準で危機リストの上位に並ぶのはラテンアメリカ諸国のほか、トルコ、南アフリカといった国々である。

(注14) : 今回の選挙でトランプ候補を支持したRust Beltの労働者たちの姿は、金成隆一氏のルポルタージュ『トランプ王国』(岩波新書)に極めて印象的に描かれている。

(注15) : 米国における製造業の雇用者数減少に関しては、中国を含む新興国からの輸入の増加より自動化に伴う生産性上昇の影響が大きいというのが、経済学界における一致した見方である。これは、近年米国製造業の生産は増え、輸出も増加しているにもかかわらず(その意味では一時言われた「米国製造業の復活」は事実である)、雇用者数は減り続けている点からも明らかだろう。この点に関しては、MITのDavid Autor教授らの研究、例えば
Acemoglu-Autor-Dorn-Hanson-Price(2014),“ Return of the Solow Paradox? IT, Productivity, and Employment in US Manufacturing”, American Economic Review――― (2016),“Import Competition and the Great US Employment Sag of 2000s”, Journal of Labor Economics
などを参照。

(注16) : 近年では、こうしたサプライ・チェーンを考慮して付加価値ベースで貿易を理解する試みが発展している。例えば、輸出総額で見た日本の最大輸出先は中国だが、日本製部品等が中国でアセンブリーされて米国に輸出される部分まで考えると、日本の最大輸出先は米国ということになる。OECDとWTOが共同で開発した付加価値ベースの貿易統計=Trade in Value Added(TiVA)については、次のサイトを参照。
http://www.oecd.org/industry/ind/measuringtradeinvalue-addedanoecd-wtojointinitiative.htmOpen a new window

(注17) : また、中国への課税は日本の幅広い産業に大きな影響を与える。一方、メキシコへの課税が行われる場合には、メキシコ進出企業の多い自動車関連産業に影響が集中することになる(もちろん、裾野が広い自動車産業の影響は軽視できないが)。

(注18) : このことを筆者に教えてくれたのは、チリ出身の経済学者によるコラム(How Economic Populism WorksOpen a new window)、だった。ちなみに、「ポピュリズムの経済学」については、例えば以下がある。
Rudiger Dornbusch and Sebastian Edwards eds(1991):The Macroeconomics of Populism in Latin America, University of Chicago Press

(注19) : リーマン・ショック後に中国は4兆元の経済対策を発動し、そのことで世界経済が恐慌の淵に沈むことを防いだ(つまり、すでにプラザ合意後の日本の役割を一度果たしたことになる)。今の中国が膨大な過剰設備や過剰債務を抱えているのは、その結果だ。しかも、中国の企業債務対GDP比率はバブル期の日本さえ上回っていて、世界は中国バブルの崩壊に怯えている。その中国に、もう一度米国の失敗の尻拭いをさせるのは無理だろう。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。
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